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第二十六話 準備

 「さて、小麦も手に入ったことだし難民対策について本格的に話し合おう」

 俺はいつものメンバー+イアルを呼び寄せて言った。

 どちらにせよ確実に揉め事は起こるだろう。

 でも対策を立てないよりはマシだ。


 「取り敢えず、俺たちとは少し離れた場所に家を建てて貰うよ。そこでまとめて住んでもらう。良いな?」

 「はい。それに関しては問題ありません。材料は……」

 「用意してやるし、手伝ってやる。その代わり、防衛設備の建築を手伝え」

 「ありがとうございます」


 イアルは俺に深く頭を下げた。

 難民と俺たちの居住区を分けるのは争いを避けるためだ。


 人間は距離が近いと相手の悪いところばかり目に入る種族だからな。逆に少し離れて見ると良いところばかり見える。

 それにルルとルルの両親。

 この両者が鉢合わせするのは危険だ。


 本当は仲直りさせてやりたいとは思うが……こればかりはどうしようもない。

 無理にくっ付けようとしてもルルが傷つくだけだ。


 とはいえ、離れて暮らすと友好的になることも出来ない。

 そこは考えどころだな。


 「建物を建てたり、農作業をするのは出来るだけ一緒に行おう。連帯感が強まるだろうし」

 「それは賛成! 作業中なら余計な話もしないから喧嘩になる可能性も低いしね」

 ロンが賛同を示してくれる。

 学校で新しいクラスになるとお互い、どうしても緊張してしまう。

 だがその関係は五月から六月くらいで急激に和らぐ。


 俺の学校では五月、六月に文化祭をやる。

 多分、それが影響しているのだろう。

 それと同じ現象を狙う。


 「なあ、兄さん。訓練ってどうする? 俺たちと同じメニューについて来れるかな?」

 「……まあ無理だな。足手まとい扱いせずに丁寧に教えてやってくれないか?」

 彼らにも一緒に戦って貰わなければならない。

 別に彼らが悪いわけではないが、原因は彼らにある。


 ただ守られているだけというのはこっちとしては困る。

 まあ彼らも命が掛かっているのだから文句は言わないだろうけど。


 「食糧はどうする? 私たちと同じ量? それとも減らす?」

 「……賛否両論あると思うけど、同じ量にする」

 食糧はロサイス王から借りたため、十分に足りている。

 なら平等に分配した方が難民も不満は出ないんじゃないだろうか?


 まあただ飯ぐらいと自分たちが同じ量は変だという意見も出るだろうけど……

 それは我慢して貰うしかないな……


 「後は定期的に宴会でもやって親睦を深める。そう言う方針で文句ないな?」

 俺は全員を見回して聞く。

 ルル以外、全員が頷いた。


 ……ルル、本当にどうしよう。



_________________


 さて、次は黒色火薬だ。


 一先ず黒色火薬の材料は手に入れた。

 次は作成してみなければならない。


 別に作り方は難しくない。それぞれの材料を磨り潰して、混ぜ合わせるだけである。


 「取り敢えず試作品NO1だ。これで成功するならいいんだけど……」

 取り敢えず全ての材料を同じだけ混ぜ合わせた。


 これを少量岩の上に置く。

 「ねえ、アルムス。爆発ってどういう現象なの?」

 「うーん、物が一瞬で燃える現象……かな? 俺も詳しくないからさ。取り敢えずハンマーで叩いてみれば分かると思うよ」


 俺は火薬をハンマーで思いっきり叩く。

 何も起こらない。

 二回目。

 何も起こらない……


 あれ? 材料間違えたかな?


 いやいや、木炭と硝石と硫黄だよ。うん、間違いない。

 つまりあれだ、比率間違えたのか。


 取り敢えず黒色火薬を小山にして、長いヒモを差し込む。

 ある程度距離をとってからヒモに着火。


 黒色火薬は勢いよく燃えだした(・・・・・)

