Scene2-5 秘めたる想い
こうして晴れて恋人同士となった璃玖とソラだったが、だからと言って急に接し方が変わるなんてことは無かった。
銀河山での契りから一夜を跨いだクリスマスの朝。
璃玖の家に上がり込んだソラは以前と同じように彼のベッドに横になってタブレットを弄っているし、璃玖も自分の机に齧り付いて勉強を続けているのだ。
「ねえセン……璃玖。やっぱり昨日のはニュースになってるよ。『迷惑系配信者、男性に掴みかかり警察に拘束』だって」
「知ってるよ。どうやって調べたかわかんないけど、さっき俺の端末にも取材の申し込みが来てたからな。断ったけど」
「へぇ、璃玖のところにも。ぼ……わたしにも連絡があって、どうしようか保留中なんだよね」
件の迷惑系に絡まれたのが新米配信者のソラであることは調べればすぐに判明するだろう。
が、一般人である璃玖も関わっていると嗅ぎつけ、アカウントまで特定したマスコミの嗅覚というのは実に恐ろしいものだ。
「つーかお前、慣れないなら今まで通りの話し方でもいいんじゃないか」
「絶対嫌。だって特別感ないじゃん!」
ベッドの上で四肢を投げ出し、大の字になって文句を垂れるソラ。
特別感……そう、二人は特別な関係になったのだ。
今まで通りの接し方でいる方が妙なのである。
まして今日は十二月の二十五日、聖なる夜は明けてもクリスマスは終わっていないのだ。
「ねー、わたしたち付き合ってるんだよ? 午後からと言わずに今からお出掛けしようよ」
「ぼっちだろうがカノジョがいようが受験は待ってくれないんだよ。昨日の分を今日の午前で取り返すつもりなんだから、わかってくれ」
「ぼくだって、璃玖が大変な時期だってことくらいわかってるけどさ」
口を尖らせながら愚痴をこぼすソラ。
一人称が元に戻っている事にも気付かずに、そのまま璃玖のベッドの上で目を閉じた。
「じゃあ、璃玖の勉強が終わるまで、少し寝るね」
「おう」
璃玖がぶっきらぼうに答えると、ソラは片目を開けて、人差し指を唇に当てる仕草をした。
「終わったら、キスで起こしてね、王子様♡」
「はいはい、わかりましたよお姫様」
ソラは再び両目を閉じる。
すっと寝静まる彼女の綺麗な顔を見つめつつ、璃玖は早めに勉強にケリを付けようと気合を入れ直した。
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昨日の夜に連絡が来た。
どうやら璃玖とソラは無事に恋人関係になれたようだ。
ことが上手く運んだことにほっと胸をなでおろす一方、何とも言えない悔しさと寂しさが込み上げてくる。
坂東茉莉は自室の布団の中で端末を片手に丸くなっていた。
そろそろ起床して塾に行く準備を始めなければいけないのに、昨日起きた様々な出来事が頭の中にこびりついていて、寝起きだというのにちっともすっきり感がない。
「なんか、つかれたなぁ」
目覚め開口一発目の台詞がこれである。
無理もない。
何せ昨日は『長時間のソラの尾行』『いろはとの街遊び』『迷惑系配信者の付きまとい』、そして『好意を寄せる人に恋人ができる』というイベントのオンパレードだった。
肉体的にも精神的にも疲弊してしかるべきなのである。
「それにしてもあんたら……長いんだよ、もう」
茉莉は友人と後輩を頭に浮かべながら呟いた。
傍から見れば最初からイチャイチャを続けていた二人なのに、互いが互いのことを考えすぎてちっとも進展しない。
茉莉はその様をずっと間近で見てきた。
いつになったら付き合うのだとやきもきして見ていたのはきっと彼女だけではないだろう。
後で部活のグループチャットにでも晒してみんなで盛大に冷やかし……もとい、祝ってやろうと心に決めている茉莉であった。
布団を丸めて抱き枕のようにしがみつき、顔を埋めて盛大な溜息を吐く。
今日の茉莉は憂鬱の化身だ。
「ねーちゃん?」
そんな折に、背後からノックの音が響く。
