第二十三話 フェルム王
そろそろストックが……
「リーダー! どうだった?」
「ほぼ白で確定だ。でも……」
俺はみんなにフェルム王の軍隊がやってきていることを告げる。
「いいじゃないですか。返しちゃいましょうよ」
「この場合、面倒なのはフェルム王の国と接触することなんだよ。そもそも手遅れ」
本当に面倒な物を持ち込んでくれた。
さてどうするかね。
「フェルム王にこいつらを引き渡してしまうか、フェルム王と敵対覚悟でこいつらを匿うか」
もしフェルム王が居ないのであれば、三十人くらい許容してもいい。
最初は重荷になるが、人口は増えるに越したことは無い。
それに助けられるものは助けると決めている。
子供が当然最優先だが、出来るなら大人だって助けるさ。
でもフェルム王からイチャモン付けられるのは嫌だ。
一番の最優先は今いるみんなだし。
「あの……本当にフェルム王は敵対してくるんですか?」
ソヨンが手を上げて聞いてきた。
「さあ? でも統治方法とか王に成った経緯を見るとな」
「そう言うことじゃなくてですね……あの人たちは一度逃げ出した人たちですよ。連れ戻しても監視するのは大変だと思います。」
言われてみればそうかもしれない。
一度夜逃げした連中だし、不良債権だからな。連れ戻してもまた逃げ出すかもしれないし。外国と結びつく危険もあるよな。
そうまでして三十人を確保するメリットがあるのか。
普通に考えて『三十人が生み出す税金』<『監視するための兵力』だよな。
俺だったら諦める。
諦めてあいつらが手放した農地を家臣に分配するかして不満を和らげる。
あれ?
だとすると何であいつら追いかけてきてるんだ?
そう言えばあの兵士が何か不穏なことを言ってたな。
もしかして……
「逃げ出す奴は反逆者。反逆者は皆殺し」
テトラが物騒なことを言った。
やっぱそうか。見せしめに殺すのか。
そいつは効果的だ。
千人規模なら税収に響くけど、三十人なら問題ないし。
多分、兵士に殺すことを伝えてないのは士気に関わるからだろう。
誰だって同胞を殺したくないだろうし。
「じゃあ助けた方がいいか。あの人たちには罪はないし」
「それもそうだね。俺は助ける方向で賛成」
ロズワードとロンが賛成を示した。
「僕も賛成かな」
グラムも賛同した。
「私も助けた方がいいと思います。殺されるなんて可哀想です」
ソヨンも賛成か。
確かテトラも賛成だったよな。
「一応親だし……見殺しにしたら同じになっちゃうし……」
ルルは消極的にだが賛成を示した。
「他は? 反対の奴は手を上げてくれ」
誰も手を上げない。
「賛成は?」
全員の手が上がった。
これで決まりだな。
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「一応、皆さん……あんたたちを受け入れる方向で決まった」
俺がそう言うと、難民は……新村人は歓声を上げた。
「だが決定は覆る可能性はある。あなたたちの行動次第で」
俺がそう言うと、新村人は神妙な顔で頷いた。
一応、自分たちの立場を分かっているらしい。
大人しくしていてくれれば俺としては特に言うことは無いさ。
「あとイアルだっけか? 来てくれ。話し合いがある」
俺は新村人の代表者を呼ぶ。
まずはフェルム王対策で話し合いをしなければならない。
俺は建物の中にイアルとテトラ、そしてロン、ロズワード、グラム、ソヨン、ルルを呼び寄せる。
この七人がこの村の幹部……のような立ち位置だ。
ロンとロズワードは純粋に力が強いし、責任感もある。
グラムはこの村で一番弓の扱いが上手い。それに思いきりがある。
ソヨンとルルはこの村の数少ない呪術戦力。
テトラは……言うまでもないか。
イアルはこれから新村人をまとめて貰わないとならない。
「さて、議題はここに迫っているフェルム王の軍勢をどうするかだ」
