Scene1-5 尋問タイム
璃玖は部室での勉強を中断して、ソラと共にショッピングモールへ足を運ぶことにした。
茉莉を一人残して遊びに行くのに若干気が引けるものがあったが、「行ってこい」という彼女の言葉に背を押され、ソラとの放課後デートと洒落込むことに。
璃玖には正直、名目なんてどうでも良かった。ソラとゆっくり話す時間が欲しかったのだ。
「センパイ、この服ふわふわで可愛くないですか? 今のぼくなら似合うかな」
「ソラって割と幅広く着こなせそうだよな。将来はモデルになるのもありじゃないか?」
「モデル、ですか。身長はあるほうだし……いける、のかな」
性転換をしてもソラの体格は大きく変わってはいない。骨格は女性寄りになったが、身長は百六十センチ台を維持していた。女性として突出して高身長というわけではないものの、平均は裕に超えている。モデルとしての素養は十分すぎるくらいにあった。
ソラは鏡の前に移動すると手に取った服を自分の身体に合わせてみた。ちょっと角度を変えてみたり、ポーズをつけてみたりして似合うかどうかを確かめている。
璃玖の目から見ても、なかなかに悪くないと思う。可憐な一輪の華に思わず見惚れてしまうくらい。
しかし、服のかかったハンガーをそのまま元の場所に戻し、ソラは言う。
「次、行きましょうかセンパイ」
「良いのか?」
ソラはジト目で微笑むと、吹き抜けを挟んで反対側の通路にあるアパレルショップを指差した。黒を基調とした暗めの店内、店頭のマネキンが身につけている衣装は露出の多い挑発的なデザイン。
「センパイは、どちらかというとああいうセクシーなのが好みなのでは?」
璃玖は返答に窮した。
クールで色っぽい衣装が好みかどうかと問われれば、正直なところ嫌いじゃない。
だが璃玖が確信して言えるのは、今のソラのイメージにはそぐわないという点だ。女性としての色香を引き立てるデザインならば、むしろレミの方がよく似合うだろう。ソラだってその辺りは心得ているはずだった。
……つまり、これは試されているのだ。
璃玖は告げる。
「いいや。今は可愛い方が好きだな」
「えッ」
ソラは目を見開くと共に、顔色を赤く変化させた。
その瞬間、璃玖は自分の見立てが間違っていなかったと確信する。先のソラの問いかけには『自分とレミ、同じ顔の二人のどちらが好みですか?』という選択肢が内包されていたのだ。
ソラが璃玖にどんな回答を期待していたかは分からない。が、ソラはまんざらでもない様子だったからおそらく正解だろう。
軽く咳払いをして、ソラは言う。
「あっ、えーと……じゃあ、もう少しこの店を見ていこうかな」
少し照れたようなソラの横顔に、璃玖は年末年始のバイト代の残額を思い起こすのだった。
***
一時間後。二人はスポーツ用品店へと赴いていた。
ソラは手にした紙袋を上機嫌に揺らしながら、目的のアウトドアコーナーへと早足で歩く。璃玖はそんなソラの後ろ姿を目で追いながら後に続いた。
「(どうしよう。話をするきっかけを見失っちまったな)」
服を買った後に立ち寄った珈琲店では、周囲に人が多すぎてなかなか踏み込んだ話をする雰囲気にはなれなかった。それで移動を開始したのだが、なかなか落ち着いて話せる場所が見つからない。
とはいえ帰り道までずっと一緒にいられるのだから、話をするタイミングなんていくらでもある、とその時の璃玖は楽観的に構えていた。ソラが企み事をしているなどとは気付かずに。
「見てください。サウウィンの新作シューズ、良くないですか! ああっ、でも機能性はマンベルの方が……」
「好きだねぇ」
買う予定もないアウトドアグッズを眺めて悦に浸るのがソラの趣味の一つ。所謂ウインドウショッピングである。
そして、はしゃぐソラに付き合うのも璃玖の楽しみの一つであった。
二人は一緒に登山靴の試し履きをしたり、ピッケルやアイゼンなどの本格登山装備を手に取ってみたり、カラビナやペンライトなどの小物を選んだり、展示されているハンモックに寝そべってみたりと、無邪気に遊び回った。
やがてテントの展示スペースに辿り着いたところで、ソラが手招きをして、小さな夏用テント内へと璃玖を誘った。
特に何も考えずにソラに従う璃玖だったが……リュックを置いてテント内に腰を下ろした次の瞬間、目の前の栗色の小悪魔に腕をはしと掴まれる。
「ふふ。やっと二人きりになれましたね、センパイ♡」
したり顔で目を爛々に輝かせるソラ。しかもあろうことか璃玖の腕を掴んだまま、じりじりと距離を詰めて来る。そのままピタリと寄り添う合うような形になると、璃玖の中の堤防は遂に決壊した。あざといムーブには慣れたつもりでいた璃玖だが、身体的接触を伴うアクションにはまだまだ弱いようだ。
薄暗い天幕の中。顔が近い。息遣いが聞こえる。心臓の音が聞かれてしまう。
腕を引き離そうとしてもくっついてくるため、璃玖は極力ソラの方を見ないようにすることで応急対処をした。
「た、確かにここなら人目はないけどさ。あと近い」
「えへへー。やっぱりセンパイの反応はこうでないと♪」
ソラは鼻の下を擦り、自慢げに胸を張った。普段は全く主張しない小ぶりな二つの膨らみが、今がチャンスとばかりに存在をアピールしてくる。
璃玖は視界の端に映るそれに思わず目が吸い込まれそうになるも、なんとか耐え凌ごうとした。が、ソラはそんな彼の頭を両手で挟み込むようにホールドし、無理やり正面に注目させようと力を込めるのだ。
「少し、今日の噂の内容についてお話ししましょうか」
「むい」
ソラの圧に負けて正面から向かい合う姿勢を取らされる璃玖。
もっとも、おちゃらけた雰囲気はここまでだった。面と向かい合ったソラが真面目モードに切り替わったのを璃玖は知覚し、自らも咳払いをして背すじを伸ばす。
「ぼくの目を見て答えてくださいね」
「ああ」
「レミと、本当に最後までしてないんですか?」
どのあたりから突っ込んで来るのかと身構えていた璃玖だったが、いきなりホテル内での出来事について聞かれるとは思っていなかった。どうやらソラの中ではホテルに行ったという話自体は既に事実として受け止めているらしい。
「ああ。襲われかけた時にキスはされたけどな」
璃玖が事実を告げると、すぐにソラは訝しげな表情に変わった。
「健康な男子高校生が好きな人とラブホテルですよ? 手を出さないなんてあり得ないですって。本当は行けるとこまで行ったんじゃないんですか?」
「そう言われてもなぁ。話し合いをした後はカラオケして帰ったし」
下唇を突き出すソラの眉間に皺が刻まれた。やはり納得しかねるようだ。
「最後までしてなくても、何かしらの進展があったのでは? あのレミが相手ですよ? いくらセンパイが堅物だからって、カラオケだけなんて……」
璃玖にはソラの気持ちもわからなくもなかった。もし他の誰かとレミがホテルに入っていったとして、二時間後に仲良くチェックアウトしたと聞かされれば『そう言う行為』をしたと信じて疑わなかっただろう。
しかし。進展はあると言えばある。それは──。
「あのさ、ソラ。俺とレミ先輩との恋は、あの日、あの場所で完全に終わったんだよ」