7. 異質界探査
看板で埋め尽くされた空が青色を遠ざけて、錆の赤色がのっぺりと大気を覆っている。
この一帯に道と呼べる道は無い。ほとんどが建物に埋め尽くされて人はその隙間を通るほかなかった。
空隙でできた街。意図の無い迷路。
その最中で撃ち続けている。
霞を裂く、異質の弾丸。
弾頭は半透明の霊体をいくつも巻き込むが、しばらく進んで空中で霧散する。
巻き込まれたそれらは崩れ折れて、たくさんのお面がからんと落ちた。
密集するそれらは特徴的な外見の異形だった。
立てた指にかけた布のような造形をしていて、頭頂部に仮面がある。また、布のようなそれは半透明で、仮面だけが空間に浮かんでいるように見えた。
身長の個体差は大きい。大人を優に超える大きさのものから、子供の背丈ぐらいの大きさまで色々ある。
仮面の柄も個体によって微細に違っている。
霞のようなやつだった。
死んだやつは液体になって溶ける。
仮面がぼとぼとと落ちていて、次第に透明になっていった。
恐怖を抑えるためにグリップを深く握り込む。はやるトリガーは軽い。
重い反動。タイール5000の砲火は"敵"を掻き乱し、一瞬だけの安堵を精神に与えてくれる。
また、いくつもの仮面が落ちた。
バッテリーはすでに半分を切っている。
おれはずっと後退し続けていた。
[異形との戦闘はなるべく避けろ]
異質界探査における大原則。だが、もう遅い。
「御仁!ゴミ箱の中に飛び込め!」
声が聞こえた。
無我夢中で近場のゴミ箱に飛び込む。
蓋が閉まると、鉄さびとカビの臭いがした。
......今のは空耳かもしれない。
彼らの振動のような"足音"がそろぞろと空間を響かせる。
押し寄せる群れが、通過していくのだろうか?
地響きみたいだった。ゴミ箱の中が高周波で揺れている。
徐々に振動が小さくなっていく。
彼らは通り過ぎただろうか。
開けようとして気付く。あまりに蓋が重い。
「もう少し待っておれ、外気はまだ吸うべきではない」
そう言われたが、蓋を少しだけ押し上げてしまっていた。
甘くどろりとした霞がゴミ箱の中に入り込む。それを微量に吸い込んでげほげほと咳き込んだ。
咳き込みながら口を抑える。重い大気はすぐにゴミ箱の低層に溜まったようだ。不思議な感触を肌に感じる。
「もう良いぞ、御仁。出てくるが良い」
軽い蓋を押し上げて、ゴミ箱の外へと脱出する。
背中から落ちて思わず咳き込む。肺に残った霞が白く吹き出した。
吐き出した霞に紛れて現れたのは車椅子の少女。
スカート状の白衣に、束ねて胸元へ下ろした長髪。顔を覆う白い面布が特徴的だった。
「すまん。助かった」
「良いのだ。ところで御仁、新人だろう」
「新人?」
「新しい異質探査員なのだろう?」
「......ああ、そうだな。今日が初めてだ」
「ふうん。あの男もユーザーフレンドリーではないな」
彼女は残念そうな声色でそう呟いた。
「まず私から名乗らねばな。私はクトウ。前任の異質探査員だ」