<< 前へ次へ >>  更新
16/305

第十六話 蜂蜜

時間が飛びます

 あれから三年が過ぎた。

 現在、俺は十五歳だ。

 小麦の収穫の後、村の人口は七十人に増加した。


 四十人も人が増えたのだ。幼い子供だけでなく、それなりに大きな子……十歳ほどの子供が多かったところから、かなり食糧事情が不味いということが伺えた。


 その後三年間、飢饉は起こらなかったが重税から子供を手放す親が増え現在の人口は百人だ。 笑えない。


 俺の目から見て、どの国も人口規模は大して大きくない。

 毎年生まれる子供の人数もそんなに多くないと思うが……

 相当ヤバいんじゃないか、これ。


 この森以外の場所に捨てられた子供や、奴隷として売られた子供も当然居るだろうし。


 ちなみに百人の内訳だけど、十五歳~十二歳が三十人。十一歳~八歳が四十人。八歳以下が三十人。


 そろそろ村の旧畑では足りなくなってきたので、木を切り倒して畑を増やし始めている。


 家畜は牛が四頭、ヤギが十頭。鶏が十羽。

 もっと余裕が出て来たら豚も導入したいけど……


 これ以上は周辺の村に拒否されてしまう。

 元々数が少ないのを強引な交渉で貰ったものだからだ。


 おっと、動物関係で忘れちゃいけないことがある。

 最近、鷹の幼生を三匹、ソヨンが拾ってきた。


 何でも、巣に親鳥がなかなか帰って来ないのを見兼ねて連れてきたとか。

 鷹の中では大きい種のようだが、この世界には恐ろしい大きさの猛禽類が空を闊歩しているので、おそらく食われたのだろう。


 俺は育てられるか怪しいし、育てるには肉が沢山必要だから捨てろと言ったが、「自分たちとは少し事情は違うけど、親が居ない子供を見捨てられない」と言われてしまった。

 最終的に他の子供たちにも助けてやってくれと言われて、仕方なく認めた。


 まあ捨てたら教育に悪いし。

 それにソヨンとテトラ、そしてもう一人、ルルという子が呪術の才能は見せ始めていた。

 だからもしかしたらこの鷹に魂を乗せることができたらなあ……

 という下心もあった。


 ちなみに企み通り、鷹三匹はその三人と一緒に狩りをしたりしている。

 結果良ければ全て良し。


 後、ここ三年で森全域の調査が終了していて、いくつか廃村を見つけている。

 俺たちの村よりも前の時代のもので、ボロボロだが一から耕すよりマシ。


 人口がさらに増えるようなのであればそっちに人を移す計画もある。


 ちなみにグリフォンとの関係は未だに続いている。

 定期的に酒なんかを持っていって、話したりしている。


 いざというときに守ってもらいたいし。


 そして現在、俺は一人ユリアのところへ向かっていた。


 ユリアとは子供たちに呪術の訓練をして貰うために全員で会いに行っていた。

 だが最近になって、三回に一回は二人っきりで会いたいと言いだしたのだ。


 理由は分からない。 

 聞いたら乙女だからと返された。


 分かるような、分からないような……


 「おーい、ユリア。今来た……」

 草を掻き分けると、俺の目にユリアが飛び込んでくる。


 全裸の。


 「っちょ、アルムス!?」

 ユリアは大慌てで湖の中に沈み込む。


 不幸にも見えたのは背中だけだ。

 真っ白で綺麗な背中だった。


 そして気になる点が一つ。


 「なあ、肩のところの小さい文字みたいなのは何だ?」

 「え!? ああ、これは神聖文字よ」


 神聖文字とは儀式などで使われる文字……のような絵だ。三割文字で七割絵という感じ。非常にややこしい形をしている。

 実用性は皆無だ。


 「呪術か?」

 「うん。五歳くらいになるとみんな刻むんだよ。でも効果はほとんど無いかな。刻んだ方がいい気がするからしているだけって感じ。ちなみに入れ墨との違いは入れた人が触れると光ることかな」

