第18話 戦争イベント⑥ 勝敗の決着、小さな再会【※一部ホラー的描写有り】
ルートは「よっと」とかけ声をして、腕の間に乗せていた金属の棒を斜めにして足のかかとで空中に飛ばし、バトンのようにクルクルと空中で1回転させて手に持った。
ツカサは放心しながらも、パチ……パチと拍手する。
するとルートは目を丸くしてからこそばゆそうに笑いつつ、棒の先を突き出す構えをとった。
「ここで会ったが、ってやつっしょ」
ツカサもドギマギしながら身構える。頭の中ではグルグルと、最初はどう動くべきなのかをくり返し考えた。【郭公のさえずり】はまだ使えない状態だ。
(【水泡魔法】から【治癒魔法】……それとも【癒やしの歌声】!? ううん、攻撃より先に回復を自分にかけた方が――? 【死線を乗り越えし者】の称号があるからどんな攻撃も1度は耐えられるはずだし、えっと)
ルートがツカサに向かって棒を横に振りかぶった。
ツカサのHPは既に減っているため、称号【死線を乗り越えし者】の《大ダメージを受けた時に1度だけHPが0にならず1割で踏ん張る》という効果を信じて、真っ先に回復を選ぶ。
オオルリの「ピールリー」という鳴き声と共に【癒やしの歌声】がツカサに付与された。
ルートの一撃でツカサのHPは瀕死の域だが、称号のおかげで戦闘不能にはならなかった。そして次の瞬間には、【癒やしの歌声】の回復効果でHPが9割以上戻る。
一撃は耐えられた。だが、ツカサの【水泡魔法】のスキルが発動する前に、矢継ぎ早に繰り出される近接の打撃攻撃に、瞬く間にHPは0になった。
ツカサはあっけなく戦闘不能になって倒れる。
(手も足も出ない……。アタッカーの人って強い……)
神鳥獣使いが、1人での戦闘は難しい職業だと頭ではわかっていたが、あまりに何も出来ないまま終わってしまったことに、少し悔しく思う。
ひょうひょうとした顔のルートが、しゃがんでツカサの顔を見下ろした。
「瞬殺じゃん。神鳥獣使いって防御バフが上位スキルにしかないんだっけか。おつかれー」
「お、おつかれさまです……? ルートさんは……強いですね」
「だろ? でも棒術士って不人気なんだぜ。槍術士で良いじゃんってなるやつ。ユーザー増えてもマジで人口増えねーの」
「そうなんですか?」
「武器がなー、槍先みたいに光らねーしスゲー地味! センセ、気が向いたら彫金でど派手な細工のクォータースタッフ出品してくれよ」
「クォータースタッフ?」
「そそ」
ルートが、トントンと右手に持つ棒の先端で軽く地面を小突く。その棒の種類はそういう名前らしい。
目の前に広がる青空を旋回するオオルリ。頭の上にバツマークが浮かんでいるが、オオルリが普段通りに飛んでいる姿を目で追いながら、なごやかに負けた相手と話しているのは不思議な感覚だった。
(意外と、戦闘不能になってから強制退出まで長く感じる)
ふと、仰向けに倒れるツカサは、しゃがんだルートの靴とは別の革靴があるのに気付いた。
いつの間にか、誰かが傍に立っている。
見知らぬ革靴から視線を上に持ち上げていくと、赤黒いズボンと明るい赤い革手袋、そしてその手には洋館の庭周りにある黒い格子――フェンスを大盾ぐらいの大きさ程度に一部分を切り取ったかのようなものを杖のように持っているのが目に入る。フェンスの上部の剣先の意匠は鋭利で、赤黒く錆びているようだった。
更に視線を上げて顔を見た。
赤黒いジャケットとシャツ、赤い魚の顔を模した不気味な仮面をつけている。仮面は、雰囲気としては般若の面に似ていると思う。
全身のコーディネートが赤黒いので、金髪と仮面の隙間から覗く灰色の瞳が妙に浮いて見える。
布などの被り物をしているプレイヤーと何度か関わってきたツカサは、
(色々なオシャレ装備があるんだなぁ)
と、のんびりと感心していた。
一方、ツカサの視線を追って同じように隣に立つ人物を見上げたルートの表情が笑顔のまま固まる。
直ぐにハッと意識を引き戻し、動こうとして動かない状態異常のデバフがかかった身体に気付き「ちょ、麻痺!?」と仰天の声を上げた。その間に、ルートにフェンスの剣先が向けられて轟音と共に振り下ろされる。
ツカサの視界が寸前で真っ赤に塗りつぶされ、その後にグチャッ、と嫌な音がした。
「……え……」
「ギィアアアアア!! リュヒルトの殺人演出強制!? コエエッ!!」
