第7話 ハウジングについての話し合い
自宅を建てられる山の上で、ツカサ達は人心地つく。傭兵団として購入したので、自宅というよりは拠点の感覚だ。
メニューの《ハウジング領地》の項目で、まず確認したのはこの領地が安全かどうかである。《領地内プレイヤー設定》の初期設定は、領地内を誰でも出入り可能で、傭兵団のメンバーは他者にキルされない設定になっていた。
「これは初期設定のままでいいですよね。プレイヤーキルの心配がなくて安心しました」
「俺達は無敵状態で他のプレイヤーに攻撃出来る設定だけどね。この設定は黄金ネームプレイヤーも適用されるってさ。メニューの他の項目も俺達は文字が灰色になってるから、今は団長以外、何も出来ないね」
∞わんデンが自身のメニューを見ながら話す。
ツカサも∞わんデンとメニューを見比べた。
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◆ハウジング領地
・本邸建築
|_外装
|_内装
|_工房
・庭建築
|_造園
|_別邸
|_店
|_施設
・領地掲示板
・建築解体〈団長〉
・領地内プレイヤー設定〈団長〉
・領地内権限設定〈団長〉
・領地掲示板設定〈団長〉
・譲渡〈団長〉
・破棄〈団長〉
・『ミニチュア・プラネットダイアリー』〈団長〉
(公爵領/採集:有/天災・ホラー:無)
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『〈団長〉』と記載されているものは、団長のツカサのみが使えるもの。他は団長のツカサが《領地内権限設定》で許可すれば、傭兵団のメンバーも自由に使えるようになる。
「『ミニチュア・プラネットダイアリー』って何だろう……」
「タイトルで結構察せられるなぁ。使えるのは団長のみか。多分ソレ、自宅以外の土地をいじる機能だと思うよ」
「庭のハウジングがもう1つ付いている感じでしょうか?」
「庭にしては広過ぎだけどねー」
「建築は全部和泉さん達に解放します。傭兵団のお知らせの方にも『自由に建ててください』って書いておきます。『僕は『ミニチュア・プラネットダイアリー』という別のハウジング要素があるのでそちらに手をつけます』って」
「ほい。あとお金のことも書いておくのだよ。『設置費は自腹。邪魔なものとして団長が撤去しても返金はしません』と。団長は補償はしないってことを一応ね」
「はい」
「まぁ、俺はハウジングなんていじらないから、お金出さないメンバーですわ。昔やってたMMOでも自室を倉庫化していただけの人間だし。雨月君は?」
「俺も特には」
「そうだ、雨月君。お店どうですかね。博物館みたいに不要なPKの戦利品並べときなよ。売ってもいいし、売らない設定でも可」
∞わんデンの提案に、雨月は目を見張った。
「仕様上、今は黄金ネームに武器を取られたら取り返すすべって他のプレイヤーにないでしょ。しかも取られた相手は、雨月君が今も持っているかどうかがわからない状況で諦めきれないって場合もある。窓口作っとかない? そうすれば、関係ないツカサ君達に直接メール送ってきたりして交渉しようとする奴もいなくなるでしょ」
雨月は顎に手をやり、思案してから頷いた。
ツカサはそこで、フレンドのえんどう豆のことを考えた。
「僕達側からも他のプレイヤーをキル出来ないように設定して、安全な場所にしていいですか? 領地用のブロックリスト機能もあって個別に立ち入れないように設定は出来るみたいですし、もし領地内に苦手な人が入ってきていたら、僕に言ってくれればブロックリストに入れますから」
「部外者にとっても完全な安心安全地帯ね。いいと思う」
「それでいい」
2人が快く了承してくれて、ここにいない和泉にも個別チャットでここまで決まった方針を伝えた。
そういえばチョコの反応がない。チョコの方を見ると、チョコは地面に正座して「コッコッコ……」と鳴くウコッケイと対面で見つめ合っていた。深刻な表情だ。
(海に落ちたせいなのかな)
プレイヤーは溺れることはないはずなので、たぶんウコッケイが泳げなかったんだろうと思う。現実でもニワトリは泳げない。ツカサは気遣いながら声をかけた。
「チョコさん。その……残念だったんですね。でもその子、大人しくって可愛いです。これが本物のウコッケイなら暴れているだろうし」
