Scene1-6 共通項
ソラは璃玖と茉莉の両名をいろはに紹介し、続いてここに至る経緯を璃玖たちに話し始めた。
「【バグリー】仲間ってことで、いろはちゃんとはちょっと前に意気投合しちゃって。それで一緒に遊ぼうってなったんです」
「ほなけどボクがクリスマスシーズンしか休みが取れなくて、それで今日になってしまった感じですね。やけんクリスマスデートっぽくなってしまったのは偶然なんです。紛らわしくてすみません」
各種SNSで人気を誇るいろはと新進気鋭の動画配信者であるソラが、数十万人に一人という珍しき共通項でもって繋がるのは必然だったのかもしれない。
性転換をした者同士でしか分かり合えないことだってたくさんあるだろうから、性格さえ合えば大親友にだってなれるだろう。
「こちらこそ、本当にごめん。二人で遊んでたのに水を差すようなことをして」
「ううん、センパイは心配してくれてたんですよね。何も伝えずに行ってしまってごめんなさい」
お互いがお互いに謝り合う璃玖とソラ。
なんだか少し気まずくなって、二人は同時に頭を掻いた。
ただでさえここ最近は疎遠になっているのに、更なるギャップが生まれた気分だった。
すると、そんな二人の様子を見ていたいろはがぽんと手を打ち鳴らしてみせる。
何かを思い付いたらしい。
いろはは璃玖や茉莉の近くに小走りで近づいて、二人にこう呼びかける。
「そーだ、どうせならお二人も一緒に遊びません!? 折角こうして知り合えたんやけん、遊ばにゃ損損ですよ!」
「良いのか?」
「もちろん!」
「わ、私もいいの?」
いろはは茉莉の手を取って頷いた。
いくら【バグリー】で中身が女の子だと理解していても、いろはの見た目は渋谷系イケメン男子。
茉莉はついつい顔に熱量を溜めてしまった。
「あ……えっと?」
戸惑う茉莉にいろはは言う。
「カバンについてるそれ、『俺タチ』に出てくる御千府学園の校章ですよね。おねーさん、ボクとおんなじ匂いがします! なんというか、腐った匂いが」
「……!」
女の子に対して腐った臭いなどと失礼なことを言うやつだ。
──璃玖がそう思った次の瞬間、茉莉は両手でいろはの細くて白い右手を包み込んだ。
彼女は爛々と目を輝かせ、気味の悪い含み笑いを浮かべる。
それと全く同じ表情を、いろはも茉莉に向けるのだ。
全く意味が分からない。
「よくわかりませんが、茉莉先輩といろはちゃんも通じ合っているみたいですし、いろはちゃんの言う通り、皆でいろいろ回りましょうか」
「お、おう」
こうして璃玖たちは急遽、ソラといろはのクリスマスデートに割り込むことになったのであった。
そしてこれはある意味、クリスマスイブをソラと共に過ごしたいという璃玖の望みが一部叶ったということでもある。
夏以降ぎくしゃくした感じが拭えなかった璃玖にとって、ソラの傍にいられるだけでも十二分に幸せだと思えるのだった。
行きたい場所があるといういろはのリクエストに応えるべく、徒歩での移動を開始した四人。
ふとした瞬間に、茉莉が言った。
「そういえばさ、ソラくんといろはちゃんが一緒にホテルに入っていったのはなんで?」
これは璃玖も何気に気になっている事であった。
特にやましいことは無いのは判っているが、どうしてあの場所に行ったのかは心のどこかに引っかかったままだ。
しかしソラは茉莉の質問にきょとんとした表情になり、首を傾げ、頭に疑問符を浮かべている。
質問の意図を掴み損ねている様子だ。
代わりにいろはが息を呑みこみ、額に手を当てた。
「ッあー……もしかして、勘違いさせてしまったかもしれませんね。ついさっきの話ですよね? あれ、ボクがモバイルバッテリー忘れてきたんで部屋に取りに帰っただけなんです」