ツカサには何も見えない。しかし、視界が真っ赤な状態で閉ざされているのは真っ暗闇な状態ぐらいに怖く、何が起こったのかわからずに戸惑った。続けて恐ろしい効果音も何度か聞こえてくる。
「グロい! オレのキャラがグロ注意!! R18の演出じゃねーのコレ!? 付き合ってらんねー!」
――急に静かになった。
ツカサの心臓はバクバクと早鐘を打つ。目の前の赤色が消え、ツカサの視界が復活した。
先ほどルートがしゃがみ込んでいた場所に、赤い魚の仮面の人物が代わりに跪いていて、ツカサは内心ビクッと怯えた。
彼はジッと無機質にツカサの顔を覗き込んでいる。本当に怖い。ルートの姿はない。ここで戦闘不能状態になったなら、まだいるはずなのだがいなくなっていた。
その時、アナウンスが流れる。
《グランドスルト開拓都市による、ネクロアイギス王国【幻影仮想コア】へのスキルでの直接攻撃がありました。
違反行為です。代償に、グランドスルト開拓都市の【幻影仮想コア】のHPゲージが5割に減少します。既にルゲーティアス公国によって6割破損していました。
グランドスルト開拓都市の【幻影仮想コア】が破壊されました!》
《ネクロアイギス王国の勝利です!!》
暗転し、ツカサの身体が光に包まれて、ふわりと自動的に起き上がる。
ツカサが立ち上がった場所は、ネクロアイギス王国の噴水広場、自国の衛星信号機がある場所だった。
戦争イベントに参加したプレイヤーが同じように次々と転送されてくる。そこかしこで「おぉ……勝ったのか」「勝った……?」「えっ? 本当にうちの勝利……?」と嬉しそうな、でも喜んで良いのか戸惑った声が上がっていた。
(戻って来た)
先ほどの怖い被り物のプレイヤーがいないか、ツカサは反射的に辺りを見渡した。
(ルートさんを攻撃していたからネクロアイギスのプレイヤー……だよね……?
でも、ルートさんは名前を知っていたみたいだったから、実はグランドスルトの人? ネクロアイギスのプレイヤーにあんな人、いなかったと思うし)
今、この噴水広場にも全身赤黒いプレイヤーはパッと見たところ、いないように思う。
そういえば、頭上の職業名もあったかどうかがあやふやだ。衝撃的な出来事のせいで、冷静に観察する余裕が無かった。
(そもそもあの人はプレイヤーだったんだろうか……。ネクロアイギスのキャラクターは、暗殺組織ギルドの人達以外はルビーとジークさんだけだったけど。ルートさんも演出がどうとか――……?)
首を傾げながら背筋が寒くなった。一体どこの誰だったのだろうか。
《期間限定イベント『ネクロアイギス王国VSルゲーティアス公国VSグランドスルト開拓都市――三国領土支配権代理戦争』を終了します。お疲れ様でした》
《リザルト!
――【幻想仮想コア】――
◇ネクロアイギス王国 損傷:0(※)
∟(※【テイム】による直接攻撃を無効化)
◇ルゲーティアス公国 破壊:七方出士
◇グランドスルト開拓都市 破壊:×
―― 自国NPC活躍 ――
◆暗殺組織ギルド長・???(攻撃型) 撃破:34
◆スピネル・ローゼンコフィン・ネクロアイギス(攻撃型)撃破:19
◆ジーク(特殊支援型) 撃破:105
―― 自国NPC死亡 ――
◆死亡数:8
◆暗殺組織ギルド長・???(攻撃型)(6/9)
∟死因:戦士、格闘士、二刀流剣士、槍術士、星魔法士
◆スピネル・ローゼンコフィン・ネクロアイギス(攻撃型)
∟死因:剣術士
◆ジーク(特殊支援型)
∟死因:ルゲーティアス公国ユニット「雨月」 》
(え!? 雨月さん、名前が出されちゃってる!)
ツカサがギョッとした部分は、周りのプレイヤーも「覇王、晒されてる」とざわついていた。そして「パライソに関わると匿名イベントでも問答無用で名前出されるんだな」「直接キルされた奴らも名指しされてたよな?」とおののいていた。
皆、リザルト画面を眺めてそれぞれ感想を口にしている。特に関心を集めていたのはジークの項目のようで、「開始で死んだはずのキャラが105人もキルしてる……」「いくらなんでも怖過ぎるでしょ……」「支援が攻撃型の撃破数を越えてんのって、普通にヤバくないか」と話していた。
「号外ー! 号外!」
以前にも号外の新聞を配っていた種人男性が、新聞をばらまきながら広場を走り抜けていく。新聞は空中で自ら向きを変え、ツカサの前に浮かんだ。浮かんでいる新聞に手を伸ばして受け取ると、眼前にブラウザが出る。
《ネクロアイギス王国が、北東の新大陸の支配権を得ました!
