Scene2-11 嫉妬と誤算
璃玖は蓮華に淡々と事実を突きつける。
「残念だけど、君をワオンで見かけたって証言してくれてる奴がいるんだ。俺たちの写真を撮ってる姿も見られてる。言い逃れはできないよ」
「そん、な」
証言を得たのは、およそ三時間前。
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──
昼休みも残り僅かという頃合いに、璃玖は高良翠を呼び止めた。
「高良さん、ちょっと良いか」
「……なに」
はじめは不機嫌そうに口をとがらせていた高良だったが、璃玖の隣にいた茉莉と目が合うと、いきなり真顔になった。
「朝は坂東くんだったのに、今度は坂東さんか。いろんな人が来るなぁ」
二人の真剣な眼差しに何かを察したのか、高良はふうと息を吐き、璃玖たちに手招きをしながら廊下に出る。
そうして人の往来の比較的少ない体育館への渡り通路へ二人を誘導すると、いよいよ口を開いた。
「月曜日の件でしょ。何か掴めたの?」
壁にもたれながら、高良は尋ねた。
「高良さんが、あの日ワオンにいたってことくらいだな」
「……そ、か。バレちゃったな」
僅かに目を泳がせながら、目を伏せがちに彼女は笑う。
ちょうどその時に体育館側へ向かう下級生の集団が通りがかったため、そのまま三人は押し黙った。
通行人が通り過ぎるのを待ってから、茉莉が小さく口を開く。
「ねえ、朝は樫野が尋ねても事情を話してくれなかったんでしょ。それはどうして?」
璃玖も重ねて言う。
「高良さんも入間も、何かを隠しているみたいだった」
二人からの問いかけに、高良は顔を少しだけ上げて、困り顔で髪を弄った。
「えっとね、ヨシヒロは……もしかすると月曜日は介護施設のお手伝いに行ったのかも。ボランティアってやつ。あの見た目で、面白いでしょ? だからあいつの秘密になってんだよね」
「高良さんは?」
「あたしはね──浮気、してたんだ」
高良は大学生の家庭教師と内緒で交際しており、あの日はワオンで落ち合って秘密のデートをしていたらしい。
そんなことを入間の前では言えないから、朝は証言を拒絶したのだ。
「それにあたし、多分、見ちゃったんだ。例の写真が撮られた現場」
「……うそ」
「嘘じゃないよ、坂東さん。あたしが先生と歩いてたらね、前から樫野たちが歩いてくるのが見えたんだ。それで見られちゃまずいと思って、すぐに柱の影に隠れたんだけど、ちょうどその時に樫野たちの後ろで端末を構えている女の子が目に入ったんだよ」
「女の子……」
璃玖の呟きに、高良は首肯した。
「名前は知らないけど、結構目立つタイプの子だからなんとなく知ってるって感じ。確か、樫野のカノジョと同じクラスだったんじゃないかな。ほら、一番ギャルっぽい……」
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──
高良翠の浮気のおかげで、写真を撮影したのが誰なのかは目星がついた。
璃玖たちは、高良の言う内容に偽りが無いのかを確かめるだけで良かったのだ。
そして放課後に至るまでの残りの休み時間に来舞や水主が調べまわってくれたところによると、学校終わりの早い時間に、駅で電車に乗り込む蓮華の姿は何人かの生徒によって目撃されているらしかった。
つまり、この教室に来るまでの間に、証拠となり得る証言は全て揃っていたのである。
わからないのはあの写真を公開したのが蓮華本人なのか、それとも誰かにデータを送っただけなのか。
もしも本人による投稿だとすれば動機はなんなのか、だ。
「蓮華さんのお友達は、知っていて彼女を庇ったのか?」
璃玖は蓮華の後ろに控える少女たちに突き刺す様な視線を送った。
居竦まる彼女たちの中で、一人が恐る恐る口を開く。
「あ、愛兎ちゃんあの日……弟が熱出したからすぐ帰るって、言ったじゃん」
「──ちょっと、あんた」
「あの日デネィズ行ったのはあたしらだけで、愛兎はいなかった。でもソラくんに疑われるのが嫌だって真剣に頼むから、話を合わせてあげたんじゃん!」
一人が暴露を始めたのを皮切りに、他の女子たちも次々と掌を返し始める。
──本当は怪しんでいたけどハブられるのが怖かった。
──自分はみんなに合わせただけ。
結局は蓮華に全てを押し付けた自己弁護のオンパレードだ。
誰か一人でも嘘を告発していれば、ここまで拗れることはなかっただろうに。
「ちょ、違……ッ。ウチは……だって」
縋るような表情で辺りを見回す蓮華。
しかし、そこに手を差し伸べる者はいない。
ふらつく足取りで加藤の方へ近づくも、顔を背けられて拒絶される。
孤立無援の状況に、蓮華は絶望し、ついに本音をこぼし始めた。
「ウチだって、こんなにおおごとになるなんて……思わなかったんだもん……! だって、フォロワーも数人の裏垢だよ? 拡散されるなんて、思うわけないじゃん!」
これで本人の投稿であることも確定した。
虚空に向かって吐き捨てた不満の一端、それが無関係の人に飛び火した結果が事件の真実なのだろう。
それもそのはず、蓮華が虚空だと思っていたその空間は、有象無象の感情が溶けあった情報の海。
ネットとはそういう類の怪物なのだ。
「でもどうして、あんなことを」
ソラは心の中が漏れ出た感情の一部を口から零した。
クラスメイトからあんな仕打ちを受けていたのだと知って、ソラの顔色はすっかり青ざめていた。
一方の蓮華も堪忍したのか起立を止め、椅子に腰掛けて項垂れている。
視線の集中砲火を浴びながら、震える唇で蓮華は語り始めた。
「ウチ……は……」
璃玖たちに蓮華が打ち明けた『晒しの動機』は、なんて事のない、小さな嫉妬からだった。