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Scene2-7 容疑者再び

 翌日。天気は朝からぐずついた空模様だったが、璃玖(りく)の心には一筋の光が差し込んでいた。

 今まで全くの手掛かり無しだったところに、容疑者を絞り込むための有力な情報が得られたからである。


 最悪犯人が特定できなかったとしても、調査が進んでいると喧伝(けんでん)することで圧をかけることは有効打になり得る。

 元となった投稿くらいは消してもらえるかもしれない。


 土間で来舞(らいぶ)と合流した璃玖は、その足で自分のクラスではなく二つ隣の教室へと向かった。


 既に開いていた扉を通り抜け、目的の人物の元へ。

 椅子に足を乗せ、後ろの机にどっかりと腰を下ろした男子生徒に声を掛ける。

 相変わらず行儀が悪いことこの上ないが、今は放っておく。


入間(いるま)、ちょっと良いか」


 璃玖の呼びかけに反応する、県内でも偏差値が決して低いわけではないこの高校において最も頭の悪そうな小心者のチャラ男。

 彼──入間(いるま)美都(よしひろ)は心底嫌そうに顔をしかめて舌を出した。


「うわー、まぁた来やがったよ三股男」


 中指を立てる入間を、横にいた彼の恋人が(いさ)め、腕を下ろさせた。


「んだよ、(みどり)もあいつらの味方すんのかよ」

「別にそういうわけじゃないけど、話くらい聞いてあげたら良いじゃん」


 恋人からそんなことを言われたものだから、入間は舌打ちをしつつ渋々璃玖たちの方へ向き直った。


流石(さすが)高良(たから)さん。彼氏をよく制御できてるぅ!」


 来舞が腕を組んで感心していると、入間の恋人・高良(たから)(みどり)は困ったように眉を八の字にして、苦笑いする。


「あはは……あたしなんかじゃ全然制御なんて無理無理。ヨシヒロって我儘(わがまま)なんだもん。ねー?」

「ねーって何だよウゼぇな。っつーか樫野(かしの)、さっさと要件を言えよ。答えは全部ノーだけど!」


 今度は親指を下向きにして見せる入間に、璃玖は落ち着いたトーンで告げる。


「お前がネットの件とは無関係だって証明したい」

「──は?」

「俺はさ、学校で俺の変な噂を流した奴と、ネットに俺らの写真をばら撒いた奴は別人だと思ってるんだ。それで、ネットの方はこのままだと法的処置も辞さないって感じになると思う」

「……ハン! 訴えてやるってか? すげぇやる気満々じゃんかよ」


 入間は狼狽(うろた)えない。


 璃玖は今ので確信した。

 こいつは少なくともネットの件には関わっていない。

 しかしちゃんと証拠としての言葉は聞いておかなければ。


「教えてくれ、月曜日の放課後はどこにいた? それさえ聞ければ俺はお前を疑わなくて済むんだ」

「そりゃあ……その」


 途端(とたん)、入間は妙に口籠(くちごも)る。

 すぐに話してくれると踏んでいた璃玖は頭に疑問符を浮かべながら、今度は高良に質問を振る。


「高良さんでも良い。一緒にいたんじゃないのか? 九月三日の、月曜だよ」

「あ、えっ、あ、あたし!? いや、か、樫野……なんでそんなこと聞くのかな」


(──なんで慌てるんだ?)


 妙に慌てる高良を不審に思ったが、璃玖は事情を話した。


 例のネットの写真が三日月曜の放課後にワオンモール内で撮影されたものであること。

 だからその日の行動を教えてさえくれれば無駄に疑わなくて済むということを。


「なるほどね、ああ、それで……ねえヨシヒロ、あんたその日どこにいたの?」

「一緒にいたんじゃないのか?」


 璃玖が驚く。

 というのも、二人は付き合いだしてから割とセットで見かけることが多かったからだ。

 常に共に行動しているものだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。


「お、俺は月曜は学校終わったらまっすぐ家に帰ったよ。つーかよぉ、翠が家の用事っつーから仕方なくっつーか」


 つーかつーかとうるさい入間の横で、急に高良が慌てだす。


「だってしょうがないじゃん。急用ができたんだから。あたしだって寄り道せず帰ったし。遊んでたわけじゃないし」

「じゃあ、二人はその日の放課後は誰とも会ってないのか」


 これは困った。

 アリバイを証明してくれる人さえいれば容疑者の候補から外せると思ったのに、これでは万が一の可能性を排除できない。


「会ってねーよ。別にそういう日があってもいーじゃねーか。何なんだよマジで」

「家の人は?」

「知らねーっての!」

「は? 知らない?」


 逆に、どんどん入間が怪しくなってきた。

 先程から目が泳ぎまくっているし、手汗が凄いのかズボンのポケットのところで何かをふき取るような挙動を見せている。


「ふーん、じゃあ高良さんはー? 家に帰ったことを証明できる人はいるの?」


 若干(じゃっかん)(いら)つき始めていた璃玖の代わりに来舞が尋ねる。

 すると今度は高良も挙動不審な様子を見せた。


「い、家にいたのはうちの犬だけだからなぁ。ちょっと、わかんないや」


 ……まただ。

 はっきりと誰もいなかったと宣言すればいいだけの話なのに、『知らない』だの『わかんない』だのと余計な一言が入る。


 璃玖と来舞は顔を見合わせた。


「え、ちょ、何? もしかしてあたしまで疑われてる?」

「いや、そういうわけではないけど」


 璃玖は戸惑(とまど)いながらやんわりと否定する。

 すると突然入間が立ち上がって璃玖の首根っこを掴んだ。


「おいてめぇ、いい加減にしろよ。俺だけじゃなく翠まで犯人扱いしやがってよォ!」

「おい入間、やめろって!」


 来舞が止めに入ると入間はすぐに手を離した。

 そのまま自分の椅子に座り直すと、脚を組んで頬杖を突く。

 その際に璃玖につま先がぶつかったが、きっとわざとだ。


「『疑いたくないんだー』とかぬかすからちょっとは話を聞いてやろうと思ったけどよ、やっぱねーわ。無し無し。はいかいさーん」

「かいさーん!」


 前回は引き留め役に加わってくれた高良も、今回は一緒になって璃玖たちを追い払う。

 璃玖は高良に背を押されて廊下に出るが、その直後に教室の引き戸は勢いよく閉められてしまった。


 非常に参った。

 璃玖と高良は隣の席だから、授業が始まれば嫌でも至近距離に位置することになる。

 気まずいったらない。




「なあ来舞、なんか怪しくないか?」

「んー……どう考えても何か隠してるとしか思えないよなー」


 授業開始五分前の予鈴が鳴る。

 璃玖たちは肩を落としながら自分たちのクラスへと歩いて行くのだった。


 今回の収穫は一つ。

 容疑者候補に、高良翠の名前が加わったことだけだ。

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