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Scene1-3 目的地へ

 いくつかのサービスエリアで休息を取りつつ、ドライバー交代も挟みながら一行は目的地に辿り着いた。


 春から璃玖(りく)の新居となる、新しめの外観であるアパートの二階、1Kの間取り。

 まだ何も置かれていない部屋に、車から段ボールをいくつか運び込む。

 三月頭より入居となっているものの、本格的な荷運びはこれからだ。


「璃玖、この部屋なんか声が響かない?」

「物が無いから反響するんだろうな」


 段ボールから事前に購入してあったカーテンを引っ張り出し、レールに取り付けながら、璃玖はソラの問いに答えた。

 タンスやらソファやらを揃えていけば、家具が音の振動をある程度吸収してくれるはずだ。


 するとレミが意地悪な口調で言う。


「ソラー? 音が響いちゃうから璃玖くんの部屋に来てもヤらしいことしちゃダメだよぉ?」

「は、はぁ? しないし! ばか!」


 ソラは顔を赤くしながらレミに叫んだ。

 生理のイライラもあるのか、語気が強めだ。


 そもそも物を置いたところで壁の薄さも気になるところ。

 一人で生活する分には問題が無くても、二人で性活するには心許(こころもと)ないのだ。

 もっとも、この部屋にソラが一人で訪れる機会など多くはないだろうし、二人の交際の仕方はプラトニックに近いからあまり関係のない話ではある。


「……それに、──し」


 ソラは何かを言いかけて、途中でゴニョゴニョと口籠(くちごも)った。

 対するレミは目を細めて片方だけ口角を上げ、何処かとぼけた様子である。


「なぁに、ソラ。何か言いたげだけど?」

「……別に、何でもない!」


 ぷりぷりと怒りだすソラ。


「まあまあ落ち着いて」


 璃玖は彼女の頭にぽんぽんと手を置いて、なんとか機嫌を直してもらおうと必死で(なだ)めるのだった。


────

──


 その後、十一時を回った頃にこのあたりでは有名なハンバーグチェーン店に(おもむ)いた。


 が、あまりの人気ぶりからテーブルに着くまで二時間もかかってしまう。

 これにはソラだけでなくレミまで不機嫌になってしまい、璃玖と栖虎(すとら)は大変に気を(つか)うことになった。

 店を出る頃にはもうヘトヘトである。


 なお、肉汁たっぷりのハンバーグが美味しすぎた為、女性陣は一転してテンションをマックスまで上げるのだった。

 現金なものである。



 そして昼食後は再び高速道路を使い、第二の目的地を目指した。

 インターを降り、名物の焼きそばを堪能した後は、山がちな道をひた走る。


 そうしてすっかり日もくれた頃に、一軒の古びた民宿に辿り着いた。

 一見すると普通の古民家にも見えなくもないその場所に、璃玖たちは少しばかり(おのの)く。

 雰囲気的に、入りづらい。


「おん? お前ら、どうしたぁ?」

「え、いや、なんか入るのが怖いなーと」

「……つっても、予約してあるんだからしかたねーじゃん? おら、行くぞ」


 栖虎が元気よく引き戸を開けるのに続き、璃玖たちも民宿の中へ。

 入り口に木製のカウンターらしきものはあれど、人はいない。

 しかし扉の音に気が付いたのか、すぐに女将(おかみ)さんらしき女性が廊下の奥から小走りでやってきた。

 優しい笑顔の似合う、中高年くらいのふくよかな女性だ。


「予約してた橋戸(はしど)です」

「ああ! ようこそおいでくださいました橋戸様」


 レミが名前を告げると、女将さんはより一層愛想を良くして頭を下げた。

 レミをカウンターへ(いざな)うと、台帳らしきものを取り出してチェックインの手続きを始める。


「素泊まりで予約されてますけど、朝食はお付けしなくてよかったです?」


 そう尋ねられ、レミは振り返って聞いた。


「……どうする? せっかくだし、頂く?」


 璃玖や栖虎が即答できずにいると、ソラが小さく手を上げて女将さんに言った。


「あ、でもわたしたち割と朝早くに出ちゃうんですけど」


 女将さんは不敵に笑う。


「良いんですよ。うちの旦那叩き起こして無理やり作らせますから!」

「あはは。じゃあ、是非」


 レミが代表してそう答える。


 どうやらいつの時代も、気の強い女性と結婚した旦那というのは尻に敷かれるものらしい。

 璃玖はチラリとソラを見た。

 目が合うなり疑問符を浮かべる彼女が将来自分を尻に敷いてこき使う姿など、璃玖には想像ができないが、果たして。


「さ、こちらです」


 旦那さんらしき無口な男性が玄関までやってきて、女将さんと共に璃玖たちの荷物を持ってくれる。

 なんだか申し訳ない気分になりつつ、宿の中を案内されながら部屋に向かう璃玖たち。


 改めて見ると、古い割には清掃が行き届いている。

 快適に過ごすことができそうだった。

 通された部屋も十分に広く、畳の上には(ほこり)一つ無い。

 これだけでも丁寧(ていねい)な仕事ぶりが(うかが)えるというものだ。


「中浴場と小浴場なんですが、入る時は『使用中』の札を忘れずに掛けてくださいね。外からだと鍵がかかっているのか分からないので。あと混浴しても構わないのですけど、声は割と響くのでお気をつけて」

「あ、はい。大丈夫でーす……」


 女将さんの言い方だと、過去に浴場で欲情した男女が恥をかいたことがあるのだろう。


「他のお客さんと入浴時間が被らないよう、一応時間帯だけ決めさせてもらいたいんですが、今から八時半の間か、十時以降ならどちらがよろしいですかね?」

「じゃあ、すぐ入っちゃいますね」


 レミが返事をすると、女将さんは頭を下げて部屋を出ていった。


「風呂ねえ。で、どうする?」

「どうするって、何が?」

「大だか中だかの浴場が二つあんだろ? どう別れる?」


 栖虎が全員に問い掛ける。


 普通に考えれば男女で別れて使うべきなのだが、ここに来てソラの扱いは少々複雑だった。

 今は女の子らしく振る舞っているが、心の性が男であることは間違いなく、たとえ姉弟といえど一緒に入浴させるのは変だ。


 ソラは言う。


「どうせ生理で湯船に浸かれないし、サッとシャワー浴びてレミにすぐ変わるよ」


 ところがレミはあっけらかんとしていた。


「んー? 私別にソラと一緒でもいいよぉ。今は体の性別も一緒だし、問題ないっしょ☆」


 本当に問題ないのだろうか、と璃玖が不安に感じたその時、ソラは口を尖らせてこう訴える。


「そんなこと言ってさ、こないだなんかベッドに潜り込んで来たと思ったら、いきなり胸揉んできたじゃん。男女見境なく襲いかかるモンスターだよ!」


 ぷんすか怒るソラに、レミはすぐにジト目になって不満を漏らす。


「ちぇー、減るもんじゃないから良いじゃん。カレシの璃玖くんはどう思う?」

「レミ先輩とソラは別々に入る方向で」

「即答かぁ」


 ジャッジは下された。

 レミは誰と混ぜても、きっと危険だ。

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