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Scene2-3 協力者たち

「う~ん、さっぱりなんだよなー」

「ああ。ただ正直なところ水主(かこ)くんの友人たちは無関係な気がする」


 授業後のホームルームを終えた頃、璃玖(りく)来舞(らいぶ)は頭を抱えていた。休み時間に水主の親友三人から話を聞いたが、今回のネットの書き込みや一学期の噂について、得るものは少なかったからだ。分かったことといえば、水主の周辺はみんな素直な良い子たちに見えるということだけ。


「とりあえず行くしかない。あいつのところに」

「おう、入間(いるま)んとこなー」


 ネットの件に関係があるかどうかは怪しいものの、彼にも話を聞いておくべきことに変わりはない。少なくとも、校内に言いふらされていた悪い話の件については大元であることを認めさせなければならない。

 『誰が』『どの風説を』『どのような意図で』流したのかを整理しなければ、話が進められないのだ。


 璃玖たちは入間のいるC組に向かう。すると扉の前で、今まさに教室を出て行こうとする入間と鉢合わせた。彼は璃玖を見るなりいきなり不機嫌になる。


「チッ、邪魔くせぇな。どけよ樫野(かしの)

「お前に話があってきたんだ」

「俺はおめーと話したくない。ハイ解散。視界にも入ってくんなクソがよ」


 入間は璃玖の肩口を(ひじ)で押して教室の出入り口を強行突破しようとした。すかさず来舞が立ちはだかり、にこやかに話しかける。


「へいへーい、暴力は良くないぜー。入間さぁ、ちょっとだけ時間くんない? 俺ら聞きたいことがあるんだよね」


 入間は三白眼(さんぱくがん)で来舞を(にら)むが、(わず)かに目を泳がせていた。おそらく飄々(ひょうひょう)とした態度の来舞にどう立ち向かえば良いのか分からないのだろう。そういった意味では入間は小心者だった。


「俺はこれからカノジョと遊びに行くんだ。おめぇらと関わってる時間なんてねぇから」


 来舞を退()かそうと手を伸ばす入間だったが、瞬間、横から伸びてきた別の腕が入間の腕を掴む。璃玖が入間の動きを(はば)んだのだ。


 入間は璃玖による拘束を振り解こうと力を込めた。──しかし、ピクリとも動かない。

 クライミングで鍛えられた璃玖の握力は、チンピラもどきには振りほどけないほどに強かった。


「悪いけど少しだけ質問に答えてくれ。昨日のSNSの投稿のことはなんか知ってるのか?」

「んなもん知るかよ。お前とオトコオンナの自業自得だろうが」

「ぶっちゃけ聞くけど、書いたのはお前じゃないよな?」

「だから知るかっつってんだろうがッ!! うぜーんだよマジで!!」


 入間は大きな声で威圧的に璃玖を(まく)し立てた。力で敵わないものだから、少しでも相手を怯ませて虚勢(きょせい)を張るしかないのである。


「じゃーさ、最後に一つだけ。昨日、学校で璃玖の悪口言いふらしてたそうだけど、なんか弁明ある?」


 璃玖の代わりに来舞が問いかけた。


「し・り・ま・せ・ん。……以上だ。なんか文句あるかよ」


 結局最後まで知らぬ存ぜぬの一点張り。これ以上どうにもならないと感じた璃玖は、指の力を緩めた。


 瞬間、入間は腕をスナップさせて璃玖の拘束から逃れる。彼は右手首を痛そうに(さす)りながら、苦々しい表情で一歩後ろに退いた。二、三秒璃玖たちの顔を(にら)みつけた後、入間は何も言わずに教室の後ろの出入り口の方へと早足で歩いていった。


「なんか、ヨシヒロがごめんね」


 入間の恋人は申し訳なさそうに頭を下げ、自分を残して出て行ってしまった入間を追って廊下を駆けていくのだった。



「……璃玖、どう思う?」

「SNSの件は、本当に知らないんじゃないか。もしもあいつが何かしらに関わってるとすれば、俺の顔を見た瞬間に勝ち誇ったように(あお)り散らしてきてもおかしくないだろ」

