第百話 鬼突のクリュウ
百話達成
その日、ロサイス王の国はお祭り騒ぎであった。
最初の朗報は三日前に遡る。
この戦勝報告はまずロサイス王に送られた後、すぐさま豪族たちに知らされ、その後平民たちに公開された。
ロサイス王の国は数十年、戦争に関しては受けに回り続けて居たため、これには庶民たちも手を叩いて喜んだ。
戦争に勝ったということはそれだけ略奪出来たということであり、奴隷もたくさん国内に流入する。
庶民たちからも大いに利益があるのだ。
次の朗報は翌日。
連合軍がドモルガル王の国の首都の無血開城に成功した。というものだ。
アルド王子は首都の防衛を放棄して、逃げ出してしまったらしい。
そして今日、ほとんどのアルド派の豪族が次々とカルロ派に転じているという情報がロサイス王に
齎された。
「七割の豪族がこちら側に下ったらしい。あと一週間もすれば全ての鎮圧が完了するそうだ」
俺が豪族たちを見回して言うと、豪族たちは大歓声を上げた。
俺も一緒になって歓声を上げたい心情だ。
流石はバルトロ。予想以上の大勝利。
任命して大正解だったようだ。
この調子なら内戦もすぐに終わりそうだし。
損害ほとんどなしで領土と属国が手に入る。最高だな。
戦争はとにかくお金が掛かる……が、短期間ならばそこまでの出費には成らない。
基本的に三か月を過ぎるとやばいという認識で良い。
今回の戦争は発生してから一か月も経っていないので、まだまだ財政的には余裕だ。
「ライモンド。ベルベディル、エビルの様子は?」
「両国とも、動く気配はありません。……今はともかく、バルトロ将軍が帰ってきたら返り討ちに合うのは目に見えていますから」
つまり両国の動きを警戒したのは杞憂だったということか。
一先ず、この戦争が終われば北の守りは万全になる。何しろ最大の敵国だったドモルガル王の国が同盟国に成るんだから。
後はベルベディル王の国を下し、その後にエビル王の国を下す……のが順番として丁度良いかな。
ベルベディルを攻撃するときには正式にレザドと同盟を組めばスムーズに行くかもしれない。
この両国を下せば我が国と敵対出来る国は居なくなる。
後は南下して中小国家を吸収すれば……アデルニア半島の統一は目に見えてくる。
「取り敢えず、平民たちに情報を開示するか。勝っているうちは不満は出ないだろうし」
死者が少ないのも良い。
どんなに勝ち進んでも死者が多くなれば不満があふれ出るからな。
「凱旋式の準備を進めるか。約束通り、酒を準備して」
その前にバルトロにやる褒美の土地も考えて置かないとな……
この時、俺たちは勝利という二文字に目を奪われ、未だアルド王子が捕縛出来ていないという問題を軽視してしまっていた。
これが後に大きな災いを呼ぶ……
「うがあああああ!!!」
丁度その時、麻里は頭を掻きむしっていた。
麻里の計画では、
パックス王子に手柄を立てさせるためにドモルガル王の国がロサイス王の国を攻める。
↓
エクウス族が援軍を出したところを見計らって、エクウス族の頭にレドゥスを就ける。
↓
ここまで来れば間違いなくエビルとベルベディルは参戦する。
↓
ロサイス王の国が弱ったところで、背後からドモルガル王の国を急襲。その後助けた見返りにロサイス王の国を属国化。
と成っていたのだ。
それが初手から崩れた。
どういうわけかドモルガル王が死に、内戦が発生。それにロサイス王の国が介入して、大勝利……
もはや収拾が付かない。
「あの……マーリン様……これは仕方が無いんじゃないですか? ドモルガル王が死ぬなんて誰も予想が……」
「いえ……私の注意不足よ。あの腹見れば生活習慣病の一つや二つ患っててもおかしくないのに……少しも確かめようとしなかった」
とはいえ、流石にドモルガル王直属の医術師にロゼルの呪術師を紛れ込ませるのは難しい。
