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第十二話 木炭

化学マジ嫌い……

 「ねえ? これ本当に役に立つの?」

 「大丈夫だよ。俺を信じろ」


 子供たちは本当かよ? という顔で灰を畑にまく。


 この辺の地域は冬に多くの雨が降り、最近雨の量が増えている。

 雨は空気中の二酸化炭素が溶け込んでいるので弱酸性だ。


 その雨を吸収しているこの畑は弱酸性土壌になっているはずだ。

 そして小麦は酸性土壌に弱い。


 だから灰を播いて中和させる必要がある。

 それが灰を播いている理由だ。


 酸性を好むかアルカリ性を好むかは植物にもいろいろある。

 その辺は注意しなければならない。


 今回の畑はカブを育てた面積の一・五倍だ。

 いろいろ理由はあるが、大きいのは俺の身体能力が上がったこと。

 十分世話できる。


 「次は手作り肥料だな」

 俺は土器の中に入った肥料を持ち上げる。


 牛とヤギの糞を捨てずに一か所に固め、森の落ち葉と一緒に発酵させた物だ。

 カブの時はとても間に合わなかったが、今なら使える。


 子供たちには牛の糞を畑に入れるとかあり得ないと言われたが、俺たちがいつも食ってる木の実は動物の糞が混ざった森の土で育っているよといって説得した。


 人糞も考えたが、俺自身嫌だし、寄生虫が怖いのでやらない。

 寄生虫とか気持ち悪すぎ。


 肥料と灰を入れたら今度はかき混ぜる。

 全体に行き渡るようにしなければならない。


 牛と俺と子供たちで力を合わせて畑を耕していく。

 作業速度がかなり早い。


 俺の腕力と何より牛の力が大きい。

 下手したら普通の農村の作業効率よりもいいかもしれない。


 「今日のところはここまでにしようか。明日明後日で作業は終わるだろ」

 「賛成! 俺もう疲れた。飯にしようぜ」

 「今日のご飯って何だっけ」

 「いつもと一緒」

 「つまり木の実か……」

 「グリフォン様ってどうやって大量の木の実を集めてるんだろ?」


 子供たちは話ながら晩御飯の支度に取り掛かる。


 俺が来た当初はかなりギスギスしていた。

 みんな出身地が違う他人同士。

 それに親に捨てられたというショックが抜け出せないで呆然としている子も多かった。


 今はそんな様子はない。

 みんな楽しそうだ。


 「行こう?」

 テトラに服を引っ張られる。

 「ああ。分かってる」

 俺はみんなの元へ向かった。


 ……来年、飢饉じゃなかったら俺の元から離れる子は何人だろうな。



_____________



 「農業ってさ……忙しいときと忙しくないときの差が滅茶苦茶激しいよね」

 「うん……」


 小麦の種を播いてから数週間が経過した。

 耕したり、収穫したりしないときの農作業は雑草抜きと害虫退治だ。


 雑草抜きは毎日こまめにやればそこまで苦でもない。小さい子供でもできる。

 害虫は防虫菊エキスのおかげでそもそもあまり湧かない。



 「ところで最近、森の中で人を見かける回数が増えたな」

 「冬が近いから。今のうちに豚にドングリを食べさせたり、木の実を採集している。グリフォン様の怒りを恐れている人達が森に入っているということは相当深刻」

 テトラは思いつめた顔で言う。

 「今年の冬、捨てられる子供は居るかな?」

 「養えない人は夏の時点で切り捨てたと思うけど、計画性のない人は居るから一定数は居る。ただ、次の小麦の季節不作だったら大量にでてくる」


 不作にならないことを祈るしかないな。


 新たにやってきた人の支援をグリフォンはしてくれるだろうか? 

 無理だろうな……

 俺たちの場合は気まぐれが大きな理由だし。


 「ドモルガル王もギルベッド王も戦争なんかしている場合じゃないのに。戦争で労働力や呪術師を失うなんて馬鹿らしい。兵士は農民に戻して、呪術師は坑呪に当てるべきなのに」

 「呪術って呪いと抗呪以外に何か戦争に役立つ能力があるのか?」

 「……ユリアとかいう女に聞けばいい」

 テトラは不機嫌そうに言った。

 意地悪だな。


 「教えてくれよ」

 「じゃあ頭撫でて」

 「ほら」

 俺はテトラの頭を撫でる。テトラは嬉しそうに笑う。


 「じゃあ教えてあげる。動物に魂を乗せられるのは知ってる?」

 「ああ。知ってるよ」

 「じゃあ話は早い。鷲や犬に魂を乗せて、敵の偵察とかをする。当然敵は防ごうと弓矢とかで射る。魂を乗せたまま射貫かれると、魂に大きな損傷になる。他にも炎を起こしたり、風を起こしたりできる。数十人がかりになるけど」


