第百一話 鬼対蛇
「おっかしいな……情報じゃロゼルのクリュウ将軍はガリア北西部に行ってるんじゃなかったか? 我が国の予測では後二、三週間は戻って来ないはずなんだけど」
「といっても来ちゃったもんは来ちゃったもんでしょう」
バルトロとトニーノはため息をつく。
二人の元にその報告が届いたのは今日の朝だった。
ロゼル王国がアルド王子を保護し、国境を越えたと。
敵軍は約一万五千。そのうち千が騎兵。
一方こちらの兵力は二万を越えている。
カルロ派の豪族や元アルド派の豪族が合流し、数が膨れ上がったのだ。
騎兵の数も千二百でこちらが優っている。
ロゼル王国は騎兵の数が多く、ドモルガル王の国はその騎兵に対抗するために昔から騎兵の育成を続けてきた。
そのおかげだ。
数は連合軍が優っている。だが問題は質だ。
連合軍は文字通り
一方ロゼル軍は精鋭。
元々ガリア人はアデルニア人よりも十センチから二十センチほど身長が高い。
白兵戦ではガリア人の方がパワーがある。
「正直将軍の実力としては負ける気はしない。が、質の差が気になる」
「こっちは連携が取れているとは言えないしね……守城戦なら質の差は無視出来るが……」
守りに入った時点で政治的に不利になる。
戦術としては最善だが、戦略としては悪手だ。
「爆槍を使い尽くしてしまったのが痛かった……」
「作り方を教えてくれればこちらで作るぞ?」
頭を掻いて悩むバルトロに軽口を飛ばすトニーノ。
例え作り方を教えても、魔術師が居ない以上は作れないのだから関係ない。
爆槍の材料は黒色火薬と雷管代わりである発火の魔術式。
黒色火薬に関しては量産体制が整いつつあるため、十分に足りているのだが発火装置の生産は追いついて居ない。
魔術という新学問を扱える魔術師の育成が終わって居ないことが大きな原因だ。テトラが妊娠してしまっていたというのも大きな痛手。
それに爆槍はかなり重い。従来の投槍に加えて、爆弾まで先端に取り付けているのだから当然だ。
大量に戦場には持ち込めないのだ。
「野戦で迎え討つしかないだろ。兵力はこちらが優っているんだ。包囲戦に持ち込めば勝てる」
クリュウ将軍が中央突撃を好む猛将であることは当然バルトロも知っている。
ならば敵に中央突破される前に囲んでしまえば良い。
こちらの方が兵力は優っているのだから、十分通用する。
「カルロ様。どう思いますか?」
「さっぱり分からん。好きにしろ」
バルトロとトニーノは顔を見合わせた。
こうして両軍は激突することに成る。
「おいおい、マリオ殿。情報より敵の数が多いぞ?」
「マーリンよ。大方、周辺豪族の兵と合流したんでしょ。これくらいは予想済みでしょ?」
麻里が尋ねると、クリュウはにんまりと笑う。
「勿論」
敵の兵力が増えたのは何も悪いことばかりと言うわけではない。敵の動きは散漫になるという利点もある。
しかも相手は連合軍。連携に関してはロゼル軍は上手だ。
戦争は味方の弱点を如何にカバーし、敵の利点を潰し、敵の弱点を突くことにある。
全ての項目で必ず勝つ必要性は無いのだ。
敵将バルトロは包囲や側面攻撃を得意とする名将。
ならばこちらは包囲される前に、側面に回り込まれる前に敵を貫けばいい。
包囲や側面攻撃をするためには両翼に兵を多く配する必要があるため、中央が必ず甘くなる。
そこを貫く。
今回は切り札が二枚ある。そのうち一枚はアデルニア人には初披露。
流石の名将もすぐさま対応策は出せまい。
「よし、いつも通りに展開せよ。……まるるん殿、奴隷どもの制御、頼みましたよ?」
「了解。任せといて。あとマーリンだから」
