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第二十七話 イアル

 「はあ……」


 実に面倒だ。

 現在、村ではちょっとした火種がある。


 要するに難民と元居た俺たち対立問題だ。


 もっとも、全面的に仲が悪くなっているわけではない。むしろ良好な関係を築けている方と言える。

 難民の子供たちとうちの村に居た子供たちはよく一緒に遊んでいる。

 子供からしたら養われている側とか養っている側とかは関係ないのだ。


 それに複雑だが元兄弟という関係の子供も居るからな。子供同士は仲が良い。

 さて大人と俺たちだが、一部良好、もう一方は不穏といったところか。


 俺の加護の影響でうちの村の連中は非常に身体能力が高いことが判明している。

 それに日頃から剣の鍛錬をしていて、難民はそれを見ているのでこっちを恐れているのだ。


 あっちも養って貰っていることは自覚しているようで、こちらと良好な関係を築こうとしている。

 勿論俺も築きたい。

 だから定期的に酒宴を開いた。飲み二ケーションだ。


 やはり酒というのはコミュニケーションの手段としてはなかなか優秀なようで、それなりに話が出来る。

 それに俺たちは一緒に軍事訓練をするようにしている。

 フェルム王が攻めてきた時に一緒に戦うためである。

 難民の方もフェルム王に負けたらただでは済まないことはよく理解している。何しろフェルム王のところから逃亡してきた身だからな。


 良くて総奴隷、常識的に皆殺し。


 だから一生懸命訓練に精を出している。命が掛かってるから当然だ。

 こっちも一生懸命に訓練しているのを見れば気分も良くなる。仲間意識も芽生える。

 ロンは槍、ロズワードは剣、グラムは弓がそれぞれ得意なので難民たちに教え込んでいる。


 もっとも、やはり剣と弓は扱いが難しいので槍がメインウェポンになりそうだけど。

 やっぱり共通の敵が居るというのが良いようだ。

 フェルム王様様……いやフェルム王の所為で俺たちは同居する羽目になっているんだが。


 さて次は不穏な方……要するに火種だ。

 一つは子供の言うことなんて聞きたくねえな派の人間。

 だけど村に襲来したクマを俺が槍投げで即死させたらみんな黙った。


 他にもロンやロズワードやグラムがその実力をこれでもかと見せつけて、これでもかと見せつけられた方々はしをらしくなっている。


 それにイアルがいろいろ説得してくれたようで、こっちはあまり問題になっていない。

 まあ少数派だしな。


 二つ目、こっちが一番の問題だ。

 捨てた子供と仲直りしたい派だ。


 ルル以外にもそういう関係が三組ある。

 彼らはどうしても子供たちと仲直りがしたいらしく、定期的に子供たちに振られている。


 ルルが酒宴の時に酒を両親にぶっかけたのは冷や冷やした。おかげでその時は一時間くらい誰も話が出来なかった。

 仕方がないのでそういう関係の四組の元家族には接近禁止令を出した。


 だがどうしても仲直りしたいらしく……


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 「俺はあんたらに近づくなと命令したはずだぞ。どういうことだ」


 俺は目の前で土下座する男女を見下ろす。


 ルルの両親だ。


 二人はどうしてもルルと仲直りがしたかったらしく、密かに難民移住区を脱出して会いに行ったのだ。

 だが会ったからと言ってはい仲直りになるわけない。

 二人は怒ったルルに石を投げられ、鷹を嗾けられ、それでも近づこうとしたためルルが泣きだした。

 それにプッチンしたグラムが二人をぶん殴り、気絶させて俺の前に運んできたというのが今回の事件だ。

 古傷を抉られたルルはソヨンとテトラに付き添われて泣いている。


 俺は人だ。

 だから人にはどうしても優先順位を付けてしまう。

 第一にテトラとユリア。次に年齢が近かったり、俺の輔佐をしてくれるロンやルルたち。そし他の子供たち。ついでにロズワードの嫁のリア。ここまでが大切な人のライン。


 難民をよくまとめてくれているイアルとはよく話し合うので、それなりに仲が良い。あと少しで大切な人に昇格しそうだ。

 そしてよく働いてくれている奴隷。彼らは俺によく尽くしてくれている。彼らも準大切な人と言ってもいい。

 次に来るのはそれなりに付き合いのあるロサイス王……まあ最近嵌められたから好感度は下がってるけど。そしてキリシア商人のエインズさん。武器の購入の際に負けてくれたから少し好感度は上がっている。