俺がそう言うと、イアルはギョットした顔をした。
そう言えば説明してないな。まあいっか。
「取り敢えずさ。この人たちを受け入れたのはフェルム王がこの人たちを殺そうとしているのが前提じゃん? もしフェルム王が馬鹿でこの人たちを純粋に取り返しにきたらどうするの?」
「その時は……貢物でも渡して機嫌を取るよ」
馬鹿ならそれで引き下がってくれるような気がする。
というか受け入れると言ってしまった手前、手のひらを返すのは気が引ける。
そこで俺はロサイス王の「どうせ泣きつきにくる」発言を思いだす。
あれは貢物で小麦を取られるという意味か……
「ダメなら?」
「……出てってもらうしかないな」
イアルは黙ったまま俯いている。
結局、この場で彼の発言権は無いに等しい。
でもフェルム王が来た時点で貢物は渡さなきゃいけないんだろうな。相手は二百。
多分大人しく渡さなかったら略奪しに来るだろう。
つまり小麦を渡さなきゃいけないのは変わらんと。クソ……本当に泣きつかなきゃいけないかもな。
「もうこの話は良いだろ。フェルム王が皆殺しに来たと仮定して話を進めるぞ。新村人には服を脱いでもらう。その服を持っていって貰えば殺したということに出来るだろ。あと俺たちが昨日食った動物の骨があったよな。それとグリフォン様の寝床の近くに転がっている
別に彼らは住民を殺す必要はないのだ。
殺したという事実があればいい。
後は兵士二百人の口を封じれば問題ない。
あのおしゃべり兵士が居ることを考えれば無理かもしれないけど。
「でだ。問題はフェルム王が俺たちの村そのものに目を付けた場合。この時はどうするかだけど……取り敢えずは貢物で凌ごうと思う」
「量にもよるよ? 毎年凄い量を取り立てられれば私たちも苦しいし」
「取り敢えず一年は我慢しようか。で、その一年間で武器を揃える。その武器を背景に交渉しよう」
もしそれでも過剰な量を要求してくるなら……
仕方がないな。
「問題はどれだけ出せるかだよ。備蓄はいくらある?」
「それなりに。私たちの農業技術は相手よりも高いから備蓄の量は誤魔化せる。実際の収穫の五割を七割ということで出そう」
テトラは備蓄の量を暗算で計算して言った。
俺たちが食べる分なら十分だけど、難民の食い扶持は確保できないな。
やっぱりロサイス王に泣きつくしかないか……
本当ウザいな。あの禿かけ野郎。
「足りない分は蜂蜜と毛皮、酒で補うか」
紙と須恵器はダメだ。
あれは価値が高すぎる。
作り方を聞いてくるだろう。
蜂蜜は価値が高いけど、天然のミツバチの巣から採る方法もあるから問題ない。
大方の方針が決まる。
「よし! 貢物の準備をしてくれ。あと蓄えの小麦は隠しておこう。念のためだ」
あとは俺の交渉力に掛かってる。
「あ、そうだ。まず言わなきゃいけないことがあったっけ」
みんなの視線が俺に注目する。
「俺、この交渉が終わったら結婚する」
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「全く、逃亡とは面倒だ。どうせなら反乱を起こせばいいのにな。そうすれば追う必要もないのになあ」
フェルムは面倒くさそうに言った。
面倒くさいならばわざわざ本人が行く必要はない。
だが彼は根が真面目なので、わざわざ足を運んでいるのだ。
思いきりの良さと、真面目な性格が彼を王にしたのだ。
「本当に皆殺しにするのですか?」
「当たり前だ。いいか。少しでも許せばまた同じことが起きるぞ」
今回は三十人だけだったから大勢に影響はない。
だがこれが百人、二百人となれば別の話だ。
反乱の目は潰してしまった方がいい。
「いいか。こういう残虐なことは一度に、そして徹底的にやってしまうのが大事なのだ。何、ロサイス王の国へ侵攻する準備は出来ている。その時の食糧で民の腹を満たしてやればいい」
