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第十一話 土器

 「どう? 見える?」

 「うーん、微妙だな。霞んでる」


 俺は今、呪術の訓練をしていた。

 今行っているのは基礎中の基礎、魂を見る訓練なのだが……俺には才能がないらしい。


 「別にアルムスが極端に才能がないわけじゃないわ。男の子の中で少し悪い方といったところ。基礎だから三年も続ければ確実に身につくわ」

 「三年か……ところでユリアは?」

 「私は三日」

 「……単位が違い過ぎないか?」


 ユリアが化け物なだけか。安心した。


 「そもそも呪術は才能の有無の差が激しいの。九割は才能よ」

 「じゃあ努力はまったく無駄か?」

 「そんなことないわ。坑呪の技術ならよっぽどのクルクルパーじゃない限り誰でも身につくから」


 クルクルパーね……

 俺は少し悪い方だから大丈夫ってことか。


 「人を呪えば穴二つ。これは呪いの常識。呪いを掛けるのは呪いから身を守ることよりもずっと難しいの。並みの呪術師だと、呪術を知らない人間に掛けるのでさえ五分五分といったところね。本人が呪いを掛けられたと自覚すれば呪いは成立しない。簡単に意思の力で跳ねのけられるよ。私クラスになればアルムスを呪い殺すのは簡単だけどね」

 「確か意思を持たない植物なら呪いを簡単にかけれるんだっけ?」

 そんなことを言って居たような気がする。


 「そうそう。だから農作物は結界で守らなきゃいけないの。基本的に守りの方が強いかな。一人の呪術師が張った結界を崩すのには三人は必要だから。私は百人力だからこの法則は成り立たないけど!」

 そう言ってユリアは薄い胸を張った。

 いちいち自慢してくんな。


 「取り敢えず魂魄世界を意識できるようにならないと話にならないから、毎日頑張って。夜寝る前にちょっと瞑想すればいいから」

 「筋トレみたいだな」

 「基礎だからね。私も毎日瞑想してるよ。寝る前に」

 結局、毎日コツコツ努力しなきゃいけないということか。

 その辺は運動も呪術も変わらないな。


 「ところでさ、塩ってどのくらいの価値があるのかな? 海で採ってるの? それとも岩塩?」

 「塩? それなりに貴重かな。基本的に岩塩。水を煮る方法だと薪が大量に必要になっちゃうからね」

 なるほど。貴重品か。

 鉄器と交換するのは避けたいな。鉄器は自衛用にある程度残しておきたいし。となると自分で岩塩を掘るか、それとも何か特産品でも作るか……


 「何か欲しい物ってない?」

 「何それ。プレゼントしてくれるの?」

 「いや、そうじゃなくてさ。塩と交換できるような物を作れればいいと思って。参考までに」

 「えー、そんなこと急に言われてもなあ……そうだね。強いと言えば土器とか?」

 「土器?」


 土器なら普通にあるじゃないか。


 「たまに海を渡ってキリシアっていう地方の人がやってくるんだよね。その人達が持ってくる土器は私たちが使っているのと全然違って、とても丈夫なの。色も綺麗。だから王族とかの間で大流行なんだけど……」

 「なるほど。確かに俺たちの使ってる土器は壊れやすいな。色も汚い。ありがとう。良いことを聞いたよ」 


 帰ったら早速考えてみよう。


__________



 まず俺たちの使っている土器の特徴。

 分厚くて脆い。そして赤い。


 これは粘土に含まれている鉄が酸化するのが原因。酸化第二鉄が犯人だ。

 基本的にこの辺の地域の土器は露天で焼いている。そのため大量に酸素が供給されてしまい、このようなことになるのだ。


 ではどうすればいいのか?

 地面の中で焼けばいい。


 穴窯を作れば良いのだ。

 閉鎖された空間内では熱が外に漏れにくく、露天で焼くよりもずっと高温が出せる。

 最後に煙口と焚き口を薪で塞ぐ。そうすることで酸素の供給量を抑えることができる。


 酸素の供給量が減ると、酸化第二鉄は発生しない。代わりにできるのは酸化第一鉄。


 この酸化第一鉄の色は黒。つまり黒い土器が出来上がる。


 つまり須恵器。


 まあ俺も詳しくは知らないんだけど。


 ともかく、現在使っている土器よりは良い物を作ることができる。キリシア人とやらが運んでくる土器と比べてどちらが優れているかは分からないが。


 さて須恵器を焼くには穴窯が必要だ。

 この穴窯というのか文字通り地面の中の窯ということで……つまり重労働だ。


 そんなことをしている暇があるのか? 農作業をやらなきゃいけないんじゃないか?


