偵察
屋敷に駆け込むと使用人たちは、怪訝そうな視線を一瞬向ける。
だが、すぐに護衛としての顔つきに変わった。
「何事でしょう」
老境の執事長が代表してアデルに聞く。
「わからないわ。ただ、何かが起こった可能性があるから、念のためあなたたちとの合流を急いだのよ」
と彼女が言うと使用人たちは小さくうなずいた。
「専守防衛ということでいいですか?」
執事長が彼女に再び聞く。
屋敷は侯爵家夫婦が不在だからアデルが最高責任者になるのだ。
「いいと思うけど」
彼女は同意しかけたところでとどまり、
「ユーグはどう思う?」
俺に意見を求めてくる。
俺が彼女の婚約者候補でボネを倒し、魔族からアデルを救ったということを知られているのだろう。
使用人たちの表情に驚きも反発はない。
「できれば様子を見に来たいな。敵情視察と言うべきか」
と俺は答える。
「何があるのか知っておくことは大事だ。最悪の場合、アデルだけでも逃がさないと」
そこまで言うと使用人たちの緊張感が強くなった。
「それほどの事態だとユーグ殿はお考えなのですかな?」
執事長はていねいな態度で聞いてくる。
あなどりはなく、ただアデルの安全を最優先するために。
「最悪の場合です」
俺は年長者に対する礼をもって対応する。
「さすがに王都でそんなことにはならないと思います。ネフライト先生以外の三大戦力もいるのでしょう?」
と言った。
「ロードナイト様は不在ですが、ラリマー様はいらっしゃるはずですな」
執事長の答えにうなずく。
「なら何とでもなりますよ」
安請け合いだなと我ながら思ったが、悲観論ばかり並べるわけにもいかないのが難しいところだ。
「俺は様子を見てきます。みんなはアデルを頼みます」
「ユーグ」
アデルは不安そうに声を出したが、すぐに気をとりなす。
「気をつけてね」
気丈にふるまう婚約者に見送られ、俺は音がした方向に駆け出した。
普通に考えれば王都が襲撃されることなどないんだが、魔族相手に「普通」を考えてもむなしい。
前世でも普通じゃない魔族は多かったのだ。
この時代でも再び暗躍しはじめたというなら、注意したほうがいい。
そのためには情報はすこしでもあったほうがいいだろう。
俺が言えばすくなくともアデルは聞いてくれるだろうし、アデルから言えばお屋形様は聞く耳を持ってくれる。
お屋形様の口からなら王家だって信じてくれるだろう。
そんな風に計算をしていた。
足早に向かっていると前方から悲鳴と音が聞こえる。
こっちだなと曲がってみると不自然に人気がなかった。
前方にはうっすらと黒い大きな円状の結界が降りていて、その中にはシリルともうひとりの少女が殿下を背にかばっている。
漆黒の肌と白い二本の角、黒い翼を持った魔族の少女が高速でふたりに攻撃を仕掛けているところだった。
速さだけならボネよりも上かもしれない。
すくなくとも殿下を守らなきゃいけない以上、反撃する余裕はなさそうだ。
幸いなことに魔族の意識は三人に集中していて、俺には気づいていない。
あるいは結界に絶対の自信を持っているのだろうか。
「《鑑定》」
鑑定したところによるとあれは「遮断の結界」だった。
人よけの効果に加えて結界の内部の情報を見聞きできなくなるらしい。
俺が拾った音と感じた揺れは、結界を展開するための黒い四つの石が通りに刺さった音だろうか?
いずれにせよ殿下の危機は救うべきだし、不意打ちができるいまがチャンスだ。
「《風の祝福》」
こっそり身体強化魔法をかけたうえでタイミングを見計らう。