「暴れる」という単語に眉をひそめた∞わんデンが「可愛いか……?」と雨月にこっそり同意を求める。雨月からは「真っ白でフサフサなので」と返答があり、∞わんデンは真顔になった。
「雨さんのコウテイペンギンが浮いていたのです。チョコの召喚獣が水に浮かないから、せめて神鳥獣は水に浮いて欲しかったのです……」
「あー、なるほど。チョコさんのこだわり、わかるわ。メイン職で出来ないことをやるのがサブ職って感じ。同じようなものならサブ取る必要ないもんね。チョコさん、意外と効率的に考えるんだ」
「実はチョコ、皆さんに普段は内緒にしていますが効率プレイヤーなのです」
「お、おう? ……そもそも神鳥獣もペンギンだけが浮く仕様ってオチだったりしないの? ツカサ君のオオルリは浮く?」
「あ、どうなんでしょうか。どこかに水場は――」
何もない土地を見渡して、目の前のメニューに目が留まる。
《造園》をタップして、設置出来るものリストに『滝』、『池』、『小川』、『水飲み場』、『噴水』、『井戸』などを見つけた。
「庭に水場を設置してみます」
「試しの設置はいいかもね。先に何かあった方が、後からくる和泉さんもチョコさん達も気軽にやり始めやすくなるでしょ」
「はいです。団長さんを押しのけて初設置するのはハードルが高いのです」
「深さがあるのは、池か噴水でしょうか?」
「プレビュー画像見ると、そうだね。小川は浅い。それぞれ5万Gと2万Gか、って滝150万!? 高! 設置物はカスタマイズ可。後からさらにオリジナルでカスタマイズをする際は、要求素材と対応した生産職業が必要……うーん、生産職のエンドコンテンツって感じだねぇ」
「チョコがお金を……」
「大丈夫。僕も気になっているので僕が払います」
断ったツカサに、チョコは深々と頭を下げた。
『池』を選ぶ。すると、3Dモデル映像の『池』が目の前に現われて、《どこに設置しますか?》とブラウザが表示された。この自宅用の土地の中なら好きな場所に置けるらしい。
さらにその『池』の形や石などの色も変えることが出来る。ツカサは長方形っぽい形にしてみて隅に設置した。日本庭園にありそうなネズミ色の石の池で、思った以上に大きい。
∞わんデンがそれを眺めて、
「細かいところは微妙に違うけど、何かマジであのどうぶつゲーのような……。プレビューで滝も見てみようかな」
そう言いながら『滝』をタップした次の瞬間、サアアアアアッと辺りに水の流れる音が響き渡った。
「え」
「え?」
「?!」
呆気に取られる3名を残し、雨月が真っ先に音の方へと向かう。滝は自宅用の土地の中ではなく、外側の山の亀裂から水が流れ出し、滝となって下の領地へと流れていた。下の領地に滝壺が出来て、泉が生まれている。
雨月の隣に∞わんデンが並ぶ。現状を確認して頭を抱えた。
「設置されて……。150万、のまれたのか……」
「わんデンさん」
「設置前の3D映像、なんで無かった!? ……今日の俺、シマリスから始まってホントぐだぐだで格好悪過ぎない……?」
「そういう日もあるんじゃないかと」
雨月に慰めの言葉をかけられた∞わんデンは、顔を両手で覆ってその場に崩れ落ちる。
一方ツカサとチョコは、滝が坂道を覆って勢いよく流れ、水がカーテンのようになっている光景に感激する。坂道を通ってみると、滝の裏側を通っているふうになっていてヒンヤリとした空気や微かな水しぶきがかかった。
「チョコさん……!」
「団長さん……!!」
互いに目を輝かせて∞わんデンに揃ってお礼を言った。∞わんデンは、こめかみを押さえながらヨロヨロと立ち上がり、「滝は……そう、設置場所が固定だった訳だ。動かせないから即購入の流れだね……うん」と考察を述べた。
「それじゃあ、いきます」
池で検証が始まった。ツカサが指に乗せたオオルリを池の水面へと近づける。すると、オオルリは羽を広げてはばたき、ツカサの頭上に乗った。
「!!」
チョコは衝撃を受けた表情で固まった。
雨月が池を覗き込みながら、「水に触れる前に逃げるんだな」と呟く。
そこで∞わんデンは、静かに弓術士からローブ姿の職業に変えた。傍には小さなスズメが飛ぶ。
赤色と黄色のカラフルなスズメに、ツカサは驚いた。
「わんデンさん、神鳥獣使いを始めたんですか!?」
