前へ次へ
75/126

Scene1-7 押し寄せるファンを掻い潜れ

 璃玖(りく)たちは公園を()つと、大通りを南へ下り、この辺りでは有名な門前町へとやってきた。

 門前町と言っても若者向けのファッションから各種サブカル、玄人向けのPCショップまでが乱立する、ある意味混沌とした街並みだ。

 狭いながらも人気の観光地であるため、町じゅうの人の往来は激しい。


「ねえ、あれってiROHA(イロハ)じゃない?」

「え、嘘! なんでここにいんの!」


 若者が集まる街だからだろうか、万単位のフォロワーを有する存在はやはり目に留まりやすいようだ。

 いろはは時々ファンの握手に応じたり、手を振り返したりしながら道を行く。

 ファッションが目を()くのもあるだろうが、いろはの認知度の高さには目を見張るものがあった。


「いろは……ちゃん、は凄く人気者なんだな。さっきから何人もに声を掛けられてるし」

「何百万人もファンがいる人たちと比べたらまだまだですけどね。あ、いろはで良いですよ。ほしたらボクも璃玖にぃって呼ばせてもらいますね!」

「いろはは高二なんだっけ」

「はい。ほなけど通信制なんで、普通の高校生とは違うかもです。ほんまは文化祭だとか修学旅行とか、友達同士で楽しんでみたいって思うんですけど、ほらボク、学校に友達おらんので」


 通信制の学校行事は任意参加らしいが、いろはが憧れるのはもっと大人数でワイワイやる所謂(いわゆる)『普通の』学校生活。

 中学三年の時に【性転換現象】に巻き込まれたいろはは性の悩みからそれまでの人間関係を全て断ち切ってしまったのだという。

 本当はみんなと一緒に過ごしたかったのに。


「ソラくんが最初に動画を配信した時、ボクは感動したんです。こんなふうに普通の学校で戦ってる子もいるんだ、しかも堂々と世界に発信までできるなんて、って」

「いろはだって色々なところで顔を出してるんだろ? すごいじゃん」

「ボクはほら、【バグリー】とは公表してないんで」


 性転換をきっかけに、性別だけでなく過去の自分をも切り捨てて生きることに決めたのがいろはだった。

 それ(ゆえ)に、あくまで『自分』という枠組みの中で偏見と戦うソラが、いろはには(まぶ)しく見えるのだろう。


「なけど今日ソラくんと会ってみて、彼もボクと同じく悩める一人の人間だってわかりましたよ。まあそれで安心した言うか、逆に救われた気になりましたけどね」


 ソラといろはは性別こそ違えど、非常に近しい存在であった。

 共に同じ現象に巻き込まれ、同じ悩みに向き合って、()しくも同じ『情報発信者』として羽ばたこうとしているわけだ。

 不思議な縁もあったものである。


「センパイ。ぼくの話をしてるんですか?」


 自分の名前がちらちら聞こえたからか、前を歩いていたソラが振り返って尋ねてきた。


「ああそうだよ。ソラがいるから、いろはも救われるんだってさ」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです。いろはちゃん、ぼくもいろはちゃんと出会えて勇気を貰えてるよ、ありがとうね!」


