前へ次へ
27/126

Scene1-3 へたれ♡

 璃玖(りく)来舞(らいぶ)は書店を出た後にワオンモール内を軽く散策することにした。

 書店のすぐ(そば)にあったガチャガチャコーナーで“美脚の生えたカップケーキ”という謎アイテムを入手したり、()けもしないのにウクレレやカリンバに触らせてもらったりと、くだらないことをして遊んだ。

 璃玖的には来舞の勉強の息抜きになれば良いと考えていたのだが、璃玖自身の体調回復のためにも良いストレス発散となっていたようで、(なま)っていた身体がどんどん目覚めていくのを感じていた。


「璃玖ー! 次ゲーセン行こーぜー!」

「あまりハメを外しすぎんなよ?」


 二人はエスカレーターに乗って二階へ降り、フロアの端にあるゲームセンターを目指して移動を開始した。間も無く視界に入ってきたランジェリーショップを指差し、ニヤつき顔の来舞が言う。


「お前、女の子に付けてもらうならどんなのが好みー?」

「何を言い出すかと思えば、思春期中学生かよ。くだらない」


 璃玖は吐き捨てるように言った。が。


「だがしいて言うならレースのちょっとセクシーなやつかな。フリルとかリボンがあしらわれた可愛い系も良いんだけど、こう、“男を誘惑してやるぜ”っていう下着を恥ずかしがりながら着てるっていうギャップ? それが良いと思う。色は黒か紫がエロいな。でも焼けた肌には白系も似合うと思う。肌と下着は補色関係になっているのがお互いを引き立て合っている感じがして評価が高い」


 璃玖が早口で語るのを、来舞は若干(じゃっかん)、いや、かなりのドン引き気味で聞いた。


「ガチじゃん」

「ったりめぇよ。男はいつだってスケベなんだぜ」


 璃玖は親指を立てて、それはそれは良い笑顔を浮かべる。来舞はたまらず吹き出した。ギャップの良さを語る璃玖本人の普段とのギャップが面白かったのだ。


「うはははッ。だけどお前の好きな人って最初からセクシー系じゃん。ギャップ萌えとか期待できねーよ?」

「……そこなんだよなぁ」


 ちなみに璃玖は以前に一度だけ、想い人の下着姿──どころか生まれたままの姿を(おが)んでいる。それは彼女が誰彼構わず性的関係を迫った結果であり、そこには恥じらいも何もなく、璃玖にトラウマを植え付けただけであった。


「高校の時のレミ先輩はもう少しまともだったんだけどなぁ」

「へぇ。じゃ、今の私はまともじゃないってことかぁ」

「──!?」


 璃玖たちのすぐ後ろで女性の美しい声がした。声に驚き、飛び上がるようにして振り返った璃玖は、驚きのあまりに足がもつれ、吹き抜け部のアクリル板に身体をぶつけてしまう。痛そうに身体をさする彼は、目の前に現れた人物に視線が釘付けになった。

 偶然というものはそうそう容易に重なるものではない。璃玖たちがランジェリーショップの前を通りかかったタイミング、そしてその人物が店から出てきたタイミング、加えて()()()()()()()()()()()タイミング。それらが重なり合う奇跡的な瞬間、璃玖が感じた衝撃たるや。


「れ、れ、れ、レミ先輩!? ど、どうしてこんなところに」

「やっほぉ璃玖くん。何ヶ月かぶりぃ♡」


 レミと呼ばれた栗色の髪の麗人はにこりと微笑み、頬にへばりついていたセミロングの髪の一部をさっとかきあげると、華麗に手を振った。胸元を強調したデザインの黒いノースリーブ、タイトな白いスカートが大人な雰囲気の彼女にはよく似合っている。

 もっとも、急な登場に驚いている璃玖は、彼女の服装になど目が行っていないのだが。


「そっちの子は茉莉(まつり)ちゃんに似てるね。もしかして弟くん?」

「そうっす。ソラくんのお姉さんですよねー?」

「そうだよぉ♪ 弟くんとはアウトドア部のイベント以来かな。あれって何年前だっけ。大きくなったねぇ、よしよし」


 レミに頭を撫でられた来舞は、鼻息を荒くして璃玖の方へと振り向いた。


「璃玖! お姉さんめっちゃ良い人じゃん、惚れるかもしれん!」

「……単純だな、お前」


 璃玖は(あき)れ返る。しかしレミという存在が、知り()る限り一番魅力的な女性であることは璃玖本人が最も理解しているところだ。


「あのぅ」


 すると今度はレミの後ろから、彼女の相似形(そうじけい)みたいな美少女が顔を(のぞ)かせる。心なしか引き()った笑顔で、申し訳なさげに頭を下げた。


「センパイ、ぼくもいますよ。来舞先輩もこんにちは、お久しぶりですね」

「おおー、ソラくんじゃん! ひさぶー! 女の子になっちゃってからは話すの初めてだっけかー」

「そうですね、今年はバーベキューにもいらしてなかったので……」


 ソラはフリルのたくさん付いた可愛らしいデザインの白いワンピース姿だった。レミの後ろに隠れるようにしているのは、この衣装を璃玖に見られるのが恥ずかしいからだ。状況からしてレミによって着せ替え人形にさせられているのは、璃玖にも容易に想像ができる。

