第二十五話 初めて
はじめてーの
黒色火薬は中国四大発明の一つ。
説明するまでもないが、いわゆる爆弾だ。
木炭と硫黄、硝酸カリウムを混ぜ合わせることで出来る。
大砲は木製でも出来るが、破裂しそうだ。
扱いが難しそうだし、ちゃんと当たるか分からない。
それに下手すれば死んでしまうので作りたくない。
使用用途はてつはうのように投擲するとか、地面に仕掛けて火矢で打ち抜いて爆発させるとか。
そういうのがメインになる。
テトラが作ってくれた魔術と組み合わせればそれなりの効果は期待してもいい。
でも殺傷能力にはあまり期待していない。
素人の俺が作った火薬がどれくらいの破壊力なのか……
ただ、音と衝撃はかなりインパクトがあるはずだ。
敵の士気を下げることはできるし、開戦前に使うことでフェルム王をビックリさせることもできる。
怯えてくれるかな?
俺の骸骨発言にドン引きしただけで怯えた様子はなかったから多分無理か。
黒色火薬の材料はさっきも言った通り木炭と硫黄と硝酸カリウム。
まず木炭は自作できるから問題ない。
硫黄の入手は大変そうだが、この辺は火山が多いので硫黄も見つかるだろう。
最悪、キリシア商人に頼んで輸入する。
物知りキリシア人なら知ってるはずだ。
硝酸カリウムの入手方法は二つ。
硝石を採掘するか自作するか。
硝石がどこに埋まってるか分からないので、今回は自分たちで作る。
材料は家畜小屋の下の黒土。
もっともうちの家畜小屋の土では到底足りないので、ロサイス王から貰う予定だが。
「テトラ。お前は発火の魔法陣を開発してくれ。一年以内に」
「了解。でも図を書くのに私の血では魔力が足りない。呪石……の中でも魔術を使うのに便利な種類の石―魔石を仕入れて欲しい」
「分かったよ。どの種類の石がいいか分からないから取り敢えず全種類キリシア商人に発注する。ロン、ロズワード、グラム。お前たちは俺と一緒にロサイス王のところにまで来てくれないか?」
俺の目的は当然、土の確保だ。
どうせ土なんてタダなんだからいくらでもくれるだろう。
ロンとロズワードとグラムには軍隊の率い方を学んでほしい。
混ぜて貰えるようにロサイス王に頼まないとな。
当然俺も見学するし、機会があれば混ぜてもらう。
だがその前にキリシア商人と交渉して馬や高性能の弓矢、矢じりをそろえないといけない。
場合によっては戦闘奴隷なんかも購入してもいい。
__________________
「なるほどな。貢物を。うちにくれれば守ってやったというのに」
「生憎緊急事態だったんです」
あの時、ロサイス王に助けを求めてもロサイス王が来る前にこちらが死んでしまう。
それに……
「げほっ、げほっ」
「大丈夫? お父さん」
布団に横になり、ユリアに背中を擦ってもらうロサイス王。
病気の人に無理は頼めんよ。
「どうぞ。蜂蜜です」
「……すまんな」
俺が蜂蜜をいつものように献上する。
「さて、まさか報告に来たわけではあるまい?」
ロサイス王はニヤニヤと笑う。ウザいな。
「用件は四つです。まずは一つ目……小麦を貸してください」
「良いぞ。どれくらいだ?」
俺はロサイス王に小麦を要求する。
「ほう……随分と多いな。前は十分に足りてると言ってたではないか。いったいどれだけフェルム王に取られたのだ?」
「まあそれなりに」
要求する量が多いのはもう一つ理由がある。
俺たちは暫く村の防備を固める必要がある。つまり農作業をしている暇は無くなるので……
それだけ必要ということだ。
「三年後に返せ。利子は一割でいい。その代わり須恵器と蜂蜜と紙の製法を教えろ」
「要求が多すぎますね。ドモルガル王と交渉するという手段もあるんですよ」
俺がそう言うと、ロサイス王は肩を竦めた。
「分かっている。冗談だ。どれか一つ教えろ」
じゃあ……
「須恵器の技術をお教えしましょう」
一番簡単だしね。
俺はロサイス王に登り窯の構造を教える。
「二つ目、家畜小屋の土を貰いたい。それも大量に」
「意味が分からんが……まあいい。好きにしろ」
ロサイス王は不思議そうな顔をしながら許可を出してくれた。
「次は聞きたいだけですが……黄色い石で火をつけるとよく燃える石って無いですか? 火山で掘れます」
生憎この世界で硫黄を何て言うか知らないんだよな。
子供同士の会話で硫黄なんて出てこないし。
「ああ、温泉の近くで採れる石、硫黄のことだな。それならあそこの山で採れる。好きに採っていけ」
「いいんですか?」
「ああ。いつも蜂蜜を貰っているからな」
意外だな。
まあ硫黄ってそんなに使い道ないからな。古代世界だと火をつけるとに使うくらいか?