だから仕方が無いと言えば仕方が無い。まさに天の悪戯……
「陛下は気にするなとおっしゃってましたよ?」
「……そりゃ言うでしょ。私を処罰出来る人間なんてこの国には居ないわよ」
基本的にロゼル王国の上層部は麻里が選んだ有能な人間で構成されている。
次のロゼル王を選ぶ際にも重要な決定権を持つのも麻里だ。
麻里はロゼル王国の建国よりも前から初代ロゼル王を助けていた人間。
誰も麻里の権力に疑問を抱く人間は居ない。
あのマーリン様が失敗したなら仕方が無いか……そういう空気がロゼル王国にはある。
それに今回は取れるはずの権益を失っただけで、現在持っている権益を失ったわけでは無い。
だからロゼル王は麻里を責めるのではなく、励ましているのだが……
その優しさが辛い。
「それで何しに来たの?」
「クリュウ将軍が遠征から帰還しました」
「クリュウが? 予定ではあと二週間は掛かるって言ってなかった?」
クリュウ将軍。
それはロゼル王国が誇る名将中の名将だ。一年以上前から、ガリア北西部の統一のために遠征中だった。
二つの加護を巧みに使い、必ず勝利を呼び込む。
得意戦術は突撃。二つ名は『鬼突』。
『鬼突のクリュウ』の名を知らないガリア人は居ない。
「マーリン様が失敗したのを聞いて、一万の精鋭を連れて強行軍で戻ってきたそうです。クリュウ将軍曰く、まだ諦めるのは早いとのことですよ」
「……ああ、なるほどね」
麻里の脳裏に状況を打開する策が浮かび上がる。
それは少々難しい作戦で、ある種の賭けでもあるが……当初の予定以上の戦果を上げることも出来る作戦だ。
「はあ……分かったわ。今行く」
麻里は重い足を引きずりながら、クリュウ将軍の元に向かった。
「一先ずはおめでとう。クリュウ。あなたのおかげでガリアの統一が一歩進んだ」
麻里はクリュウに祝いの言葉を投げかけた。
クリュウが上機嫌で破顔する。
「わはははは、俺に掛かればこんなもんだ。さて、マリルリ殿。あなたは俺に何か言わなくてはならないことがもう一つあるのでは?」
麻里は目を吊り上げる。とはいえ、現状麻里は偉そうに出来る立場ではないのは事実だ。
「マリルリじゃなくてマーリンよ。……策謀に失敗したわ。このままではロサイス王の国が強大化する。それを防ぐのを手伝って欲しい」
「つまりアルド王子を掲げながらドモルガル王の国に進軍しろと」
「そういうこと」
幸運なことにアルド王子は未だ捕まっていない。
抵抗を続けながら逃げ回っているのだ。
捕まるのは時間の問題だが……今なら間に合う。
麻里には
「我らが出せる手持ちは……俺が持ち帰った一万と戦闘奴隷五千を合わせた一万五千か。敵とほぼ同数。まあ俺なら確実に勝てるだろうなあ……でも俺は疲れてんだよ。ちょっと前まで寒いガリアの北に居たわけだし? どうしようかな?」
クリュウはニヤニヤしながら麻里を見る。
麻里は苦虫を千匹ほど噛みしめたような表情で言う。
「……お願いします。お願いですから私の尻拭いをしてください」
「よし、分かった! 他でもないマリル殿の頼みだ。喜んで引き受けよう!!」
クリュウはニコリと笑う。
麻里はクリュウを睨みつけた。
「マリルじゃなくてマーリン! もしくは麻里!! 全く……少し前までおねしょしてた餓鬼が……」
「もう俺は四十だぞ? 四十年が少し前とは……婆とは凄いな」
「あんたも今年で初老でしょうが。あんたは世間一般的に爺よ。それに私は見た目は十七歳だし。しかも処女膜も加護ですぐに再生するから永遠の処女。
いつもの調子を取り戻した麻里が鼻で笑う。
クリュウが肩を竦めた。
何だかんだでこの二人は長い付き合いなので、仲が良い。本人たちは間違いなく否定するが。
「では善は急げ。国王陛下に提言した後、すぐに出発しよう。クリリン殿にも同行願うぞ? あなたが上で飛んでるだけでも十分効果がある」
