Scene2-8 騒乱、一年B組
璃玖が新たな容疑者の出現に頭を抱えていた頃。ソラは相変わらず男子との間に溝を感じる一日を過ごしていた。
挨拶はする。事務的な会話もする。しかし、今までだったら日常であった趣味の会話や音楽、ゲームの話は一切振ってもらえない。性転換後に女子との間に生まれていた疎外感が、今度は男子側に発生した感覚であった。
昼休みを迎え、溜息混じりに教室を出る。
手に持った弁当箱、これをどこで食べようか。しばらく思案したソラは、アウトドア部の部室で璃玖たちが集まって話をしているのだと思い出す。
自分も当事者なのだから合流した方が良いと考えたソラは一人、廊下を歩き始めた。
すると、背後から不機嫌そうな声がかかる。
「ちょいちょい、橋戸くんどこ行くの。ウチらとのランチは?」
「え、あ、蓮華さん?」
声の主はクラスの女子のリーダー格、蓮華愛兎だった。
「本当は昨日の約束だったけどさ、橋戸くん保健室登校だったじゃん? 今日食べよ、今日。つーか忘れてたっしょ、マジ勘弁だし」
「う、うん。ごめんね」
二日前に中庭で昼食に誘われた事実を、ソラはすっかり失念していたのだった。ソラはクラスの女子と一緒にご飯を食べる旨を端末で璃玖に伝え、教室内へと引き返すことにする。
部屋に戻ると、いきなり男子たちが訝しむ様な表情を向けてきた。突き刺さる視線がソラの心を抉る。
反面、蓮華グループの女子たちは明るい表情で手を振り、ソラを出迎えた。彼女らは蓮華を中心に机をくっつけ合って大きな食卓を形成している。
「わー! 橋戸くん一緒に食べよ!」
「こっち来なよこっち! 私の隣!」
「あははー、なんかしんせーん! 女の子になってからもずっと男子のグループだったもんね橋戸くん」
陽気というのかギャルっ気というのか、ハイテンションな彼女たちにソラはたじたじとなる。
こういう人種の扱いは姉のレミで慣れている気でいたが、集合体となると圧はとんでもない勢いとなるのだと痛感する。しかし折角誘ってくれたのだから、会話を楽しまなければ損だ。
「ソラくんおかず分けたげるっ! これね、あたしが作ったポテサラっ」
「ちょー、橋戸ぉ、ウチのも食べてよ!」
「餌付けかな!?」
昼食中は始終こんな感じで、性転換さえなければモテ期到来と喜んでいたところだった。
(いけない、皆に写真の話をしなくちゃ)
目下最大の課題を思い出したソラは、意を決して彼女たちの会話に割って入ることにした。
晒し画像の撮影日が分かった以上、出来るだけ多くの人の行動状況は知っておきたい。
「あ、あのさ。みんなにちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何?」
「例の、写真の話」
蓮華は前髪を弄りながら、何かを思い出したように眉をピクリと動かした。
「ああ、そぉいえば昨日、撮影場所がわかったってウチには連絡来てたね。皆にも話したげてよ!」
ソラは例の画像が九月三日の午後四時半すぎにワオンモール内で撮影されたものだと説明し、その時間帯にワオンにいた人物に心当たりはないかと尋ねた。
ちなみに四時半というのは服を買った時のレシートから割り出した時間だ。五時過ぎにはアウトドア用品を見ていたはずだから、時間帯はかなり絞り込めていると言える。
女子の一人が言った。
「私らは部活してたからなぁ。愛兎たちは帰宅部でしょぉ? なんか知ってる?」
話を振られた蓮華はきょとんとした表情だ。
「は? ウチ? ウチらも月曜はデネィズでパンケーキ食べてたからわかんない。ねえ?」
蓮華がそう言って女子の何人かに目配せすると、間を置かずに彼女らは頷いた。当時蓮華と一緒に店に行っていた連中らしい。
学校からの徒歩圏内にデネィズがあるので、おそらくその店と見て間違いないだろう。
「二時間くらい話して、その後真っすぐ家に帰ったからワオンなんて寄ってないし……。あ、そうだ! 良かったらウチがSNSで皆に呼びかけてみよっか? そしたら目撃証言とかいっぱい集まるっしょ!」
「あはは、蓮華さん拡散力ありそう……ありすぎて怖いから、今のところは様子見でお願い」
蓮華の提案は有難いが、しばらくは学校関係者の聞き取りだけで済ませたい。
SNSへの投稿とはすなわち世界への発信に他ならない。悪意ある人達の目に触れたら、『犯人捜し』行為そのものを批判材料にされかねないのだ。
さらに言えば、実際に犯人が特定されたときに吊し上げのような状態になってしまう可能性だってある。そうなれば、逆恨みで何をされることか。
「えー、じゃあウチらに出来ることって限られてない?」
「協力してくれる分にはぼくもありがたいと思ってるんだけどね。うーん、なんか良い方法ないかな」
ソラの一言で女子グループ内の作戦会議が始まった。手分けして聞き取りだとか、ビラ配りだとか、茉莉たちが企画している事と同じような意見も飛び出す中、一人の女子生徒が言った。
「全校集会を開いてさ、当時のアリバイがない奴を炙り出していくとかは?」
過激な意見だが、全校生徒数百人の目という強烈なプレッシャーがあればもしかすると犯人もボロを出すかもしれない。
「まずは学校の友達同士で居場所を保証し合える人は除くでしょ。それから家族とか、他の学校の子とかが保証人になってくれそうな人はその場で相手に連絡させてさー。この時点で人数絞れそうじゃね?」
そうだそうだ、と盛り上がる女子たち。
確かにその方法なら怪しい人物の候補を選り分けることは容易かもしれないが、問題はそんな集会など学校側はまず許可しないだろうということだ。
それに、無実の人が取り残されてしまった時に周囲の視線がその人を追い詰めてしまうことだって考えられる。
「やっぱりさ、何か他に──」
ソラがそう切り出そうとした時だった。
「……あのさぁ、さっきからお前ら馬鹿な話してるの気付いてるかよ」
とある男子の、怒りを内包した大きな声。
教室内の廊下側、女子グループとは対極に位置する場所にいたその生徒は椅子の音を立てながら起立した。バレー部に所属し、身長が百八十もある彼は、立ち上がるだけで周囲にプレッシャーを放っている。
「数多くん」
ソラの視線の先にいたのは、一昨日から疎遠になってしまっている友人の加藤数多だった。
教室内は一気に静まり返る。
「集会で犯人を捜すって、非現実すぎだろ。大体、アリバイアリバイって何度も言うけどさ、友達と結託して別の場所に一緒にいたことにすれば簡単に捏造できるじゃん。もう少し考えろって」
「そ、それは……そうだけど」
加藤の迫力に、女子のリーダーである蓮華も気圧され気味だ。よほど怖いのか、彼女は既に半泣きである。
「っていうか愛兎がソラの味方してるのが意味わかんねーんだけど。お前、水主先輩の時はソラを非難する側だったのによ」
「あ、数多には関係ないじゃん。何なん、最近橋戸に冷たくしといて急に味方面してさ。そもそも、ウチ数多と喧嘩したくないよ?」
「チ……ッ」
加藤は舌打ちをすると、苛立ちをぶつけるかのように思い切り引き戸を開けて、大股で教室を出て行ってしまった。それを追う形で何人かの男子生徒も教室を飛び出していく。
「何なん、どうして、数多ぁ……」
大粒の涙を流し始める蓮華。もはや作戦会議どころではない。クラスメイトたちは彼ら彼女らを宥めるのに貴重な休み時間をすり減らすことになった。