 そして最後に難民。


 優先順位最下位の難民が上位のルルを泣かせたわけだから俺の心象は穏やかではない。

 正直殴りたいくらいだ。


 まあグラムが殴ったからいいけどな。


 「何か申し開きは無いのか?」

 俺が再度聞くと、二人は縋り付くように言う。


 「お願いです! どうか仲裁をしていただけないでしょうか?」


 はあ……

 反省してないみたいだな。どうするか。

 取り敢えず俺の命令を無視したのだからそれ相応の罰を与えねばならない。今後のことを考えて。

 だけどうちの村には法が無い。

 だって今まで子供たちだけで生活してたんだから。


 だが俺が直接罰を下すと、難民の間で緊張が走ってしまう。

 どうしたものか……


 「お前たちはルルの古傷を抉ったんだ。あいつはお前たちの顔も見たくないんだよ。ルルはあんたらの顔を見るだけで傷つく。分かってるのか?」

 「でも私たちは……」 

 「理由は関係ない!! お前らはルルを捨てた。これは変わらない。そしてルルはお前らのことが嫌い。これも変わらない。諦めろ!!」


 俺はつい怒鳴ってしまう。

 俺が怒鳴るのと同時に部屋にイアルが入ってきた。


 イアルは静かに近づき、二人の胸倉を掴んで殴り飛ばした。

 「おい!! どうしてアルムス様の命令に背いた!! 自分が何をしたか分かってるのか?」

 「だけどイア……」


 もう一度イアルの拳は頬を打つ。


 そしてイアルは二人の頭を押さえつけながら自分も土下座をした。

 「申し訳ありません。罰は下しました。どうか……二人を許してやれないでしょうか」

 「……次に同じことがあったら追い出す。良いな?」


 俺はそう言って部屋を出ていく。

 俺の中でイアルの株が上がった。

 大切な人への繰り上げが決定した。


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 「おい、イアル。実は頼みたいことがある」

 「何でしょう?」


 俺とテトラはイアルのところまで歩いていく。


 「お前はあの地域がラゴウさんの統治下だったころから村長だったんだよな?」

 「いえ、その時は私の父が村長でした」

 「そうなのか? まあどっちでもいいか。ラゴウさんに今でも忠誠を誓ってる人くらいは分かるか?」

 「有力者は軒並み処刑されていますが……士の身分だった人はそれなりに残ってますね」

 「その人たちと接触してきてくれ。そしてもしもの時は呼応してくれるように頼んでくれないか?」

 「うーん、まあ言うだけ言いますが……望みは薄いですよ? 私たちが勝つとは少しも思わないと思いますし」


 「別に構わない。もしもラゴウさんへの忠義が本物で、フェルム王への憎しみが確かな物で、人柄が信用できると確かめることが出来れば……」


 俺はイアルに耳打ちする。


 「テトラがラゴウさんの娘だと明かしてくれ」


 イアルの目が大きく見開かれる。


 「いいか、このことはお前を含めて六人しか知らない。絶対に漏らすな。漏らしたら……分かっているな?」

 「もちろんです。私たちはあなたに助けていただいた身、決してその恩を仇で返すようなことはしません。ですが……本当に?」


 まあ、信じないよな。

 こいつはテトラのことをほとんど知らないし。


 あれ? そう言えば俺も確固たる証拠は見てないな。


 「なあ、テトラ。お前の神聖文字を見せてくれないか?」

 「了解」


 テトラはそう言って後ろを向き、少しだけ服を上げる。

 腰のところに家紋と『知恵』を意味する神聖文字が刻まれていた。


 「確かにアス家の家紋です……間違いない……」

 イアルがまじまじとテトラの家紋を見る。


 あんまり俺の嫁の背中を見るなよ。


 「申し訳ありませんでした。では潜入してきます」

 「頼むぞ。無理はしなくていい。お前が死ぬと困るからな」


 何しろ新住民を統括できるのはこいつしか居ないんだから。


 「あと遺書も書いていってくれ。後任の指名もお願いする」

 「私、キリシア語書けませんよ?」

 「テトラか俺が代筆するよ」


__________________


 イアルはフェルム王の国を訪れていた。


 フェルム王の国には大体五十から二百人規模の村が数百以上存在している。

 だからその数だけ村長は存在する。


 イアルの村はフェルム王の国の中でも最も辺境にあり、住民の数も少ない。

 それにイアルは三年前に父親が急死したことで村長に成った。

 だから顔はほとんど知られて居ない。


 とはいえ、ちょっと前に逃げ出した村の村長なのでそれなりに有名になっていると考えた方が良い。

 もっとも、おそらく死んだことになっているので気にする必要はあまり無いが。


 さて、問題はどうやってフェルム王に不満を抱いているであろうアス派と接触するかだ。

 イアルにはアス派だろう人間に心当たりがあった。


