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第十三話 新年

 「ねえ、アルムス。今度の満月の晩はここに来れないわ。新年の準備で忙しくて」

 「え! そうか、新年か。当然あるよな」


 失念していた。

 何しろ時を知らせるものは太陽の高さと気温と植物の成長しかない。

 そうだよな。新年は当然あるよな。


 それにしても冬に新年があるということはここは北半球なんだね。ちょっと安心する。


 いや、待てよ。文化レベルから考えると暦があるのか微妙に怪しいぞ。

 そもそも太陽暦なのか太陰暦なのか。


 「なあ、何を基準に暦を決定してるんだ?」

 「えーと、太陽の動きだったかな? 私も詳しくは知らないよ。外国から輸入したものだし」


 なるほど、納得した。

 だよな。この文化レベルで天文学が発達している謎だし。


 それにしても外国か……

 ここで言う外国というのはこの地域の国々じゃなくて、海を越えた先にある国のことを言うんだろう。

 確かキリシア人がどうのこうのと言ってたな。


 地域によって発展の差が大きい。

 覚えておこう。


  「なあ? 新年の祝いって何するんだ?」

 「そうね……この日のためだけに特別に丸々太らせた豚を殺して、神に捧げてみんなで食べたりとかかな。後はお祓いとか結界とかを張りなおしたり。いつでもできることだから新年にやる必要性は無いんだけどね。この準備が面倒くさくてね」


 なるほどな……

 ユリアは呪術師だから余計大変なのか。


 そうか。豚か。

 生憎豚は無いな。牛ならいるけど大事な労働力だから……

 鹿で代用するか。

 そうなるとみんなで鹿を探さないと。


 「そう言えばアルムスの村には巫女は居ないのよね?」

 「うーん、どうだろ。捨てられた子供たちだからな。巫女なら捨てられることは無いだろうし。多分居ない」

 俺は子供たちの過去を詮索するのを控えている。

 だから彼らがどんな技能を持っているのか分からない。


 一番気になるのはテトラだけど……

 あいつならちゃっかり巫女的なことをできるかもしれない。何となく。


 「じゃあしょうがない。私が行ってあげますか」

 「別に忙しいのを無理してくる必要はないぞ?」

 何となくだがユリアがやんごとなき身分であることは察しがつく。

 毎月塩を用意してくれていることからも、かなりの金持ちだ。どうしてこんなところに居るのか知らんが。


 それに呪術師だ。

 新年はそりゃあもう大変だろう。呪術なんていう技能が実在するこの世界では日本の宗教関係者の人よりも新年は忙しいかもしれない。

 別に特に意味はない行為なら無理にしてもらう必要性は感じない。


 「ダメよ。あなたが良くても他の子が不安がるでしょ。信仰というのはそういう物なの」

 はー、そうなのか?

 俺はイマイチ分からん。


 「それにしてもお前、巫女なのに淡白だな」

 普通もっと心信深いもんじゃないか。巫女とか呪術師とかって。


 「案外、呪術師なんてそんなものよ。そりゃ信仰はしてるわよ。神への感謝の祈りがないと結界は使えないもの。むしろ普通の人よりは神様のことを敬ってると思うわ。でも妄信はしていないというか。案外、神様は融通が利かないのよ。信じても救ってくれるかどうかは気分と対価次第。だから必然的に淡白になっちゃうの」


 気分と対価次第か……

 グリフォンみたいだな。いや、あいつも神みたいなものなのか?


