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第3話 新大陸へ

 新大陸の船着場は急造されたもののようで、真新しい木の板で出来ている。

 ツカサと和泉と∞わんデンのふらつきは直ぐに治り、改めて新大陸の地へと5人は足を踏み入れた。

 その瞬間、強制的に前方へと視点を固定される。ツカサ以外の姿が消えた。

 前方から3人、こちらへと歩いてくる人影がある。1人は黒い長髪に青い瞳の麗人――見覚えのある人物だった。

 かの人物は、ツカサに向かって胸に手を当て、淡く微笑みながら頭を下げる。


「わが君。いらっしゃると思いました」

「カフカさん」

「僭越ながら、この地の統括役に選ばれました。深海闇しんかいあんロストダークネス教会は、国境を越えて三国の中立を担う団体ですのでこのような大役をいただいたのです」

「中立……」

「深遠なる海を想う同志に、種族の垣根などありません」


(それって敵対している種族には中立じゃないってことなのかな)


 カフカの背後に控える1人はローブを着た平人女性の司祭で、もう1人は黒色で顔が透けないチュール付きの帽子と黒いドレスの種人女性だ。ツカサは容姿が隠れた種人女性に既視感があった。


(あの人、たぶんソフィアさんだ!)


 ただ、ソフィアのアバターではあるが、ソフィア自身はそこにいないようだ。

 ツカサの視線に、カフカは柔らかく微笑んだ。


「ネクロアイギス王国のスピネル陛下からご紹介いただいた、『ネクロラトリーガーディアン』のギルド長に護衛をしていただいております。信心深い方々ですので助かっております」


(ギルド長! じゃあソフィアさん、暗殺組織のギルド長にもう復帰したんだ! でも確か、カフカさんって暗殺組織ギルドの関係者だよね……? そこは所属してないプレイヤーには明かされない話なのかな)


「それでは、わが君。ここがあなた様の理想郷となりますよう、尽力いたします。またえにしが上手く巡る時にお会いいたしましょう」

「あ、はい……!」


 恭しく頭を下げられ、焦りながらもお辞儀を返す。

 顔を上げると、そこにカフカ達はいなくなっていた。そして、それまで聞こえなくなっていた声が耳に入ってくる。


「やったぜ、カフカの称号ゲット」

「わ、私もっ! 遂にもらえた!」

「チョコもです!」


 消えていた和泉達の姿が再び現われた。

 早速∞わんデンがカフカの感想を話す。


「なんか上品に値踏みされたなぁ。結構迫力あるNPCだった」

「そ、そうですか……? 緊張したけど、私は頼られてる感じがして頑張ろうって気になって……」

「チョコもカワウソを褒められたのですっ」


 チョコは感極まったようで、カワウソを胸元でギュッと抱きしめ、その場でグルグルと回転した。


「カワウソに言及あったの!? あれ、まさかプレイヤーごと……いや、職業ごとに反応違ったのかな。神鳥獣使い組はどうだった?」


 ∞わんデンの問いに、ツカサはどう答えるべきか迷い、素直にカフカの言葉を口にする。


「初めて会った時から、ずっと『わが君』って呼ばれていていつも頭を下げられています……どうしてあんな感じなのかは、よくわからないです」

「うおっ、自国のヒーラーに対する扱いとアタッカーじゃ全然態度違う!? なんという露骨な差! 雨月君もか!?」


 話の水を向けられた雨月は、真っ直ぐに∞わんデンの顔を見つめ返して迷いなく答える。


「ペンギンとしか、視線を合わせてくれたことはありません」

「エッ」


 コウテイペンギンの雛は、雨月の正面にたたずんでいた。顔を上向かせて、丸い目で主人の顔を仰ぎ見ている。本当に雨月が見えているかは微妙な角度だ。きっと振り向いた方がいい。