ゆっくりと引き戸を開けて顔を覗かせたのは彼女の双子の弟、来舞である。
「姉ちゃん、今日はサボらず塾行くんだろー? そろそろ起きないと遅刻するぜー?」
「ん、わかってるけどさぁ」
「……珍しいじゃん。俺より姉ちゃんの方が寝覚めが悪いなんてさー」
茉莉は無理矢理に体を起こし、座椅子の上にあった眼鏡を手に取って身に付けた。
視界がクリアになる。
来舞は既に髪型もバッチリ決めて、後はジャケットを羽織るだけで出発ができる雰囲気だった。
「あのさ、付き合ったんだって」
「璃玖たちの話か」
「あいつから聞いてた?」
「おん、昨日の夜中に電話でなー」
「……そっか」
茉莉は肩を落とす。
気落ちしているけれど、それでも起きて準備をしなければ塾に間に合わない。
彼女は布団から滑り出て、ぐっと上に手を伸ばした。
来舞は小さな声で尋ねる。
「姉ちゃんは、これで良かったのかよ」
「なにが」
同じく小さな声で、茉莉。
これに来舞は神妙な面持ちで言い返した。
「ソラくんのこと、好きだったんだろ。それに、璃玖のことだって」
「樫野が、何だって?」
「璃玖のこと、好きなんじゃねーのかって聞いてんの。ずっと前から、変わってないんだろー?」
「……うるさい、馬鹿」
茉莉は部屋の入り口に向かって枕を蹴り上げる。
目の前に飛んで来たそれを、来舞は腕で弾いた。
「っぶねーな。姉ちゃん凶暴すぎー!」
「来舞がからかうからでしょ! ほっといてくれればいいのに!」
茉莉は険しい目つきで歯をむき出しにした。
ぴくぴくと細かく震えながら引き攣った彼女の表情は、動物的な威嚇に見える。
来舞は目を伏せがちに呟いた。
「からかってねーよ。マジな話。姉ちゃんさ、口にはしなかったけど璃玖のことまんざらでもなかったんだろー? それなのに、どうして応援なんかしたんだよ」
坂東姉弟の家に璃玖を招いて勉強会を開いていた時、恋愛話を持ち掛け、璃玖にソラと付き合うよう発破をかけたのは茉莉だ。
それから僅か一日余りで璃玖とソラは交際に至った。
元々彼らが惹かれ合っていたからというのももちろんあるだろうが、茉莉が身を退いたことで気を遣わずに済んだのも理由としては大きいだろう。
茉莉は震える声で言った。
「ずっと璃玖くんが好きだったよ。どうしようもないほど真っすぐで、お人好しで、頭の固い、一途なあいつが好きだった。それを忘れさせてくれたのがソラくんだったんだ。優しくて、繊細で、なのにいざという時にはすごく強いソラくんが、璃玖くんと同じくらい好きだと思えた。なのに──」
【性転換現象】。
「運命じゃん、こんなの。あの二人はどう考えてもお似合いでさ、私なんかが立ち入る隙なんて無くて、ソラくんに気持ちを打ち明けるくらいしか出来なくて。じゃあさ、もう退くしかないよね。私が身を退くことで大好きな二人が幸せになるならって、そう考えるのが普通じゃん」
「なるほどねー、それが姉ちゃんの本心か」
茉莉は下唇を噛んだ。
自分一人が気持ちを殺すだけで、二人も幸せに出来るならそれが一番だと思っていた。
だが、どこか悔しい思いが心を疼かせるのを止めることは出来なかった。
「そう。これが私の失恋だ」
本当に、とんでもないクリスマスイブだった──と、茉莉は自嘲気味に笑いながら、携帯端末を手に取る。
ちょうどいろはからメッセージが入っており、昨日の緊急生配信のアーカイブのアドレスが貼付されていた。
いろはとのメッセージ画面の背景は、昨日撮ったばかりの四人の写真。
少し気恥ずかしそうにしている璃玖と心から楽しんでいる様子のソラに、茉莉の視点は自然とフォーカスしていく。
「今の私が願うのは……」
──どうか、二人がずっとこのままでいられますように。
茉莉は心の中で呟いて、そっと端末の画面をオフにした。
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