江戸時代はマッチ代わりに使ってたとか聞いたことがあるな。
「四つ目、ロサイス王の軍の軍事訓練を見せて貰えませんか?」
「なるほど。フェルム王対策か? 構わんよ。見るだけならな」
「私の仲間も一緒にいいですか?」
「ああ」
よし、全部許可が貰えた。
「ユリア。案内してやれ」
「はーい!」
_______________
「どう? うちの国の軍隊」
俺の目の前では千人の男たちが隊列を組む訓練をしている。
パッと見、兵科は重装歩兵のようだ。
いわゆるファランクスに似ている。
だが……
「うーん、これは練度が高いのか?」
俺は素人なので分からないが、正直に言うとあまり強そうには見えない。
そもそもファランクスには強固な結束力と高い戦意が必要なのだ。
徴兵してきた兵士では成り立たない。
「あはは。おっしゃる通り。前に来たキリシア人の商人も同じことを言ってたよ。これ、キリシアの戦術を真似てるんだけど上手く行かないんだよね。話によるとキリシアじゃあ王様が居なくて、みんなで政治をやるらしいよ。だからみんな士気が高くて、暇さえあれば訓練してるから強いんだって。でもうちの国はお父さんが居るし、兵士の人は二年間の徴兵で集めた人だから……」
なるほどね。それは仕方がない。
キリシア人が先進的過ぎるのが悪いのだろう。
猿真似の劣化になっているのだ。
「あっちだと弓の訓練してるよ」
ユリアが指をさしたところを見ると、二百人くらいの男たちが的に矢を当てる訓練をしていた。
「あの人たちは徴兵で集めた兵士じゃないよ。だからみんな士気が高い」
弓は高等技術だからな。
徴兵してきた兵士じゃ出来ないだろうさ。
「どうだ? グラム。勝てそうか?」
「あのくらいの距離の的なら目を瞑ってでもできます。あの人たちがどれくらい矢を射れるか分からないから勝てるかどうか分からないけど……自信はありますね」
「で、あっちは近衛兵。こっちも精鋭だよ」
ユリアが指をさしたところでは五十人ほどの男たちが模擬戦をしていた。
「あれで精鋭か? ロンとかロズワードの方が動きのキレが良さそうだけど」
俺は剣道をやったことがある。
孤児院の院長(自称四段。真偽は不明)から教わったのだ。
その俺から見ると、無駄な動きが多いように見える。
勿論、技術の差はあるだろう。
俺がロンやロズワードたちに教えたのは、日本で長い間研鑽されてきた剣道だ。
一方、彼らはおそらく我流で剣を振っている。
全員の動きに統一性が見られ無いからだ。
だから剣道を知っているロンやロズワードの方が強いのは当たり前だ。
だが俺が気になるのはそこじゃない。
身体能力だ。
明らかにこいつらは身体能力がロンやロズワードよりも低い。
「こいつら訓練サボってるんじゃねえか?」
「おいおい、好き勝手言ってくれるな」
後ろから声が掛かった。
後ろを振り向くと顔に傷のある大柄な男が居た。
かなり若い。そして酒臭い。
「お前がうちのお姫様を誑かした奴か?」
「ちょっと、バルトロ! 何言ってるの!」
ユリアが顔を赤くして文句を言った。
「誑かしたかどうかは別として、俺はアルムスです。あなたはこの国の将軍という認識でいいですか?」
「そうだ。王から軍を預かっている」