「……。雨月君、黄金ネームだからかね?」

「称号も関係していると思います。節度ある行動と、友人はよく選ぶよう苦言があったので――」


 雨月はコウテイペンギンの雛へと視線を向け「――ペンギンに」と呟く。∞わんデンがむせた。


「……ゴホンッ! いやぁ、そっかプレイヤーにマナーを説教するNPCか。ロウルート限定の味方キャラ的な?」

「わんデンさん、その言い方は限られたゲーマーにしか通じないような……」


 和泉がおずおずとツッコミを入れる。

 それから互いにソフィアらしき人物を見たことを話し合ってから、再度正面の新大陸の地に目を向けた。ツカサは息を呑む。


「地平線だ……」


 言葉にならない。先が見えない小麦色の大地が目の前に広がっていた。

 広さに圧倒されるツカサとは対照的に、∞わんデンからは「殺風景」と無感動な言葉が出る。


「情報出てたから知ってたけど、やっぱり何もない場所だねぇ。いや、一応地形は凸凹でこぼこして個性はあるんだけど」

「せ、設定としては、海から浮上してきた島らしいから」

「でも最初はドームあったって話じゃん。だからほら、あの遠くの――大陸の真ん中の所は緑がある。何故にあそこだけ優遇?」

「あの中央……この大陸のNPCの建国予定地だとか」


 ∞わんデンと和泉の会話に耳を傾けながら、ツカサはチョコがちょうど下を向いて、色がうっすらと違う地面を見ているのに気付く。キッチリとした幅で線のように前方へと長く伸びているその色合いの地面は、遠目に見る限り、枝分かれしたり、蛇行していたりしているようで道のように見える。たぶん、本当にそのうち立派な道に変わるのだろう。

 視線で道を辿った先に、豆粒大のプレイヤーの姿がある。ツカサからは遠すぎて頭上のネームも見えない。


「あそこに誰か……?」

「青色ネーム」


 すかさず、雨月がネームの色を告げる。

 チョコが続けて「きっとふすまさんなのです」と教えてくれた。


「あ! 知ってます! ゲーム配信をしている人ですよね!? わぁ、本物だ……!」

「もしもしツカサ君。俺もゲーム実況者ですことよ」


 ガクリと大袈裟に肩を落とす∞わんデンに、ツカサは「す、すみません!」と慌てて謝った。


「レア度に敗北した感……」

「そ、そんなつもりじゃ……!」

「まっ、俺は身内枠だからしゃーない。じゃあ、話しかけに行っちゃうか!」

「良いんですか?」

「うむ、良いぞ。ってあそこにずっといる事情を、実は風の噂で伝え聞きおよんではいるんだけどね」

「かぜのうわさ?」


 ∞わんデンが「視聴者のコメント」と苦笑をこぼす。和泉も小声で「わ、私も……知ってる」と申し訳なさそうに付け加えた。チョコもきゅっと口元を引き締める。何故なのか、事情を知っているであろう皆は口をつぐむ。

 ツカサは内心で首を傾げつつも、人影へと向かう。胸中ではドキドキとしていた。やはり初めて話しかける時は緊張する。

 姿がはっきり見えてくると、ツカサの足取りは鈍くなった。そしてついには立ち止まる――いや、立ち止まらざるを得なかった。


 緑色のケープに白いワンピースの平人女性が、空中の青いブラウザを凝視しながら正座していたのだ。直接地面に座っている。


 そして、突然両腕を伸ばして地面に顔と身体を伏せるといった動作を始めて、ツカサはビクリと肩を揺らした。



 ふすまエモート:システムブラウザに雨乞いをした。



(どうしよう)


 別の意味で緊張してきた。話しかけて大丈夫なのだろうか。

 ツカサが迷っていると、相手がこちらに気付いて振り返る。目と目が合った。その途端、ガバッと勢いよく『ふすま』は立ち上がってツカサ達を指差した。


「アアーッ!? 巨匠ーッ!!」

「え?」

「ウワアァッ! 柴犬リスペクトさん!!」

「こんばんはです」

「フアアァッ!? 覇王様っ、ペンギンー!?」

「……」

「ヒエエエエッ!? 大手の無限わんデンさんだーッ?!」

「どもども」

「オ――」


 ふすまはスッと和泉を指差した手を下ろして真顔になる。それから丁寧にエモートで頭を下げて挨拶した。


「こんばんは、タンクさん。ゲーム配信者のふすまです」

「は、初めまして……い、和泉です」

「つまらない拷問ですが、お近づきの印にどうぞ。受け取ってくださいな」

「ごごご拷問!?」

「ギャザ飯です。二束三文だから遠慮無くどうぞ」

「あああ、ありがとうございますっ……!」


 和泉はトレードで料理を渡されたようである。突然スプーン付きのお皿に盛られたカレーライスが和泉の両手に出現した。カレーの美味しそうな匂いが辺りに漂う。『プラネット イントルーダー・オリジン』の料理は勿論プレイヤーは直接食べられない。匂いだけを楽しむものである。

 和泉はしょっぱい顔で「本当に拷問だ……カレー食べたくなる」と切なげに呟いて、所持品にしまった。


「タンクさん呼びでいいですか? うっかり一般プレイヤーの名前を配信にのせないように、普段から名前は口にしないようにしているんです」

「はっ、はい……あ、でも私……」


 和泉はごにょごにょと言いよどむ。∞わんデンが「別に良いでしょ。今は活動してないんだし」と和泉に助け船を出した。ふすまも空気を読んで、それ以上その辺りのことを聞くことはしない。