 そんなことはない。


 むしろ俺たちは今、物凄く暇なのだ。


 カブを収穫し終え、今育てているのはクローバーだ。クローバーなんて半分雑草みたいなもので、特に世話をする必要がない。

 むしろ来年、取り除くのに苦労しそうだ。


 だから時間ならたっぷりある。



 「というわけで鍬は持ったな? 早速作るぞ」

 「どこに作るんですか?」

 ソヨンが鍬を持ちながら言った。


 「斜面だ。確かあっちの方に調度いい感じの斜面があった。そこに作るぞ」

 「塩のためだけに地面掘るの?」

 「別に塩のためだけじゃない。小麦とか採れなかったとき、何か食糧と変えられるものがあった方が便利だろ」

 鉄器は有限だ。

 逆に粘土と薪にする木は大量にある。尽きる心配はない。


 それに穴窯は須恵器以外にもいろいろ便利なモノが作れるし。


 作って損はない。


 「行くぞ!」

 「おー!!」

 こうして穴窯作りが始まった。


____________



 まず斜面の木を切り倒すことから始める。

 主要戦力はみんな十歳児。作業は遅々として進まない……ということはなかった。


 「よし、五本目!!」

 「……アルムス、本当に同じ人間? どう考えても普通の大人よりも力がある」

 テトラの呆れ声が木が倒れる音と重なって聞こえる。


 そう、俺には身体能力が上がる加護があるのだ。 

 グリフォンの野郎は効果が微妙とディスったが、木を切り倒す程度ならこれで十分。


 今の俺は筋肉ムキムキの成人男性と同じくらいの身体能力。


 本当に便利だ。でもできれば心を読む能力とか、片手だけで木を引っこ抜けるレベルの身体能力が欲しかった。

 贅沢は言っちゃいけないか。


 とにかく作業は順調に進む。



 木を切り倒し、雑草を刈り取り、地面を掘り始めて五日が経過。


 ようやく完成した。

 ド素人がこんな感じかな? という感覚で作った窯なので性能は期待できない。

 とはいっても物凄く立派な土器を作ろうとしているわけではないので、問題ない。


 「次は工作の時間だ」


 粘土をコネて形を整える。

 俺は実はこういう地味な作業が得意だ。

 小学校五年生の頃、陶芸の体験学習で筋がいいと褒められた程度には才能がある。

 中学の美術は五だったし。


 「てっめえ!! やりやがったな!! お返しだ!!」

 「ふざけんなくそ野郎!!」

 「ちょっと男子! 粘土が飛ぶでしょ。あ!! 服に付いた! この!!」

 「や、やめなよ……」

 「……阿保ばっか」


 こいつら真面目に工作する気ねえのかよ。

 ロンとロズワードとソヨンが中心となって泥で戦争を始める。


 テトラやグラムを中心とする平和主義者たちは俺の周囲に集まり、避難を始めた。俺の方には飛んでこないだろうということか。


 俺は黙々と作業を続ける。


 便利そうなコップに、物を煮るのに使う大型の土器。皿や水瓶。

 交換だけでなく、俺たちも使うのだから大量に作らなければ。


 クソ、真面目に作ってんの俺だけじゃねえか。


 「おい、自分の食器は自分で作れよ」

 「分かってる」

 答えてくれるのは平和主義者だけ。戦争をしている連中の耳には届かない。

 虚しいなあ……


__________


 「ようやく出来上がったな」

 俺は穴窯から冷めた須恵器を取りだした。

 灰色で良い色をしている。


 試しに指ではじくと、高い音が鳴った。かなり丈夫だろう。


 「おお!!」

 テトラは自分で作ったコップを見て、感動しているようだ。

 やっぱり自分で自分のを作るのは良いよね!!


 「う……」

 「はあ……」

 ロンとロズワードがしょげている。

 二人が作った土器は分厚さが足りなかったのか分からないが、割れてしまっている。


 「遊んでいるからそうなるのよ」


 腕を組んでいうソヨン。

 俺からするとお前も遊んでいるようにしか見えなかったんだけどな……


 「まあチャンスはいくらでもあるさ。これから良いのを作っていこう。時間はたくさんある」

 俺がそう言うと、ロンとロズワードは目を輝かせた。


 こうして俺たちはクローバーの栽培中、須恵器を量産し続けた。


_________



 「ほら、プレゼントだよ」

 「え! 私に? ありがとう!!」

 ユリアは嬉しそうに須恵器を抱きしめる。そんなに嬉しいのかな?


 「これとっても丈夫そうね。どうやって作ったの?」

 ユリアは指で弾き、音を確かめながら聞いた。

 「企業秘密だよ。ところでこれで塩と交換できるかな?」

 「十分だと思うわ」


 そうか。それは安心したよ。


 「どこで塩を交換すればいいかな? 貴重品だから偉い人に掛け合わないと貰えないよね?」

 「そうだね……じゃあ私が持ってきてあげようか?」

 え!?

 マジで。


 「その土器三つで土器一杯分の塩をあげる」

 「良いのか? お前がくれるなら楽でいいけど」

 そこらへんの村長と交渉するならともかく、一国の貴族や国王との交渉は避けたい。俺はまだ子供。最悪奪われてしまう。

 グリフォン権威は紙製だから物理的攻撃には弱い。


 だからユリアが持ってきてくれるならそれに越したことはない。


 「全然。私は土器一つ分得をすると思うけど良い?」

 「……そうだな。構わない。じゃあ今度からよろしく頼むよ」


 こうして土器塩交換協定が結ばれた。

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