Scene3-3 自立支援
「夏休みですね、センパイ!」
「ん、そうだな」
「デイキャンプ、楽しみですね!」
「ソラは浮かれてんなぁ」
夏休みを迎えてまもなく訪れた最初の日曜日。天気は快晴。
気分上々といった様子のソラに、璃玖も安堵の息を吐いた。
【性転換現象】に遭遇して以降、ソラは周りから腫れ物のように扱われたり、時には『気持ち悪い』と罵られたりと、割と散々な目に遭ってきた。夏休み期間中は学校から離れていられるので、ソラもきっとストレスを感じずに済むだろう。
となれば、必要以上にソラが誘惑してくることも無くなるわけで、璃玖の心の平安も約束されたも同然なのだ。
「センパイ、夏だからってぼくに魅了されないでくださいね♡」
「……」
今日もソラは平常運転。璃玖のドギマギも平常運転なのだ。
さて、現在アウトドア部の面々は顧問の教師と共に、県内の山間にあるキャンプ場に向かっている。川辺にあるその場所で、今日はデイキャンプを実施するのだ。
顧問の先生が運転するマイクロバスでキャンプ場に乗り付けた六鹿高校のアウトドア部員たちは、早速計画に従い、行動を開始した。
「八月の本格キャンプに参加する奴はテント設営の練習、それ以外はカレーの準備な」
璃玖も指示を飛ばす。
今回のデイキャンプはアウトドア部の恒例行事であると同時に、璃玖が企画している泊まりでのキャンプの予行演習でもあった。また、受験に注力する一部の三年生にとっては最後の部内イベントになるため、全員が張り切って臨んでいる。璃玖や茉莉、顧問の指示には全員が元気よく返事してキビキビと動いていた。
「ソーラくんっ、一緒にカレー組に入ろう!」
テント組に加わろうとしていたソラの腕を、茉莉が掴んで引き止める。彼女はソラにカレー組に加わるよう勧めるのだが、当の本人は困惑していた。
「でも茉莉先輩、ぼくは八月のキャンプにも参加しますし、テントの設営の手伝いもしないと」
そう言って、ソラはチラリと璃玖の方を見る。璃玖はソラの視線に気がつくと、その表情を見てなんとなく状況を察した。
「なんだよフェス美、ソラを連れてくつもりか? テント設営に割と必要な戦力なんだが」
ソラの家は家族みんながアウトドア好きということもあり、キャンプ経験者だ。だから素人の多い一年生メンバーに手ほどきをしてもらおうと、璃玖は考えていた。
「ソラくんは経験があるんだし、たまには違うことをさせても良いんじゃない? あとフェスって言うな」
「ううむ」
考え込む璃玖だったが、不安げに視線を送って来るソラを見て、決心が固まった。
「良し、わかった。テント設営の補助は俺がやるから、ソラはカレー組に参加してくれ」
ソラは軽く驚いた顔をする。
「えっ、それじゃあセンパイと……」
「こらこらソラくん。まるで私と同じグループじゃ嫌みたいじゃないか」
「そ、そういうわけじゃ」
璃玖の脳裏に、数日前に茉莉が言っていた台詞が浮かんでくる。本当にソラを想うなら、自立させてあげるべきだという彼女の主張。
きっとソラはテント設営に関わりたいのではなく、璃玖と行動を共にしたいだけなのだろう。茉莉の言う通り、ソラは璃玖に依存気味なのだ。故に班を分けるという茉莉の判断と璃玖の決断は間違っていないはずだ。
「(部の面子なら、みんなソラの味方だろうし、俺はいらないかな)」
璃玖は目の動きで茉莉に合図を送る。二人で頷き合うと、璃玖はソラに声を掛けた。
「お前がいればテント設営は何のトラブルも起きずに無事に終わると思う。だけどさ、よく考えたら失敗も経験の内というか、今のうちに思考錯誤させた方があいつらのためだろ? いざとなったら俺が何とかするから、ソラは茉莉を手伝ってやってくれ」
「まあ、センパイがそう言うなら……」
ソラは若干不安そうにしつつ、一応は納得した様子で茉莉に続いて折り畳みテーブルの方へと向かった。そこでは二年女子たちを中心とするメンバーが、既に食材をケースから取り出し始めていた。
「ふぅ、じゃ、俺も頑張るとするか!」
璃玖の目の前には、シートを広げたはいいものの、上手く骨組みと合わせることが出来ずに四苦八苦している男子たちの姿がある。肩を回し、両頬をぴしゃりとやって気合を入れ直した璃玖は、彼らを助けるべく、しかしゆっくりと歩いて救援に向かった。
────
──
璃玖と離れて数分。テーブルにて包丁を使い、食材をカットしながら茉莉は言った。
「ソラくんは本当に樫野と仲がいいよね」
「璃玖センパイ、以前から姉が目的で家に遊びに来てましたから。そこで気が合ったというか」
「レミ先輩狙いってことは、知ってたんだ?」
茉莉の手が止まり、彼女はソラの顔をじっと見つめる。ピーラーでニンジンの皮むきに集中しているソラは、そのことに気付かない。その隙に茉莉はソラの方へと一歩二歩と近づいた。
「ねえ、ソラくん」
再び声を掛けられて、ソラはようやく茉莉の方を見た。思ったよりも近くにいた彼女に驚いたのか、僅かに背を反らす。
「わ。びっくりした。何ですか茉莉先輩」
茉莉はボブの髪の毛をかき上げて、ほんのわずかに色味が増した頬を露出する。眼鏡の下の眼光を迸らせ、彼女はソラに迫った。
「ソラくんは、樫野のこと好きなの?」
「────えっ、な、何ですかいきなり」
慌てた拍子に思わずピーラーを落としかけるソラ。茉莉は表情を変えずに畳みかける。
「……昔、私が樫野に告白したことがあるって、知ってる?」