「はあ、そうですか。いえ、王の強さは良く知っています。ですが問題は地主連中です」
フェルムと結託してアス家を滅ぼした地主たち。
彼らはフェルムに不満を抱いていた。
未だに税金が高いこと、要職に付けてくれないこと、ロサイス王支配の時代よりも贅沢ができなくなっていること。
不満で不満で仕方がないのだ。
「ふん、連中は放っておけ。どうせ何も出来ん奴らだ。あんな者がロサイス王と結託したところで大した痛手ではない。むしろ一緒に始末できるチャンスだ。それよりも問題は未だにラゴウへ忠誠を誓っている連中だ」
お世辞にも領主ラゴウは名君と言える人間ではない。失政も何度もしている。
戦もフェルムに敗れたところからお察しだ。
だが彼は優しい人物でラゴウに忠誠を誓っていた兵士や将軍は多くいる。
彼らは形ばかりフェルムの支配を受け入れているが、機会があれば反乱を起こそうとしている。
もっとも、優しさでは人の腹は膨れない。
結局、フェルムを中心とする有力地主に煽られた民衆に殺されてしまったわけだが。
「今となってはあのクソガキを見逃したのは痛いな」
「死んでいますよ。十歳の子供が森の中を一人で彷徨って生きていられるわけがない。今は狼の血肉になっているでしょう」
心配しすぎだと彼の側近は言った。
「王! 連中の場所を掴みました」
「よくやった。どこだ?」
「ここから南に少し行ったところです。ですが……」
呪術師の男は少し言いよどむ。
「村のような場所がありました。そこから連中の匂いがします」
「村だと?」
フェルムは考え込む。
彼もグリフォンに守られている村の噂は聞いたことがある。
だが所詮噂だと思っていたのだ。
捨てられた子供が団結してどうにか暮らしていこうと頑張った程度だろうと。
証拠とされるグリフォンの羽も拾ったもので、鉄剣などは死体から剥ぎ取った物だ。
そう思っていたのだ。
だが実際に村があるとなると話が違う。
「不味いですね……さすがの我らも神には勝てませんよ」
「グリフォンは人の戦に関わらんと聞いている。問題ないだろ。それに奴の領地はもっと奥地だ。問題ない」
フェルムは言った。
実際、グリフォンはアルムスたちを自立した存在とみなし、支援することをやめている。
だから彼の予想は正しい。
「そうですね。最悪、グリフォンが出て来たらすぐに退却すればいいわけですし」
側近はそう呟いた。
しばらくたつと視界が開け、木が疎らになり切り株が増えてくる。
「あれがそうか? それなりの規模だな」
フェルムは遠くに見える村を見ながら呟く。
家の数や畑の広さから見て大体、百人から百五十人規模の村だ。
村には狼除けのためか、簡易的な柵と掘りが設置されている。
「ん? 誰か出てきたぞ」
村の入り口から人が四十人から五十人ほどでてきた。
弓や剣を持っている。
「殲滅しますか?」
「いや、その必要はない。どうやら話し合いたいようだ」
集団の中から一人の男が前に進み出てきた。
男は馬に乗っている。
男は少しずつ前にでて、距離が百メートルほどのところで立ち止った。
「どのようなご用件ですか? フェルム王様!」
男は大声でそう叫んだ。
フェルムは少し驚きながらも、答える。
「まずは貴様が何者か答えよ」
「私はこの村を治めるアルムスという者です」
フェルムは目を凝らしてアルムスと名乗った男を観察する。
背恰好やぼやけて見える顔から若者であることが分かる。
「私はこの村に逃げてきた我が国の国民を追ってきた! 大人しく引き渡せ!」
「我らも人を目の前で殺させるわけにはいかない。受け入れることは出来ません」
「あいつ、よく俺が連中を皆殺しにしようとしていることが分かったな」
普通の人間はそんな恐ろしい考えは浮かばない。
相当頭がキレるのか、政治慣れしているのか。
「では話し合おう。一人でここまで来い!」