 その男の名前はボロス。

 元アス家の士族であり、何度もドモルガル王の国と戦い功績を上げていた。


 フェルム王が反旗を翻したとき、彼は休暇を取っていて自宅に居た。

 それが原因であっさりと捕まってしまった。


 当初フェルム王はボロスを殺そうとした。

 ボロスのラゴウ・アスへ忠誠は本物のように見えたからである。


 だが殺せなかった。

 理由は簡単。


 フェルム王に煽られて蜂起した兵士やボロスの領地の住民が助命嘆願をしたからである。

 さすがのフェルム王も自分の支持層に助命嘆願をされれば殺すわけにもいかない。


 その後ボロスはフェルム王に忠誠を誓うことで許され、辺境の地の警備に左遷された。

 他にも同じような理由や、元々の地位が低かったために殺す必要は無いと判断された士族たちは多くいる。


 問題はボロスがフェルム王に忠誠を誓った理由が、命惜しさか、仇を討つためかのどちらかか分からないということだ。

 だがイアルはほぼ間違いなくアス派だと考えている。


 彼が他の許された士族たちと連絡を取っているという噂があるからである。

 もっとも、あくまで噂。

 フェルム王も確証が取れないため処刑出来ていない。

 彼も必死で否定している。


 とはいえ、これに掛けるしか無いだろう。



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 まずイアルはボロスが左遷された村にやって来た。

 ドモルガル王との国境の近くだが、戦略上大した価値は無い。


 そんな場所だ。

 そこでイアルは商人に扮した。

 商品はアルムスから受け取った毛皮とワインだ。


 まずはその村のすぐ近くにある小さな山に行く。

 そして果物がなっているそれなりに高い木に登り……村の住民が通りかかるのを見計らって落下。

 強引に右足の骨を折った。


 親切な住民が彼を助け……こうして少々不自然ながら村に潜入した。




 さて、彼は偽名と偽の出自をペラペラと話した。

 そして自分の持っている商品を滞在費として払うからどうにか足の骨折が治るまで泊めてくれないかと頼んだ。

 村の住民はこれを大いに喜んだ。

 イアルが消費する食費よりも、彼が滞在費としてくれる商品の方が価値があったからである。


 そして村の村長を介してイアルはボロスに接触。

 一緒に酒を飲んで仲良くなった。


 こうして分かったのはボロスがなかなか気の良い男であるということだ。

 そして用心深い。


 さり気なくイアルがフェルム王やラゴウ・アスの話題を振っても、彼はフェルム王への不満を口にすることは無かった。

 だが、ほんの少しだけ、表情が動く。


 どうやら嘘が下手なようである。

 こうしてイアルはボロスがほぼ間違いなくアス派であると考えた。


 とはいえ、まだ確証は無い。

 もっと確定的な証拠が欲しいところである。


 だがここで一つだけ想定外のことが起きていた。

 思ったより足の骨折の治りが早いのだ。


 普通、嫌でも二か月は掛かるものだ。

 だが一週間でくっ付き、二週間で歩けるようになってしまった。


 そこでイアルは嘘を憑き、、まだ治っていないということにしながら真夜中、こっそりボロスを監視することにした。

 とはいえ、ボロスの家の前を周回するわけにもいかない。

 イアルは松葉杖を持ちながら、村の中をこそこそと歩きまわった。


 最悪、歩く練習を無理にしていたと言い訳するためだ。


 だがそう簡単に証拠は見つからない。

 やはり危険を承知でボロスの家を張りこむか……


 イアルがそう考えながら満月を見る。

 そして満月の前を小さな影が横切った。


 それは普通の人間の視力では見えないものだが、加護の影響を受け始めたイアルには薄らと見えた。

 その影は足に筒のような物を括りつけた梟だった。


 その梟は真っ直ぐボロスの家に飛んでいった。


 正式なフェルム王の使者ならそもそも梟便など使わない。

 つまり……仲間のアス派か、ロサイス王か、はたまたドモルガル王との内通である。

 どちらにせよ、フェルム王に不満を抱いているのは間違いない。


 こうしてイアルは確固たる証拠を掴んだ。



 次の日、イアルはボロスの家に赴いた。

 「実は昨日、こっそりと歩く練習をしていたら梟を見かけました。足に手紙を括りつけた」

 イアルがそう言うのと、ボロスが剣を引き抜くのはほぼ同時だった。


 剣はイアルの首筋ギリギリで止まる。


 「何が言いたい?」

 「テトラ・アス様の居場所を知りたくないですか?」


 その時のボロスの顔は非常に見物だったと、後にイアルは語った。


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 「あなたがアルムス殿でよろしいか?」

 「そうだ」


