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Scene1-3 負け犬同士、傷の舐め合い

「……ターゲットを確認。二人連れ立って喫茶店に入った模様。フェス隊長、どうしましょう?」

「小さな店だから入ったらバレるよね……仕方ない。外で待つよ、ナミダボクロ隊員」

「らじゃ」


 時は十二月の二十四日。


 クリスマスらしい装飾が街灯や街路樹を華やかに彩り、大型商業施設も赤と緑の仰々(ぎょうぎょう)しい垂れ幕で大々的に商戦をアピールしている。


 そこは、璃玖(りく)たちの住む街とは比較にならないほどに大きな都市だった。

 璃玖と茉莉(まつり)は電車を乗り継ぎ、わざわざ隣県の中心街へとやって来ているのだ。


「レミ諜報員(ちょうほういん)によると、二人は前々からSNSで繋がっていたらしい。会うのは初みたいだけどな」

「ううむ、それはなかなかに怪しいね」


 二人は喫茶店の入り口がギリ覗けるくらいの路地に立ち、ターゲットに見つからないように行動を続けた。

 『ターゲット』とは、言わずもがな、ソラである。


 レミから璃玖にもたらされたのはソラと謎のイケメンとの待ち合わせ場所、そして集合時刻に関する情報だ。



 ……レミがそこまでの情報を持ち合わせているなら、本当は相手の素性も知っていると思われる。

 きっと意図的に伏せられているのだ。

 おそらくは、璃玖たちに尾行させるために。

 そしてそんな状況を楽しむために。



「あーあ、来舞(らいぶ)も一緒に来てたら私らと交代で見張れたのになぁ」

「仕方ねえよ、塾の勉強会があるんだから。むしろ茉莉はよく来れたなって思うんだが」

「ソラくんと受験、どっちが大事かって話よな」


 受験だろう、と璃玖は心の中でツッコむ。

 そんなことを言ったら璃玖自身も同類だというのは本人も重々承知の上だ。


「それにしても相手の男の子、本当にイケメンだったね。こりゃ樫野(かしの)じゃ勝ち目ないかなー」

「ぐっ……」


 ソラのデート相手は青いメッシュの入った金髪で、(がら)入りのロングTシャツを着た細身の青年だ。

 バンドをやってます、と言ったら万人が信じそうなルックス。

 一見するとチャラそうだが、璃玖たちが遠目から見た限りでは爽やかな笑顔が好印象の青年だった。


「どこかの雑誌に載ってたのかな、なんか見覚えあるんだよね」

「相手の男?」

「そうそう。喫茶店から出てきたらもっかい顔を見てみるね」


 一時間ほど路地で待機していると、ソラと謎のイケメンはようやく店の外に姿を現した。

 イケメンが派手な格好だったので見逃さずに済んだが、一時間も何もせずの路地裏待機は璃玖たちにとってはかなりキツく、集中は完全に途切れてしまっていた。


 精神的疲労の中、再び尾行を開始する璃玖と茉莉。

 ターゲットの美男美女は仲睦(なかむつ)まじげに談笑しながら、やがてビル型のカラオケ店へと姿を消した。


「やった! カラオケ店なら私たちも入って問題ないよね! 個室にいれば良いんだし」

「いや待て。階が違うと動きが把握できないし、同じ階でも万が一トイレに立った時なんかに出くわす可能性があるぞ」

「え、じゃあ、また外で待機ぃ!?」

「……向かいにマックスナルドがあるから、とりあえずあそこに入ろうか」

「ああ! 真向かいだからマック食べながらでも監視しやすいかもね」


 こうして二人はハンバーガーショップの二階席の窓際一角を陣取る。

 上から俯瞰(ふかん)するようにカラオケ店を見張ることができるので、うってつけの場所である。

 ただしあちらのカラオケが何時間続くかわからないため、既に疲労感が二人を包み込んでいた。


「はぁ、クリスマスイブに何やってんだろう私達」

「……尾行デート」

「ハァ? なんか言った?」

「なんでもない」


 (きら)びやかな街の雰囲気とは逆比例してどんよりとした気分の二人。


 暗い空気になっているのは何も長時間の待機で体力気力を吸われたからだけではない。

 もしもイケメン君がソラと恋仲であるとしたならば、璃玖も茉莉も恋愛敗北者ということになってしまうからだ。


「……ねえ樫野」


 取り出したフライドポテトを一本、くりくりと指で(もてあそ)びながら、茉莉は璃玖に声を掛ける。

 ラージマックにかぶりつきながら、璃玖は短く返事をした。


「ん」


 ポテトをトレーの上に置いて、茉莉は呟く。


「もしもさ、彼がソラくんの恋人だったらさ……」

「うん」

「負け犬同士……私たちで、付き合っちゃう?」


 璃玖はハンバーガーを静かに置いた。

 口に中にある味のしない塊を咀嚼(そしゃく)し、飲み込む。

 ギザギザになったバーガーの噛み跡を見つめながら、璃玖はゆっくりと呼吸を繰り返した。


 無言の時間がしばらく続く。

 周囲の喧騒(けんそう)が遠のいていく感覚がした。


 ──やがて、(わず)かに顔を上げた璃玖は、茉莉にギリギリ届くくらいの小さな声で呟いた。


「それも、悪くないかもな」

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