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Scene3-5 君の壊れた日

 八月十一日。


 お盆の時期に行われるバーベキューを目前に控え、璃玖(りく)は家族と共に器具や食材などの買い出しに出掛けていた。

 樫野家(かしのけ)橋戸家(はしどけ)の両親は以前に挨拶(あいさつ)した際にかなりウマが合ったらしく、バーべキューはいつの間にか両家総出のイベントと化していた。


 そうしてワオンモールにて色々と見て回っていたところに、突然、レミから着信があった。レミからの連絡には三秒で返信するような男である璃玖は、その日も速攻で電話を取る。


「レミ先輩! 今ちょうどバーベキューの買い出しに来てるんですけどー」


 璃玖はいつものように調子良く話しかけた。


「……」

「あれ、先輩?」


 しかし、返事がない。何秒か待っていても、一向に声が聞こえてこない。璃玖は電波の状況が悪いのかと疑い、一度通話を終了させようとするが、ギリギリで小さな声が聞こえてきた。


「────く、くん」

「先輩? どうかしたんですか」


 璃玖が問いかけると、またしても沈黙の時間が訪れる。様子がおかしい。


 もしかするとショッピングモール内の喧騒(けんそう)が邪魔をしてうまく聞き取ることができないだけかもしれない、そう考えた璃玖はモールの出入り口に向かった。外に出れば多少は静かだし、電波状況も改善するかもしれない。


 彼は携帯端末は通話状態を維持したまま外に出た。するとどうしてレミが何も喋らないのかをまもなく察することになる。


 ────電話から漏れ聞こえていたのは、彼女の(すす)り泣く声だったのだ。


「何か、あったんですね」

「うう……ッ」

「今どこにいるんですか」

「……ぃ、ぇ」


 家にいる。居場所はわかった。


「今から会いに行っていいですか」

「……」


 何が起きているのかはわからない。彼女の家に行ったところで璃玖にはどうしようもできない問題なのかもしれない。

 だけど居ても立ってもいられなかった。早く彼女の(そば)に行ってあげたかった。


「せん、ぱい」

「あのね……りぐくん゛……」


 はっきりと声が聞こえた。名前を呼んでくれた。


「ごべん……わ、だし、バーベキュー、いげない……ッ」

「え」


 しゃくり上げ、絞り出すような掠れた声。助けを乞うでもなく、泣いている理由を告げるでもなく、ただ一言『バーベキューに行けない』と。

 璃玖にはレミの意図がわからない。わからないままに、通話は途切れた。


 耳元で聞こえる通話終了の短い効果音。

 璃玖は駆け出していた。場所は────決まっている、レミの家だ。


 ショッピングモールに併設された駅で発車寸前の電車に滑り込む。車内放送で注意されたが今の璃玖には聞こえていない。乗り換え駅で下車。待ち時間の十分でさえ惜しい。璃玖は改札を出てロータリーで待機するタクシーに飛び乗った。


「大急ぎで、お願いします」


 車移動すること十五分弱。橋戸家の前に到着した璃玖は、玄関を掃き掃除していたレミの母親に声を掛けた。


「あ、あのッ、レミ先輩は!?」


 息を切らしながら汗だくで現れた璃玖に、レミの母親は目を見開いて驚く。同時に彼女はとても悲しい表情を浮かべた。しばしの逡巡の後、彼女はさも言いにくそうに璃玖に告げる。


「ごめんね。今日は……そっとしておいて欲しいの。事情は、後で璃玖くんのお母さんに話しておくから。今は……ごめんなさい、聞かないで」


 ついに彼女まで涙を流し始めてしまった。何か相当な事が起こったのは確かだ。

 だが璃玖はそれ以上何も聞けず、とぼとぼと家に帰るのだった。


 ***


 真相がわかるまでに、時間はかからなかった。


 一人帰宅した璃玖がソファに横たわって天井を見つめていた時。璃玖の携帯端末の通知画面にメッセージのマークが付く。

 彼はレミからの連絡ではないかと焦って端末に手を伸ばした。三回も指を滑らせ、落としかけて、ようやく手に取った端末に表示されていたのは、レミからのメッセージではなかった。

 部活の先輩が、珍しくグループチャットではなく個別で連絡をよこしてきたのだ。


「うそ……だろ……!?」


 璃玖は飛び起き、慌ててモニターの電源を入れる。ニュースチャンネルにカーソルを合わせれば、そこに映し出されたのは一台のバスだった。


 中央分離帯に突っ込んだ高速路線バス。黒焦げになった車体後方を見れば、かなりの火が出ていた事が容易に想像される。


 何が起きた。

 テロップには、『バスジャック』の文字。

 震える指で、璃玖は先ほどのメッセージをもう一度見た。




 【四季島(しきしま)拓人(たくと)が殺されたかもしれない】




 世界が、壊れる音がした。

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