ネクロアイギス王国の主張は以下の通りでした。
――「三国に属さない無辜の民に支配権を」
ハウジング領地が解放されます!
同時にハウジング領地を統括する国家「トゥルーホーリー帝国」が新大陸に誕生します。
ハウジング領地を小国と定義し、小国の統括役として、ネクロアイギス王国NPC「カフカ」が『皇帝』という役職に就任します。
ネクロアイギス王国勝利の状態でカフカが皇帝となったため、始めから全機能の解放がなされたハウジング領地の販売となります。
ハウジング領地の販売は、貢献度ポイント順となりますので該当プレイヤーの方々は運営からのお知らせをお待ち下さい》
「カフカが皇帝!?」「ひょおお!」「カフカ様、おめでとー!」と勝利の喜びが広がり、打ち上げ花火が上がったり、喜びで跳ねるエモートがそこかしこでされる。
《この結果により、中央の土地にて三国共同で運営する国家「ネルグ」が8月の実装に決定しました。新職業の実装も8月となります。
ただしこの実装時期は、自治区の調印を渋るルゲーティアス公国とグランドスルト開拓都市への干渉によって変化します。
同上の二国に所属するプレイヤーは、「ネルグ」実装時期を権力者との「交渉テーブルゲーム」によって早めることが出来ます。ぜひ挑戦してみて下さい。
ネクロアイギス王国のハウジングの土地数が拡張されました! こちらの土地は今から販売開始です!》
「土地販売が今から!?」
悲鳴が上がった。即座に無言で走り出した人や「いやあああ!」「お金倉庫だよ!!」と泣きそうな声でたくさんの人が駆け出す。
混雑していた人混みが減っていき、和泉の姿を見つけた。目が合って、和泉とツカサは顔をほころばせる。
「和泉さん」
「ツカサ君!」
笑顔の和泉がツカサの元へ駆け寄る。その後ろにチョコと雨月もいた。
雨月の動きで人混みが空くので、チョコはスイスイと快適に歩いている。種人の低い身長では、種人以外のプレイヤーを避けて歩くのはそれなりに大変なのだ。
和泉は、はにかみながら安堵のため息をついた。
「はあ、良かった! ツカサ君、無事だったんだね」
「それが、直ぐにグランドスルトのプレイヤーに見つかってしまって倒されました。和泉さん達は……?」
「私も……うっ、雨月君に助けてもらったけど、結局落ちちゃって」
和泉は照れ笑いながら、申し訳なさそうにふわふわの黄緑の髪を撫でる。
雨月が「俺も落ちたんだ」と首を横に振った。
「索敵に、地図を頼り過ぎていたのが悪かったと思う。ルゲーティアスとネクロアイギスのプレイヤーしか点が出ない前提を忘れて、グランドスルトの動きに気付くのが遅れていた」
「び、びっくりしたよね。果樹林から突然二刀流剣士の攻撃が飛んできて……」
「チョコ、気付いたら地面に寝そべっていたのです」
チョコ達は反省点を話し合う。3人の距離が縮まった雰囲気があって、ツカサはイベントに参加して良かったなぁと思った。
オオルリとコウテイペンギンの雛を修理の鳥籠に、カワウソは修理のケージにそれぞれ入れていると、∞わんデンがツカサ達の傍にやって来た。
∞わんデンは顔の前に手をやって、頭を軽く下げる。
「悪いね。動画上げたいから、俺もう落ちるよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみー」
ヒラヒラと手を振って∞わんデンはログアウトした。
中央広場では、残ったプレイヤーがツカサ達と同じように戦争イベントでの出来事を語り合っていた。特に黒い着物とミニスカート衣装の種人女性の『弥生』というプレイヤーが、ルゲーティアス公国の【幻想仮想コア】を見つけて破壊になるまで触り続けた功労者の七方出士だそうで、皆から感謝の言葉と拍手喝采を受けていた。
ツカサと和泉、チョコも遠くから彼女にパチパチと拍手を送る。
弥生は頬を赤く染めて満面の笑みで皆に応えた。
「守護騎士なんてヘボタンクのいる国だったので、絶対アタッカーで煽り倒してやりたくて頑張りました! 意中のタンクにヘイト煽りも出来たし満足です!」
――と、かなり毒舌なコメントをキラキラと目を輝かせて語り、祝福していたプレイヤー達をドン引かせた。ルゲーティアス公国のタンクと過去に何かあったのだろうか。言葉の端々に怨み節がある。
