第三十二話 初陣Ⅳ
「さて、真面目な話だ。お前さんたちは何人呪術師が居る? あ、魂乗せが使える呪術師のことだ」
「三人だな。あとフェルム王の魂乗せが出来る奴はテトラの話だと九人。その内三人は奇襲で倒している」
俺がそう答えると、バルトロは満足気に頷いた。
「そうか。俺たちは五人連れてきている。そしてフェルム王の魂乗せ使いを二人、葬っている。つまり残りは四人か……」
バルトロは顎に手を当てる。
「よし、こうしよう。俺たちは三人を反乱軍のところに遣わす。残りの二人とお前さんたちのところの三人は敵の結界を破るのに専念してもらう」
「ああ。それで構わないよ」
結界には二種類ある。
呪術を防ぐ抗呪術結界と物質を補強する物理結界。
この場合の結界は物理結界だ。
呪術で補強された物質はそれなりの強度で、防衛設備を破壊する時に障害になる。
とはいえ、あくまでそれなりだ。
石の城壁であるなら脅威だが、所詮木造。
結界ごと火薬で破壊できてしまえることは実験で明らかになっている。
所詮、結界は防衛設備を
俺たちはそろって進軍を始める。
暫く進んでいると、鷹が帰ってきた。
鷹は馬車に乗っている呪術師の肩に止まる。
呪術師は目を開けた。
「届けて参りました」
「そうか。ところで戦闘は始まっていたか?」
バルトロの質問に呪術師は深く頷く。
「はい。すでに反乱軍は都を落とし、宮殿に籠城しています。それをフェルム王が落とそうと攻撃を仕掛けています。なかなか反乱軍は粘っていました。そして帰還の際に敵の呪術師と交戦、撃破しました」
フェルム王が都を攻めてるのか……
逆の状態だな。
「これはチャンスですね。今から強襲を掛ければ挟み撃ちに出来ます」
「ああ。でも結界の破壊用に温存した呪術師が無駄になっちまったけど……」
俺たちは行軍速度を上げる。
「ところでお前さんたちの兵は疲れ知らずだな。どんな訓練をしてるんだ?」
「特にしてませんね。毎日狩りをしてたのが良かったんじゃないですか?」
「やっぱりそうか。よし、これから近衛の訓練に狩りを入れよう。ところでロマーノの森で狩りをしてもいいのか?」
「はい。というかグリフォン様の領地はあの森の奥深くです。森の奥深くで狩りをしない限り、グリフォン様の怒りに触れることはありませんし、奥深くに入ってしまったとしても警告されるだけですぐには殺されませんよ。グリフォン様は寛大な方ですから」
「マジで! そう言えばフェルム王も堂々とロマーノの森を進軍したそうだし……俺たちはとんだ勘違いをしていたようだな……」
バルトロは肩を落とす。
今まで大量の木材や獣を見逃していたのだから当然と言えば当然か。
でもあんまり調子に乗ると怒られるぞ?
グリフォン様は短気だからな。
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小高い山の上。
このすぐ下から戦闘の音が聞こえる。
見下ろすと、フェルム王の都。
二種類の旗が大きく揺れている。
「おお、やってるやってる。偵察通りだな。敵にはもう見張りに出せる呪術師は居ないだろうし。いいねえ、間違いなく奇襲は成功するぞ」
「あ、危ない」
俺は見張りの兵士が俺たちの方を向こうとするのを見て、バルトロの頭を押さえつける。
兵士はすぐに視線を逸らした。
「おい、痛いだろ。顎を地面にぶつけたぞ」
「まあまあ、早く突撃しましょうよ」
俺とバルトロは山を降りる。
そして隠していた兵士たちに号令を掛ける。
「よし、全軍隊列を組め」
バルトロの号令で兵士たちが隊列を組み始める。
俺たちもバルトロたちを見習って隊列を組む。
「おい、何で俺たちよりも上手いんだよ!」
「我々はみんな家族みたいなものですからね。団結力が違います」
隊列を組むのは簡単だ。
難しいのは隊列を組んだまま、それを乱さず移動すること。
農民から徴兵した兵士には団結力なんかないから訓練で身に付けさせなくてはならない。だが俺たちには最初から備わっている。
「……お前たちとぶつかったら負けるかもな……」
バルトロは俺たちを見ながら呟く。
そっちは三百でこっちは五十。
どう考えてもバルトロが勝つと思うけどな……
「俺たちが最初に突撃しますよ」
「くそ……手柄を独り占めさせたくないが……お前らの方が絶対足早いしな……」
バルトロは悔しそうに俺を睨む。
あんたは十分に手柄取っただろ。
これ以上功績を上げる必要性なんてないと思うけどな。
ちなみに言っておくが、俺たちが先陣を切るのは手柄が欲しいからじゃない。
命の方が大切だし。
ただ、バルトロたちが前に居ると邪魔だ。いろいろとね。
俺たちは隊列を乱さないように進軍する。
もう目視できるほど近づいている。多分気付かれているだろう。
俺たちは進軍速度を速める。
「行くぞ!! 全軍、突撃せよ!!」
俺たちは一気に走り出す。
もう止まろうと思っても止まれないし、止まったら死ぬ。後ろに潰されて。
さすがに気づいたようで、フェルム王の軍が揺れ動き始める。
後列がこちらに槍を向ける。
受け止める気か?