 ダメじゃん。


 「おお!凄い燃えてる。でもこれで倒せるの?」 

 「いや、これ失敗作なんだ……」


 まあそう簡単にはいかないよな。

 多分木炭はもっと減らしていいと思う。爆発する要素が無い。


 となると硫黄か硝石か。

 取り敢えず硝石の量はそのまま、硫黄だけ増やすか。


 硝石は量が少ないから試作の段階で減らしたくない。


___________



 黒色火薬は現在NO66。

 それなりに爆弾っぽくなってきた。

 硝石の量がカギを握るようだ。

 だが多すぎてもそれはそれで爆発しない。加減が大切だ。


 さて、黒色火薬が完成しそうなのはいいんだけど問題が一つ。


 「ヒヒーン!!」

 馬がビビる。

 いや、馬が驚くのは知ってたんだ。むしろ驚いてくれた方が良い。敵の馬も驚いてくれるからね。

 だけど俺たちの馬には慣れて貰いたい。


 何度も定期的に慣れさせようとしているんだけど……上手く行かない。

 馬は繊細な生き物だ。

 初めて鐙を作り、取りつけようとしたら大暴れしたほどだ。

 訓練はそう何度も行えない。


 だから……


 「大丈夫、大丈夫、怖いことなんて何もないからね。落ち着いて」

 馬の頭を撫でるルル。


 「私が居るから大丈夫だよ。ほら……」

 馬の体をブラシで抄いてやりながらソヨン。


 「雄ならこれくらいのことで……え? 雌?」

 馬の腹を覗き込むテトラ。


 卓越した呪術師は獣に魂を乗せられる。

 魂と魂で触れ合うことが出来るからだ。

 要するにお互いフィーリングで言っていることが分かるということだ。


 馬は賢い動物。

 ちゃんと語り掛けてやればすぐに落ち着く。


 つまりたくさん訓練出来ないなら質を上げればいいという話だ。


 本番までには馬には火薬に慣れて欲しい。

 子馬から始めればここまで大変じゃないんだけどな……


 それだと何年掛かるか分からんからな……



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 俺の頭上を二羽の鷹が旋回する。

 急停止、急降下、急上昇。


 二羽はまるで鬼ごっこをしているようだ。いや、実際鬼ごっこしてるんだけどね


 その内の一匹―ルルの魂が乗っている鷹がテトラの魂が乗っている鷹に触れる。


 「はい! ルルちゃんの勝ち!! 交代して!!」

 ソヨンが鷹二匹に向かって呼びかける。

 鷹二匹はテトラとルルの肩に止まる。


 背中を木に預けていたテトラとルルは目を開いた。

 「ううぇー、不味い……」

 「げっほ、げほ」


 二人は口から緑色の物体を吐きだす。

 これは離魂草(りこんそう)という毒草だ。魂を体から離す効果がある。


  通常は、魂は死なない限り体から離れない。

 だが生きていながら魂を体から離す方法は存在する。


 まずは二日から三日、食事を抜いて体を弱らせて死に近い状態に持っていく。

 その後に特別な毒草―離魂草という草を噛むのだ。


 この方法を使えば魂を体から離すことは誰でも出来る。

 そして何度も魂を体から抜いた経験を重ねた呪術師は食事抜きでも魂を抜くことは出来る。


 もっとも、戻れるかは別の話だ。

 普通の人間は離魂草を食べた時点で魂が体から離れる。そして十秒も持たないうちに魂が天に昇って戻れなくなる。

 そして死亡。


 毒なのは事実で、一日に三、四回までが限度とされている。

 これは訓練なので二回以上はさせていない。


 やり過ぎると抗体が出来てしまうし。


 基本的に呪術師はよほど切羽詰まった状態でない限り、必ず一人が抜け殻になった体を守る。

 理由は二つ。


 呪術師が魂を元の体に自力で戻せない時、輔佐するため。

 そして抜け殻になった体に別の魂を入りこんで乗っ取られたり、呪いを掛けられたりするのを防ぐためである。


 もっとも結界を張れば別の魂の侵入は防げるし、短い間抜けるだけなら戻れなくなることは早々ないが。


 「お疲れさん。取り敢えず口直しに蜂蜜でも舐めろ」

 俺は二人に蜂蜜の入った小瓶を渡す。

 二人は顔を綻ばせながら蜂蜜を舐めた。


 「無理させてすまんな。お前らしか魂乗せが出来る呪術師が居ないから……」

 「大丈夫。問題ない」

 「私はお役に立てて嬉しいですよ」


 二人は笑って答える。


 ふと、鷹と目が合う。

 そっぽを向かれてしまった。


 どうやらテトラとルルとソヨンが飼っている鷹は俺が嫌いらしい。

 昔、捨てて来いと言ったのが悪かったのだろう。


 この三匹は今では立派に成体になっている。

 ユリア曰く、一般的に魂乗せに使われる鷹よりも大型で強い鷹らしい。


 つまりそれだけ有利ということだ。

 空中戦では乗ってる動物の種類で大きく変わるからな。


 現代戦争での戦闘機を思い浮かべて貰えば分かるだろう。


 「頼むぞ、お前ら」

 俺がそう言うと、鷹は胸を張った。


 言葉が分かるのか?


