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第十八話 商談Ⅰ

 「ふふ、アルムスと二人っきり……」

 「あんまりくっつくな」


 俺とテトラはキリシア人の都市国家、クラリスの植民都市レザドに来ていた。

 要するに善は急げということだ。


 持ってきたのは旅の間の食糧と須恵器、そして通貨替わりの塩。

 プレゼントのための蜂蜜とロサイス王に貰った紹介状。

 そして護身用の鉄剣。

 キリシア人の有力者とやらに会いに来ただけなので、大したものは持ってきていない。


 出来れば後払いでいろいろ買えるといいんだけどな。

 無理だったら改めて大人数で須恵器を運ばなくてはならない。


 もっと軽い交易品が欲しいな。


 「それにしてもさ、どうして独自の文字が無いんだろ。面倒くさいよな」

 俺はキリシア語で書かれた木簡を見る。

 文字を覚えるにはまずキリシア語から覚えなくちゃいけない。面倒にも程がある。

 数字くらいなら簡単だけど、文章になると本格的に覚えないといけない。


 せっかくこの地域の言語をマスター出来たのに、次はキリシア語を憶えなきゃいけない。


 「じゃあアルムスが作れば?」

 「名案だな。機会があれば作ろうか……何てな、冗談だ」

 作るくらいならキリシア語を覚えた方が早いよ。


 

 「そう言えばさ。毎回この辺の地域って言い方してるけど、地名無いの?」

 「一応アデルニア半島という地名ならある」

 「キリシア人は俺たちのことを何て読んでるんだ?」

 「バルバロイ(変な言葉で話す野蛮人)。もしくは半島人。あと純粋に野蛮人」


 まあ、進んだ文化を持った人間から見れば俺たちは野蛮人かもな。


 「ところでもう一つ質問していいかな?」

 「何?」

 「あそこに貨幣らしき物が見えるんだけど。存在しないんじゃなかったっけ?」

 確かそんな会話をしたような記憶がある。

 いつだっけか……

 そうだ、子供たちと出会った直後の時だ。


 確かロンが貨幣って何? と聞いてきたんだ。


 「貨幣のことを知ってるのはほんの極一部」

 「なるほど」


 富を持っている人間は持ってるということか。

 日本でもわざわざ蓄銭叙位令なんて法律を出したくらいだし、一般農民は知らないのか。


 そんな話をしていると、港に到着する。

 いつの間にかかなり歩いていたようだ。


 「これが海……」

 「初めてか?」

 テトラは頷く。


 塩の香りがするが、日本の海とは微妙に違う。


 「結構大きな船があるな」

 港にはいくつも船が留まっていた。


 全長は三十メートル前後、この世界の文化レベルから考えるとかなり大きな部類に入るだろう。


 「キリシア人は航海技術に優れていると聞いたことがある」

 そりゃ、こんな遠くに植民都市を築いて貿易をしてるくらいだからな。

 当然、俺たちとは比べ物にならないほど高い技術を持ってるんだろう。


 「さて、家畜を売ってくれるエインズさんはどこに居るのかな?」

 待ち合わせをしているわけではないので、探す必要がある。


 「早速探そう」

 「その前に商品……須恵器、蜂蜜の価値を調べようよ。騙されるかもしれないし」


 それは名案だ。

 何しろ相手はこっちを蛮人だと思っている連中。

 騙してくる可能性は十分にあるな。



 俺たちは陶器を専門に売っているキリシア商人に須恵器を見せる。

 彼が広げている茣蓙の上には俺たちのと同じような土器がある。


 品質に関してはほとんど同じに見える。


 「どうでしょう?」

 「……そうだな。キリシアで売るなら青銅貨三十枚で買うな。この辺で売るなら……塩三十ディダル(五百グラム)」


 ちなみに、通りすがりの商人から聞いた話だと青銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚ほどだそうだ。

