69話 琴音の小さな出会いっぽい
「う……ん……っ!?」
琴音は、急な悪寒を感じ飛び起きた。
(ここは……?)
周りを見渡すもの、特に変わったものは見つからなかった。
そう、なにも見つからなかったのだ。
(さっきの感覚が勘違いじゃなかったとしたら、早くこの場を去った方がいいかもしれない……)
自分の冷静さに驚きつつ、人一人入れそうな物影に隠れる琴音。
その数分後、琴音の目の前に竜が通っていった。
(あのままだったら確実に見つかっていたわ……。でも、これで確信した。私は皆とは違うダンジョン、もしくはもっと下層に飛ばされてしまったのね)
琴音はそのまま座り込み、小さく笑った。
(あーあ。私の人生、こんな風に終わっちゃうんだ……。誰かを庇って死ぬとか、そういう華がある死に方がよかったなぁ)
「誰にも気付かれずに死ぬって、こんなに悲しいんだ……」
慌てて口を押さえるが、時は既に遅し。
魔物に気付かれてないか、恐る恐る物影から出て確認する。
「誰も……いない……よね?」
「何やってんだ?」
「っ!!?」
琴音は素早くその場から離れて、声をかけてきた人物を確認した。
「……あなたは?」
「ここの製作者……とでも言っておこうかな」
製作者を名乗る青年は、不敵に笑いながらそう名乗った。
「製作者?」
「ああ。というより、お前は一人でここまで来たのか?」
「えっと……ここは?」
「ここは80下層。普通ならたどり着けるレベルじゃないぞ」
「80下層!? ここって『コトリアソビ』ですよね!?」
「ん、そのとおりだ」
琴音は、その場で脱力して座り込んでしまった。
「……私は一人でここまで来たわけではありません。30下層で仲間とボスを倒した後だったのです」
「30下層から……?」
「ええ。ボスを倒して仲間と駄弁っていたのですが……」
「その時に飛ばされたと」
「はい」
青年は難しい顔をして何かを考え始めてしまった。
「あ、えっと。ここは80下層なんですよね? だったら転移部屋があるは――」
「ボスの部屋は85下層にある。ここはボス部屋でもなんでもない。問題なのは……」
青年は向きを変えてため息を吐く。
琴音は疑問に思ったが、そんなものは直ぐに吹き飛んだ。
「あ……あ……」
上空から咆哮と共に竜が二人目掛けて飛んで来たからである。
「……」
「なにしてるの!? 早く逃げないと!」
琴音はそう叫ぶが、青年は全く動こうとしなかった。
(まさか足がすくんで……!?)
琴音は青年の前に立ち、竜と正面から向き合った。
(どうせ死ぬなら少しでもこの人を……!)
「私があの竜を引き付けるから、あなたは逃げて!」
琴音は詠唱を開始し、迫り来る竜に向けて放った。
だが、案の定全くダメージにはなっていない。
(次の魔術を詠唱する時間はもうない……。あんな竜に襲われたらひとたまりもないだろうし……)
自分が死ぬことに対して恐怖はあったが、震えはなかった。
こんな時でも冷静な自分に小さく苦笑してしまった。
「せめて、楽に死にたいなぁ」
そんな言葉が自然と出てしまった……だが。
「死なせねぇよ」
耳元でそう呟かれたと同時に、目の前の竜が爆散した。
「え? 助かっ……た?」
死を覚悟した危機が去り、へなへなと座り込んでしまった。
青年は申し訳なさそうに琴音に手を差し伸べた。
「すまない。これは俺の管理ミスだ」
「管理……ミス?」
琴音は青年の手を取り立ち上がった。
「ああ。この迷宮には強制転移の罠なんて仕掛けてない。恐らく何者かの手によって――――」
「あ、あのっ!」
「……どうした?」
「さっきの竜は……あなたが倒したの?」
自分が強制転移されたかよりも、今はそっちの方が気になっていた。
琴音が見た限り、詠唱は全くしていなかったので、気になるのも当然と言えるだろう。
「まぁな」
「あなたは……何者なの?」
青年は小さく鼻を鳴らし、不敵に笑った。
「ここの製作者……普通の人間だ」
琴音はただ唖然とするしかなかった。
………
……
…
暫く時間が経ち、琴音のHPMPも回復したところで青年は琴音を連れて歩みだした。
「えっと、私の自己紹介がまだだったね……名前は蓬莱琴音。一応ライズ王国出身で、今はドレット王国に住んでる」
「蓬莱琴音……ねぇ」
青年は懐かしむような目で琴音を観察していた。
「な、何?」
「いや、別に。で、お前はどうしてこの迷宮に?」
「レベル上げ……倒したい相手がいるから」
「倒したい相手?」
「うん」
自らの仲間を思い浮かべながら話を進める。
「私の仲間の友達がね、そいつに殺されたらしいの」
「ほう」
「はっきり言って私には関係ないけど……。なんていうか、今のこの生活が楽しいから一緒に戦っているみたいな?」
「仲間のおかげだから、その仲間を悲しませた奴を許さないと?」
「まぁ、そんな感じ。相手は暗黒騎士って名乗ってる魔族らしいんだけど……」
「……」
「何か、めちゃくちゃ強いらしくて……。だから、君にお願いしたいの」
「……」
「私たちと一緒に戦ってくれない? 竜を瞬殺できる実力なら――――」
「すまないが、一緒には戦えない」
「……そっか。そうだよね。いきなり戦えって言われても困るもんね」
「……ああ、すまないな」
青年はとある扉の前で立ち止まり、琴音の目をしっかりと見た。
「この扉の先に地上へと出ることができる転移ポイントがある。一方通行だから向こうからは来れないが、外には普通に出れるぞ」
「まぁ、そうだよね……」
ほんの少しがっかりしている琴音の手に、青年は一枚のコインを握らせた。
「……これは?」
「黒金貨だ。迷惑料として受け取ってくれ」
琴音は黒金貨の存在を知らないため、驚いていいのか戸惑っていた。
「えっと……とりあえずありがとう?」
「こちらこそすまなかったな」
「また、会えるかな?」
「……ああ、また会えるさ」
「そっか」
琴音はそれだけを聞くと、部屋の扉を開けて転移する準備をする。
その時に、もう一度だけ青年の方を向き別れの言葉を口にした。
「じゃあね」
何気なく口にしたその言葉だが、帰ってきたのは驚愕の一言だった。
「ああ、次に会うときは敵として会うことになりそうだがな」
琴音はその意味を訊く前に地上へ転移した。
迷宮の製作者を名乗る少年とは…!?
次回、勇者視点です