 「グリフォンって何であんなに敬われてるんだ?」

 「様を付けなさい、様を。あのお方は神の一柱、神獣よ。まあ特に何かしてくれるわけでも、悪いことをすることもないけど……でも強大な力を持っているのは間違いないわ。大昔、嵐と雷を操る加護を持ったドラゴンと戦って、勝利したことがあるらしいわ。その時の戦いの余波で森がいくつも吹き飛び、山が消え、海が裂けたとか」

 「化け物かよ」


 というかすごい自然破壊じゃねえか。

 俺のイメージだと、

 神様「もっと自然を大事にしなさい。自然を壊す人間には天罰が必要です。大洪水!!」

 という感覚だけど。


 やっぱり幻想か。

 そうだよな。人をどうとも思ってない生き物が草や木に興味を示すわけないもんな。

 神が生き物に入るかどうかは分からないけど。


 「あ、でも一週間後でいい?」

 「構わない。こっちは来てもらう側だし」

 これでみんなにユリアを紹介できる。 


 「ところでだけどさ、これからは俺の村まで来てくれないかな? 送り迎えはするよ。呪術を教えてやって欲しいんだ」 

 「うーん、呪術をね……何か対価が欲しいな……」

 「じゃあ数学を教えてあげるって言うのはどうだ?」

 「私、それなりに出来るよ?」

 「じゃあ1555+20000は?」

 「えーと……そんなに数が多い数字は……」

 「答えは21555。出来ないじゃん。俺の教えてるテトラっていう子はもう割り算もできるよ」

 「ぐぬぬぬぬ……いいでしょう。取引成立です」


 納得してくれたようだ。

 ちなみにずば抜けてできるのはテトラだけで、他の子供たちはそうでもない。 

 上手く騙せた。


____________



 「はーい、皆さん。いつもアルムス君にお世話になっているユリアと申します」 

 ユリアは明るく、子供たちの前で挨拶した。


 今日のユリアはいつもと違う服装をしていた。

 真っ白で、所々紫色の刺繍が施されている。

 どことなく日本の巫女服に似ている。

 この世界では染料はとても高価だ。つまりかなり高級な服であるということが分かる。



 「一つ、聞いても?」

 「いいですよ! えっと……ロン君だっけ?」

 ロンは立ち上がって、ユリアに聞いた。


 「リーダーとはどんな関係ですか?」

 「恋人です!!」

 ユリアは俺の腕に抱き付いた。

 おい、勝手なことを言うな!!


 「マジか!!」

 「すげえ!」

 「羨ましいな……あんな綺麗な人と!」

 「そんな……あんな綺麗な人に敵うわけ……」

 「く、悔しい……」


 子供たちがざわめきだす。


 「……ねえ、アルムス……今の話本当?」

 うわ、怖!

 テトラ、どうやったらそんな怖い声出るんだよ。


 「ユリアの悪ふざけだよ。おい、お前も変なことを言うな!」 

 「あはははは。ちょっと揶揄いたくなっちゃって。でも私はそういう関係になってもいいよ?」

 ユリアは俺にウインクして離れる。 

 テトラは俺を睨みつけながら、足を踏んできた。


 「痛いだろ……そんなに怒るなよ」

 「ふんっ」

 テトラはそっぽを向く。


 「じゃあ気を取りなおして儀式をやろうか。出来れば豚が良いんだけど……無いんだよね?」

 「代わりに鹿を用意した。血抜きしちゃったけど」

 「うーん、本当は生きてるのを殺すんだけど……まあ、いっか。じゃあアルムス。私がこれから言う言葉を復唱してから剣で頭を切り落として」


 了解。

 俺は鉄剣を構える。


 「じゃあいくね。天と地と海の数多の神々と精霊達よ。今年一年、生きることができたことに感謝を込めて供物を捧げます。願わくばこれからも我らを見守ってくださることを……」


