第四十二話 土産
「なあ、何してるんだ?」
「杖を作っている」
杖?
テトラは何やらパーツのような物を組み合わせている。
一本の細い棒に大人の腕ほどの円盤をいくつも組み合わせている。
円盤には幾何学模様が走っている。
先端には水晶が埋め込んである。
「教えてくれ」
「分かった」
テトラはまず俺に白い手のひらを向けてきた。
ふわっと俺の髪の毛が揺れる。
風を起こす魔術だ。
「私くらいの高位の呪術師は魔法陣無しで魔術が使える。でも……」
テトラはそう言ってから紙を取りだす。
魔法陣が書いてある。
それを俺に向けてきた。
幾何学模様が光り、さっきよりも強い風が吹く。
「こうやって魔法陣を媒体に魔術を発動させた方が効率が良い。魔力は自分が持っている物を使うから魔法陣は永遠に使える」
なるほど……
俺は魔術師じゃなくても魔術が使えることばかり注目してたけど、そういう利点もあるんだな。
「でも問題が一つ。魔法陣は固定された物だから同じ威力の同じ種類の魔術しか使えない。これでは戦闘はとてもじゃないけど出来ない。それに紙では魔法陣の情報量に限界がある」
確かにな。
応用性が無い。
魔術の利点は敵に合わせていろんな方法でアプローチ出来ることだ。
一種類しか使えないんじゃ槍を投げるのとあまり変わらない。
何枚も持ち歩けるようなものじゃない。
テトラ曰く、魔術の強さは魔法陣の大きさに左右されるらしい。
だから人を傷つけるだけの威力を出すにはかなり大きな紙が必要になるとか。
全然ダメだな。
「そこでこうやって円状の木板に魔法陣を刻んで組み合わせた。この魔法陣は一つ一つは意味を成さない。でも複数組み合わせることで……」
テトラは俺に完成した杖を向ける。
杖が光り、大きな風が吹いた。
かなりの威力だ。
「しかもこれは回転させることで接続を変えて、全く別の魔術を作りだすことが可能」
テトラはいくつか円盤を回転させる。
そして杖を上に向ける。
炎が吹きだした。
「でもさ、威力の問題はどうすんの?」
円盤は紙よりも狭い。
いくらいくつか組み合わせるからといって……
「問題ない」
テトラは自信有り気に言う。
「良い? 今までは平面……|X軸(横)と|Y軸(縦)の二乗で情報を表していた。でもこれには|Z軸(高さ)が加わっている。つまり表せる情報量は三乗になる!」
……
お前っていつからそんなに頭良くなったっけ?
「ところでその水晶は?」
「リガル・ディベルという人から貰った装飾品の一部。装飾品には興味ないから分解した。透明度の高い水晶は魔術式を歪めずに魔力を九十九%伝導させることが出来る。魔法陣の本体は木製だから火を出すと燃える。でも水晶を取りつければ問題ない。水晶は燃えない。それにつけた方がカッコイイ」
なるほど……
さっぱり分からんな。
取り敢えず、リガルさん。
ごめんなさい。うちの妻はあなたからの贈り物を分解しちゃいました。
「ところでアルムス。何か悩んでるようだけどどうしたの?」
「バルトロの娘が産まれるだろ? その誕生パーティーに土産で何を持っていけばいいかなあってさ」
バルトロに聞いてみたら、基本的に酒が一般的らしい。
酒は主催者は勿論、参加者が持ち込んだモノを全員で飲んで酔っ払うとか。
そう言えば結婚式ではいろんな豪族が酒を持ち込んでたな。
次点で装飾品とかお守りとか子供用の高級服だとか。
「蜂蜜が良いだろうとロサイス王には言われたけど……ほら、そんなに量は用意できないだろ?」
「確かに……紙は……贈り物としては変。やっぱり無難にお酒か食べ物にしたら?」
「でも旨い食い物なんて用意できるか?」
俺たちが作るパンは旨い。
だがパンを祝いに持ってくるってどうなんだ?
