第四十三話 徴税官
新しい領主様は話が分かる人だ。
それがアス領の住民の新しい領主への評価だ。
現状、兵役が無い。労役を行えばその分給料も貰える。
税は驚くほど低い。
しかも未亡人などのまともに農業が出来ない人には特別に仕事……紙作りをさせてくれる。
さらに鍛冶師に言った「ああ。税じゃないからな。戦か天災でも起こって緊急に物資が必要でないとき以外に俺は臨時で税は取らん」という発言はあっという間にアス領に伝わった。
フェルム王は頻繁に物資の徴発をしたし、ラゴウ・アスも同様に臨時の税を掛けていた。
それが無い。
領民たちはアルムスに強い期待を抱いていた。
だが同時に変なことをする人だという評価もあった。
それが徴税官という役職だ。
徴税官というのは今の領主が森から連れてきた譜代の家臣たちのことだ。
他にも騎士とも呼ばれている。
彼らは非常に武芸に秀でていて、それに加えて全員が文字の読み書きと計算が出来る。
新しい領主は就任するのと同時にこの徴税官をすべての村々に派遣した。
そして村にあるすべての農地の広さを調べ上げ、その所有者を紙に記した。
アス領の住民にとってこれは本当によく分からない奇行だ。
意味が分からない。
しかも徴税官はこうも言った。
「いいか、今度から俺たちが税を回収しに来る。村長が集めた税金を俺たちが受け取りに来るだけだからそんなに変わらない。安心しろ……でも脱税や横領は許さない」
村長たちからすれば持っていく手間が省けていい。
何故こんなことをするのか疑問を抱きつつも、彼らは納得した。
六月になり、実際に税を回収しに来るまでは……
「おい。税が足りないぞ。本当にこれですべてか?」
ロンは目の前の村長を睨みながら聞く。村長はヘコヘコしながら答える。
「はい、本当ですよ。足りないという証拠があるので?」
「ああ。予想収穫量とここに集まった税の量がかけ離れている。今回、不作だという話は聞いていない」
予想収穫量というのは、村の住民から聞いた普段の実りの量と、土地の広さ、そして今年の天候から導き出した収穫量のことだ。
多少の違いは合っても、よっぽどの天変地異がない限り予想収穫量と実際の収穫量がかけ離れるということは無い。
つまり村長の横領が疑われる。
「おい。調べるぞ」
そう言ってロンとソヨンの二人は村長の静止を振り切り、村長の家に入りこむ。
二人は注意深く村長の家を観察する。
一応村長という身分に居るためか、家は竪穴住居ではない。ちゃんとした床がある。
二人はその床を歩く。
「ん?」
ロンが違和感に気付く。
床を剣の柄で突く。そこだけ何故か音が違う。
二人は顔を見合わせた。村長が顔を青くする。
ロンは剣を振り上げて床に叩きつけた。
床に剣が突き刺さる。
その割れ目に手を入れ、二人がかりで引っ張り上げた。
メキメキと音を立て、床が捲りあがる。
床の下には広い空間。そしてそこには大量の小麦が隠されていた。
「これは何だ?」
「えっと……これはですね……」
言いよどむ村長。
ロンは冷ややかな目で小麦を見つめながら言う。
「横領だな。横領は重罪だ。確か……鞭打ち五回だったかな?」
ロンの言葉を聞いて村長は膝を折った。
深く頭を下げる。
「お願いです。どうか領主様には……この小麦の三分の一を……いえ、三分の二を差し上げますだから……」
「ふざけるな!!」
ロンは剣を引き抜き、振るう。
村長の最後の三本が地面に落ちる。
村長は顔を真っ青にした。
「賄賂。これは確か鞭打ち五回だったな」
「どうか御慈悲を……」
「それは領主さまに言え」
ロンとソヨンは村人を呼んで小麦を馬車に運び込み、その場を後にした。
「これで十二軒目だよ……賄賂と横領。酷すぎない?」
「村長が税を横領するのはよくあることですよ。だから重税を掛けてもなかなか集まらない現象が起こるんです」
途中から合流したイアルが言う。イアルは字を習っている途中なので、一人輔佐が付いている。
彼も税を集め終わり、アルムスの元に行く途中だ。
「でもロン君、カッコよかったよ?」
「やっぱり? 練習したんだよね。ほら、リーダーが優しい分、俺たちが厳しく行こうと思ってさ」
イチャつきバカップル。
それを半笑いで眺めるイアル。
「ところでさ、馬足りなくない? 騎兵どうこうじゃなくて、税金の徴収とか農地を耕したりするのとか。やっぱり買った方が良いと思わない?」
