Scene2-13 顔の見えぬ悪意に、宣戦布告。
週が明けて、月曜日の朝。
璃玖とソラは通学のために電車を待ちながら、週末に起きた出来事を思い返していた。
「炎上を煽るような投稿、結構減ったな」
「ですね。蓮華さんが最初の書き込みを消したら、割とすぐでしたね」
「それだけじゃないだろ。……ったくお前、無茶しやがって」
「えへへー」
前週の木曜日、蓮華はその場で今回の件に関わったアカウントと端末に残っていた写真のデータを削除した。
これで元凶の一つは完全消滅したというわけだ。
「今思えば、あの写真のデータを消したのは惜しかったですね」
「ん? どうしてそう思うんだ?」
「えー、だってぼくとセンパイがラブラブな感じで良い写真だったじゃないですか♡」
ソラが右隣にいる璃玖にウインクした。
「加工された画像ならネット中に転がってるぞ」
「……加工後のやつはトラウマ級なんで見たくないです」
ソラはがっくりと肩を落とす。
が、あんな写真でもいつの日か振り返った時に『こんなこともあったね』と笑い合えるのならばそれで良いのだ。
「なあソラ。蓮華さんへの対応は、あれで良かったのか? 俺も大概甘いが、お前だって相当傷ついただろ」
「ふふ、心配性ですねセンパイは。何回聞くんですか。あれで良かったんです」
あの日、ソラはこう提案したのだ。
『今回の件を穏便に済ませるための、カバーストーリーを作ろう』と。
────
──
「ぼくは蓮華さんのやったことは許せないけど、別に同じ目に遭って欲しいとは思わないんです」
「とは言ってもなぁ」
「わかってますよ、センパイ。こんなことが起きた以上、もう今まで通りの付き合いは出来ないでしょう。だけど、せめて……ここにいない人たちには、事実をぼかしませんか」
ソラの言葉を受けた璃玖が蓮華の方へ目を向けると、蓮華や、その取り巻きだった女子生徒たちは気まずそうに目を伏せた。
彼女たちの間に出来てしまったわだかまりは今更カバーストーリーを立てたところで無意味だろう。
しかし、今回の喧嘩について学校側や他の生徒たちに直接真相を伝えることには気が引けるのも確かだった。
「まあ、後味が悪いのも嫌だし、な」
璃玖たちは相談の結果、多くの真実の中に少しの虚構を織り交ぜる形に纏めることにした。
これならば辻褄も合わせやすく、多少の信憑性は持たせられるだろう。
【加藤と蓮華は夏休み前から交際していたが、加藤が女になったソラとつるんでいるのが気にくわなかった】
【蓮華はソラがネット上で話題になったことに託けて、加藤に対し、ソラと距離を置くように脅しをかけた】
【しかしそのせいで加藤は蓮華こそがネットでソラを攻撃した張本人なのではないかと疑うことになり、ついに喧嘩に発展してしまった】
木曜に一年B組で発生した喧嘩についてのカバーストーリーはこのような形だ。
蓮華が例の投稿主であることを隠しただけだが、クラスメイトたちはこれで一応の納得はするだろう。
「あの、樫野先輩。今更なにって思うかもですけど、こんなことしなくても、ウチは本当にどんな罰だって受けます。退学でも良いくらいです」
蓮華がそう訴えているが、璃玖は首を横に振った。
「今となっては退学すら『逃げ』だろ。それよりも……ちゃんと言葉でソラに謝ってくれ」
「はい……本当に、ごめんなさい」
────
──
結局のところ、翌日の金曜日には蓮華はクラスでも浮いた存在になってしまっていたらしい。
そのあたりは仕方のない話だ。
嘘で繕って事実を伏せても、友人関係は元には戻らないのは当然である。
さて問題は、ネットに対しての対応だ。
話が学校外にまで及んでしまっているため、火消しは容易ではない。
逆に、蓮華のアカウントが消えたことで炎上が再加熱してしまった感すらあったのだ。
『例の炎上アカウントが消えたぞ』と正義面をした有象無象が野次馬騒ぎを続けている状況は、正直言って迷惑以外の何物でもない。
「それにしても、ソラの無茶には驚いたよ」
「あれくらいしないと、ぼくらの日常は帰ってこないと思ったから」
土曜日に、ソラが動いた。
金曜から日付が変わってすぐの時間帯に、ネットで顔出し配信を始めたのだ。
璃玖にも、レミにすら相談せずに、ソラは独断でネットの騒乱に単身で立ち向かった。
これが先刻璃玖の口にした『ソラの無茶』である。
────
──
『こんばんは。ぼくはSoraと言います。この度は、ぼくらの画像がきっかけでお騒がせしてしまい、誠に申し訳ありません。何より、ぼくと同じ性転換被害者の皆様には大変なご迷惑となってしまっていることを深くお詫びいたします』
こうして始まったソラの配信は、生で見ていた視聴者こそ少なかったものの、アーカイブが拡散されて瞬く間にネットの海に広がっていった。
配信の中でソラは語った。
自身の心の性別は男のままであること。
一緒に写っていた男性が尊敬すべき先輩であり恋人関係にはないこと。
しかしもしもこのまま肉体が女であり続けるとして、男性とお付き合いをすることがあるのだとすれば、それは彼以外に考えられないほど慕っている存在であること。
包み隠さず全てを打ち明けた。
その上で、こう宣言する。
『先日、元の投稿をした方と和解が成立しました。アカウントが消えたのはそのためです。今後、ぼくらに対して誹謗中傷を繰り返すようなアカウントを見かけた場合は、弁護士を通じて情報開示請求をするなどの法的処置をとることも辞さないつもりです。また、ぼくらを過剰に擁護し、批判意見に攻撃的な書き込みを続けている方についても同様の対応をさせていただく可能性がありますのでご承知ください』
本当にソラ一人で考えたのかという綺麗な啖呵。
これによって敵も味方も一気に黙り込んでしまったというわけであった。
────
──
「ああああ、でも今日学校に行ったら絶対呼び出し食らうんだろうなぁ。勝手なことするなって、親にも怒られちゃったし」
頭を抱えて嘆くソラ。
そんなソラの肩をグーで小突いて、璃玖は優しく微笑んだ。
「ソラ」
「なんですか、センパイ」
「他の奴が何ていうか知らないけどさ。カッコ良かったよ、お前。本当にカッコ良かった」
「センパイ……」
ソラの髪をわしゃわしゃと撫でる。
くすぐったそうに目を細めるソラに、璃玖は心の中で呼びかける。
──ああ、俺はそんなお前のことが……。
「ひ、人前で恥ずかしいですって。ただでさえ顔が知られてるかもしれないのに」
「あはは。ごめんごめん!」
大口を開けて笑う璃玖に、口を尖らせるソラ。
しかし文句を垂れつつもソラの目は笑っていて、満更でもないみたいだった。
ホームを超えて、線路の向こう。
アルミの車両がゆっくりと近づいて来る。
さあ、登校の時間だ。
今日もまた、通勤通学ラッシュからソラの身体をガードすべく、璃玖は肩を回してウォーミングアップを始める。
次回より第四章に移ります。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
良かったと思う方は★での評価、ブックマークをよろしくお願いします。
また、面白いと思った話には「いいね」を付けていただけるとモチベーションに繋がるので是非お願いします!