それは凄い。
三十代くらいに見えるのに。
それだけ有能なのか。
酔っ払いだけど。
俺が驚いた表情をしているのを見たからか、バルトロは馴れ馴れしく肩に腕を乗せてきた。
酒臭いから離れろ。
「少し前、フェルム王がうちの国に攻めてきたのは知っているよな?」
「ええ、聞いてます。惨敗したそうですね」
フェルム王が五百の兵を率いてロサイス王の軍千と激突。
ロサイス王の軍が惨敗し、多くの穀物を奪われたのは最近のことだ。
「それで敗戦の責任を取らされて将軍が首(比喩じゃないほう)になってな。俺がこの地位に付いたってわけ」
嬉しそうにバルトロは語る。
「で、うちの兵が弱いって?」
「ええ、まあ。少なくとも俺から見るとそう見えます」
正直に答える。
「じゃあ確かめようぜ。お前とうちの兵士が……」
「その必要はないね」
ロンが首を挟んだ。
「リーダーがわざわざ戦う必要はないよ。俺がやる。悲しいことにこの中で一番弱いのは俺だからね」
ロンが剣の柄を叩きながら言った。
おそらくロンの言った「この中」というのは俺、ロズワード、ロンのことだろう。グラムは弓兵だから除外されてるはずだ。
「いいね! 威勢がいい奴は大好きだぜ。早速やろう」
______________
「「嘘だろ……」」
俺とバルトロの口から同じ言葉が零れ落ちる。
おそらくバルトロが嘘だと思ったのはロンの強さ。
そして俺が嘘だと思ったのはロサイス兵の弱さ。
いや、そろそろ何となく分かってきたけど、多分『嘘』なのはロンの強さだ。
俺の目の前で再戦を挑んだ十人の男があっという間にロンによって地面に倒される。
バルトロの口振りからすると彼は相当の自信があったはずだ。
つまりその自信の根拠となる訓練をロサイス兵はしていたと考えるのが妥当だろう。
だから彼らは弱くない。
となると残る選択肢はロンが強すぎること。
いや、うちの村の奴らのスペックが高すぎるのだ。
だって俺の村では確かにロンは三番目(俺、ロズワードと数えて)だったけど、突出して強かったわけじゃない。
実は少しだけ疑問に思ったことがある。
何で病気に成ったりしないのか。
俺の村に居たのはみんな体が弱い子供だったわけで、最初の一年で何人か死んでも可笑しくなかった。だが一人も死んでいない。
いや、これは俺の努力と運の良さでも十分に片付けられる。
一番謎だったのは畑の広さ。
俺は毎年のように畑を広げ、耕してきた。
今では元々あった畑の一・五倍の広さの畑を耕している。
主な労働力は子供なのに。
そして勉強をしたり、武術をしたりする時間も余っている。
これは可笑しい。
そんなものかと思っていたけど、やっぱり可笑しい。変だ。異常だ。
ふと隣を見るとユリアが笑っていた。
笑いを押し殺しているようだ。
俺の視線に気付き、ユリアはにやけながら俺の方を向く。
「ごめんね。ちょっとあなたが驚いているのが面白くて。気づいてないなんてね」
「何だよ。それ」
「ふふ、いいよ。種明かししてあげる。ねえ、ロズワード君、グラム君。アルムスを借りるね?」
そう言ってユリアは俺を引っ張て行った。
_____________
「何だよ」
「実はね、私
ユリアは悪戯っぽく笑った。
『も』?