 塩は一キロほどで銀貨一枚前後。


 つまりこの辺の地域で売ると、キリシアの一・六倍の価格で売れるということか。なかなかいい商売じゃないか。


 ちなみにキリシアの物価では銀貨が一枚あれば一か月間十分に暮らしていけるらしい。


 十分の定義にもよるが大体、銀貨一枚で日本円十万円くらいの感覚でいいだろう。


 「あんたが作ったのか? 誰に習った」

 「自分で考えたんですよ」


 俺がそう言うと、商人は目を丸くした。


 「それは凄い。出来ればあまり広めないでくれ」

 「俺たちも儲からなくなるので、タダで製法を教えるような愚は犯しませんよ」


 大事なカードだしな。


 「もう一つ。蜂蜜はどれくらいの値段ですかね? 土産で買いたいんです」

 「よしておけ。土産で買えるような代物ではないぞ。大体これくらいの器で金貨三枚ほどする」


 男は壺を手に持って言った。


 滅茶苦茶高価じゃないか。素晴らしい。


 主力品は蜂蜜で決定だな。


 「ところで皆さんは何を仕入れているのですか?」

 貿易というのは売って終わりじゃない。

 売って手に入れたお金で別の物を購入して、別の場所で売る。


 それを繰り返すのが貿易だ。

 帰る時に船がすっからかんでは勿体無いだろうし。


 当然、こいつらはこの辺から何かを仕入れているということになるが……

 見当がつかない。


 穀物は最近不作だから無いだろう。

 というかそもそもこの辺か小麦の栽培に向いてないし。


 鉄などの鉱物も無い。

 文芸品も無い。


 「そうだな。代表的なのが塩だよ。この辺は良質な岩塩が手に入るからね。キリシアは人口が多いから塩の需要が高いんだ」

 ここって塩の名産地なのか。

 知らなかった。


 森の中を探せば案外、見つかるかもしれないな。

 探してみるか。


 「あとはまあ、奴隷だな」

 やっぱりそうきますか。


 この辺は小国が分立してるから戦争が絶えない。

 奴隷が大量に安く手に入るんだろう。


 「いろいろとありがとうございます」

 「ああ。じゃあ」

 そう言って男は手を出してきた。

 情報料を寄越せってことか。


 俺は小袋に分けて置いた塩を男の手に乗せた。


________________



 「さて、ここがエインズさんの拠点か」

 目の前にはなかなか立派な建物が立っている。


 ロサイス王の家……城よりは小さいが、見劣りはしない。

 むしろロサイス王の城は木造で、こっちの建物は石造だからこっちのほうが丈夫そうだ。


 「ごめんください」

 俺はドアをノックして、鈴を鳴らす。


 しばらくすると褐色色の肌をした男性が出てきた。

 首に首輪を付けている。


 「何の御用で?」

 「エインズさんと商談をしたいんです」

 「生憎、ご主人様はお忙しく……」

 「ではこれを見せてきてください」


 俺はロサイス王から貰った木簡を手渡す。

 怪訝そうな顔で男性は木簡を受け取り、建物の中に消えていく。


 しばらくすると戻ってきた。

 「どうぞお入りください」


 さすが、王様の書いた紹介状。

 小国でもそれなりの影響力があるようだ。


 ユリアの奴は大量に塩を持ってたし、案外ロサイス王の国は塩がたくさん採れるのかもしれない。


 「こんにちは、私がエインズです。あなたは?」

 俺の前に姿を現した青年がキリシア語でそう言った。


 若いな。大物商人と聞いていたからもっと爺さんかと思っていたんだけど。


 「私はアルムスです。こっちはテトラ」

 「よろしくお願いします」


 俺たちはキリシア語で返す。

 俺は『言語の加護』のおかげでキリシア語は完璧だし、テトラはそもそも最初から話せる。

 何でも、テトラの母親はキリシア人だったらしい。

 バイリンガルとは羨ましい。


 俺たちが流暢なキリシア語で返してきたことにエインズは驚いた表情をした。


 「お上手ですね」

 「あはは、まあこれくらいは」


 加護の力なんですよ~とは言えないな。


 「家畜を購入したいとか?」

 「はい。こちらで取り扱っていると聞いていたので」


 俺がそう答えると、エインズは俺を値踏みするように見る。

 十五歳の若造だからな。俺は。そんな奴が小国とはいえ王の紹介状を持ってきた。気になるだろうな。


 「失礼を承知でお聞きしますが……あなたはどのようなお立場で?」

 「そうですね……なんと表現したらいいか。まあ、王はまだ名乗ってませんね」


 ぶっちゃけ、俺たちは独立国みたいなものだ。

 領土、国民、主権。全部そろってるし。


 「そうですか……」

 何かを考えこむような表情を見せるエインズ。

 できれば盛大な誤解をして欲しい。


 「牛は金貨三枚、馬は金貨四枚。現物で支払うなら多めに払ってもらう」

 「なるほど。実は今回はお金を用意していなくて……価格を確かめに来ただけです。二週間後、改めて来てもいいですか?」

 「構いません。ところでどれくらい購入しますか?」

 「そうですね。馬を一頭、牛を二頭お願いします」


 つまり合計金貨十枚。

 蜂蜜を壺一杯に三つは必要だ。


 ギリギリ支払える量だ。


 やっぱり蜂蜜は量が確保できないのが辛い。

 別の商品を作る必要があるかもしれないな。


 「分かりました。用意しておきましょう。では二週間後」


 こうして新しく労働力を手に入れた。


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