連合軍は兵力を生かすため、両翼が長く伸びる陣形を敷いた。
そして中央突撃を阻止するため、精鋭を中央に厚く配した。
騎兵は両翼に、エクウス騎兵四百を右翼、ドモルガル騎兵八百を左翼に配する。
一見戦力が偏っているように感じるかもしれないが、両騎兵の質を考えれば少し左の戦力が過多……という程度だ。
下手に命令系統が違う軍を混ぜ込むよりはマシという判断だ。
今回斜線陣を用いなかったのは、連携が取れていない状況下で用いるのは危険だとバルトロが判断したからだ。
そもそも斜線陣は今まで二回しか成功例が無い。前回の戦いも敵将の経験不足が大きい。
今回の敵は名将。
バルトロは下手に奇策を用いるより、兵数を生かせる王道の戦術を採用した。
「諸君! これは正義の戦だ! 本来、王の座は我にあり!! 敵のアルドは父を殺し、兄を殺した卑怯者だ!! 許されることではない。悪には必ず神の鉄槌が下る。神は我らと共にあり!!」
カルロは全軍に向けて(バルトロとトニーノが書いた)演説をして、締めくくった。
一方ロゼル軍もお手本にしたいくらい普通の陣形だ。
……見た目は。
騎兵は両翼に配する。右翼には六百、左翼には四百。
ここまでは良い。
まず目を見張るのは先頭の戦闘奴隷五千。
彼らの装備は非常に貧弱だ。防具は盾と胸当てのみ。武器は鉄製の槍。
そして何より恐ろしいのはその血走った眼だ。
鼻息を荒くし、今にも襲い掛かろうと言わんばかりだ。
彼らはロゼル王国との戦争で敗れ、奴隷と成ったアデルニア人、ガリア人、ゲルマニス人だ。
人種はバラバラだが、全員に共通するのは家族を人質に取られて居ること。
そして大量の麻薬を摂取させられ、軽い呪術を掛けられていることだ。
呪術は伝染し、共鳴するという性質がある。
一人一人に掛けられた呪術は小さくとも、それが五千を越えれば別の話。
戦闘奴隷たちは連合軍に親の仇を見るような視線を送っていた。
そして戦闘奴隷の背後には五十の毛むくじゃらの何か。
少なくともアデルニア半島には生息していない、四足歩行の生き物が居た。
特徴的なのはその大きさ。四メートルを超える体高。八メートルを超える体長。
そして目を見張るほど巨大な二本の牙。
そんな化け物の後ろに控えるのがクリュウとその配下一万の精鋭。
クリュウは馬では無く、竜……狗竜と呼ばれる馬ほどの大きさの地竜種に騎乗ならぬ騎竜していた。
馬はその化け物の臭いを嫌うため、騎乗出来ないのだ。
その点、狗竜は肉食獣であるためその化け物の臭いを嫌がらない。
また狗竜はその化け物と比べると遥かに小さいので、その化け物も狗竜を嫌がらない。
組み合わせは最適と言える。
「諸君! 俺は誰か?」
「鬼突のクリュウ将軍です!!」
誰かが叫ぶ。それに同調して、全ての兵士が同様に叫ぶ。
「その通り! この俺が負けたことは今まであるか?」
「ありません!!」
「宜しい!! この俺が居る限り必ず勝つ! お前たちは俺を信じ、着いて来い!! 必ずや勝利をくれてやろう!!」
「クリュウ将軍万歳!! 将軍万歳!! 将軍万歳!!」
大気が震えるほどの唱和。士気が一気に高まり、全軍が一つに成る。
全ての兵士たちはクリュウに熱い視線を送る。彼らの瞳に迷いは無い。
「す、すごいです……何だか私も叫びたくなりました」
アナベラがぼそりと呟く。
呪術師たちは戦闘奴隷に掛けている呪術の操作に従事しているため、演説には参加していない。
全員が女性であるため、純粋に男臭いのを嫌うという理由もある。
もっとも、何人かの呪術師は完全に空気に飲まれて職務を放棄し、万歳唱和をしている。
