Scene3-10 共に地獄へ
「私が二人の命を奪った。その認識は誰になんと言われようと、変わらない。法律に裁かれなくても、世間が私を許しても、私は自分自身を許せないの……!」
「そんな」
もしもレミがチケットを彼に渡さなければ、あるいは、もしも遊びの計画を立てなければ。確かに彼らは死ぬことはなかっただろう。そ
れを運命と片づけるのは容易いが、だとしてもレミの後悔は消えることはない。それがたとえ不可抗力であっても、自分のせいだと責め立てたくなる気持ちは璃玖にも理解できた。
理解はできるが、かける言葉は見つからない。
『バスジャックが起こるなんて予測不可能なのだから、あなたは悪くない』
そう言うのは簡単だ。
『死んでしまった彼も、あなたが辛い目に合っている姿なんて見たくないはず』
それも、言うは易しだ。
だけど、どちらの言葉もレミにはきっと響かない。自身に落ち度が無いことなど百も承知の上で、何千回も何万回も自問自答した結果の生き方が今のレミの選んだ道なのだから。
故に璃玖は、安っぽい慰めを言うのはやめた。今の自分に果たすべきことは、一つだ。
「四季島先輩の死のきっかけがレミ先輩だとしたら、俺にも責任がありますよね。だって先輩は、本当は俺を誘おうとしてくれてたんでしょう?」
「キミに責任なんて、あるわけがないじゃない。私が計画を立てていたことですら、知らなかっ────」
レミは口をつぐむ。彼女が今まさに言わんとしたことは、彼女自身の選択に対する否定である。犯行グループがバスジャックを企てていることなどレミには知りようがなかった。知らなかったことに責任がないと言うのなら、彼女自身もまた同様である。
盛大な自己矛盾。だからレミには璃玖の考えを否定できない。
「……四季島先輩、佐倉先輩。俺は二人の死に自分が関わっていたなんて知らずにのうのうと生きてきたんです。俺にも先輩の苦しみの一部を、悲しみの一つを分けてくれませんか」
「りく、くん」
璃玖の懇願にレミは戸惑う。自分自身を傷つけるのは是としていた彼女だが、他人に責を負わせることなど微塵も考えていなかったからだ。
「ずるい……卑怯だよキミは。そうやって私を誘導して、こんなことをやめさせようって言うんでしょ……!」
「俺はただ、レミ先輩の負担が軽くなればって思っただけです。具体的に何をすれば良いのかはわからないですけど……」
璃玖自身、何をすればレミの罪の一部を背負えるのか見当も付いていない。だがレミのことを思えばそうすべきだと彼の信念は言っている。彼の魂は叫んでいるのだ。
「俺は……先輩と、一緒に地獄へ堕ちたいです」
「璃玖くん……それじゃあまるで」
────プロポーズではないか。
「キミは、本当にそれで良いの? 私なんかと本気で添い遂げるつもりなの?」
「それが、あなたのためならば」
レミの瞼から雫が落ちる。
……何も考えずに抱いてくれれば良かった。ただ欲望のままに身体を重ねて、全てを吹き飛ばしてくれたらそれで満足だった。
あるいは『付き合いきれない』とバッサリ切り捨てて、そのまま見殺しにしてくれたらどれほど楽だったか。
だのにこの樫野璃玖という男は、レミにとって最も苦しい選択を突きつけてきた。互いに辛い気持ちのまま一生を共にしようだなんて。
レミは唇を震わせながら、やっとの思いで笑みの形を作る。ぐちゃぐちゃの作り笑いが完成すると、彼女は呟いた。
「……だめだよ璃玖くん。キミの想いは、今の私には重すぎる」
レミは涙をローブの袖で拭うと、一度深く呼吸をして気を落ち着かせた。
息を整えて、璃玖に対してもう一度告げる。
「私はキミの気持ちを受け入れることはできない」
「どうしてですか」
璃玖は食い下がる。
「私はキミに辛い思いをさせたくて拓人の話をしたわけじゃない。結局はさ、私の自己満足の話なんだよ。私が勝手に罪の意識を抱いて、勝手に堕ちただけ。璃玖くんにどうこうできる問題じゃないんだ。キミにこの話をしたのだって、単にけじめの一つであって別に解決を望んだわけじゃない」
「でも」
「わかってるよ、璃玖くんの気持ちは。だから……」
レミは一呼吸の後に呟いた。
「ありがとう、だね」
レミははにかんだように微笑む。
璃玖の真剣な想いに対する嬉しさと、それでも生き方を変えることは出来ないという悲しさと寂しさ、そしてほんの少し気恥ずかしさも垣間見えるような、そんな顔。
だけど今のレミの浮かべるその微笑みは、少し前まで彼女を覆っていた『笑顔の仮面』とは違うものだ。
璃玖に事情を打ち明けたことで、僅かながらにレミの気は晴れた。言い換えてみれば、これこそが『罪の意識を分かち合った』ことになるのだろう。
そういう意味では、璃玖の目的は達成されている。レミは今日この日、彼に救われたのだ。
今、二人の間に流れる沈黙も、最初の頃とは違って互いを思いやる空気感が出来上がっていた。それと同時にある種の寂寥感も。
しかしこれ以上言葉を交わしても、万事解決とまではいかないことは明白だ。
明確なゴールが無い問題である以上、どうしようもないことなのだが。
気持ちを切り替えるべく、レミが言った。
「……ねえ璃玖くん。お腹空かない? せっかくだしホテルのご飯、頼んじゃおうか」
「そう、ですね」
レミはテーブルの上に置いてあったメニュー表を手に取り、璃玖に寄り添うように座り直した。メニューを広げ、二人であれやこれやと選び始める。決して高級とは言えないが、フードコートレベルの食事なら楽しめそうだった。
「ドアの横に小さな扉があるでしょ。注文した食事はあの中に入れておいてくれるんだよ」
「従業員さんと顔を合わせなくても受け取れるという感じですか」
「そ。えっちした後、裸のままいても問題ないってわけ。────だからさぁ」
レミは璃玖の膝に手を置いて、ゆっくりと顔を近づけてくる。妖艶に舌なめずりをしながら、淫靡な表情を浮かべ、彼女は言った。
「私たち、ラブホにいるんだよ? やることやらないと、ホテル代が勿体ないじゃない?」
「────へ?」
璃玖は焦りと共に一気に赤面した。
大体、さっきまでの流れから、いきなりアダルトな方向に話が逸れるなど誰が想像できようか。いや、できまい(反語)。
レミはおもむろに立ち上がり、ベッドの方へと僅かに腰を揺らしながら歩いていく。しなやかで、滑らかな身体のラインが薄いローブ越しに伝わってくる。
璃玖の目はレミの後ろ姿に釘付けになった。が、首を振って邪念を払う。両頬をぴしゃりとやって、気持ちを切り替え、璃玖は尋ねた。
「やることって、なにをする気ですか」
レミはベッド脇の引き出しから『棒の先端部が丸くなっている器具』を取り出すと、満面の笑みで答えた。
「────か・ら・お・け♡」