Scene2-6 名探偵レミ
璃玖とソラはそそくさと服を着た。肌が覆われたことで多少の思考力が戻ってきたが、互いの目が合うと赤面して硬直してしまう状態はまだしばらく続きそうだった。
デスクの椅子に座るレミと相対するよう、璃玖はにベッドに腰掛ける。一方のソラはベッドの壁際で布団に包まっていた。
璃玖がそちらに目をやると、ソラは紅潮した顔を隠すように布団に潜り、璃玖本人もまた真っ赤になって俯きがちになる。
彼らがそんな動作を数度繰り返した時、レミは手を打ち鳴らして言った。
「はいはい照れるのは後にしてね。写真の件だけど、なんで背景が塗りつぶされてるか、わかる?」
と、レミは強制的に本題を捩じ込む。
この問いかけには璃玖が手を上げて答えた。
「撮影場所を特定されたら困るからでは?」
「そうだね。璃玖くん賢い!」
レミは璃玖の髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。子ども扱いされているようで、璃玖としては複雑な気分であった。
「ねえ、どうして場所が特定されたらまずいの?」
ソラが尋ねる。
「だってぇ、撮影日時がわかるような情報が含まれてたら、誰が撮ったのかわかっちゃうじゃない」
「なるほど」
「二人の髪の長さから見て、ここ数日に撮られたものだってのは確定でしょぉ? 夏休み前ならもっと短かったと思うし」
「ってことは、八月三十一日の始業式の日か、ネットに晒された九月三日の当日の二択ってことになりますね」
璃玖の言葉にレミは頷いた。これがもし登下校中の二人の姿を捉えたものだとすれば、背景に写っている他の生徒や光の加減からさらに詳しく日時が特定できる。そうなれば撮影者に辿り着くヒントになったかもしれない。
おそらく犯人はそれを恐れて背景を隠したに違いない。
しかし不可解な点もある。もしも通行人から身元を探られる可能性を恐れたなら、ボカシやモザイク処理にする方法だってあったはずだ。
今のアプリなら簡単に加工ができるから、わざわざ黒背景にしたのには何かしらの意図があるのだろう。
「ねえレミ。もしかして、これ全然別の場所なんじゃない? 例えばそこが駅とかだったら『背景の一部でも残すのはまずい』ってならない?」
「おっ、今度は我が弟……あれ、妹? が冴えてきたねぇ♪ えらいえらい」
「そこはかとなく馬鹿にしてるね」
ソラはジト目でレミを睨み、ふくれっ面になった。
「いやぁごめんごめん。さっき二人のえっちを見た時からなんとなくキュンキュンしちゃって♡」
「「はう」」
未遂とはいえ行為に及んだのは確かである。
今の一言で先程の情事を回想した二人の顔面から火が出たところで、レミは話を再開した。
「とにかく。写真の消された部分に何かしらのヒントがある可能性は十分高いんだよ」
「でも、それを探るのは難しくありませんか? 加工の復元ってそんなに簡単じゃないだろうし」
璃玖がそう言うと、レミは何故だか腰に手を当て、自慢げに胸を張った。
「簡単だよぉ。加工の復元なんてしなくていいんだから」
「……と、言うと?」
「この写真の璃玖くんって、白っぽいブレスレット? してるよね。普段そんなにオシャレしてないんだから、これ付けてたのってタイミングが限られるでしょ」
ん? ブレスレット? ──璃玖は首を傾げた。
彼は余計な装飾品の類は持っていない。だから、そんなものを身に付けた写真なんてあるはずがないのだ。
レミからタブレットを受け取った璃玖は、問題の画像をピンチアウトして拡大し、よく観察してみた。
言われてみれば、確かにソラの掴んだ側の腕に白い輪のようなものが付いている。しかし非常に不鮮明でわかりづらく、どんな腕輪なのかは見て取るのは不可能だった。
「センパイ、ちょっと見せてください」
ベッドの上を四つん這いで歩いてきたソラに璃玖はタブレットを渡す。
ソラは画像と睨めっこをし、そしてあることに気付いた。
「これ、ブレスレットじゃないよ。センパイ見てください、これってあれじゃないですか。服を買ってもらった時の」
「──紙袋の、持ち手か!」
二人は同時に部屋の片隅に置かれた紙袋に目をやった。
放課後デートの際に璃玖がソラに買ってやった『戦利品』。九月三日の学校帰りにワオンモールで購入した物品である。背景と共に袋本体を黒塗りされているのでわかりづらいが、持ち手の部分は誤魔化せなかったようだ。
あの時、服を購入してからしばらくは璃玖が紙袋を提げていたが、途中からはずっとソラが持ち歩いていた。それは駅に着いてからも同様である。
つまり、璃玖がこれを腕に引っ提げていたタイミングなど非常に限られるのだ。この写真はワオンモール内の、特定の時間帯に撮影されたものと推察できる。
「……ふぅん、なるほどねぇ。放課後にデートかぁ。それにさっきはあんなことやこんなことを。Youたち完全に付き合ってるねぇ」
「つ、付き合ってないから! 付き合ってもらったにしても、それはぼくの自暴自棄にだからっ!」
ソラがぷりぷり怒っている傍らで、璃玖は苦笑いしかできなかった。
「俺らの話は置いといて。ともかく犯人に繋がる情報が一つ増えたのは有り難いよ。早速茉莉たちにもその線で調べてもらおう」
「三日にワオンにいた六鹿高校の生徒ですね! クラスの女の子たちにも聞いてみようかな」
事態が進展したことがよほど嬉しいのか、璃玖とソラは興奮気味でそれぞれが仲間に連絡をとり始めた。
そんな彼らの様子を足を組んだ姿勢で眺めるレミは、顎に手を当てて考える。……はたして、犯人がワオンにいたという情報を、味方してくれるとはいえ他者に広めて良いものなのかと。
「もしかすると、近くに犯人がいるかもしれないのにね……」
レミの呟きは、喜び勇んで電話をかける二人には届いていなかった。