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第14話 戦争イベント② 『二重スパイ』のパライソギミック

「二重スパイって、とどのつまり始めから覇王はルゲーティアス側だった……?!」

「いやいやいや!? パライソ激おこだったじゃん! あのアナウンス含めてフェイクなの!? 嘘でしょ!?」


 とっさに何人かのプレイヤーがこの場から逃げ出した。


『ネクロ側にいるから覇王は味方だと、勝手に思い込んだネクロ民……。おかげで二重スパイをやすやすと達成した覇王』

「やってくれたな正木ぃ!!」

『ひょっとして、プレイヤーが選んだ起点がどこ側かによって二重スパイの意味が個々に変わってくる系? プラネのルート分岐、MMOの癖に細かいよなぁ』

「巻き込まれるこっちはややこしいわい!」


 『二刀流剣士』という頭上の表示が『雨月』に変わり、HPバーらしきものまで出現する。

 残るプレイヤー全員が仰天した。


「何のバーだ!? 覇王を倒せとでも!? 無理無理無理!!」

「荒ぶるエレキ音! ダンジョンボス曲まで流れてる!?」

「ゲージ長っ!!」

『レイドボス演出なの草草』

「くそ! 無駄に演出凝りやがってッ!!」

『あ。BGM流してるの私です』

「なんだキサマァッ!!」

「まぎらわしいよ!!」

『覇王には不気味なホラー曲が合ってるのでは?』

「ボイチャで曲を流すなんて妨害こ――耳があああああ!!」

「やめろぉぉぉぉ!!!!」

『人類に早過ぎる採集BGMを流してんじゃねぇぇ! こっちにまで聞こえてくるの許さんぞ!!』

『現場は緊迫してるんだからやめないか!』

「移籍がいるグランドスルトでも裏切り起こってるのでは!? 偵察兵ー!」

『いや、向こうじゃ起こってないです……』

「覇王だけなんで!?」

『ネクロ民の好感度が足りなかったのだ……』

「あの人、プレイヤーなんですけど!?」


 各々がパニック気味に大騒ぎする中、防御指揮官ユニットの暗殺組織ギルド長・ジョンが動く。素早く中央の人混みから離れ、隅にいるツカサの真横へと駆け寄り、屈んでその首元近くに小刀を押し当てた。


「え?」

『エ?』

『え?』

「えっ」


 たくさんのすっとんきょうな声がツカサの耳に入ってくる。ツカサは目を点にして眼前の小刀を見つめた。鈍く銀色に光る刃に、脳裏で何故かザクリと台所の包丁で切られる大根が浮かぶ。


(リアルなせいで普通に刃物が怖い……!)


 背筋がヒヤッとした。頭が真っ白になって固まる。

 ジョンは、鋭い眼差しでこちらを射貫く雨月に向かって声を張り上げた。


「覇――」


 ザシュッと音がする。雨月のクロスボウで頭を打ち抜かれたジョンが、ツカサの足下に倒れてツカサは絶句した。

 あまりのことに動けない和泉とチョコも蒼白になって、転がるジョンを凝視する。

 ジョンの上に数字が出た瞬間に、ツカサはハッと意識を引き戻し、慌てて【復活魔法】をジョンにかけた。ジョンがフワっと浮き上がり、復活する。



《【復活魔法】がLV3に上がりました》



(イベント中でもスキルは上がるんだ!?)


 ツカサは少々混乱していた。

 復活したジョンは「ありがとうございます」と言い、今度はツカサの背後に回って屈み、ツカサの襟首に小刀を当ててゴホンッと咳払いして再び声を張り上げた。


「雨月! 動くと彼の命がありませんよ!」

『オイィ! 人質に復活させてもらった一連の自分の姿に疑問はないんかい!?』


 冷静な観戦組から『クリティカルのヘッドショット決められてんじゃねぇよ!』『公式PKKの癖に雑魚過ぎませんか』『それぐらい避けろよ』『やっぱ聖人の弟子は、所詮弟子止まりなんだなって』『PS低いんだよなァ……』『人質を盾にするとかクソ野郎じゃない?』『幻滅しました。ジーク君のファンやめます』と言いたい放題のブーイングの嵐が起こる。