「まー、あいつの性格的にはそうか」


 結局SNSの投稿主探しは振り出しに戻りそうな雰囲気だった。もしも入間が少しでも関わっていたのなら進展もありそうだが、そうじゃないとすれば、一体誰が。



 璃玖は少し考えたのちに言った。


茉莉(まつり)にも相談してみよう。巻き込んだ手前、頼るのも申し訳ない気がするけど」


 すぐさま璃玖は茉利に電話をかけてみる。すると三コールもしないうちに通話が開始された。まるで『待ってました』と言わんばかりに茉莉は話し出す。


『樫野、例の投稿の犯人捜し、私も手伝うよ。っていうかね、もう動いてる』

「まじで?」


 茉莉もまた、ネット上での炎上を狙うというやり口の陰湿さから、投稿主と入間とは無関係なのではないかと疑っていたらしい。それでアウトドア部の部員たちに声を掛けて情報集めに動いてくれていたようだ。


『一人ひとりに聞き込みを行うより、情報提供者を募るためのビラを作るほうが良い気がするんだ。それで今、部室でデザイン案を練ってるところ。樫野は今日これからどうするの』

「とりあえずソラと合流するよ。あまり一人にしておくのはまずいと思うし」

『そうしてあげなさい。……ていうかさ、普通一緒に聞き込みをするんじゃないの? 側にいてあげろよバ樫野!』


 聞き込みにソラを参加させなかったのは彼なりにソラの心情を考えてのことだったのだが、『一人にするな』という茉莉の意見ももっともである。璃玖は彼女に謝ると、電話を切り、来舞に告げる。


「悪い、俺はソラの所に行くわ。来舞は先にアウトドア部の部室に行って、茉莉たちを手伝っててくれ」

「姉ちゃんは何て?」

「情報提供者を募るためのチラシ作りだってさ」

「そりゃ良いなー! ……まー、あんまり大々的に動きすぎると学校側に止められやしないかって心配だけど」


 学校としてはあまり大事(おおごと)にして欲しくないはずである。

 しかし、このままでは法的な措置に踏み切らなければならない可能性が高まるし、そうともなれば時間も手間もお金も余計にかかってしまう。なにより長引けば長引くほど、ソラと璃玖の名誉は地に落とされていく一方なのだ。


 だからこそ、早期決着のために行動をせねば。

 璃玖は気合を入れ直すと一年生の教室棟方面へと足を踏み出した。


────

──


『一階の土間のところで待ってる』


 璃玖は携帯端末からメッセージを送り、一年の下駄箱付近でソラを待つ。

 ソラが来るまでの間に考えていたのはもちろんネットへの投稿のことだ。投稿主の正体も気になるが、まさかあれほど【性転換】の被害者にヘイトが向けられるとは。そのことも心配で仕方がなかった。一学期の時は、あれを身近な生徒たちから喰らい、ソラは引きこもったのだから。


「センパイ、お待たせです!」


 しばらくして、ソラは数名の女子たちと一緒に姿を現した。

 その光景に、璃玖は目を丸くする。性転換から今まで、女子グループとはぎくしゃくした関係だと聞いていたからだ。それがどうしてかこんなに打ち解け合っているなんて。


「聞いてください! クラスの女の子たちが情報集めに協力してくれるって!」

「それは本当か!」


 璃玖が少女たちに目をやると、その中でも一際気の強そうなギャル風女子・蓮華(れんげ)が黙って会釈(えしゃく)をした。彼女に続くように他の子たちも頭を下げる。まるで他の女子たちの行動は蓮華の一存で決定してしまうみたいだった。

 璃玖には蓮華に見覚えがあった。学年は違うはずなのだが、一年生の中ではかなり目立つ存在だからだ。


「樫野先輩、ですよね。あのぉ、一年生のことならウチら使ってもらって良いんで、橋戸(はしど)のこと、よろしくおねがいしますね」

「ああ。そう言ってくれるとありがたいよ。今後も頼む」


 部活動など各々(おのおの)の行き先に分かれていく彼女達を見送りながら、璃玖は続々と仲間が集まっていく状況に俄然(がぜん)希望が()いてくるのであった。



 ────その夜。


 璃玖の希望とは逆に、ネット上での炎上はより苛烈(かれつ)になっていった。

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