第四十四話 商談Ⅱ
「すみません、わざわざ来ていただいて」
「いえいえ、ロサイス王の国有数の大豪族様にご足労していただくわけにはいきませんから」
エインズさんはにこやかに笑う。
手紙で買いたい物があるから一週間後に尋ねると手紙を書いたら、わざわざ俺の領地まで来てくれたのだ。
「今夜は遅いですから泊ってください。田舎なりに精一杯の御馳走をしますよ」
「ではお言葉に甘えて。商談は明日ということで」
さて、今晩の食事だが……
まずはメンバーと席順から紹介する。
まず一番上座に俺、次にテトラ。
三番目にエインズさんだ。
通常客は一番上座に据えるモノだが……
まあこれは一応領主としてのアレだ。
次の席にロン、ロズワード、グラム、ソヨン、ルル。
この順番に深い意味はない。
そして最後にボロス……と言いたいところだが現在彼は国境の砦に赴任している。
よって今回は欠席だ。
さて大事な食事のメニュー。
まずは主食の白パン。
おそらく現在世界で一番美味しいであろうパンだ。
一応、塩と蜂蜜を用意した。多分みんな蜂蜜を使うんだろうな……
次に前菜。
まずはサラダ。
アス領で採れた野菜と、山で採れたキノコ、山菜類、そしてオリーブ。
そして川で採れた魚。
塩茹でしたカタツムリ。俺は絶対に食わないけど。
次にメイン。
今回は豚を丸々一頭潰した。
豚肉料理だ。
この辺の地域では豚はよく食べられる。
何でも処女の雌豚の乳房や子宮が美味しいらしい。
らしいというのは、俺は特に美味しいと感じなかったからだ。
まあこの辺は好みの問題だ。
そしてデザート。
葡萄を中心とした果物。
生憎砂糖が用意できなかったから、プリンとかは作れなかった。
度肝を抜かせてやろうと思ったんだけどな……
最後に一番重要な飲み物。
蒸留酒。
エインズさんには悪いが、味見して貰う。
果たしてウケるか……
「ゲホ、ゲホ。あ、すみません。この酒、凄く強いですね。葡萄酒のようですが……」
「蒸留酒と言います。どうですか?」
エインズさんはゆっくりと酒を飲みながら答える。
「あらかじめ強いと分かっていれば。この喉が焼けるような感覚も癖になりそうです。……ただあまり飲むとすぐに酔いが回りそうですね。控えておきます。ところでこれは……」
「あまり数は確保できませんが、少しならお売りすることが出来ます。……明日、話し合いましょう」
俺がそう言うと、エインズさんは申し訳ないと頭を下げた。
「ところでドラゴン・ダマスカスの剣はお役に立てましたか?」
「ええ、まあ……」
そんなに使ってないけど……
主な武器は槍だったしなあ。フェルム王の首を斬るときくらいじゃないか?
言わぬが花という奴だ。
「ところでキリシア半島というのはどんなところですか? 宜しければ聞かせて貰えないでしょうか?」
俺は少し強引に話を変える。
でも気になってたのは本当だ。
何年も森の中に篭っていたからこの辺の事情はかなり疎い。
「キリシア半島ですか……まあ気候はアデルニア半島とほとんど同じですね。キリシア半島には百を超える都市国家があって、互いに抗争に同盟を繰り返しています」
なるほどね、アデルニア半島とほとんど同じ状態ということか。
「まあ、そうなります。違うのは都市国家のすべては石の城壁に囲まれているということと、外敵の侵入があったら互いに停戦を結び、外敵と戦うことですかね?」
「アデルニア半島北部がガリア人に支配されてもう百年も経ったというのに我々南部諸国は戦争ばかりですからね」
アデルニア半島より北の地にガリアという場所がある。
そのガリア人の王国のロゼル王国がアデルニア半島に侵略を始めている。
すでに北半分は奪われ、南進を続けているらしい。
そしてロゼル王国に圧迫されたドモルガル王、ギルベッド王、ファルダーム王、の三国が南下をして、その南下に我々ロサイス王の国……つまり俺の領地が脅かされていると。
つまり玉突き状態だ。
南アデルニア諸国が連携をすれば十分にロゼル王国を追い返せると思うが……
まあ無理だな。
「ところでアルムス殿はどこでキリシア語を?」
「テトラからです。彼女はキリシア人とのハーフですから」
習う前は加護だけどな。
「へえ……母君が」
エインズさんの言葉にテトラは頷く。
「ヘレナという名前です。このアス領を旅していた時に父に見初められたそうです」
「ヘレナ様ですか……」
エインズさんはヘレナ、ヘレナと呟きながら酒を飲む。
「キリシアと聞くとすごい先進国のイメージがありますが……外敵なんて居るんですか?」
城壁のすべてを石で囲む。
それをアデルニア半島で実現できている国は少ない。
それだけの技術力があるのに外敵など居るのだろうか?
「そりゃあ居ますよ。豊かなキリシアを狙う連中はいくらでも。代表的なのはペルシス帝国とポフェニアですかね?」
「ペルシス帝国? ポフェニア?」
聞いたことないな。
というかどこにあるんだよ。
キリシアですら凄く遠いところにあるっていうイメージしかないぞ。
「ポフェニアはアデルニア半島の目と鼻の先にありますよ。アデルニア半島から少し南にトリシケリア島という島があるのはご存じですね? そこから少し南に行けばポフェニアです」
エインズさんは蒸留酒を飲む。
「連中は昔からテチス海で海上貿易をやってまして……それを我々キリシアが奪うのが気に入らないんでしょう。しょっちゅう戦を仕掛けてくるんですよ。まあ現在ではテチス海は我々の海に成りつつあるんですけどね」
エインズさんはポフェニアの悪口を言い続ける。
酒に酔ってきたようだ。
「ペルシス帝国は?」
「ペルシス帝国はですね……キリシアの東側の大国です。こいつらは本当に欲深い連中でしてね。二回もキリシアに遠征をしてきてるんですよ。一回目が二十万で、二回目が三十万くらいでしたね。まあ数だけですよ。二回とも、我々キリシア連合が勝ってます」
二十万と三十万……
規模がロサイス王の国とは比べ物にもならないな。
当然全軍じゃないんだろう。国が広い分他の国境線にも万単位の軍隊を送っているだろうし。総兵力は四十万前後に成るのかな?
