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第十九話 紙

 「へえ、これが馬か」

 「ああ。初めてか?」

 「うん。凄いね」


 ロンが馬をぺたぺたと触りながら言った。

 馬は気にしていないという顔で草を食べている。


 「なあ、兄さん。一つ聞いていいか?」

 「ん? 何だ」

 「あの女は誰だよ」


 ロズワードが牛をブラシで撫でている女を指さして言った。


 「ああ。彼女はリア。奴隷だよ。貰ったんだ」


 馬は貴重だ。

 牛も馬も労働力になるという点は同じだが、馬の方が足が速い。


 荷物をもって移動するという点では馬の方が優れている。

 とはいえ、馬を扱うのはそれなりの技術が必要だ。


 生憎、ソヨンちゃんの実家は馬を飼ったことが無いらしい。こいつは困った。

 そんなことをエインズさんに話したら、彼はこう言った。


 「じゃあ世話をできる奴隷を一人プレゼントするよ。その代わり、これから仲良くしてくれよ」

 とのことである。


 斯くして、俺はリアという女奴隷を引き取ったのだ。

 わざわざ女をチョイスしたのはアレ的な用途で使ってもいいよということだろうが……

 主人であることを傘に着てそういう行為を強要するのはあまり好きじゃない。


 「彼女はここからずっと東の方の騎馬民族らしいよ。一応、俺は『言語の加護』があるから会話できるけど、彼女はこの辺の言葉を話せない。だから何か伝えたい時は俺に言ってくれ」