「叫ぶのは良いけど仕事はしっかりね。……相変わらずあいつの『魅了の加護』は凄いわ」
「加護……あれは『魅了の加護』の効果なのですか?」
「まあね。でもあそこまで使いこなせているのはクリュウだからよ。『魅了の加護』は精々自分に注意を向けさせて、第一印象を良くする程度の効力しか無いから」
だが『魅了の加護』に演説を組み合わせれば話は別だ。
よほど下手くそな演説をしない限りは確実に成功する。上手な演説をすれば大成功だ。
また『魅了の加護』には共鳴という福次効果がある。
クリュウの感情がそのまま全軍に波及し、全軍の感情がクリュウに波及する。
これにクリュウが持つもう一つの加護を組み合わせれば、死をも恐れない無敵の軍勢が出来上がる。
「クリュウは私が知る中でエツェルの次くらい有能な武将よ。確実に勝つ」
ちなみにこれは麻里の中では最大の褒め言葉である。
まず戦闘は両騎兵の突撃から始まった。
連合軍右翼のエクウス騎兵(四百)対ロゼル軍左翼のガリア騎兵(四百)
連合軍左翼のドモルガル騎兵(八百)対ロゼル軍右翼のガリア騎兵(六百)
騎兵の質と量で優る連合軍はロゼル軍の騎兵を徐々に押し込んでいく。
「騎兵を下がらせろ」
クリュウの退却の笛が鳴り響くと同時に、ロゼル軍の騎兵は連合軍の騎兵に背を向ける。
連合軍の騎兵は勝利を確信し、それを追撃する。
こうしてクリュウの
「っち、ミスった」
バルトロは舌うちをする。
折角の騎兵が一時的とはいえ、無力化されてしまった。
エクウス騎兵の質とドモルガル騎兵の量はガリア騎兵に優るが、戦えなければその利は生かせない。
「だがこちらの騎兵が敵に優っているのは揺るぎない事実。所詮時間稼ぎに過ぎない」
無力化されたのはあくまで一時的だ。
力の差は歴然。
騎馬戦で勝利すれば包囲するだけだ。
「後はどれだけ敵の突撃に耐えられるかだな」
だがこちらの歩兵の方が敵よりも優っている。
バルトロには勝つ自信が有った。
「さて、早速歩兵戦を始めようか。切り札一枚目。戦闘奴隷どもを突撃させろ!!」
クリュウの号令と共に、鎖から解き放たれた獣の如く奴隷たちは連合軍に襲い掛かった。
「何だ? 連中、ほとんど裸だぞ」
「兵数も少ない。ぶっ殺せ!!」
連合軍と戦闘奴隷がぶつかる。
戦闘奴隷は盾の胸当て以外の鎧は来ていない。下半身は腰布だけ。
勝負は一瞬で決まると思われた。だが……
「があああああ!!」
「何だ、この野郎噛みついてきやがった!!」
「グギギギギギ!!」
「ひいい、何で刺してるのに突っ込んでくるんだよ!!」
戦闘奴隷たちは麻薬により、痛覚を感じていない。
彼らの脳裏にあるのは人質に取られている家族と目の前にある敵だけだ。
思わぬ敵の強さに、連合軍はたじろぐ。
だがそれはあくまで一時的なモノだ。
敵の装備が貧弱なのは変わらないし、心臓を刺せば死ぬのは変わらない。
同じ生きている人間なのだから。
連合軍が苦戦しながらも、敵五千を相手に徐々に押し込んでいく。
兵数では優っているのだ。
戦闘奴隷たちは奇声を上げながら、血の海に沈んでいく。
戦闘奴隷の突撃は失敗した。
だが連合軍を疲れさせる程度には役に立った。
「使い捨ての戦闘奴隷としては十分働いた方だろ。さて……切り札二枚目」
クリュウは前方で繰り広げられる戦闘奴隷と連合軍の死闘へ剣を向けて号令を掛ける。
「戦象部隊!! 突撃開始!!」
毛むくじゃらの化け物……象が唸りを上げて、戦闘奴隷と連合軍目掛けて突撃した。
ファンタジーだし、マンモス居てもおかしくないと思うんだ
クリュウ、さらっと「負けたことな」と言ってますが負けたこと有ります。ノリと勢いで嘘言いました。