 その場にいる他のプレイヤー達も衝撃から目を覚まし、雨月と距離を測って後ずさりしつつもジョンへと抗議の声を上げる。


「ゴラァッ! 先生に何してくれてんだー!!」

「先生ぇぇぇ!」

「それが半運営のやることかよぉ!?」

「ブラディス事件のPK集団の手法に似て……うっ、頭が!」

「先生がログインしなくなったらどう責任取ってくれるんだ!? 彫金緩和するんだろうな!?」

「ええいっ! 黙れ黙れ! こっちはロールプレイ込みで結構頑張って防衛してんだよ!! あと緩和は運営に言え!」

「先生を盾に取るのがロールプレイとは片腹痛いわいっ」


(せ……『先生』!?)


 ツカサはあだ名をつけられて呼ばれている状況にショックを受ける。

 その時、神妙な面持ちで古書店主が皆の中から一歩前に出て来て、おもむろに口を開いた。


「覇王のクロスボウは、冥鏡めいきょうクロスボウ。即死耐性貫通の人型を一撃必殺性能。ただし2発撃つと壊れる。修理費には通常武器の10倍の金額を修理NPCに要求される。冥宮ダンジョンのレアドロップ品である」

「店主、今その情報必要だった!?」

『アレがPK人権の冥鏡先輩……!』

『とてつよ覇王』

『なるほどな。ヘッドショットクリじゃなくてもヤれるってわけか!』

「なるほどじゃないよ!」

「あと一発撃てるってことだね」

「それは有益な情報だぜ、店主!」

「覇王ーっ、ジョンを始末だー!」

「あなた方はどっちの味方です!?」


 ジョンがキレ気味で怒鳴ると、


「先生」

「先生だよ」

「チョコちゃんとこの団長さん」

「わんデンさん」

「わんデン」

「わんデン弟」

「自分はツカサ君って呼びたい」

「ってか復活使えるヒーラー減らす行為やめて欲しい」

「先生じゃな」

「実は覇王」


 と心のおもむくままに断言した。

 いつの間にか雨月を取り囲む位置にいる他の暗殺組織ギルドの面々が、ジョンに溜息交じりで「代理。このムーブ、完全にこっちが悪役ですって」と首を横に振る。ジョンは「だからアドリブに弱い私にっ! ギルド長なんて無理だって言ったんですよ……!」と小声で愚痴ってから、やけくそ気味に大声を出した。


「雨月! 友人の命よりも国を選ぶのですか! ルゲーティアス公国があなたに何をしてくれたと言うのです!?」


 じっとツカサとジョンを見つめた雨月は、口元に手をあてて少し視線を下げ、ぽつりとつぶやく。


「挨拶、を」


 ジョンは「は……?」と間の抜けた声を出す。他のプレイヤー達も口を開けてぽかんとした。その顔には「??」と疑問符が飛び交っている。

 ツカサは雨月の微かな表情の変化に気がついた。


(雨月さん、照れてる……)


「――PKプレイヤーとは孤独なもの。姿を晒せば逃げ出され、だがパライソ公だけがログイン時にあたたかいお言葉をかけて下さる。情が湧くのも人情よ」


 そう低い声音で喋りながら、プレイヤー達の間から雨月の方向に剣を向けて作務衣姿の山人男性が現れた。全員の顔に「誰?」という疑念が浮かぶ。

 待機時間に、その背丈の高さで【幻影仮想コア】をカジュコウモリへと設置してくれていた『騎士』のプレイヤーだ。彼は口角を上げてニヤッと笑う。


「しかし、パライソ公への義理は果たした。友と秤にかけることはなかろうよ?」


 その言葉に、チョコが弾かれたように声を上げた。


「覇王さんっ! こんばんはです……!」

「ちょっ、ちょちょチョコちゃん!?」


 突然挨拶を言ったかと思うと、チョコは太眉を上げて頬を真っ赤にしながら、仏頂面で口を引き結ぶ。両腕に抱えたカワウソの手を突き出して、雨月に向かってどうしてかファイティングポーズだ。