ロサイス王の国はすべての豪族が協力的になっても五千くらいしか動員出来ないというのに。
逆立ちしても勝てないな。
でもキリシア半島より遠い国らしいから関わる機会なんて今後無いだろ。
安心、安心。
「でも凄いですね。どうやって三十万もの大軍に勝ったのですか?」
「ははは、我々キリシアには戦の神が付いておられますから」
そう言いながらエインズさんは調子よく、キリシア―ペルシス戦争について語りだす。
完全に酔っぱらっている。
宴会はエインズさんが酔いつぶれるまで続いた。
「うっ……頭が……」
「大丈夫ですか? 水を持ってこさせましょうか」
「お願いします……はは、すみません。飲み過ぎました……」
エインズさんは苦笑いをする。
「それで蒸留酒のことですが……」
「あまり数は確保できませんが、少しならお売りすることが出来ますよ」
一先ず蒸留酒の価格と取引量について話し合う。
これで外貨を稼ぐ手段が一つ増えた。
「それで何の商品が欲しいんですか?」
「馬です。三百頭くらい欲しいなと……」
「三百頭ですか……それは……いえ、揃えることは可能です。ただ……」
エインズさんは少し躊躇ってから言う。
「三百頭となると金貨千二百枚前後になります。それだけの大金を用意できますか? それに維持費を考えると……」
感覚的に金貨一枚には百万円ほどの価値がある。
つまり日本人感覚で十二億円ほどの買い物になる。
当然だが、アス領の収入でこれだけの金は用意出来ない。
牧草はクローバーを植えるから問題ないけど。
「エインズさん。俺は少し前まで本当に小さな村の村長でした。ですが、今はどうでしょう?」
「……今ではロサイス王の国で一、二を争う大豪族ですね」
その通り。
俺程の出世は世界広しと言えども早々居ないだろう。
「現在、我が領では紙の量産体制の整備を進めています。すぐに大量生産が可能です」
「……何を言いたいんですか?」
「一括払いじゃなくてローン払いじゃダメですか?」
俺がそう聞くと、エインズさんは腕を組んで悩む。
そして口を開く。
「一年間で金貨百五十枚。それを二十五年間、払うというのであれば認めましょう」
つまり金貨二千五百五十枚分割高になるのか……
借りた額の二倍だな。
アホみたいだ。
とはいえ、馬は早急に必要だ。
致し方無い。
「維持に当てはあるんですか?」
「ええ、それなりに」
そもそも動物が居ないと輪裁式農法は成り立たないけど。
「というか何に使うんですか?」
「農地を耕したり、荷物の運搬をしたり、騎兵を組織したり……いろいろです」
馬は農村に貸し与えるという形を採ろうと考えている。
貸すたびにその費用を取るわけだ。
ある種の税金と言える。
普段は宮殿周辺の農民に世話をさせる。
その代わり馬の使用の優先権を与える。
そして新しく生まれた馬は最初の一頭はアス家に返還、それ以降に生まれた馬は所有して良し。
アス家が手に入れた子馬はある程度大きくなるまで世話した後、別の農村に預ける。
この調子で少しづつ、輪裁式と同じように馬を普及させる作戦だ。
あっという間に数十倍に増やせるだろう。
当然、有事の際にはかき集めて騎兵なり荷馬車なりと使う。
「ところで世話係の奴隷は必要ですか? 今ならお安くしますよ?」
「いえ、リア一人で間に合いましたから」
というかリアもすでに用済みだったりする。
ソヨンが馬の育て方をマスターしてしまったからだ。
彼女に馬の育て方を指導させれば問題ない。
だから要らない。
ちなみに完全に仕事が無くなり、解放奴隷となったリアはロズワードが引き取っている。
家で家事をしているらしい。
子供が生まれる日も近そうだ。
「でも騎兵を編成したいので……馬に乗れる人間は欲しいですね。傭兵か、戦闘奴隷か。五十人ほど」
現在、まともに馬に乗れるのは三十人だ。
そして二十人くらいはボロスたちの中に見込みがある奴や経験者を集めれば問題ない。
だが百の騎兵を組織するならあと五十人足りない。
どうにかして補いたい。
「うーん、傭兵は厳しいですね。紹介は出来ますが、アデルニア半島にまで来てくれるかどうか……やはり戦闘奴隷が良いかと。実は一か月前にゲルマニス人と小競り合いがありまして、馬に乗れる奴が市場に上がっています」
「じゃあ戦闘奴隷でお願いできますか?」
戦闘奴隷は扱いやすい。
それなりの値段だが、一度買えば給料払わなくて良いからな。
「分かりました。戦闘奴隷が五十人となりますと……金貨七十五枚になります。これも二十五年契約にしますか?」
「それは一括払いで」
流石に七十五枚を分割払いにするのはね……
「では、私はこれで」
エインズさんはそう言って頭を下げ、退室する。
そして去り際で振り返って言った。
「もし、武器が入用でしたらすぐに声を掛けてくださいね」
相変わらず商売熱心な人だ。
何故か分からないが『ガリア』だけは変えなくても良い気がする……
ラテン語表記のガッリアはダサイし