第二十一話 難民
二年が過ぎた。
ついに数え年で十七歳。
現在の人口は百三十人。うち、奴隷は二十人なので新規に十人の子供が加わったということになる。
奴隷は使い方が分からないが、鞭で叩くような真似はしていない。
多分間違っているだろう。
でも俺の精神衛生上、正しい奴隷の使い方はしたくない。
仲間たちの倫理観も長年俺と一緒に居た所為で俺と同じようになっている。
だから酷使するという選択肢はない。
食糧は十分に足りている。
備蓄もたくさんある。
やっぱり馬を買ってよかった。馬は燃費が悪い分、糞をたくさん出してくれる。ノフォーク農法との相性は抜群だ。
実際、今年の春は大収穫だった。
そして最近は葡萄の栽培も少しやっている。
一つ文句があるとしたら奴隷の働きが悪いことか。
身体能力が低すぎる。
ロサイス王の奴め……
「これがうちの村で採れた葡萄から作ったワインです。どうぞ」
「うむ」
グリフォンは俺が用意した大きな水瓶の中に頭を突っ込んでワインを飲む。
俺たちからすれば二十人分あっても、グリフォンからすれば一杯分でしかない。
「少ない」
「そう言われましても……」
あんまり貢とこっちが飲む分がなくなる。
「最近の調子はどうだ?」
「大丈夫です。それもこれもあなたのおかげです」
「ふん。我は特に何もしていないがな」
グリフォンは鼻を鳴らした。
「そろそろお前たちは独立すべきだと我は思うが。どうだ?」
「出来れば守っていただきたいですが……まあいつまでも世話になるのは申し訳ないですからね」
運に恵まれたこともあり、あまりグリフォンからは助けてもらってはいない。
とはいえこいつに助けて貰えるという安心感は大きい。
「それにしても人とは子供のうちは可愛いのにどうして大人になると醜くなるのか」
「それを俺に言いますか?」
「お主は最初から醜かったぞ」
失礼な。可愛かったぞ。見た目は。
「冗談だ。だが可愛くなかったのは事実だぞ? お主は最初から成人であったからな」
「はは。体は子供、頭脳は大人ですからね」
俺は肩を竦めた。結局転生した理由は謎だ。
もう今更どうでもいいけど。
「でもあなたの支援がなくても酒は毎年持ってきますよ」
「当然だ。我が恩は変わらないからな」
グリフォンは偉そうに言う。
「では加護を返してもらおうか」
「ええ。お願いします」
俺がそう答えると、体から何かが抜ける感覚が襲う。『言語の加護』が失われたのだ。
「じゃあ俺は帰ります。また」
俺はそう言ってグリフォンから背を向ける。次に会うのは新年だ。
「ああ一つ言い忘れた」
グリフォンはそう言って俺を引き留めた。
「もし、お前たちやお前たちの子孫が窮地に立った時、日頃の態度と頼み方次第で一度だけ助けてやろう」
「それは……ありがとうございます。そんな時が来ないと良いですが」
できれば自分たちの力だけで乗り切りたい。
「ああ。我も面倒だからな。極力避けるように」
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「おーい、今帰ったぞ!!」
俺は村の入り口で呼びかけると、テトラが走ってきた。
「お帰り、あなた!」
俺、いつからお前と結婚したっけ?
「ボケてる暇はない。早く来て」
テトラはそう言って俺の服を引っ張る。
その顔は真剣そのものだ。
何があったんだ?
「リーダー! 大変、大変!」
ロンが走ってきた。ロンの顔も引きつっている。
「どうした?」
「人が三十人も押し寄せてきて」
三十人?
何だよ、その人数は。
村の中央まで歩いていくと、その三十人の人間が見えてくる。
老若男女様々だ。
「あなたがこの村の村長ですか!」
一人の背の高い男性が俺に駆け寄ってきた。
「ええ、一応。あなたたちは?」
俺は単刀直入に尋ねる。
「私の名前はイアルです。私たちは……」
男は自分たちの境遇を話し始めた。
なんでも彼らはフェルム王の国の住人らしい。
フェルム王の国は呪術師が少なく、呪いの影響を受けやすい。
だからしょっちゅう飢饉が起こっていたという。
「それで毎年税がどんどん重くなって……でも払えないと殺されてしまう。本当はロサイス王の国へ逃げようと思ったのですが、ロサイス王には断られてしまって。どうしようか悩んでいたらこの村の噂を聞いたのです」
「噂?」
「はい。森の奥にはグリフォン様に守られた楽園があると。そして森に捨てられた子供たちが生きていると。まさか本当とは思ってもいませんでした」
いや、本当じゃねえよ。全然楽園じゃない。普通に農業もしたりするんだぞ?
「つまりだ。あんたらはここで暮らしたいと?」
「お願いです。どんな仕事もしますから……」
三十人の難民が一斉に頭を下げた。
さて、どうするか……
「ルルちゃん!!」
突然、難民の一人が叫んだ。
一体何なんだ?
「ルルちゃん! ルルちゃんだよね?」
女性が目に涙を浮かべながら叫ぶ。
もしかして……
「母親か?」
俺がそう聞くと、ルルは頷いた。
ルルの母親はルルに近づき、抱き付こうとする。
それをルルが手で払った。
「ど、どうして?」
母親はショックを受けた顔で後ずさる。
ルルはそれを睨みつけた。
「今更母親面しないで。捨てた癖に!」
ルルはそう叫んで、俺の方を向いた。
「アルムスさん! 私は反対です。とっととフェルム王のところに送り返しちゃいましょう。こんな人達のためにフェルム王と揉めるなんて阿保らしい!」
ルルの言葉に難民は様々な表情を見せる。
怒った顔、悲しむ顔、諦める顔。
「俺も反対だよ。なんか嫌だ!」
ロンは口を尖らせた。
「俺もロンに賛成。だって部外者じゃん」
ロズワードが不機嫌そうに言う。
「私は受け入れるべきだと思います! だってここにいる理由は私たちと同じなんですよ?」
「僕もソヨンと同じ。困った時はお互い様だと思う。今度は僕たちが助ける番だよ」
そう言いながら二人は三十人に混ざっている子供を見る。
二人の心はどちらかと言えば大人ではなく子供にあるようだ。
「アルムス。私は今のところ反対。だって信用できないから。もしかしたら内側から入りこんで私たちから村を奪うフェルム王の作戦なのかもしれない。まずは確認を取るべき」
テトラは落ち着いた顔でそう言った。
つまり、信用できるなら賛成と彼女は言っているのだ。
まあ、そうだな。確認が大切か。
「じゃあ今からテトラと一緒にフェルム王の国に行って確かめてくるよ。その間、お前たちはこの人たちを見張っておけ」
俺は仲間たちにそう言ってから、難民の方を向く。
「そう言うわけなので、あなたたちは外で待機していてください。食事は提供します。くれぐれも妙な気は起こさないように」
「はい。チャンスを下さりありがとうございます。最悪、奴隷でもいいですから」
そう言ってイアルは頭を下げた。
盛り上がって参りました