 「でも子供たちはそんなのなかったぞ?」

 「そりゃある程度の呪術師にしか刻めないからね。それなりの有力者じゃないと」


 なるほどね。

 つまり刻んでる奴は身分が高い生まれということか。


 「俺もやって欲しいな」

 「あはははは。アルムスがうちの国に来るならして上げる」

 「それはできない相談だ」


 今のところはだけどね。

 このまま村の規模が肥大化すればいつかは目を付けられる。どこか大きな国に所属しないと不味いだろう。

 当分は蝙蝠に転じて誤魔化すけど。


 そういうところを加味してもユリアとの付き合いは重視しないと。


 「……というかいつまでこっち見てるの?」

 「ああ、すまん」


 俺は後ろを向く。

 水が音を立て、しばらくすると布が擦れる音が耳に聞こえる。


 十五歳になったことで、ユリアはかなり女になってきた。

 具体的に言うと胸が。


 最近は俺の息子も若干反応を示し始めてきている。


 ちなみにテトラは品乳だ。貧乳じゃない。そこ、間違えるな。間違えると殺される。


 「アルムス。着替えた。振り返っていいよ」

 ようやく許しが出る。


 「なあ、どうして水浴びなんかしてたんだ?」

 「いやー、今日はドジ踏んで見張りに見つかっちゃって。追いかけっこになったんだよね。何とか撒いたんだけど、汗だくになっちゃって。このままアルムスに会うのはなあと思ってね」


