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Scene1-1 血溜まりの夢

 カーテンで遮光(しゃこう)された、薄暗い部屋。

 ここは、どこだろう。椅子がたくさん、箱の、いや、バスの中だ。

 高速バスの最後尾に俺は立っていた。


 どうしてこんなところに。俺は一歩踏み出した。


 ぐちゃり。

 嫌な感触がする。


 足元には粘り気のある赤黒い水。

 爪先から身体に(まと)わりついてくるそれは、寄り集まって、徐々に人の形を成してくる。

 二人分の、人間の身体に。



 オマエガ カワリニ シネバ ヨカッタノニ

 アナタガ シヌハズ ダッタノニ



 人の形をしたソイツが、俺の心臓を鷲掴みにした。

 瞬間、急激に視界がブラックアウトする。

 意識が闇に閉ざされる寸前、俺の目の前にいた真っ赤なソイツは、俺の顔を悲しそうな表情で見つめながら言った。




「レミを頼む」









 真っ暗な空間。

 音の無い、静かな虚無の世界。




 ────せんぱい


 そう聞こえた気がした。

 

 暗闇の中に(おぼろ)げに浮かび上がる、白くしなやかな肢体。

 栗色の髪に、灰色の瞳。細い首筋に、ささやかな乳房、長い手脚。

 はっきりと見えているはずなのに、どうしてだか俺は彼女が誰なのか認識できないでいる。



 ソラ……?

 俺は目の前の美しい彼女に、そっと呼びかけてみた。



 彼女はその宝石のように澄んだ双眸(そうぼう)を俺の方へ差し向けて、ニタリと笑って見せる。

 長い髪をゆらゆらと揺らし、俺の顎に手を添えて、顔を近づけて────。



 違う。彼女はソラじゃない。

 眼の前にいる女性はもっと妖艶(ようえん)で、より性欲をくすぐる存在だった。



「彼の代わりに、私を愛して、璃玖(りく)くん」



 ……レミ、先輩。



 俺は彼女に唇を奪われた。

 (とろ)けるような眼差しで、俺の身体と、彼女の身体は一つになる。



 ああ、ごめんよ、ソラ。



 どうしてか、そんな気持ちを抱きながら、俺の意識は虚空(こくう)の中に溶けていった。

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