 俺はユリアの言葉に続いて言い、剣で鹿の首を切り落とした。

 すでに血抜き済みなのであまり血は出ない。


 「じゃあこれで供物の儀は終了ね。次は祓いの儀に移ります!」

 「何をすればいいんだ?」

 「取り敢えず体を洗おうか。今、死の穢れを受けちゃったから」

 なるほどね。

 確かに獣を殺した後に儀式を行うのは縁起が悪い。


 「じゃあ最初に女子からお願いするよ」

 「アルムス。覗いちゃダメだよ」

 「私は良いよ?」

 「覗かねえよ。十歳児の体なんて見たって少しもエロくない」


 俺はいたってノーマルだ。

 あれ? でも同年代の女の子の体で興奮するのは可笑しなことじゃないか……



_____________



 「じゃあ早速祓いの儀を執り行います」

 「……早くしてくれ。寒くて敵わん」

 真冬に川に入ったせいで寒すぎる。

 ユリア曰く、お湯じゃダメらしい。

 非合理だ。


 「じゃあ早速」

 ユリアは手をかざした。


 ぶつぶつとユリアが呟くと、ユリアの手が青白く光る。


 しばらくすると体が暖かくなってきた。

 「これは……」

 「体温を上げる治療術の一種よ。あくまで一時的なモノ」


 そんな術もあるのか。

 でも体温を上げるだけとか地味だな。

 それとも他にも高度な技があるのか?


 ユリアは俺が終わった後、全員に同じ術を施していく。

 疲労の色は微塵も見えない。さすがだ。


 「じゃあ次は舞の儀式をするわ」

 「それはどういう意味があるんだ?」

 「畑に結界を張るのよ。あくまで軽くだけどね」

 ユリアはそう言って畑の前に立つ。


 「じゃあ静かに見てて。すぐに終わるから」

 ユリアはそう言って手に扇子と鈴のような物を取り、舞い始めた。


 リン、リン、リン


 鈴が鳴る。


 鈴に合わせてユリアは唄い、踊る。


 時に大胆に、時に繊細に。

 美しい扇と白を基調とした巫女服が揺れ動く。


 動きに合わせて鈴が美しい音色を響かせ、ユリアの喉が震える。


 その声はどんな鳥や虫よりも美しい。

 静かで清らかな湖の水面を思わせる。


 ユリアの紫紅(ラベンダー)色の髪が揺れる。

 俺の視線は自然とユリアに釘づけになってしまう。


 魅了の魔法でも働いているのか?

 否、ユリアが美しいだけだ。美しすぎる。


 これほどまでに美しいものは無いように感じられた。


 永遠に感じられるほどの時が経過する。

 気付くとユリアは舞いを終えていた。


 暫くの沈黙、そして割れんばかりの拍手が起こる。


 「どう? 見直した?」

 ユリアは俺に詰め寄った。


 綺麗だ……


 ユリアの顔を見てそう思った。

 卑しいものだ。あれだけロリコンじゃないと断言していたのに。

 今の俺はユリアに性的な魅力を感じてしまっている。


 「凄く綺麗だった。また今度、みたいな」

 俺がそう言うと、ユリアは顔を赤くした。

 「そ、そんな直球な……」


 お互い、顔を赤くして俯いてしまう。


 沈黙を破ったのはソヨンだ。

 「ねえ? また今度も来てください! またあなたの舞いを見たいです!!」

 「俺も、俺も!!」

 ロズワードも同調する。


 「もちろん! 何なら教えてあげるわ。何しろ私はアルムスに、あなたたちへ呪術を教えてあげるように頼まれているの。それにあなたたちが呼んでくれるなら、小麦の収穫の時踊ってあげる、これとは別の踊りがあるから!!」

 ユリアの周りに人だかりが集まる。

 どうやら馴染めたようだ。

 良かった、良かった。


 「ユリア」

 テトラがユリアに呼びかけた。

 自然と子供たちは道を開ける。


 「今回はあなたの勝ちにして上げる。……でも数学に関しては譲らない」

 「ふふ。良いわ。すぐに追いついて負かしてあげる」

 お互い睨み合う。


 そして笑いだした。

 突然のことで、子供たちも俺も目が点になる。


 「よろしく」

 「こちらこそ」

 二人は握手を交わした。


 ……よく分からんが友情が成立したらしい。


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