「馬の購入に関しては領主様も考えてるそうですよ? キリシア商人と交渉中だそうです」
「そうなんだ……でも費用とかどうするんだろ。紙だけで需要が満たせるだけの馬って買えるのかな?」
現在、アス領では未亡人や子供を集めて紙を大量生産中だ。
とはいえ、紙に出来る木の数にも限りが存在する。
果たしてそれで馬を揃えられるのか、そしてそれだけの馬を維持出来るのか。
「これを屋敷の蔵に移したら今度は北の方の村か……遠いから泊りがけかな。はあ……」
「まあ、あと暫くすれば暇になりますし。それまで頑張りましょう。一番大変なのはあの御二人ですよ」
元フェルム王の宮殿。
現在ではアルムスとテトラの愛の巣だが、現在愛の巣とはかけ離れた地獄と化していた。
「クソ……多すぎるぞ!! これでようやく四分の一か……」
「……正確に言えば現在ある報告書のうちの四分の一。多分追加が来る」
「分かってるから……お願いだから言わないでくれ……」
住民票を作り、税金をしっかりと徴収する。
なるほど、当たり前のことだ。
この当たり前のことがここまで大変だったとは……
どうしてみんなやらないのかな? と思ってたけど……
やらないんじゃなくて、やれないのか。
「ロンたちが帰ってきたらヘルプを頼もう。これ、二人だけじゃ捌けない……」
「賛成。早くみんな終わらないかな……」
みんなは今、頑張ってアス領中から税金を徴収して周ってくれている。
きっと疲れているだろう。
本当に申し訳なく思う、
でもな。
俺たちの方が疲れてるんだよ!!
「はあ……毎年この季節にはこれをやるのか……こりゃあ死ぬな」
「大丈夫。来年は十人が使えるようになる。つまり徴税官が十人増える。それだけ仕事も楽になる……はず」
「でもさ、最大百人なんだよな……」
俺と一緒に付いてきてくれた子供たちは百人。
つまり官僚の限界人数は百人だ。
現在は幼い女の子も容赦なく狩りだして七十人体勢。
今より一・五倍人数が増えるけど……
「やっぱり人材育成とか必要かな?」
「うん。必要。後で話し合おう」
つまり仕事が一つ増えたということだ。
はあ……
ストレスが溜まるな。
「なあ……ちょっと当たっていいか?」
「ん? っんあ!」
俺はテトラの唇に自分の唇を押し付け、強引に押し倒す。
「息抜きさせて貰うぞ?」
「ん……好きなだけ当たって……」
テトラは瞳を閉じる。
俺はテトラの胸に手を伸ばし……
「あのー、追加の報告書です……」
ルルと目が合った。
ルルは慌てたように目を逸らし、黙って机の上に置く。
「えっと……もうちょっと場所を選んだ方が良いですよ?」
ルルはそう言って出て行った。
……
気まずいな。
どうするか。
「どうする?」
テトラは俺を真っ直ぐ見つめて聞いてきた。
「うーん、今夜まで取っておこう。なんか冷めちゃったし。それに……」
追加の書類を早く消化しないとな。
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番外編 ブラジャー
「なあ、テトラ。胸を見せてくれないか?」
「ん? 別に許可なんか取らなくてもあなたの物なんだから好きな時に揉めばいい」
嬉しいことを言ってくれるな……
だけど今回は揉みたいんじゃないんだ。
「何それ?」
「下着だよ。手作りだ。ちょっとサイズを確かめたい」
俺は手作りのブラジャーをテトラの胸に取り付ける。
大きさはぴったりだ。
毎日確かめてるおかげだな。
「どうかな? 付け心地」
「……変な感じ。でも悪くない」
「そうか、それは良かった」
アデルニア半島には下着が無い。
一応腰巻みたいなモノは着るが、あれは下着とは言わないだろう。
スゴイ気になってしまう。
揺れる胸が。
いや、他人の胸ならむしろ眼福だけど自分の妻の胸だからな……
まあ幸運? なことにテトラは並乳だけど。
「これを付けてれば胸が垂れにくくなる」
「本当? 何枚ある?」
「取り敢えず試作品の一枚だけだけど……欲しいなら何枚も作るよ」
「じゃあ五枚くらい作……作り方教えて。自分で作るから」
別にいいけど……
テトラの胸想像しながら作るの結構楽しいんだけどな。
でもその理由で断ったら変態か。
数十年後、アデルニア半島全土にブラジャーが広まることになるとは二人はまだ知らない。