 それよりもふすまは、土下座やお辞儀のエモートを駆使して謝罪をしだした。


「ハウジング、絶対的にお待たせしてますよね。本当ごめんなさい!! でも待って! 半額セールが諦めきれないんです!」

「半額セール……? ですか」

「知りませんか!? 現在SNSで物議を醸している、いえ、物議しかない! 特定条件下でハウジングが半額で購入出来ちまうんだぜ問題を……!」

「半額にできちまう!?」

「ツカサ君、その言葉遣いはダメですぞ」


 びっくりして言葉を復唱したら、∞わんデンからやんわりと注意を受けた。

 ふすまは天に向かって片手を上げ、もう片方は胸元に手をやり、沈痛な表情を作っている。何が始まるのだろうか。

 芝居がかった態度とは裏腹に、ふすまは淡々とした口調で語り始めた。


「前代未聞の問題が発覚したのは、昨夜の生配信でした。そう、まさに事件はふすまの配信で起こっていたのです。当時のふすまは、この新大陸の事件発生現場にいたにも関わらず、全く気付かずに事件をスルーし、ハウジング領地の購入板を視聴者と眺めて、ああだこうだと雑談していたのです」


 ふすまの傍に浮かぶ青い長方形のシステムブラウザは、ハウジング領地の購入画面らしい。よく見るとそのブラウザから地面へと淡い青い線が伸びていて土地を囲っているようだ。その線内の土地を購入するための個別のシステムブラウザらしく、購入出来る土地には必ずこれが浮いているという。


「ふすまの配信に遅れてやって来た視聴者。追いかけ視聴で早送りしながらリアルタイムの場面に追いついたそのゴッド視聴者がしたコメント――『さっきの値段から金額倍に増えてるのなんで?』が事件発覚のトリガーでした!

 そこから見間違いか否かの口論、実際に確認するふすま。そして騒然となる視聴者一同! 問題の映像は残っていた! ちょうど別の話題で視聴者と盛り上がり、購入板から目を離している場面で、確かに半額に変わっていたんです――! そしてその数字が定価に戻る瞬間の映像もバッチリありました。そこから導き出された半額値段に変わる条件! 果たして、その特定条件とは……!!」


 熱い語りのはずなのに、ふすまの声音はどこまでも淡々としていた。これだけオーバーに話していても、落ち着いた人だなぁという印象になる独特の雰囲気がある。


「デデンッ! 〝曇り空〟だーっ!!」


「え」

「うん。ツカサ君の戸惑い、わかるよ。ハウジングで天候待ちって斬新過ぎるよね。運営は正気なのかな」

「え……? あの、わんデンさん。僕まだよくわかってないんですが、天気で値段が変わっていたって話で合ってますか?」

「そだよ」


 次いでツカサは、青いシステムブラウザを見つめて首を傾げた。


「……ソーラーパネルで動いているんでしょうか?」

「なら蓄電すればいい」

「待て待てツカサ君、雨月君。ソレどこに向かう会話なんだい!?」


 ∞わんデンの横槍に、揃って目を丸くするツカサと雨月の姿を目撃したふすまは「配信しとくんだった……っ」と心底残念そうにうなってから話を締めくくる。


「とにかく、知ってしまったらその半額値段以外で買うと負けた気分になる、ゲーム実況者のふすまです。なので曇り空になるのを期限内ギリギリまで待つ……! 皆さんにはご迷惑をおかけしてます。

 『正木ぃっ!』と叫びたいところですが、この発想は新参スタッフの鳴島って人でしょう。彼はほんのちょこっとしたサプライズ、親切心のつもりなんですよね、きっと。本来ならこの値段、でもこの天気だとこの値段になることが! 気付いた人ラッキーだね☆ 的な……。

 全然お得な気持ちになりませんけどね! むしろ天候絡めやがって! と。さすがヒーラー正木……遂にタゲ取り上手いタンクを雇ったようですね。――鳴島ぁぁ!!」


 雨乞いのエモートをしながら叫ぶ。空は青い。

 ふすまは直ぐに落ち着いた様子でブラウザを指差し、ツカサに勧めた。


「きょ……先生、良ければ全体の土地の値段見ますか? どれでも他の領地の地図と値段が見られます。

 船着場から1番近い領地はココ。そしてふすまが狙ってる船が近い隅っこなのもココ。移動はそのうちネクロアイギス王国から大橋がかかるみたいなんで、この辺りは段々と過疎りそうで配信には最適な場所です。順番制って良いですね。心穏やかに土地購入者相手に優しくなれます」


 親切なふすまに促されて、ツカサはシステムブラウザに触れる。

 最初に目の前に表示されたのはこの領地の値段で、



《『海から何かが漂着する領地――【公爵領】1億G』》



「……いちおく……」


 ツカサの手持ちが、一瞬でほぼ消える高額設定に震え上がった。

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