 にこやかなムードで街を歩く一行。



 ──しかし、異常な状況に気が付くのに、それほど時間はかからなかった。


 四人が唐揚げやクレープなんかを食べ歩いていると、気が付けば周囲に軽い人だかりが出来ていた。

 集まってきていたのはいろはのファン。

 璃玖は『流石(さすが)はインフルエンサー』と感嘆(かんたん)する一方、(わず)かに違和感を覚えた。


 いろはは確かに有名人だが、数百万のフォロワーを持つようなトップ層と比べるといくらか見劣りする。

 それなのにこれほどのファンが押しかけることは想定外だ。


「えっと、みんな落ち着いて! ほら、通行の(さまた)げになってしまうけん!」


 いろはの呼び掛けにより多少は人がはける。

 どうやら本気のファンとなんとなく様子見で集まった人たちが混在しているらしく、それによって無関係の通行人の渋滞も起きてしまっているらしい。


「ねえ樫野(かしの)、私たち人通りの少ない方に移動した方がいいんじゃない?」


 あまり人の多い場所にいると、次から次へと野次馬が集まってきそうだった。

 茉莉(まつり)の提案通り、この場を離れるのが得策だろう。


「そうだな。ソラ、いろは、動けそうか?」

「はい、センパイ」

「すみません、ボクのせいでこないなってしもて」

「いいんだよいろはちゃん。行こう!」


 ソラといろはが頷き合うのを確認して、璃玖は行動を開始した。


 璃玖は大きな声を出しながら人垣を割り、通り道を確保すると裏通りの方へ向かって早足で歩いた。

 どこかしこもが混雑しているわけではない。

 少しでも人の少ない方向を目指して人を()き分け進む。


 それにしても人が多い。

 初詣(はつもうで)シーズンと見紛(みまが)うくらい、門前町は異様な混みようだった。


「あ、見て見て、SoraとiROHAじゃん! 本当にいた!」


 不意にどこかからそんな声が聞こえてくる。

 声に反応した何人かがソラやいろはの方へ振り向いて立ち止まるものだから、そこを起点に再び渋滞が発生していく。


「あ、ちょ、センパイ!」


 璃玖の後方でソラの声がした。

 なんだかそれが思いの(ほか)遠くから聞こえてきた気がして、彼は後ろを確認した。

 が、もう遅い。

 ソラの姿は通行人に覆い隠されてしまっている。


「樫野、私がソラくんを連れて行くから、さっきの公園まで戻ってて」

「それなら俺がソラを……」

「ばか。いろはちゃんの方が目立っちゃうんだから、あんたのパワーで守りなよ。その辺の男子よりは鍛えてんでしょ」

「そういうことなら、ソラを頼む」

「任された!」


 こうして彼らは璃玖といろは、茉莉とソラの二グループに分断され、それぞれが大通り沿いの公園を目指すことになったのである。


────

──


 案の定、先に公園に辿り着いたのは璃玖いろはペアであった。


「ああ、気分が悪い(せこい)。圧が凄くて吐きそうや。人混み抜けるの大変でしたね璃玖にぃ」

「この中なら人が集まりづらいだろ」


 彼らがいるのはガラス張りの大きな窓に大理石の柱の配置された明るい建物の中。

 太陽光が照り返すほどに磨かれた白いタイルの床面に、ブロンズの像や彫刻作品がいくつも並んでいる。


 結局、公園にいても大勢の人から声を掛けられる状況は変わらず、璃玖といろはは仕方なく公園端の美術館内へと避難をしたのである。

 エントランスホールの柱の陰で壁に寄りかかりながら、ソラと茉莉を待つ。


 しばらくして、いろはが隣でしゃがみ込んでいた璃玖に端末を見せた。


「璃玖にぃ、これですよ原因。さっき人が集まってしもたん、こないな噂が広まったからですね」

「これって、あの時の」


 門前町まで足を伸ばす前に公園にいた時の自分たちの写真。

 それがいろはでもソラでもなく、第三者のSNSアカウントから発信されていた。

 あの時、別の誰かにカメラを向けられ、存在を広められていたのだ。


「どうも近くのライブハウスに別の有名アカの人が来るらしいんです。ボクはその人とはあまり絡んでなかったですけど、一度配信の時に言及したことがあって。それで『ひょっとしたらコラボなんちゃうか』って噂になったみたいです」

「なるほど。じゃあ、そっちの人のファンなんかもあの中には混ざってたのか」


 あわよくば有名人同士が集まっているところを見てみたい、という心理が働いたのだろう。


「そうなると、今度はソラくんが心配です。ボク、カラオケの時の写真でソラくんのことみなに紹介してしまったんで、ファンの子達には顔を知られてると思うんですよ」


 璃玖が自分の端末でソラのチャンネルを見てみると、明らかに朝よりも登録者が増えていた。

 ざっと二百人近く増え、ついに万の位に到達していた。

 それだけの人数がこの短時間内にソラの存在を認知したということだ。


「少し遅いのも気になるしな」

「確かに、流石にもうそろそろこっちに戻って来ても良いと思うんですけどね。帰りしなに何かあったのかも」


 茉莉にソラを任せてしまったが、女の子二人では何かあった時に対処が難しいかもしれない。

 二人共部活で鍛えているとはいえ、力で押し通るなんてことは性格的にも難しいだろう。


「いろは、美術館内なら一人で待機できるか?」

「迎えに行くんですね」


 璃玖は頷いた。


「ボク今は男の子の身体なんで、まあ最悪自力で何とかしますよ。今のところ、美術館内はボクを知ってる人がいないみたいですし。ぜひ、ソラくんと茉莉ねぇのところに行ってあげてください」

「ああ。何かあったら連絡する」


 いろはの言葉に背中を押され、璃玖はソラたちの(もと)へ向かうことにした。

前へ次へ目次