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Scene2-4 やらかした者の気持ち

「うぐ……あ゛あッ」


 ソラは璃玖(りく)茉莉(まつり)の手を掴み、よろめきながらもなんとか立ちあがろうとした。が、右足に(わず)かに力が入った瞬間、(ひざ)の力が抜けるような感覚がして地面に崩れ落ちる。痛みに耐えようと必死になるも、どうしても漏れてしまう苦悶(くもん)の声。ソラは右足首を押さえて再びうずくまってしまう。


「ソラくん、大丈夫!? どうしよう、足首を(ひね)っちゃったのかな」


 茉莉はソラの負傷した箇所を見ながら言った。今のところは()れている様子も無いし、力を入れなければ、例えば患部に触れる程度なら痛みを感じないらしい。だが痛みについてはアドレナリンで知覚しづらくなっているだけかもしれないし、腫れだってこれから酷くなるかもしれない。状況から、折れている可能性も否定できないのだ。


「ソラ、痛いのは本当に右足首だけか?」


 璃玖の問いにソラは首肯(しゅこう)した。


「じゃあ、片足で立つことはできそうか? 肩なら貸せるぞ」

「センパイ、すみません。やってみます」


 璃玖はソラのすぐ隣でしゃがんだ姿勢をとった。ソラは左足に体重を乗せ、璃玖の肩に手を回す。せーのの掛け声で二人はゆっくりと立ち上がった。いける。右足を地面に絶対につかないように気を付けていれば、立っていることは可能だ。


 しかしどうやって移動するか。右足を使わずにというのであれば、片足飛びの要領で行けそうではある。だが、ここはフィールドアスレチックのコース上。銀河山(ぎんがざん)の登山道ほどでは無いが、木の根の張り出した部分やぬかるみもある。万が一、左足も負傷してしまうようなことになれば目も当てられない。


「あのさ樫野(かしの)、私、施設の人を呼んでくるよ。こういう場所だから担架(たんか)くらいあるんじゃないかな」

「うーむ」


 来舞(らいぶ)を待ってゆっくり行動していたのが幸いし、現在地は入り口からはさほど離れていない。誰か一人がコースを逆走して戻れば、すぐにでも応援を呼べるだろう。


「それくらいの距離だったら、俺が背負ってった方が早いな」

「え、大丈夫ですか? ぼく五十キロくらいありますよ」


 璃玖は不敵な笑みを浮かべる。


「俺を甘く見るなよ。俺が一年の頃のアウトドア部はな、何十キロもあるザックを背負ってランニングするような部活だったんだぞ。お前を(かつ)いで歩くくらいなら平気だ」

「あー、あったわ。地獄の斤量(きんりょう)トレーニング。レミ先輩が部活分けようって言い出すまで、私も退部しようと思ってたくらいにキツかった」


 茉莉は思い出したくない記憶が蘇ったのか、引き()った顔で身震(みぶる)いした。


「俺は今でも筋トレは続けてる。だから安心して任せろ、ソラ」

「センパイ……」


 ソラは少しだけ考えてから、すぐに璃玖の目を見て言った。


「お願いします。頼りにしてますよ、センパイ」


────

──


 ソラを施設の事務所のままで連れて行くと、状況を察した職員がすぐに応急手当をしてくれた。業態柄、こういう事故は頻繁(ひんぱん)にあるのだろう。最寄りの病院への連絡から車の手配まで非常にスムーズに行われた。


 病院へ付き添いをしようとする璃玖と茉莉だったが、ソラはこれを固辞(こじ)した。折角(せっかく)遊びに来ているのだから、最後まで楽しんでほしいという想いからだった。


「それに、まずは来舞先輩を迎えに行ってあげないと」

「……あ、忘れてた」


 もしも来舞が立体迷路を抜けだしていたら真っ直ぐにアスレチックの方へ来るはず。しかし引き返す璃玖たちとは出会わなかったということは、来舞はいまだに迷宮に囚われ続けているということになる。あるいは入れ違いになったか。いずれにしても彼を放置して病院へは行けない。


「あの、私と樫野のどちらか片方だけでも付いて行った方が良くない?」

「大丈夫です。何かあれば連絡しますし、ぼくも子供じゃないんですから」

「そっか、わかったよ」


 茉莉は食い下がるようなことはせず、ソラの意見を聞き入れた。

 どちらかといえば璃玖の方がソラを心配し続けている様子で、ソラが施設の方のワゴン車に乗せられて移動を開始するのを見送るまでずっとそわそわしている状態だった。車が見えなくなるまで、その行く先を見つめ続けていた。


「……やっぱり、付いて行くべきだったんじゃないか」


 璃玖がポツリと漏らす。


「本当はそうすべきだよね。施設の人とはいえ赤の他人に全部任せちゃって、迷惑をかけちゃうわけだし」


 しかし茉莉はこうも続けた。


「だけどね、ソラくんの気持ちもわかるんだよ。デイキャンプの日、私の事故でイベントが中止になっちゃったでしょ。みんなは『ほとんど終わりがけだったんだし気にするな』って言ってくれたけどさ。……やっぱり、申し訳なく思っちゃうんだよね」


 実際、茉莉の時は川遊びが終わったら撤収準備、という元々の予定とあまり変わらない状況だった。少し時間が早まっただけのことだ。

 それでも彼女は自分が許せなかった。罪悪感で潰れそうだったのだ。


 そして、今のソラもデイキャンプの茉莉と同じ感情、自分を責める気持ちを抱いてしまっているのではないだろうか。だとすれば、ソラの意を汲むにはどうすべきか。


「来舞を迎えに行って、少しアスレチックを回ろうか。そのあとアーチェリーで勝負しようぜ」

「……樫野」

「ソラにたっくさんの土産話を持って行ってやらないとな。俺たちはちゃんと楽しめたぞ、ってさ」


 二人は互いの顔を見て頷き合った。

 さあ、まずは来舞を迎えに行くところからだ。日焼けするまで遊びまくって、笑顔でソラを迎えに行くのだ。

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