「……そこはクリリンじゃ無くてルリルでしょ……」
麻里は苦笑いしながら、クリュウと共に宮殿に向かった。
「クソが!! 何でだ、何でだ!!」
「……」
アルドがアリスを殴り始めて十分が経過している。
そろそろ本格的に痛くなり始め、苦しくなる。
アリスは常人よりも遥かに丈夫だが、痛い物は痛い。
「……そろそろ許して下さいませんか?」
「五月蠅い!! 何でだ、何でだ!!」
「何で」と言われてもアリスには答えようがない。アリスは政治も軍事もからっきしなのだから。
「取り敢えず、これからのことを考えるべきです。例えば……ロゼルに亡命するとか」
現段階ではそれが一番現実的な解答だ。降伏しても殺されるのは目に見えている。
ロゼルに逃げれば、ロゼルの武力を借りれるかもしれないし、最悪でも命は助かる。
「どうやって逃げるって言うんだ!! もう包囲されてるんだぞ? 今、俺の手元にはお前しかいない!!」
首都を放棄して逃げ出した時点で、完全にアルドの人望は無くなった。
護衛の兵士も次々と逃げ出す、または敵に情報を売り始める始末。
ようやく味方の豪族の領地にたどり着いたと思ったら、毒入りの料理を出される。寝込みを襲われる……等々。
すでに味方は奴隷のアリスしか居ないという状況下だ。
つまりアルドの命はアリスの手の中にあるのだが、それに気付かずアリスを殴り続けている。
アルドらしいと言えばアルドらしい。
そしてアルドを売ろうと微塵も思わないアリスもアリスである。
もっとも、アリスがアルドを守るのは好意でも忠誠心でも無い、純粋な恐怖と逆らえないという先入観だが。
「ああ!! 何でこんなことに!!」
アルドはアリスの顔を殴りながら、叫んだ。その瞳には涙が浮かぶ。
泣きたいのはこっちだ。アリスは思った。
まあアリスが最後に泣いたのは十年以上前のことだが……
二人が居るのはアルド派の豪族の屋敷である。
少なくとも、今のところはアルドの味方で居てくれているようで食事や風呂を提供してくれている。
だが時間の問題だとアリスは考えている。
風向きは完全にロサイス側なのだ。豪族は強い者の味方をする。
それにアルドには兄殺しと(こちらは冤罪だが)父殺しの罪がある。裏切るには十分過ぎる大義名分だ。
「アルド様、そろそろやめて頂かないと答えられません」
「蜘蛛女の助言など求めていない!!」
アルドは思いっきりアリスの顔面を殴る。
なら聞くなとアリスは思った。当然口には出さない。
「ああ、クソ……どうすれば打開出来るんだ……」
アルドはアリスから離れ、部屋の周りをぐるぐると回り始める。
その顔は真っ青だ。
今更平謝りしたところで、生首を晒すのは目に見えている。何か、やらなければ死ぬ。
死の一文字がアルドの脳裏をチラつく。
「おい、アリス!! カルロを殺せないか?」
「……別に第一王子を殺したところで、別の人が担ぎ上げられるだけでは?」
別に王族などいくらでもいる。それに勢力の強い豪族を次の王に祭り上げるという手も十分あり得る。実際、下剋上で王になった人間はアデルニア半島には大勢いる。
アルドを王位にするくらいなら、適当に占いでもしてどっかから幼い子供を探し出し、神に選ばれた王にしてしまった方がよほどマシだ。
「うう……どうすれば良いんだ……」
アルドが思い悩んでいると、ドアを激しくノックする音が響く。
アルドを保護した豪族が勢いよくドアを開けた。
「おい! 何だ、許可も取らずに……」
「アルド様!! お喜び下さい!! ロゼル王国が、ロゼル王国が!!!」
アルドも目が見開かれる。
アルドは豪族と手を叩いて喜び合った。
アルド・ドモルガル。悪運は強いようである。
「はあ……」
アリスは深いため息をついた。
そろそろ名将対名将をやっても良いと思う