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Scene2-5 お迎え

 午後四時半。閉園まではまだ三十分ほどの時間があるが、三人は良い頃合いと見てフォレストバレイを後にすることを決めた。

 彼らは最後に施設の事務所へ出向いてスタッフたちにひとしきり頭を下げ、お礼を言うとその後出場ゲートから外へと出たのだった。


 病院へは車で十分ほどの距離だった。決して大きな病院では無く、院内へ入ってすぐのところに外来受付と待合室があった。椅子に腰掛ける人たちの中に栗色の後頭部を確認した璃玖は、そっと近づきつつ声を掛けた。


「ソラ」


 ソラは上半身を(ひね)って振り返り、声の主を確認すると嬉しそうに目を細めた。


「おつかれさまです。フォレストバレイは十分楽しめましたか?」

「もちろん。ただ、久しぶりにはしゃいだから、ちょっと疲れちゃったよ」

「ふふっ、日ごろの運動不足がたたりましたか。ぼくの足が治ったら、また登山しましょうね」


 足が治ったら──そう言われ、璃玖はソラの足元に目を落とす。

 ソラの右足には白い添え木のようなものが装着され、固定されていた。また、隣の椅子に立てかけられるように置いてあるのは松葉杖。やはり軽傷ではなかった様子だ。


「ソラくん、診察はもう終わったの?」

「はい。ちょうど終わったところです。軽いねん()で、骨や関節は大したことはないみたいですけど、少し筋を痛めてるみたいで、それで足を着くことが出来ないのだろうって言われました」


 筋を痛めたと聞いて、スポーツ経験者である来舞は肉離れではないかと心配した。が、ソラ(いわ)くそこまで深刻なものではないようだ。しかし器具を外すのに少なくとも三週間はかかるらしい。


 骨折ではなかったことから一同は胸をなでおろしたが、一か月も自由に歩き回れないのはやはり辛い。ソラは無類のアウトドア好きなのに、シーズン真っ盛りの今、行動が制限されるなんて。


「みなさん心配しないでください。ちょうど夏休みの課題が溜まって来てたんで、勉強しなきゃなぁって思ってたんですよ」


 皆に心配かけまいと明るく振舞うソラ。

 しかし璃玖の目にはソラが無理をしているようにしか見えない。本当の気持ちを殺してまで笑う後輩のことを想えば、先輩がいつまでも不安げな表情をしていては駄目だろう。


「おしっ、じゃあ帰ったら俺が朝から晩までみっちり勉強を見てやるからな。覚悟しろよ、ソラ!」

「朝から、晩まで?」

「おうともさ!」

「もしかして、毎日?」

「ばっちこーい」


 璃玖は満面の笑みを浮かべて親指を立てて見せた。足を肩幅に開いて腰に手を当て、熱血指導教師の構えである。

 動揺しまくるソラに浮かない表情だった坂東(ばんどう)姉弟もだんだんと笑いが込み上げてくる。


「うえぇ……勉強の話なんてするんじゃなかったぁ」

「え、だって、頑張るんだよな?」

「ううう。自分の発言が憎い。頑張りますよぉセンパイ。だけど、お手柔らかに……なにとぞ、なにとぞぉ~」


 涙目になって璃玖に手心を()い願うソラだった。


 ──そうこうしているうちに時刻は夕方五時を回る。


 病院の会計を済ませ、ロビーで飲み物を飲みながら待っていると、事前に呼んでおいた迎えの車が現れた。

 アウトドアにも最適な大きなラゲッジスペースを備えた全輪駆動のステーションワゴン。それは今年二十歳を迎えたとある人物が両親から譲り受けた車であり、璃玖もよく知るものだった。


「やっほぉ璃玖くん。それから茉莉ちゃんに来舞くん。お姉さんが迎えに来たよぉ♪」

「ご機嫌ですね、レミ先輩」


 車から降りてきたのは栗色の長い髪をさっとかきあげ、長いまつ毛の美しいグレーの瞳を怪しげに光らせる麗人。前回璃玖と会った時よりも、メイクも装いも気合が入っているように見える。

 オフショルダーのカットソーに白いスキニーパンツを合わせ、アクセサリーやネイルをポイントとして取り入れる。ブランドには頼らない、彼女のセンスが爆発した本気コーデであった。


「ご機嫌じゃないよ。下道で来たら二時間もかかったんだから、もうヘトヘトでさぁ。ってゆーか茉莉ちゃん久々にあったらすごく綺麗になってるし! これでもうちょっと(あか)抜けたら男がわんさか寄ってくるぞぅ」

「寄ってこなくて良いです! って、わきゃあっ!?」


 レミは茉莉を認識するや否やいきなり飛びつき、ハグをした。そのまま髪を撫でくりまわし、胸元に頬擦(ほおず)りをかますなど、セクハラ三昧(スキンシップ)を繰り返す。茉莉はされるがままで身動きが取れずにいた。


 そして、誰も彼女を制止しない。


 女同士の愛情(?)表現に割って入れる男はなかなかの猛者(もさ)である。どちらかというと璃玖も来舞も羨ましげな視線で揉みくちゃにされる茉莉を眺めていた。

 結局、止めに入ったのは松葉杖をついたソラだった。


「レミ、茉莉先輩が困ってるからやめてあげなよ」

「えー、だって茉莉ちゃん柔らかくて気持ちいいよぉ?」


 レミの言葉にソラはムッとした顔をして叫ぶ。


「茉莉先輩の身体が気持ちいいのはぼくも知ってるけど、こんな場所でやることじゃないでしょ!」

「か ら だ が き も ち い い !?」

「そ、ソラくん!? 誤解を生む言い方はやめようね!?」


 茉莉は思い出す。水着に着替えた時に胸を押し付けるなどしてソラを誘惑したのは自分自身であると。今彼女がされているのはそのしっぺ返しなのかもしれない。


「なあ来舞」

「なんだい璃玖」

「女の子がわちゃわちゃしてるのって」


「「なんか良いよな」」

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