 「へ、へえ……」

 ロズワードはチラチラとリアを見る。リアはどこ吹く風で牛の世話をしている。


 こいつも発情期か……


 ロンもソヨンも最近は隙を見てはイチャイチャしてるし。


 最近、十四歳勢が大人になってきた。

 いや、成長を喜ぶべきというのは分かるんだけどね。


 「アルムスさん! イノシシを仕留めました!!」

 俺の耳に大きな声が入ってきた。

 声のした方を見ると、肩にイノシシを担いでいる大男が目に映る。


 グラムだ。


 背はとうに俺を越え、肩幅も広い。どもっていた頃の面影は何一つ残っていない。


 誰だ、お前? 状態だ。

 まあ、弓って結構筋力使うからね。


 「ふふん! 私の呪術が役に立ったんですよ。凄くないですか、ねえ? 私、最強ですよね?」

 グラムの横で小柄な女が貧相な胸を張る。

 彼女はルル。十二歳の少女で、呪術が上手い。

 呪いをかけることと結界を張ることに関してはこの村の中で一番の実力だ。


 最近はグラムと一緒に居ることが多い。


 「ねえ、アルムス。ロサイス王から購入した奴隷はいつ来るの?」

 「一か月後だよ」

 「性奴隷とイチャイチャするの?」

 「そうそう! って違うよ。男しか頼んでないし」


 そんな無駄なことに金を使うか、アホ。


 「そう、それは安心」


 テトラは俺に抱き付いた。


 ……


 こういうあからさまな好意を示されると対応に困るな。



____________



 「それで今度は何を作るの?」

 「紙を作ろうと思ってね」


 紙。

 それは中国四大発明の一つ。


 現代でも使われる情報媒体だ。


 この辺の地域には紙がない。

 使われているのは木簡、羊皮紙、パピルスだ。


 紙には和紙と洋紙の二種類がある。


 これは原料の違いで、和紙が木の皮を、洋紙は木の中身を使用する。

 木の中身の繊維は丈夫で、溶かすには特殊な薬品が必要なので、今回作るのは和紙の方だ。


 本格的な綺麗な紙を作るにはいろいろ面倒な工程が必要だが、原始的な紙なら簡単に作れる。


 蔡倫は麻のボロ屑と、網、木の皮などを煮込んで繊維をほぐし、抄いて紙を作ったとか。


 生憎、麻はないが木の皮ならたくさんある。


 「何でそんなものを作るの? 別に必要ないじゃん」

 「まあ、俺たちにはな」


 そもそも文字が書ける人間がほとんどいないこの辺の地域では不必要だろう。

 木簡でよくね? ということになる。


 だがキリシア人は別のはずだ。

 あれだけ優れた技術を持っているなら当然紙が必要なはず。


 紙は軽いので、交易にも有利。


 そして原料の木の皮なら大量に余っている。

 木炭や須恵器を作るための燃料の薪を作るために木は何本も切り倒している。

 その木の皮を使えばいい。


 「さて、まずはどうすればいいのか……取り敢えず木の皮の黒い部分は剥がした方がいいよな? 取り敢えず水に入れてふやかすか」


 まずは木の皮を水の中につける。

 紙なんて作ったことが無いので、半分勘だ。


 もっとも、テレビなんかで少しは見たことがあるのでそれなりのものができると思うが。


 「で、一日水につけたけど。どうするの?」

 「黒い部分を剥がす。多分」


 汚い部分をみんなで取っていく。白い部分だけが残る。


 「次は?」

 「これを煮るんだけど……確かアルカリで煮れば良かったはずだ」


 アルカリというのは要するに灰が混ざった水だと思ってくれればいい。灰汁だ。

 弱アルカリ性なので溶けやすくなる。


 「あとはこれを煮ればいいんだと思うけど……」

 土器の中で煮られる木の皮を見る。

 何かが足りない気がするな。


 「ねえ、木に含まれている繊維ってやつをバラバラにしてるんだよね?」

 「ああ、そうだよ」

 「じゃあ叩いたり、千切ったりすればいいんじゃない?」


 そうか、そう言えばそんな手順あったな。

 さすがテトラ。


 「取り敢えず一度取りだしてくれ。臼で潰す」


 煮た木の皮を取りだし、臼で潰す。そして再び土器の中に入れ、しばらく煮たらまた取りだして潰す。


 この作業を何度も繰り返す。


 「よし、溶けてきた」

 木の皮はすでに原型を留めていない。

 ドロドロだ。


 「あとはこれを抄くだけだな」


 木の板を中に入れ、丁寧に抄いていく。

 確か厚さが均等になるようにしないといけないんだよな……


 結構難しい。


 「後は乾かすだけだな」


 木の板を日当たりのいい場所に置く。後は太陽に頼るだけだ。


__________



 「軽くて、丈夫。これすごいね」

 ロンが紙をペタペタと触りながら言う。


 「白いから書きやすそうだし。さすが兄さん」

 ロズワードが紙を慎重に剥がしながら言った。


 「これを売るんですか?」

 「ああ。それなりの価格で売れるんじゃないかな」


 正直、現代の紙を知る人間から言わせて貰えば出来がいいとは言えない。

 白いとは言っても、この辺で使われている物よりはマシ程度だ。


 「ところで必要だったの? 蜂蜜で十分だったと思うけど」 

 「まあ普通に生活する分はね。でも何が起きるか分からないだろ。害虫で小麦が全滅とかさ。もうグリフォンには頼れないわけだし。いざというときに食糧を確保する手段が欲しいわけ」

 最悪、キリシア人から穀物を買えば飢えはしのげる。

 産業は多ければ多いほどいい。


 「あの……この紙に綺麗な色とか付けられませんかね? そうすればもっと付加価値が上がると思うんです」

 「扇の材料とか?」

 「それいいですね! ところでこれ、あれに使えません?」

 「軽いし、持ち運びもできる!」


 ソヨン、テトラ、ルルの三人が盛り上がり始める。


 「ねえこれってもっと丈夫なのできないの? 色は汚くていいからさ」

 「何に使うんだよ」

 「ほら、箱なんかどうだ? 木の箱は重いだろ。これで代用できれば楽じゃない?」

 「でも強度に問題があるだろ」


 ロンとグラムが議論し始める。


 最近、こいつら頭が柔らかくなってきたな。いい傾向だ。


 「ああ!!!」


 悲鳴が上がった。聞きなれない声だ。

 えーと、これは……


 「リア! 大丈夫か?」

 ロズワードが悲鳴を上げた奴隷の少女に駆け寄る。


 お前、駆けつけるの早過ぎだろ。


 俺もリアの方を向く。

 リアは涙目だ。


 リアの横にはヤギがいて、むしゃむしゃと何かを食べている。


 「兄さん! リアは何て言ってるんだ?」

 「……ヤギが紙を食っちまったそうだ」

 「す、すみません」


 リアは頭を下げて俺に謝る。


 「気にするな。悪いのはヤギだからな」


 俺は笑って返す。いまいち奴隷の扱いが分からない。

 まあ、子供たちも分かってないようだし。


 普通に接していればいいか。面倒くさい。


 それにしても紙食って大丈夫か?

 動物園とかだとお腹を壊すから紙を上げないでくださいっていう張り紙がしてあるものだが……


 死なないでくれよ。大事な資産だからな。


紙作りはあんまり詳しくないのであってるかどうか分かりません

一応、牛乳パックで出来る簡単紙作りなら試しましたが

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