「まぁ、アイギスバード所属ですから。と言っても、取ってるだけで使ってないよ。今後も使う予定なし。とりあえず適当に通常選択で選べる鳥をチョイスしたけど、通常だと好きな色を選べるし人気の鳥も揃ってるよね」
そう言いながら、スズメを手の上に乗せて水面へと放つ。スズメは水面に浮いた。そしてスイーッと優雅に進む。
チョコは2度目の衝撃に目を見開いた。
「あれ? まさかコレ浮くのが標準なのかね。ひょっとしてツカサ君の鳥の動作もレアなのでは」
「そうなんでしょうか」
個人的には水鳥のようにスイスイと泳ぐ姿も見てみたかったとツカサは思う。頭上に乗るオオルリを上目遣いで見上げた。どうやってもツカサからはその姿が見えないのが残念である。
それまで池の石の上にちょこんと膝をついて微動だにせず座っていたチョコが、すくっと立ち上がった。太眉を凜々しく上げ、決意をにじませた真面目な顔つきでウコッケイに振り返る。「コココッ」と鳴くウコッケイを優しく撫でて苦渋の決断を口にした。
「この真っ白綿毛とは……さよならなのですっ」
「チョコさん!?」
「――チョコは上書き転職をして再び《ランダム》に挑みます! 《ランダム》では、ほとんど茶色の鳥ばかり出るという呪われた都市伝説があります……。でも、自分だけのアカウント鳥ドリームは捨てられません」
「チョコさんや、それ都市伝説じゃなくて純然たる事実らしいよ」
チョコと∞わんデンの会話に、ツカサは内心で首を傾げる。
(野鳥には茶色の鳥が多いからかな。特にメスだと茶色が多いし、《ランダム》ってリアル重視なんだろうか)
「よかろう、チョコさん。今度は《ランダム》挑戦にお付き合いしましょうぞ」
「! はいです!」
チョコはチョコなりに、ウコッケイとしんみりとした最後のお別れをしてテレポートした。
∞わんデンは直ぐにはこの場を離れず、《施設》から『領主用・衛星信号機』を購入してからテレポートする。
教会のご神体に似た小さな石像を飾った祠が、土地の隅に出現した。この領主用・衛星信号機があれば、傭兵団の団員は直接ここにテレポート出来るようになるそうだ。
こんなに便利なものがあることに気付かなかったので、即座に設置してくれた∞わんデンに感謝する。
和泉に個別チャットでその旨も伝えた。これで和泉も戻って来やすいだろう。
「移動が便利になったな」
「でも、船旅をしなくてよくなったのはちょっと残念です」
陸に着いた時は船酔いの症状に襲われたが、船上も楽しかった。
(そうだ)
ツカサは、所持品から以前釣った『魔魚メダカ』15匹を取り出す。釣って所持品に収納していた魚だ。取り出すと筒のガラスの入れ物に入っていた。その中の魔魚メダカを池の中に放つ。
彼らはスイスイと水の中を気持ちよく泳いでいた。元気いっぱいに泳ぐ姿が見られて、ほっこりする。
「池の中だけだと窮屈じゃないか」
「そうですね。小川も設置しちゃおうかな……? 池と繋げられるんでしょうか」
雨月が《造園》から『小川』を選択する。こちらは池同様、設置前の3Dモデル映像が出て場所や形を吟味出来た。
「この長さだと、池と滝が繋げられるな」
「繋げてみますか?」
「試してみる」
池と滝が繋がるように小川を重ねると、小川の形が変化して、繋がるのが自然な姿に最適化された。土壁の小川は、石に囲まれた小川になる。まるで最初から繋がっていたようだ。サアアアッという滝の音が、ザアアアアッと大きくなり、水量も増した。
一瞬、魔魚メダカが滝の先に流れてしまわないか心配になったが、滝の直前に石の囲いがあって、生き物が流れ落ちないようになっていた。
小川はコウテイペンギンの雛の足下をぬらすぐらいの浅瀬で、コウテイペンギンの雛はパチャパチャと小川の中を歩いている。
ツカサは頭に手をやり、オオルリを乗せて小川へ近づけた。足がつく小川に下りたオオルリは、水浴びをして羽づくろいを始める。その様子に笑みがこぼれた。
「良い感じですね」
「ああ」
池と小川、滝のカスタマイズの項目に、レリーフをはめ込めるとあった。ツカサが船で釣り上げた『異星アザラシのレリーフ』が滝につけられるという。レリーフにも種類があって、『異星アザラシのレリーフ』は池と小川にはつけられなかった。
メニューから滝に使ってみる。しかし、何も起こらなかった。
「人が設置したものもカスタマイズ出来るんだな」
「設置場所も、物によっては動かせるみたいですね」
