第三十七話 皇帝の憂鬱
詰まらない番外編はこれにて終了
ペルシス帝国首都ジャムシード。
「はあ……」
ペルシス帝国皇帝クセルクセス三世は悩んでいた。
彼の目下の悩みはキリシア人だ。
彼の祖父、父はキリシアに遠征して両方とも敗北している。
キリシアとペルシスは非常に仲が悪い。
別に彼はキリシアが欲しいわけではなかった。
というかくれると言われても丁重にお断りしたいくらい要らない。
そもそもキリシアはあまり豊かとは言えない土地だ。
乾燥していて雨の量も少ないため小麦もあまり採れない。
オリーブ栽培とブドウ栽培が盛んと言えば聞こえがいいが、むしろそれしか産業が無いということの裏返しだ。
そんな場所を征服しても意味はない。
では何故歴代の皇帝はキリシアへの遠征をしたのか。
キリシアがペルシス帝国にちょっかいを出してくるからだ。
ペルシス帝国にはキリシア人が住む地域がある。
ここに住んでいるキリシア人はしょっちゅう反乱を起こすのだ。
それをキリシア半島のキリシア人……主にアルトが支援する。
何度鎮圧しても、すぐに彼らは武器を援助して貰い力を付ける。
大元から排除しなければこの反乱は解決できない。
本当は独立させてやってもいいのだが、それを認めてしまうと帝国各地で反乱が勃発してしまう。帝国には多種多様な民族が犇めき合って居るのだ。
戦争は本当はしたくない。
金は掛かるし、国内の農地も荒れる。
百害あって一利なし。だがやらないより他はない。
やっても地獄、やらなくても地獄。
「どうやればキリシアを攻略できるか……連中は普段は争って居る癖に我が国が攻めてくる時だけ団結するからな……」
キリシアの総兵力は五万ほど。
一方ペルシスがキリシアに派遣できる軍は最大四十万。
兵力差は圧倒的だ。
だが負ける。
理由は士気の低さだ。
そもそもペルシスは多民族国家であり、兵士たちも多種多様な人種で構成されている。
彼らのペルシス帝国への愛国心は微妙な物だ。
しかも言語が違うため、素早く指令が届かない。
一方キリシア側は故郷を守るために戦うため、非常に士気が高い。
しかも年がら年中戦争に明け暮れているだけあり、練度が非常に高い。
故に毎回負けるのだ。
「アルトの重装歩兵は練度が非常に高い。クラリスの雇うゲルマニス騎兵隊の機動力は侮れない。レイムの兵士は無敵の強さを持ち、テルバイの戦術家たちやホモ……神聖隊は厄介だ」
そして海上戦力。
キリシアの操船技術はペルシスよりも高い。
どんなにペルシスが船をそろえても、尽くキリシアに負けてしまう。
「陛下、目標の軍船六百隻の建造が完了しました」
「そうか……レバノン杉で出来た軍船だ。そう簡単に負けるとは思えないが……」
海戦は練度により大きな差が生まれる。
果たして船の数と質でどれだけキリシアとの差が埋められるか。
「陛下。対キリシアについてですが、提案があります」
「何だ? 申してみよ」
宰相はニヤリと笑い、提案を言う。
「パンはパン屋に、といいます。キリシア人と同じだけ、いやそれ以上に操船技術に長けた者たちが居るでしょう? 彼らと同盟を結ぶのです」
「ポフェニアか……悪くないな。して、陸はどうする?」
「キリシア兵は強兵です。ですがあくまで人。所詮人を越えた者には敵わない」
クセルクセスは宰相を見つめる。
宰相は口を開く。
「砂漠の化け物どもをぶつけましょう。負けても連中の数が減って良し。勝ったら勝ったで、それで良しです」
「なるほど……それは名案だ。では、早速親書を書こう」
「♪~♪~♬」
ペルシス帝国首都ジャムシードから西の砂漠。
キリシアとペルシス帝国の国境からほんの少し南に広がる大砂漠。
そこで一人の女が鼻歌を歌っていた。
褐色の肌に黄金のように輝く金髪。
その手には不釣り合いなほど巨大な槍。
槍の先端には黒光りするドラゴン・ダマスカス鋼が輝く。
否、一人でというのは少し語弊があったかもしれない。
正確に言えば一人と一匹。
巨大なサラマンダーと共にだ。
もっとも、サラマンダーが歌っているのは鼻歌ではなく悲鳴であるが……
尻尾を切断され、角を折られ、六本あるうちの一本の足を切断されたサラマンダーは悲鳴を上げながらも目の前の
「♪~♬~♪~♩」
女は鼻歌交じりにサラマンダーの懐に飛び込むことでその火炎を避け、顎に槍を突き刺した。
「■■■■■!!」
サラマンダーは悲鳴と共に鮮血を吹き上げながら後ずさる。
女は飛び上がり、背中に槍を突き刺した。