「あー」
「そういう……」
幽霊の正体見たり枯れ雄花。
世の中の出来事の真相など、蓋を開けてみれば大したことないものがほとんどなのである。
いろはの代弁によってソラもようやく状況が理解できたようだ。
頭の疑問符が取れたソラは、上目がちなジト目で不敵な笑みを浮かべ、璃玖と茉莉の両名に視線を送った。
「もしかしてぇ、センパイたち、ぼくらがホテルでいかがわしいことをする想像でもしちゃいました?」
「何のことでしょう」
璃玖は思いっきり目を逸らした。
ソラはくすりと微笑んで、人差し指を唇に置き、猫なで声でこう囁く。
「安心してください璃玖センパイ、茉莉先輩。ぼくには今のところ、お二人以外に恋人候補はいませんよ♡」
刹那、先輩組二名は胸を抑えて仰け反った。
甘い甘い砂糖菓子のような弾丸で、その胸を貫かれたかの如く。
「く……ッ、樫野……」
「な、なんだよ、茉莉」
「女になったソラくんが、あざとすぎて、つらい」
「「それな」」
何故かいろはも完全同意するほどに、完璧なあざとさを披露してみせるソラなのだった。
***
四人が徒歩で移動した先は、都心部の真ん中に唐突に表れた大きめの公園だった。
大通りに面した公園の敷地のすぐ脇にはプラネタリウムと美術館があり、結構な観光スポットになっている。
が、いろはの目的地はこの公園そのもののようで、そちらには目もくれなかった。
「うわ、ここやここ! ようみんな踊りよるとこや!」
興奮からか、方言がややきつくなるいろは。
どうしてそんなにテンションが上がっているのかを、ソラが本人に代わり璃玖に説明する。
「ここの公園で撮影したダンス動画が結構ネットに上がってるんですよね。オフ会なんかも多いみたいです」
璃玖は改めて周囲を見回した。
ソラの言う通り、噴水や現代アート風のオブジェを背景に自撮りをしたりダンスをしたりが散見され、この場所がSNSの聖地になっていることがわかる。
そういう流行りに疎い璃玖には新鮮な場所であった。
いろはは大はしゃぎで茉莉に何かの振り付けをレクチャーしはじめている。
茉莉は戸惑いつつも、なんだかんだで楽しそうだ。
「ソラくん、なんしよん! せっかくやけん一緒になんか撮ろ! 璃玖さんも是非一緒に写りましょ! あ、ほなけど顔出しNGならフィルターかけます?」
いろはは大声でソラたちを呼ぶ。
初対面とは思えない距離感の近さに、璃玖は困惑していた。
それと同時に、いろはが『女の子』であることを立ち振る舞いから強く認識する。
所謂オネエ系とはまるで違う、随所に滲み出るような女性らしさがその裏付けだ。
きっとかつては明朗活発な少女だったに違いない。
今はイケメンにしか見えないのだけれど。
いろはの元気に引っ張られ、ソラの表情もいつもより明るかった。
そこにはもう、半年前に引きこもっていた時の辛そうな顔は残っていない。
ソラがソラとして、精一杯に楽しんで生きている証がその顔色に表れているようだった。
「センパーイ! せめて写真くらいは一緒に撮りましょー!」
ソラの呼ぶ声にハッとする。
いつの間にか、自分だけが少し離れた場所で三人の楽しげな姿を眺めている構図になっていた。
片手を上げて返事をし、璃玖は『彼女ら』の元へと歩き出した。
──ふと、璃玖の視界の端に、気になるものが映る。
若い女性が一瞬、ソラたちの方へ携帯端末を向けたような気がしたのだ。
璃玖が立ち止まって女性の方へ目をやると、その時には既に彼女は大通りの方へと歩いて行くところだった。
「気の、せいかな……」
璃玖は再びソラたちの方へ足を向ける。
しかしなんとなく、後ろ髪を引かれるような感覚が心のどこかに残っていた。