 また、ソラの手にはランジェリーショップのロゴが入った紙袋が握られていた。性別に合わせて下着を新調したと考えるのが自然だが、ここにもレミの魔の手が介入している可能性が高い。


「ねね、璃玖くん。ソラの下着、気になっちゃう?」


 レミは璃玖の耳元で(ささ)くように声を掛けつつ、自然な感じで璃玖の耳元の髪に触れ、肩に手を置いた。璃玖は彼女の手を掴むと軽い力で自分から引き()がす。そうして目を合わせないようにしながら、彼はぶっきらぼうに言った。


「……なんですか急に」


 レミはニコニコ顔のまま、顔だけを璃玖に近づけた。今度は触れてこない。だが先程と同様のウィスパーボイスで璃玖の鼓膜(こまく)をくすぐるのである。


「あの日の私と同じくらい、やらしい下着にしといたからお楽しみにね♡」


 璃玖は(せき)払いをすると、レミから数歩分の距離を取った。今のレミに触れてはいけない。接近してはいならない。璃玖にとって、彼女は毒だ。致死量二十一グラムの猛毒なのだ。


「もう、つれないなぁ」


 レミは相変わらず微笑みを(たた)えたまま、ソラ同様にグレーがかった瞳で璃玖の目を真っ直ぐに射抜いてくる。(けが)れを感じさせない、美しい宝玉(ほうぎょく)。この瞳に、璃玖は弱い。だけど今日は、少なくともソラの前では腑抜(ふぬ)けた様子を見せたくはなかった。


「そうなんです。今日の俺はつれないんですよ。それじゃあ先輩、また今度」


 一刻も早くレミから距離を置きたい。性に不真面目すぎる想い人。ある意味、存在そのものが璃玖にとってはウィークポイントとなり得る女性。

 加えてソラの姉であるという事実が璃玖の胸の中にしこりとなって(くすぶ)っている。そのしこりが何なのかは分からないけれど。

 璃玖はソラと話し込んでいた来舞に歩み寄ると、その肩を叩いた。


「行こう、来舞」

「えー、久々にソラくんと話してたのにー」


 璃玖は無理矢理にでも来舞を連れ出そうと服を引っ張る。

 ところがその瞬間、細く柔らかな指が彼の腕を上から掴み、引き留めた。ネイルの装飾が無い。故に、その指はレミのものではなく────。


「ま、待ってくださいセンパイ。せっかく会えたんだから、もう少しお話ししませんかッ」


 璃玖を引き留めようとする白き指の持ち主は、ソラだった。泣きそうな眼差しを地面に向けて、掴んだその手を弱々しく震わせ璃玖に訴えかける。姉の前だからか、はたまた男性としての尊厳を完全に破壊するその衣装からか、普段のソラより数段階くらい女々(めめ)しくなってしまっていた。

 ただし、そのか弱さは璃玖の拘束に絶大な効果を発揮した。何かを言い返す気力すら奪い、無理に腕を振り払うことをも躊躇(ためら)わせ、彼を完全なる木偶(でく)(ぼう)へと仕立て上げた。


「いやッ、アの、そ、ソラさん? お、俺は勉強しないト」


 本当は璃玖だってソラと話がしたい。だが、()にも(かく)にもレミという存在は今の璃玖にとって気まずすぎる相手だった。ソラとはいつだって会える。だから今回は逃げを選択したのだ。

 璃玖は来舞にアイコンタクトで援護を要求した。璃玖の恋愛事情をあらかた把握している彼ならば、きっと意を()んでくれると信じて。


「んなこと言うなって璃玖ー。勉強なんか後にしてさー、せっかくなんだからみんなで遊ぼうぜー! お姉さんとも仲良くなりたいしー!」

「(こ、この……裏切者ぉぉおお!)」


 璃玖はソラの方へ顔を向けた。ソラはほっとしたように肩の力を抜き、表情もやや柔らかになっていた。

 璃玖はレミの方へと目を向けた。彼女はずっと変わらぬ笑みを湛えて、璃玖に近づき、こう言った。


「へたれ♡」

前へ次へ目次