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3. イシカの街

レイテルの西南、イシカの街。


ある道端ではオーバードーズを起こした女が寝そべって、泡を吹きながら異音を立てていた。

ずっと廃墟のような建物と晴れない霧のわずかな視界の中に現れ続けているのは、形を崩した妖精たちの点滅、電球の垂れ下がる樹木、空中に浮かぶ赤く錆ついた看板の群れ……


一目見れば荒廃の途上にあるとわかる。荒れ果てた街。

そして、"この場"は確かに何かが淀み、狂っていた。


歩きながら、強い不安を感じる。

それに伴って、大きな雑嚢がより重みをもち始める。


最悪だというのは耳にしていたし、かねてより忠告を受けてはいたが、まさかこれほどとは。

仕事とは言え、そうとは割り切れない悍ましさが、この街にはある。

今更、後悔が始まった。高額の報酬と引き換えに、何か大事なものを失ってしまうかもしれない。


霧の中から現れたのは路上ドラッグパーティを開催中の警官諸君。何かを呻きながら項垂れている。


「ナルサギめぇぇぇぇぇ!!!」

叫び声が聞こえたかと思えば、背後から何かが振り下ろされる。

身体を捻ってそれを回避すると、振り下ろされた鉄パイプが、脆くなったタイルを痛めつけながら盛大な音を立てる。

「危ねえだろ!」

俺は思い切りビンタした。

警官の男はそのまま地面に崩れ折れて、放心した顔でこちらを見つめる。痛みを感じていないのだろうか。

静まり返った瞳。しかし、直後には、また狂気的な色を孕んで、男は喚き始める。

また立ち向かってこない保証はない。崩れ折れた男の帽子をはぎ取って、ある程度の力で男の額を殴ると静かになった。

『ミザ』という武術の応用である。危険な技だが、気絶させるには適当だ。


再度歩き始める。目的地まではまだかなりある。


「はぁ」

思わずため息を吐く。


この様子では、期限の日を終えるまで、この街から生きて帰れるかどうかが怪しいというものである。

あるいは、この街に脈動する狂気に侵されて、自我を失ってしまうのが先か。


そして新しい不安。「ナルサギ」というのはこれから向かう目的地に暮らしている男の名前なのである。

誰かしらの因縁を引っかけたか、あるいは積極的に干渉したか、そのどちらか。

以前連絡を取った時は温和且つ丁寧な姿勢に安心したものだが……まあ現時点では何もわからない。


視界に表示された道案内用のHUDは、大通りの外れ、この先の路地の中を示していた。

俺の新しい住まいが、この先にはある。


どうしようもない不安を抱えながら先を急いだ。



赤錆びた看板が空をほとんど埋め尽くすあたりに俺の住まいはあった。


俺の住まいというのは異質観測所(ウルテラ)と呼ばれるものである。異質の観測を行うための施設で、レイテルのあらゆる街に存在している。これらのほとんどはレイテルを実質的に統治する『ハベル』の管轄にある。

四角い形状の建物に、様々な計測器のとりつけられた、ぶっきらぼうで無機質でセンスのかけらも感じられない"合理的な"構造物。

俺は、この施設に取り付けられた数多の計測器のうち、いくつかの役割と構造を知っていた。


安心と不安の入り混じった感情で、「ナルサギ」へ到着を知らせる。


玄関前で暫し待つと、脳内で音声が響いた。


『お疲れ様、我が観測所へようこそ。モーリスくん』


扉の鍵が開く音が聞こえて、自動ドアが開いた。

中に居たのは紳士然とした老夫。白髪に多少のひげ、骨身は細く、清潔な白衣を身にまとっている。


外界とは比べ物にならないほど正常で整頓された空間がそこにはあった。



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