「おっと、先……ツカサさん! とコウテイペンギンの! お世話になりました、どーもども」
バード協会9と、森人男性の『くぅちゃん』という紫色ネームの2人がこちらに来た。
ツカサも頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「チョコも鳥さんに助けられたのです。ありがとうです」
「へへっ、それほどで――鳥さん……!? ちょっ、なんかイイ!?」
バード協会9はバッと顔を上げてくぅちゃんを見る。
「いや、バードとしか呼ばない」
「エーッ!? くーさんのいけずぅ」
「ガワが女でも許されない媚びポーズはやめろ!」
気安く会話する2人は仲が良さそうだ。
すると、街中の方からこちらに種人男性が手をブンブン振りながら駆けてきた。
「おーい、くーちゃん! バドちゃんー! ネクロアイギス勝ってんじゃーん!」
「カモ、やっぱ参加しなかったのか」
「カルガモ君のグランドスルトに勝ったのだぜい! ふははははっ」
バード協会9は、ふんぞり返る。隣でくぅちゃんが、「バードは覇王を見習って、さっさと修理しろ」と×マークが浮かぶツバメを見て言った。
青色ネームの『カルガモ』というプレイヤーは、こちらに来る際に一瞬足を止めかけてから、慌てて走ってくる。
「うげっちゃんー!」
雨月がカルガモに目を見張った。
カルガモは雨月の前に止まると照れくさそうに手を上げた。
「ごぶさた……。で、出戻りました」
「……」
「しょうこりもなく、プラネ再開してさ」
「……また、会えるとは思わなかった」
「俺も。はは……またよろしく!」
じっと見つめる雨月に、カルガモは気まずげに頬をポリポリとかいて苦笑いをこぼす。
すると雨月から《フレンド申請》があってカルガモは目を丸くした。
「あ、あれ? 俺、うげっちゃんとまだフレンドじゃなかったんだっけ……?」
「――ああ」
「カルガモ君、本当ソレ! そういうところ、マジでルーズなの良くない!」
バード協会9が横からカルガモに注意する。「えー!?」とカルガモが眉を八の字にして不満を口にした。
「いやだって、フレンド申請投げるタイミングってわかんなくない!? どのぐらい仲良くなった時に投げて良いのか、未だによくわかんないよ! だからたぶん、もう少しして……って思ってて、そのまんまになってたんだってば」
「カモ、投げたい時に投げろ」
「ホントホント。くーさんとはフレなのに、俺とはカルガモ君フレじゃないとか、復帰して1番ショック受けた事実だったんだぞ」
「バードも受け身にならずに自分から投げとけばいいのに」
「……いや、なんか恥ずいじゃん。断られたらって思うと、なぁ?」
くぅちゃんのツッコミに、バード協会9も気まずげに顔をそらしてカルガモに同意を促すが、カルガモはしっかりと否定した。
「俺は、初期に話したことない衛兵っぽい奴にフレンド申請を投げられたのが怖かった経験あるんで、相手に迷惑じゃないか気になるからフレンド申請が苦手なだけだし」
「なんだとぉっ!? 裏切り者めー!」
「うげっちゃん、とにかくフレありがと!」
カルガモは雨月とフレンドになった。
両手を空に向けて挙げ、面倒くさい騒ぎ方をし始めたバード協会9を「どうどう」となだめながら、カルガモとくぅちゃん達は手を振って去って行く。
ツカサも手を振って見送った。雨月を見上げると、彼らの背中を静かに見つめ続けていた。
放心したような、どこか肩の力が抜けたような――そんな柔らかい雰囲気があった。
唐突に、チョコが雨月の前に仁王立ちする。表情はキリッとしていたが、緊張していて身体は小刻みに震えていた。
「覇王さん。チョコも、よろしくなのです」
「あっ、ちょっ、チョコちゃん……!」
和泉も慌ててブラウザを表示して操作していた。
ツカサは、チョコと和泉が《フレンド申請》を送ったのだと気付き、雨月を再び見上げる。
雨月は口元に手をやり、表情を崩さないようにしていたが、微かに照れていた。
「フレンドは、覇王呼びをしないなら」
「!?」
「わっ! 雨月君、ありっありがとう!」
雨月にフレンド申請を保留にされてワナワナと震えるチョコと、フレンドになれて喜ぶ和泉とに明暗が分かれた。
その後、チョコは「雨さん」呼びで雨月のフレンドになった。呼び方をどうしても一工夫したかったようである。