「■■■■■■!!」
女の体が炎のように赤い血で真っ赤に染まる。
女は唇に付いた血を舌で舐め取り、ニヤリと笑う。
「おっと!」
サラマンダーが地面を転げ回ったことで、女はサラマンダーの背から振り落されてしまう。
槍は背中に刺さったままだ。
サラマンダーはこのチャンスを逃がすまいと、女にその牙をむき出しにして襲い掛かる。
「あは」
突っ込んできたサラマンダーの鼻目掛けて、女は蹴りを入れた。
バキッという音とともにサラマンダーの鱗に亀裂が走る。
「これ、ドラゴン・ダマスカス仕込みの靴だから~」
サラマンダーはボールのように吹き飛んだ。
あまりの激痛に起き上がることが出来ないサラマンダー。
その背中から槍を引き抜く。
「じゃあさようなら~」
心臓に突き刺した。
「族長様!!」
「ん? 何かな?」
女がサラマンダーを解体していると、ラクダに乗った男が駆けてくる。
「族長様。皇帝からの手紙です」
「ありがとう。あと族長様じゃなくてもっと親しみを込めてアイーシャ様でいいよ」
アイーシャは男にウインクした。
「ところでこのサラマンダー。お一人で?」
「うん。強いって聞いたから期待したんだけどね。大したことなかったよ」
「大きさからいって魔獣級下位に見えますが……相変わらずお強いですね」
男はアイーシャに敬意と畏怖の入り混じった視線を送った。
砂漠の民とはキリシア半島から南東に広がる砂漠地帯に住む民族だ。
百人に一人という高い割合で『狩人の加護』という加護を有し、高い錬鉄技術を持つ。
砂漠をラクダで行き来し、放牧をしながら商売をし、交渉が決裂すれば武器を持って略奪する。
鍛冶師でもあり、遊牧民でもあり、商人でもあり、盗賊でもある。
それが砂漠の民だ。
彼らは砂漠にいくつも存在するオアシスを中心に居住していたため、長らく統一されることはなかった。
一応すべての氏族はペルシス帝国に隷属しながらも、その実態は半ば独立国であり、互いに水場や交易路を争い、小競り合いを繰り返していた。
これには歴代のペルシス帝国の皇帝も頭を悩ませていたという。
だが八年前、すべての氏族が武力統一されることとなった。
その偉業をやり遂げたのがザハブ氏族の氏族長。
アイーシャ・ザハブである。
彼女は本来砂漠の民が有している『狩人の加護』の他に、二つの加護を有していた。
一つは『闘神の加護』。
もう一つは『狂闘の加護』。
三つとも身体能力強化系加護だ。
彼女は父親が死ぬと、腕力で兄や弟を屈服させ氏族長の地位を手に入れた。
そして即位して間もないクセルクセス三世に取り入り、肉体関係を結んだ。
その圧倒的武力とペルシス帝国の影響力を背景に瞬く間にすべての氏族を手中に収めたのだ。
「さてさて、クセっちは私に何を頼みたいのかな?」
アイーシャは封を破り、親書を読む。
そしてニヤリと笑った。
「皇帝は何を要求してきてるんですか?」
「今度、キリシアに派兵するからお前らも参加しろだってさ」
それを聞き、男は顔を顰める。
「ん? どうしたの?」
「皇帝は俺たちを道具扱いするつもりですよ。良いんですか?」
「あはは。お互い利用し合う関係なのに何言ってるのさ」
砂漠の民はペルシス帝国内で自由に商売をしても良い権限を与えられている。
その代わり帝国は砂漠の民に商業税を課す。
砂漠の民にとって交易は無くてはならないものだし、商業税は帝国の莫大な軍事費を支える大事な収入。
少なくともアイーシャとクセルクセス三世は非常に良好な関係と言えた。
もっとも砂漠の民は独立心が強いため、形ばかりとはいえ異民族の皇帝を上に置くのを嫌う者も多くいるのだが。
「それに好きに略奪して良いってさ。大儲け出来るよ? 前々からキリシア人ウザいと思ってたんだよね。なんか上から目線だし。勝手に商売やり始めるし。ここは殺して数を減らしておこうよ」
砂漠の民もキリシア人も商業民族だ。
元々は陸と海で住み分けしていたが、近年クラリスの商人達が内陸貿易に手を伸ばし始めていた。
そのため現在、砂漠の民とキリシア人は非常に険悪な関係になっている。
「それに……」
アイーシャはサラマンダーの一本だけ残った角を掴む。
「最近大人しくしてたから。ここは一つ、大暴れしてクセっちに
角が粉々に砕けた。
アイーシャ・ザハブは現状世界最強の人間です
魔獣級というのは生き物の強さのランクです。上から神獣級、聖(魔)獣級、普通の獣になります
別の話で詳しくやるので今は流してくれて構いません