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 「これはこれはアルムスさん。ご注文の品は用意いたしましたよ」


 エインズさんはニコリと笑う。


 「少しお安くしましょう。たくさん買ってくださったので」

 「それはありがとうございます」

 好感度が少し上がった。


 「では確認いたしますね」

 そう言ってエインズさんは俺が注文した品を取りだす。


 それは大きな弓だ。所謂長弓という種類の弓だ。

 「キリシアで最新の弓です。鏃は鉄。アデルニア半島にはこれで貫通出来ない装備はほとんどないでしょう。ただ……扱えますか?」

 「ええ。俺の仲間には優秀な弓使いが居ますから」


 グラムたちなら使いこなしてくれるだろう。


 「なら問題ありませんね。同じものを馬車に詰めておきましたよ。矢も入れておきました」

  そう言ってエインズさんは俺に長弓を渡した。


 「次は盾です。木製の物に鉄を張ったもの。そして革製の防具」

 「ええ、間違いありません」

 本当は鉄製の防具が欲しかったんだけど、さすがに買えなかった。

 良い物はそれなりの値段がするということだ。


 「次に鉄の破片ですが……何に使うんですか?」

 「秘密です」


 これは黒色火薬に混ぜる。

 殺傷能力を上げるためだ。爆弾は単体ではそんなに殺傷能力が無いからな。


 「で、呪石です。何に使うんですか? こんなに小さなものをたくさん。まあ小粒の本来は売り物にならないものですからいいですけど」

 「ええ、ありがとうございます」


 幸運なことに、魔石に該当する呪石は呪いには適さない種類だったようで、非常に安かった。

 この魔石は導火線の代わりの発火の魔法陣を書くのに使う。 

 わざわざ投げるたびに導火線に着火するようでは不便だし、途中で火が消えたら不発弾になる。


 「非常に強い酒。これもご注文品ですよね?」

 「はい。そうですよ」

 別に宴会で飲むようではない。殺菌消毒用だ。


 「で、最後に取り扱い注意品です」

 エインズさんは手袋をはめながら言う。そして俺にも皮の手袋を渡してくれた。


 小さな壺を取りだす。


 「トリカブトの毒です。かすっただけでも大惨事ですからお気を付けて。矢に塗る場合は手袋をはめて、矢じりを壺に入れる形で塗ってくださいね。布に染み込ませて~なんてすると傷口から毒が入って死にますから」

 「ええ。よく分かってますよ」


 毒があれば確実に敵を殺せる。 

 少々卑怯かもしれないが、そんなことは言ってられない。


 糞尿でも十分に毒になるが、俺たちは人数が少ない。

 狙うは短期決戦。だから即効性のある毒が必要だ。


 敵の主な装備は木製らしい。

 なら十分矢で貫ける。そして矢が当たれば……


 ということだ。


 長弓はアデルニア半島の弓の数倍の射程距離があるから、しばらくは一方的な攻撃が出来る。


 「それとこれはサービスです」

 エインズさんは俺に一振りの剣を渡した。

 何だ、これは。木目状の模様があるけど……


 「ドラゴン・ダマスカス鋼で出来た剣です。これは砂漠の民というキリシア本国の東側に住む民族だけが打てる金属です。竜金という竜が心臓部に持つ特別な金属と鉄を混ぜ合わせ、竜の火炎袋の熱で三日三晩鍛えることで完成します」


 よく分からないけど……

 つまり凄い高いじゃないか?


 「ええ、ですがあなたには死なれて欲しくない。まだ紙の製法を教えて貰っていませんからね。それに今後も御贔屓にして貰いたい」

 「そうですか……ありがとうございます。紙の製法はそう簡単にお教え出来ませんがね」


 俺は笑い、エインズさんの店を出るために背を向ける。


 「……御武運を」

 「ええ、必ず帰ってきますよ」


ダマスカス鋼です

この世界には地球で言うダマスカス鋼に当たる竜金を使って居ないダマスカス鋼と、ドラゴン・ダマスカス鋼と言うダマスカス鋼に竜金を混ぜ込んだものの二種類があります。

ちなみにドラゴン・ダマスカス鋼はピンからキリまで(まあキリでも普通の鋼よりずっと硬いんですけど)あります。

竜金の質は竜の格の高さに比例するからです

それなりの竜の竜金からとれたドラゴン・ダマスカス鋼の剣は名剣に。

神話レベルの竜の竜金からとれたドラゴン・ダマスカス鋼は神剣になります。


エインズさんがアルムスに渡したドラゴン・ダマスカス鋼の剣は名剣です。


砂漠の民は文字通り砂漠に住んでいますが、同じ砂漠に住んでいるサラマンダーというそれなりの竜から取れる火炎袋で優れた鉄を打っています。


エインズさんはロサイス王からある程度話を聞いていて、多分こいつは大物に成るなと考えて剣を渡しました。投資です。

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