 それは大変だ。

 というかここ三年、見つからなかったことの方が不思議か。

 見張り、無能過ぎだろ。


 「これから偶に来れなくなるかもだけどごめんね?」

 「良いさ。注意してくれ」

 俺がそう答えると、ユリアは少し寂しそうな表情を浮かべた。


 そっけなさ過ぎたか、


 「ほら、パンだよ」

 「やった! これ、美味しいんだよね」

 ユリアは俺が差し出したパンを大喜びで受け取る。


 ユリアはかなり上流階級のようだが、それでも食べ物は美味しくないらしい。

 技術がないんだから仕方がないけど。


 俺のパンは卵、ヤギ乳、イースト菌入り。

 この世界では一番おいしいパンに違いない。


 「あとこれを」

 俺は小さな壺をユリアに手渡す。


 「何? これは!!!」

 「蜂蜜」


 ユリアは目を丸くした。


 この世界……と決めつけるのはまだ早いが、少なくともこの辺の地域では蜂蜜は貴重品だ。

 どうやら森の中から巣を持ってきて、育てて蜜を採集するという方法で蜂蜜を集めているらしい。


 これでは面倒くさいことこの上ない。


 そこで巣箱を作ることにした。

 蜂は狭い場所に好んで巣を作る習性がある。


 巣箱を作ればわざわざ蜂を探しに行く必要はなくなる。


 ちなみに蜂に刺されないのかという疑問だが、孤児院の(院長)は防護服なしでオオスズメバチを駆除して、食卓に蜂のから揚げを出すレベルの猛者だった。

 遠巻きに見ていたので、要領は分かる。


 アナフィラキシーショックは大丈夫かという疑問は、簡単に解決する。巣箱を作ろうと思う前に二回刺されたからだ。

 この体はミツバチに関しては問題ないということだ。


 当然のことながら、子供たちにはやらせていない。あいつらが耐性あるか分からんし。


 「美味しい!! すごいね。もしかしてたくさんあるの」

 「たくさんはないよ。それなりに量はあるけど」


 蜂蜜を採集するにはどうしても蜂の巣を壊す必要がある。それが原因で蜂をいちいち集め直さなければならない。


 現代の養蜂では蜂の巣を壊さず、蜂蜜だけ採集する方法があるらしいが……

 俺は知らない。

 なんか凄そうな機械を使っていたからどっちにせよ俺には作れないけど。


 こんなことならもっと蜂蜜関係のバラエティー番組を見ておけば良かった。

 異世界転移するなんて思いも因らなかったからな……

 分かっていればネットで調べたんだけど……


 こんなアホなこと考えても仕方がないか。


 とにかく、この蜂蜜は武器になる。

 権力者の機嫌を買ったりね。


 この知識を対価に命を助けてもらう何てこともできるかもしれない。


 「ねえねえ、私にも教えてよー」

 「ダメだ。俺たちは数が少ないからこういう知識を武器にしないと生き残れないんだよ」


 本当に悪いが、敵になる可能性がある相手には重要なことを教えられない。

 まあ、ユリアにはだいぶ話しちゃってるけどね。


 「じゃあ今日は何を話す?」

 「ロサイス王の国……お前の国の政治体制について。そろそろその辺を聞いておかないと思ってね」


 まあ、ある程度想像できるけど。


 「そうだね。ロサイス王を中心とする豪族の連合政権って感じだよ。どの国も同じだけど。うちの国は豪族の力が強いから主従関係というよりも同盟関係の方が強いかな。実際、フェルム王に関しては手が付けられてないもの」

 「フェルム王って最近独立した国の王だっけ?」

 「そうそう。丁度四年前、あなたと私が会った頃よ。飢饉で当時の豪族―アス家に不満を抱いていた民衆を味方に付けてその地の支配権を握ったの。それでロサイス王の元から自立しちゃったってわけ。彼はロサイス王にもドモルガル王にも貢物を送っている。だから私たちも手は出してないわ。ドモルガル王の国と矛を交えたら滅んじゃうから」


 ユリアは肩を竦めた。

 ロサイス王の国とドモルガル王の国は国力差が三倍はあるらしい。

 鉄器の有無から考えれば分かることだけど。


 「ロサイス王は今病気でね。戦はとてもじゃないけど無理。はあ……」

 ユリアは悲しそうにため息をつく。

 呪術師にも悩みがあるようだ。


 「でもフェルム王も最近ヤバそうだけどね。王が変わっても農業技術が変わるわけじゃないから。不満を暴力で押さえてるって感じ。もし何かあったら……よろしくね?」

 「嫌だよ。できれば殺し合いには巻き込まれたくない」


 ここ三年ですでに五人、殺した。

 殺さずに返せば大勢やってくる。


 警告のためにも殺す必要があるのだ。


 俺は何人も手にかけているが……子供たちにはそんなことして欲しくない。

 叶うかどうか分からないけど。


 「ところでアルムス。私の父親と会ってみない?」

 「俺は税金を払いたくない。分かるだろ」

 どこかの支配下になれば税金を払わなければいけない。それは嫌だ。

 いつかは避けられない運命だとしても、出来るだけ先延ばしにしたい。


 「あれ? 私、父親について話したっけ?」

 「話してない。だがお前の父親は偉い人なんだろ。じゃあ自動的にそうなる可能性が高いじゃないか」

 「あ、そうだね。あはは。いいよ。大丈夫。税金に関してはね。もし払うことになっても、この量の蜂蜜を毎月くれれば十分満足すると思うよ。それにさ、もしもの時のためのコネがあった方がいいと思わない?」

 「うーん、確かにそうだな」


 誰とも付き合わないというのはそれはそれで厳しい。

 人数が増えた今、欲しい物も増えてきている。


 例えば家畜。

 もっと増やしたいが、増やすには大きな取引相手が必要だ。


 他にも服とか、塩とか、薬とか。


 「じゃあ一度だけ会ってみる」

 「やった! じゃあ明日。ここの湖で。服は私が持ってきて上げるから気にしなくていいよ」


 こうして俺はユリアの父と会うことになった。

次回、ついにユリアの正体が明らかに!!

まあ察してる人も居ますが……


そろそろ日間が落ち着いてくると思うので(十日二十時の予測)、更新ペースを落とします。

ただ、一日一話は必ず更新します。


書き溜めが減り始めたら、節約するかもしれません

<< 前へ次へ >>目次  更新