 それはすごいな。特に偵察。

 扱い方次第じゃ飛行機みたいな使い方ができるじゃないか。

 爆弾みたいな物を鳥に運ばせて敵軍の頭上に落とす。

 爆撃機にもなるな。


 地味だけど案外使えるんだな。


 「なあ。秋が終わって冬になったらユリアを村に呼ぼうと思ってるんだ。みんなに呪術について学んで欲しいから。いいかな?」

 「……私はアルムスの方針に特に異を唱えない」

 許してくれるようだ。

 良かった。


 「ところでさ……」

 「何?」

 「最近寒くない?」

 「……」


 テトラは沈黙で肯定した。


 段々と季節は冬に近づいてきている。

 何となく分かるが、この地域の冬の寒さは日本と変わらない。逆に言えばそれくらい寒い。


 グリフォンが偶にくれる動物の毛皮を加工した服をみんな着ているが、一人一枚分しかない。寒くて敵わん。


 「冬は家の中で過ごす日々が多くなりそうだな」

 暖かい暖炉が欲しいな。

 今のうちに薪を用意しないと。


 あ……家の中で薪を焚くと煙がすごいんだっけ。

 どうするか……


 そうだ。あれを作ろう。今のうちに。


 「どうしたの? アルムス」

 「今から木を切りに行こう」

 思い立ったが吉日だ。




___________



 木炭にはいろいろ利点がある。


 大きな利点は燃焼時間が長いこと。火力が安定していること。そして煙が出ないこと。


 当然、欠点もある。

 純粋な火力と熱効率ならば薪を直接燃やした方が早い。


 実際、暖炉なんかの燃料は薪が基本だ。


 だから本当は薪で暖を取りたいのだが、薪だと煙が出る。

 煙突があればいいが、竪穴住居に煙突はない。


 家の中で薪で暖を取ろうとしたら俺たちが燻製になってしまう。


 さて木炭の作り方だが、そんなに難しくない。

 酸素の少ない場所で加熱すれば、薪は燃えずに木炭に代わる。


 酸素の少ない場所で加熱する。

 どっかにそんな施設あったな~


 「というわけで穴窯を使う」

 「この前振り必要だったの?」


 うるさい。説明してやったんだから感謝しろ。


 「とにかく、木炭ができれば冬に冷凍状態になることも燻製になることもない」


 俺は穴窯の中に木材を詰めていく。

 空気があまり入ると出来ないので、できる限り敷き詰め、隙間には乾いた枯葉を入れる。



 「じゃあ着火する」

 俺は松明で火をつけた。

 中の木材が燃え始める。


 「しばらくしたら焚口と煙口を塞ぐ。一日放っておけば炭ができる」

 「須恵器とあまり変わらない?」

 「まあ酸素と反応しないようにすればいい点は同じだな」

 「ねえ? 酸素って何?」


 酸素の説明か……

 上手く説明する自信がないな……


 「酸素って言うのは物を燃やすときに必要な物だよ。空気の一種かな。酸素がないと物は燃えない」

 「ふーん。酸素が燃えてるんじゃないの?」

 クソ。面倒くさいところを突いてくるな。

 俺は文系だからそういう理系的な質問をされても正しい解答を答えれるか分からないぞ。


 「えーと、まず燃えるっていうのは炭素っていう木とか俺たちの体に含まれている物質が酸素と合体(化合)することで起こるんだよ。だから酸素が燃えてるんじゃなくて酸素が燃やしてるが正しいかな?」

 「ふーん。何となく分かった」


 俺もよく分からなくなってきた。

 そもそも燃えるの定義ってこれで良かったんだっけ? 鉄が酸素と結びつくのも燃焼だよな? 炭素限定じゃないのか? そもそも燃焼と燃えるって何が違うんだっけ。

 一般用語と化学用語?


 そう言えば酸化は酸素と他の物質が化合する反応じゃないとか高校教師が言ってたな。

 物質が水素を奪われるのも酸化だっけ。

 確か物質が電子を失うのが酸化なんだっけか。


 じゃあ()化じゃねえじゃん。

 意味分からねえ。

 誤解を招くような用語にするんじゃねえよ。


 大体、中学校の頃は普通に「酸化とは物質と酸素が化合することです」って習ったぞ。

 クルクル主張を変えんな。


 訳が分からないよ。


 「ねえ、兄さん。どうかした?」

 「いや、何でもない。少し考え事をしてただけだよ」


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