「傭兵団によってはケンカになるんじゃないか」
「なりますか?」
「多分」
ふと、左上に表示される大陸地図を見ると、アイギスバード公爵領の南にある辺境伯領が『和泉辺境伯領』に変わっていた。他にも、ネルグ北の侯爵領地が『牙侯爵領』になっている。
「牙さんと和泉さん、無事に買えたみたいですね! 良かったです」
「ツカサさん達は、PVP王者と知り合いなのか?」
雨月が不思議そうに尋ねる。
「はい。前に深海地下施設のイベントに誘ってくださって」
正確には、無限わんデンそっくりのサブキャラで助けを求められたのだが、牙のイメージを損なわないように伝えた。
「あそこにツカサさん達も行けたんだな。あの人、ひょっとして人を招待する予定だったからわざとあそこに留まっていたのか。直ぐに出ないから変だと思っていたんだ」
「え、えっと?」
感心したふうの雨月に、どう応えていいのか、ツカサもわからない。
雨月の中で牙の評価が非常に高いことを知った。
「確か和泉さんも『視聴者さん』と」
「そこは、あの、聞かなかったことに……」
そう間を置かず、和泉が頬を赤くしてテレポートで戻ってきた。
「た、ただいまー……。は、恥ずかしいね、土地の名前……。ゆ、譲るまでこのままなんだ。どうしよう、私、しばらくここから出ないよ……」
「おかえりなさい。そういえば、まだ優先権利を持っている人しか購入出来ないんですよね」
「うん。土地確保にばっかり目を向けてたけど、しばらく自分が持ってなきゃならないことに気付かなかった……。絶対、他のプレイヤーに傭兵団で買ってるくせに個別に買いやがって! って思われるよね……」
「気にすることはない。ポイントを稼いだ和泉さんにつっかかってくる方がおかしい」
「文句を言ってくる人がいたら教えてください。僕もブロックリストに入れます」
「あ、ありがとう……ごめんね」
2人と話してようやく気を抜いた和泉は、水場ばかりが増えている見晴らしの変貌に、ぎょっとした。
「何があってこんな……!?」
「池にメダカも放したんですよ」
「メダカ!? あ……私も子亀を入れようかな。【テイム】してなくても、ハウジング内で置いておけるんだね」
「【テイム】していない生き物は、所持品に入れられる生き物限定らしいです」
「そっか。なら、釣りを本腰入れてやろうかな」
それから和泉とツカサ、雨月の3人は、池のカスタマイズについて話し合い、水草を生やしたり、一部の底を砂場にしたり、小魚の隠れ場所を作ったり、池の上に橋をかけてその下に小さな水鳥小屋を作ったりと、池の環境作りに熱中した。
ツカサがログアウトをする頃になって、ようやくチョコと∞わんデンが疲れた顔で戻ってくる。なかなかチョコの【ランダム】が手強く、水面に浮く鳥が出なかったそうだ。
「上書き転職マラソン、聞いていた以上に面倒くさかったわ。2つのギルドと噴水広場を行ったり来たりよ。段々と両ギルドの受付NPCの好感度が目に見えて下がっていくし、もう2度とやりたくないレベル」
「でも遂に、チョコは最高のニワトリを得ましたです……!!」
「えっ、ニワトリ?」
「チョコちゃんのアカウントって、鶏さんばっかりだったの?」
「いやぁ、お付き合いしましたけども、どうもキジ科固定アカウントって感じだった。ウズラとキジのメス率の高さが凄いのなんのって」
「見てくださいです」
チョコが胸を張って出したのは、赤いトサカで小柄な白い身体と黒い尾羽の鶏だ。和泉が見知った姿に「ホントの鶏だ」と呟いた。
ツカサも頬をほころばせる。
「チャボ! 可愛いです」
「……ツカサ君、一目でよくわかるよね。お兄さんは白色レグホンとチャボの違いがわからなかったからビックリだよ。ってか鶏にそんな違いあったのかよって思ったぐらいです」
「この子は可愛いだけじゃないのです」
チョコがチャボを抱いて、そっと池に放つ。
突如、脈絡もなく水面に出現した謎の木の板の上にチャボは乗って水面をスイーッと移動する。「コケコッコー」と高らかに鳴いた。
「その板どこから!?」
和泉のツッコミが飛ぶ中、雨月が「わんデンさんはどうだったんですか?」と尋ねた。
∞わんデンは無言で神鳥獣を出す。白い頭部に、タカに似た凜々しい顔。鋭い爪。茶色と白色のコントラストが綺麗な猛禽類――ミサゴがいた。
「格好いい」
ツカサの感嘆の呟きに、∞わんデンはグッと親指を立てた。