 俺の目の前には目つきが悪く、大柄の男。そして杖を持った老婆。

 その横にはイアル。


 そして俺の横にはテトラ。


 「拝見させてもよろしいでしょうか?」

 「分かった」


 テトラは背中を大柄の男に向けて、服を捲る。

 老婆はテトラの背中の神聖文字に触れる。薄らと光り始めた。


 「間違いありませぬ。これは私が四歳のテトラ様に刻んだ神聖文字と家紋です」

 老婆は断言した。


 「テトラ様!!」

 「うわ!!」

 大柄の男はその家紋を見るや否や、テトラの足元に跪いた。


 「疑って申し訳ありません。ですが……良かった。本当に良かった!! このボロス、あの敗戦以来今日ほど嬉しい日はございません!」


 うわ、大の大人が泣いてるよ……

 慕われてるな、ラゴウさん。いつか墓参りしよう。


 「アルムス殿!!」

 「うわっ!」


 いきなり肩を掴まれた。

 爪が食い込んでる!

 痛い、痛いから離れろ!


 「申し訳ありません! ですが、ありがとうございます! お嬢様を今まで守って頂いて、本当にありがとうございます。今から私を含め、家臣一同あなた様に忠誠を誓います」

 「ああ、ありがとう。分かったから涙吹け」


 俺はハンカチを手渡してやる。

 ボロスはハンカチで涙を拭う。

 おい、鼻をかむな!


 「だが必ず戦をするというわけではないぞ? 俺たちには戦力差があるんだ。戦は可能な限り避ける。分かってるよな?」

 「はい。勝率の低い戦は極力仕掛けるべきではないということは理解しています」

 「ならいいけど」


 あくまで俺の目的はみんなを、この場所を守ることだ。

 別に王や豪族に成りたいわけじゃないんだよ。


 味方に付けた方が有利だからこうしてるだけ。


 「それにしても小さな村にしてはなかなかの設備ですな」

 「突貫工事で頑張ったんだぞ。あとは落とし穴を大量に掘れば完成だ」


 あれから十か月。

 とても大変だった。


 「ところで秘密兵器というものがあるそうですな?」

 「まあな。見るか? 実はあと少しで完成しそうなんだ」


 俺は黒色火薬試作品NO100を取りだす。

 記念すべき百回目。成功させたい。

 比率は硝石・硫黄・木炭=七十五・十・十五だ。

 そしてこれを密閉した容器に入れる。

 そうすることで爆弾になる。


 「九十九回も試行錯誤したんだ。この配合比率で完璧だと思う」

 黒色火薬は作るのは簡単だ。

 だがこれを殺傷能力のある爆弾に変えるのは非常に難しい。


 強い衝撃を与えれば爆発するが、火をつけただけだと燃えるだけ。

 そんなものばかりが出来上がる。


 俺は黒色火薬を魔法陣の上に置き、魔法陣に手を乗せる。

 魔法陣が薄らと光り始める。


 この魔法陣はテトラに開発してもらったものだ。

 効果は魔力を流してから五秒後に発火するというもの。


 俺は急いでその場から離れる。


 五秒が経過する。


 頭の中を轟音が突き抜け、地面が揺れる。


 「一応成功かな」

 爆発が起きた跡地を見る。

 白煙が晴れると抉れた地面が顔を出す。これならかなり殺傷力が期待できそうだ。


 「こ、これは凄いですな。なんという呪術なのですか?」

 「呪術じゃないよ。まあ一部呪術を使ってるけどね」


 ボロスは少し怯えた表情を見せていた。

 大の男が怯えるんだ。フェルム王の兵隊からすればたまったもんじゃないだろう。


 「これがあれば勝利は確実ですな!」

 「さあ、どうかな」


 その辺はかなり怪しい。

 何しろ敵数が多いからな。


 「戦があるとしたらあと二か月後ですか?」

 「ああ。収穫時期だからな。それで丁度一年だし。貢物の徴収に来る可能性は高いな。今年は例年よりも寒かったから、あっちは不作だろう。毟り取ろうとしてくるはずだ。当然拒否する。俺たちにも備蓄が無いからな」


 本当はもう一年、時間を稼ぎたいところだけど……


 「基本は爆弾で相手の隊列を崩してからの突撃だ」


 ファランクスが強いのはがっしりと隊列を組んでいるからだ。

 それが崩れればこっちのものだ。


 そもそもファランクスは柔軟な動きが出来ないという弱点がある。


 しかもあっちの兵士の練度と士気は低い。


 出来れば村まで来る前に撤退してくれればいいけどな。

おかしいな……

二十二話よりも前にアルムスが製鉄法、聞きかじりなら知ってますよと発言した回があったような気がするんだけど……見つからないぞ

もしかして削除したのかな? そしてそれを忘れて二十二話書いた?


うーん……

見つけたら教えてください

無かったら二十二話の内容を変えます


※解決しました

やっぱり書いてなかったっぽいです

ロサイス王の製鉄技術くれ発言は修正しておきます

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