主食だぞ。しかもバルトロが用意したモノよりも旨い。
ダメだ。面子潰しちゃう。
バルトロが出すであろう基本的な料理や食材はNGだ。
となるとやっぱり酒か……
「何か思いついた?」
「まあな。蒸留酒を作ろうと思う」
この世界の酒のアルコール度数は非常に低い。
ワインと言ったら基本的にちょっとアルコールの入ったブドウジュースみたいなのが基本だ。
酔うためというよりも、水分補給、そしてアデルニア半島の硬水を飲みやすくするための物として扱われる。
まあ高くて三%。
そして凄く度数が強くて五%ほど。超凄くて十%。
あ、ちなみにこれは俺の体感ね。
蒸留酒は度数四十%くらいだからウケるのは間違いなし。
ワインはフェルム王が蓄えていた分、そして俺たちが前の村で作ってた分がある。
宴会で出す分の蒸留酒は十分に作れる。
熟成無しなので美味しさはあまり保証できないが……そもそもアデルニア半島のワインそのものが美味しくない。
味はアルコール度数が強いというだけで補える。
みんな美味しい酒よりも酔える酒を欲しているわけだし。
ブドウジュースに混ぜて飲めば解決するしな。
バルトロの子供が生まれるのは六月になってからだろう。今は五月。
つまりあと一か月は余裕がある。
作り方は簡単。
中学校のころにやった水とエタノールの混合液を蒸留する実験を再現すればいい。
ただ問題が一つ。
「特別な器具が必要なんだよな……」
「ダメじゃん」
「いや、大丈夫だ。作れば良い」
俺は作れないけど。
フラスコの代わりに青銅器を使えばいいんだし。
鍛冶師に頼むか……
「というわけなんだが可能か?」
「うーん、なかなか難しいですね。不可能ではありませんが……ですが税の剣と槍が……」
「後回しでいい。二か月、延長しよう。安心しろ、青銅フラスコはちゃんと小麦で支払って買い取る」
俺がそう答えると鍛冶師たちは少し驚いた顔をする。
「……買い取ってくださるのですか?」
「ああ。税じゃないからな。戦か天災でも起こって緊急に物資が必要でないとき以外に俺は臨時で税は取らん」
それに税として徴収されるよりも買い取られる方がそっちもやる気が出るだろう。
鍛冶師は貴重な存在だ。
締め付けはしないさ。
それにロサイス王から貰った分とバルトロから買った分で十分に備蓄はある。
外貨は紙と蜂蜜で稼げるし。
鍛冶師たちは顔を綻ばせて、必ず納めますと言って退出した。
「ねえ、アルムス」
「ん? 何だ?」
「新しく募兵する兵の装備って足りてる?」
「十分じゃない。だけど募兵が完了するまでは時間が掛かるしな。それに予備は無いけど全員分は確保してある」
フェルム王の軍から剥ぎ取った分。
フェルム王が蓄えていた分。
フェルム王のおかげで武器は潤沢にある。
それにアデルニア半島での兵士の武器は基本的に持参だ。
だからあまりにも酷い装備のみを交換してあげればいい。
「最低でも装備は青銅以上の揃えたいな。木の盾は酷すぎる」
前回の戦いではグラムの弓で面白いように木の盾装備の兵士が殺されてた。
高性能の矢は木の盾では防げない。
「でも鎧は皮がいいと思う」
「青銅じゃ重いからな……戦争で重要なのは機動力だし」
それに重装歩兵の突撃はかなり体力を使う。
やはり皮が望ましい。
まあ俺たちは加護の影響で身体能力高いから全身青銅でも余裕だけど。
そう言えば俺の加護ってどこまで有効なんだ?
ユリアは忠誠がどうのこうのって言ってたけど。
アバウトだからな……
少なくともフェルム王の国の連中は俺に忠誠は抱いてなかった。
新しく来た難民も同じように。
一体いつからうちの子供たち(今は子供じゃないけど)は俺の加護の影響を受けるようになったのか。
まず俺自身に影響が出始めたのはロズワードを守った時だろ?
そのころの子供たちは普通だった。
やっぱり十歳から十四歳の間に徐々に変化したということか。
つまり最低でも四年は掛かるのか。
否、いつも一緒に居た俺たちとアス領の民は違う。
それを考えると……
ダメだな。加護は期待しない方が良い。
やっぱり微妙な加護だな……
でも俺の身体能力は村に居たころよりも上がってるんだよな。
つまりみんなに波及するのと俺自身に影響が出るまでのハードルは違うってことだよな?
そしてアス領の人が少しづつ俺に忠誠を持ち始めている証でも……
「アルムス? 生きてる?」
「ああ、すまん。生きてるよ。ちゃんと生きてる。少し考え事してただけさ」
考えても無駄か。
どうせ分からん。
水晶は偶然の発見です
テトラがカッコイイ飾りとして水晶付けたら偶然に良い結果が得られたというだけの話です