「私が持っている加護で一番重宝しているのは『看破の加護』と『千里眼の加護』。前者は相手の加護の能力を見破る加護。後者は遠くの景色を見る加護。実はね、千里眼で森を見て遊んでたらあなたを見つけたの。とっても面白そうなことをしていたから会いたくなってね。それであなたを蝶で呼び出したわけ」
いきなりだな……
でもユリアが俺の村を探り当てた理由は長年の謎だった。
これで謎が一つ晴れた。
「それで、俺の加護ってのは?」
「もう。せっかちだなあ」
ユリアは少し頬を緩める。
「そうだね。名前を付けるなら『大王の加護』かな。能力は自分自身を信望する人間の数に従って、本人の能力……男なら身体能力が、女なら呪術の才能が伸びる。それと自分自身に絶対の忠誠を誓っている人間も、加護の保有者ほどじゃないにしても能力が上がる。というもの。凄い能力だね」
……
忠誠か。
俺は忠誠を誓わせたつもりは無いんだけどな。
「意外だね。もっと驚かないの?」
「加護については自覚してたよ。自分の身の回りにまで波及するとは知らなかったけどさ」
ついでに条件も知らなかった。
まあ不思議なことには慣れたというのもあるけどね。
「それで、何で今になってそれを?」
ユリアが言いたいのはこんな
「実はさ、あなたが自分で気付くまで面白いから黙ってようと思ってたの。でもね、あなたはなかなか気が付かないし……」
ユリアは一度言葉を切る。
「もうね、あなたとは会えないの。今日が最後。お父さんの死期がね、そろそろなの。だからお父さんが生きている内に結婚相手を決めて結婚して……子供を産まなきゃいけない。だからあなたとは会えない」
ユリアは泣いていた。
「だから今、教えてあげようと思ってね。もう言う機会無いから。あーあ、もっと大きな反応をしてくれると思ったのになあ」
ユリアは明るい声で、涙を流しながら笑う。
「お父さんには早く関係を断ってこいって言われてね」
そう言ってユリアは俺に近づいてきた。
涙で潤んだ目が近づく。
「!!」
ユリアは俺の唇に自分の唇を合わせてきた。
俺の口の中にユリアの舌が入ってくる。
強く、吸われる。
俺は拒むこともできず、されるがままになる。
永遠に近い時間が流れ、ユリアは俺の唇から自分の唇を離す。
唾液の橋が架かる。
「あなたはこれからいろんな人と結婚するんでしょうね。あなたは強くてかっこよくて、そして王者の器がある。きっとたくさんの女の子があなたに言い寄るでしょう。そしてあなたは優しいからそれを拒まない。私もあなたのハーレムに入れて欲しいけど……残念ながら無理そう。でもこれだけは覚えて置いて」
ユリアは俺から離れ、背を向ける。
「あなたの初めてのキスは私だということをね」
ユリアは走り去っていく。
……
「クソが!!」
俺は拳を木に叩きつけた。
完全に負け犬臭を漂わせるユリア
大丈夫か?
でも取り敢えずファーストキスの奪い合いはユリアが強引に勝利。これで一勝一敗。
そろそろ感想をすべて返答するのが大変になってきました
もしかしたらすべてにお答えするのは無理になるかもしれません
ちゃんとすべての感想には目を通します
これからもよろしくお願いします
感想は大好きなんでたくさん欲しいです
ちなみにアルムスにディスられまくったロサイス兵ですが、アデルニア半島基準では練度と士気は比較的高い方です。
近衛兵は言うまでもないです
ちょっと加護に慣れ過ぎたアルムスの感覚が可笑しくなってます