流石はフェルム王というべきか。
陣形を組むまでが非常に早い。
だけど……
「よし、爆槍構え!」
俺は手に持っていた爆槍を掲げる。
次々と俺と一緒に前列を走っている仲間たちが槍を構える。
「放て!!」
槍は放物線を描き、フェルム王の軍に着弾。
地面が大きく揺れる。
槍を構えて待ち構えていた敵兵士たちが白煙に包まれる。
大混乱だろう。
というか直撃だから死んでるな。
「斬りこめ!!」
俺は馬の腹を蹴る。
爆発音に慣れさせる訓練のおかげか、馬はいつも通りの働きを見せてくれる。
俺の横をロン、ロズワード、グラムが並ぶ。
「フェルム王の首を討ちとる!!」
俺は白煙の中に入りこんだ。
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想像通り、敵は大混乱に陥っていた。
槍を適当に振るう。
敵は隊列も組めず、逃げ惑うばかり。
だけどフェルム王を探すのは大変そうだな。
ふと俺の視界に豪華な服を着ている奴が目に映る。
フェルム王じゃない。だけど重要人物なのは間違いないな。
「そこのお前! 司令官だな。その首貰うぞ!!」
俺は槍を豪華野郎に叩きつける。
「ふん、この程度!!」
そう叫んで豪華な服の奴は俺の槍を剣で受け止め……
「ぎゃああ!!」
剣ごと叩き斬られた。
真っ二つに折れた青銅製の剣が舞う。
すまんな。
武器の差、ついでに加護の差だ。
恨むなら神を恨めよ?
「貰った!!」
後ろから強烈な殺気。
振り返ると兵士が剣を振り上げていた。
不味い!!
「死っぎゃあ!」
兵士は地面に倒れる。
その額には矢が刺さっている。
「大丈夫? アルムスさん」
グラムが弓を構えながら近寄ってきた。
その後ろにはロンとロズワード。
「独断専行は危険だよ?」
「ああ、すまん。助かった。ところで……」
俺はグラムが持っている長弓を見つめる。
「お前、よくこの乱戦の中で長弓を討てるな。しかも馬に乗ったまま」
「ん? 何か変?」
「いや、別に良いけど」
俺が引き下がるのと同時に、敵兵がグラムに斬りかかる。
「死ね!!」
「お前がな」
グラムは冷静に矢を手で握り、敵兵の目玉に差し込んだ。
これは痛い。
というか使い方間違ってるだろ。
最初から槍を使え。
「グラムが変なのはいつものことでしょう。さあ、フェルム王を探しに行こう。俺が先に行くよ」
ロンはそう言って馬の腹を蹴り、敵の中に消えていく。
俺たちはその後を追った。
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時は少しだけ遡る。
「クソが!! 何故陥落している!」
フェルムはアス家の家紋が刻まれた旗を睨みつける。
防衛施設には焼けた跡がある。
百も兵を残していたし、都には掘りも柵も用意してあった。
結界も何重に掛けて、強度を上げてあったはずだ。
「申し訳ありません。突然炎が……」
「言い訳はどうでもいい! 早く取り戻すぞ。挟み撃ちにされる!!」
フェルムは全兵士に攻撃命令を出す。
途中で兵を徴発しながらここまで来たので、兵の数は六百にまで増えている。
だがその所為で士気は低い。
「なかなか進まんな」
「アス派の連中、何であんなに士気が高いんですかね?」
「知るか、俺が聞きたい」
ふと、ここでフェルムの脳裏にある少女の姿が浮かぶ。
かつて自分が見逃してしまった少女。
もしかして……
(まさかな)
フェルムは脳裏に浮かんだ嫌な想像を振り払う。
その時だ。
後方の兵がざわつき始める。
同時に地響きがフェルムの耳に響く。
「どうした!」
「大変です! 背後からロサイス軍が!!」
「何だと!!」
フェルムは一瞬、パニックになる。
だが瞬時に自分を落ち着かせた。
「後方の兵に迎撃を命じろ!」
フェルムは司令官に命じる。
さらに副官と周りの近衛兵に言う。
「もうこの国は諦める。ドモルガル王の元に亡命するぞ。そこで再起を図る!」
フェルムは馬に乗り、近衛たちと一緒に戦場を離脱するために駆けだした。
だが走り出すのと同時に轟音が起こる。
あっという間に大混乱に陥る。
「クソ、あいつらの言っていた炎と煙はこれか……厄介な物を!!」
フェルムたちは必死に駆けだす。
もはや戦線は崩壊している。
時間稼ぎも出来ない。
「急げ!! 馬が潰れるま、ぐああ!!」
副官が悲鳴を上げて落馬する。
フェルムが振り返ると四騎の騎兵。
その中にはアルムスと名乗った青年も居た。
次々とフェルムの周りの兵が射落とされていく。
フェルムは立ち止った。
「おのれ……よくも俺の夢を邪魔してくれたな。お前たちも道連れだ!!」
フェルムは槍を構え、アルムスたちに突撃する。
それをアルムスがダマスカス鋼の剣で迎え撃つ。
両者の槍と剣が交差する。
「クソが……」
フェルムは呻き、アルムスを睨みながら倒れる。
腹にはアルムスの剣が深く突き刺さっている。
「あんたのミスはテトラを生かしたことだ。まあ俺はそのおかげで彼女に出会えたから感謝してるぞ?」
「はは、やはりそうか……あれはミスだったか……」
フェルムは悔しそうに、愉快そうに笑う。
「精々幸せにしてやるんだな。俺が見逃した意味がなくなる」
フェルムはそう言って息絶えた。
次回で一章終了予定