フェルムがそう呼びかけると、若者は一人で前に進み始めた。
随分と度胸があるようだ。
十メートルというところで若者は止まった。
これだけ近づけば顔は見えてくる。
髪と瞳は灰色。体には筋肉が付いていて、鍛え抜かれた体をしていることが服の上から分かる。
服はなかなか上等な物を着ている。
「初めましてフェルム王様。もっと近づいた方が?」
「いや。その必要はない。貴様も安心出来ぬだろうからな」
フェルムは答えた。
「さて、受け入れない理由は?」
「わが村は人口が少ないので。どうせ殺すなら私たちが受け入れても問題は無いでしょう?」
若者は答える。
フェルムに怯える様子は一切ない。
相当肝が据わっているようだ。
「そういうわけにはいかない。私にも面子がある。死体が必要だ」
「なら問題ありません。昔、村に攻め込んできた盗賊の死体があります。骨だけですが。晒して置いたのですが、そろそろ見飽きたので差し上げます」
その言葉にフェルムは思わず顔を顰めた。
好青年に見えるが、曲者のようだ。
残虐と言われるフェルムもさすがに骸骨を飾る趣味は無い。
「数が足りぬ」
「動物の骨で補えば宜しいかと。丁度ありますよ。あと彼らの服も一緒に持っていってください。信憑性が増すでしょう」
フェルムは少し考え込む。
彼にとって殺したという事実さえあれば問題ない。
だから若者の提案を飲むのは良い。後ろの兵士を黙らせれば問題ないのだ。
敵は四十人とこちらの五分の一。間違いなく勝てるが、籠城されればそれなりの損害が出る。
また難民や他の非戦闘員を相手にすることを考えれば戦いは避けたい。
こんなところで兵士を減らしてしまうのはバカらしい。
「まあいいだろう。それはそれとして、三十人を養う余裕があるのか」
フェルムは舌なめずりする。
「貴様の村を我が国の領土とする。構わないな?」
「構いません。ですが自治は約束して貰いたいですね」
「構わんよ。税さえ払えばな。そうだな……この村の収穫の八割を貰おう」
フェルムはそもそもこんな村を治めるつもりはない。
毟り取れるだけ毟り取ればいい。
自分の国の民ではないため、遠慮は必要ない。
拒否するなら滅ぼせばいい。
八割以下なら攻め落とす方が得、八割以上なら貢物を受け取った方が良い。
穀物さえ手に入れば暫く国を保てる。
後はこんな村、放置だ。
兵を送るほどの価値は無いだろし、ここはロサイス王の都から近い。
それに兵を置くと言ったらこの男は拒否するだろう。
ロサイス王に助けを求めるかもしれない。
そうなったら送った兵は全滅だ。一銭も得は無い。
「今すぐですか?」
「当たり前だ。春の収穫をすべて食べてしまったわけではあるまい? 言っておくが誤魔化しても無駄だぞ。村の規模を見ればどれくらい収穫できるか分かるからな」
今を逃せばロサイス王の軍を呼ぶだろう。
今でなくてはならない。
もっと大軍があれば大した損害無しで攻め落とせたが……そもそもこの村は棚ぼただ。
仕方がない。
「八割ですか。それは多すぎますね。六割に負けて貰えませんか? 代わりにわが村の特産の蜂蜜と毛皮を納めます」
「ほう、蜂蜜か……」
蜂蜜は非常に高価で、滅多に食べられない。
量にもよるが悪い取引ではない。
「七割だ。それで手を打ってやろう」
「分かりました。すぐに用意いたします。しばしお待ちを」
若者はそう言って村の中に戻る。
しばらくすると男たちが壺を乗せた荷車を運んできた。
「どうぞ」
「随分と早いな。準備していたのか?」
フェルムがそう言うと、若者は愛想笑いをした。
「まあいい。思わぬ収穫を手に入れた。帰還しよう。それと私がやってくることを漏らしたものを処刑せねばな」
フェルムは馬の向きを変え、村に背を向けた。
もう一章が終盤に近づいてきているというのに二章の書き溜めが終わってないでござる
一章終わったら書き溜め休暇を貰うかもしれません