 隣の和泉がとてもうろたえていた。

 ツカサはそんなチョコと和泉を見た後、視界の端で手を振って「こっちに話を持ってこないで」と苦笑いする∞わんデンから雨月へと顔を戻すと、同じようにチョコを見てからこちらに振り返った雨月と目が合った。

 ツカサは気恥ずかしいと思いつつも、はにかみながら言う。


「雨月さん、一緒にイベントを遊んで下さい」


 雨月がジョンに向けていたクロスボウを下げた。現場のプレイヤーは、ふうっと安堵の溜息をこぼし、見守っていた観戦者はざわつく。


『パライソって癒やしキャラだっけ……?』

『あかん。イイハナシダナー展開になってる流れ、見せつけられた感しゅごい。つらい』

『ソロ専の俺には憤死ものの寸劇』

『俺達は一体……何を見せられているんだ……?』

『リアフレ充の覇王は爆発しろッー!』

『ガチで覇王の好感度が必要だったの草』


 雨月は目の前にブラウザを出し、指でスライドしてタップした。すると、雨月の頭上のゲージがみるみる減っていき、ゲージが消える。

 周りはギョッとした。


「手動!?」

『喜べよ、ホントに爆発したぞ』

『えぇ……』

「ちょっ、覇王に何やらせてんの!?」

「覇王の姿見て! 自分でバー操作するって恥ずかしいでしょコレ!!」

『自分がやらされたらって立場想像するとゾッとした』

「正木はどこで手を抜いてんだよ!?」



《敵国イベントユニット「雨月」が、元・敵国イベントユニット「ワラ人形」に説得されて寝返りました!

 ネクロアイギス王国所属プレイヤーとして生まれ変わった敵国イベントユニットは、現在のメイン職業が使用不可となり、職業が変わります》



「ギャーッ!!」

「お前っワラ人形ぉぉぉぉ!!」


 叫び声を上げて、プレイヤー達は山人男性の『ワラ人形』から距離を取る。

 雨月の頭上の名前が『神鳥獣使い』になり、ローブ姿へと変わった。コウテイペンギンの雛が現われる。

 ワラ人形は剣を鞘におさめると、雨月に「自分に投票してくれたのか」と話しかけた。

 雨月がジョンを一瞥して頷く。


「『暗殺組織ギルド長』と『ワラ人形』、『PKを続ける』の3択だったので」


 ワラ人形は肩を揺らして笑ったが、ふっと笑みを引っ込めると身を翻し、南へと歩き出す。

 桜が急いで呼び止めた。


「待って、団長!」

「待たん。ついてくるならついて来るとよい」


 すると、桜以外のプレイヤーもゾロゾロと歩き出して後をついてくるので、ワラ人形は口をへの字にして一旦足を止め、振り返って皆の顔を見渡した。


「やはり何度見ても新大陸のPVPで見た顔が1人もおらんぞ……。ブラディスの顔ぶれもいない。よもや対人戦をしたことがない者ばかりか」

「いないよー! だから団長が味方になってくれて、やったね!」

「――ネクロアイギス民は、本当にライトとギャザクラ勢の巣窟だなぁ。やる前からわかっていたとはいえ、なぁ……」


 ワラ人形が渋い顔でハアッと嘆息する隣で、桜は明るく笑った。


「でも『二重スパイ』のアナウンス、団長のは出なかったから心配してたんだよ! 良かったー」

「事前にカフカ総統の前でルゲーティアスから寝返り……まぁ、達成をしているんだ。こうやって目立つイベント参加が面倒だったのでな。あまりネクロアイギスの利にならない無難ルートを選んで潜伏していたわけだ。

 しかし、結局かつぎ出されてしまったのだよなぁ。暗殺組織ギルド長代理とやらの立ち回りがヘボ過ぎて、なぁ?」


 大声で離れた中央へ向かってぼやき、やれやれと、腰に手を当てて大仰に首を横に振るワラ人形に、拠点中央にいるジョンが本気で舌打ちをしてキレていた。

 キレながらもツカサには丁寧に謝ってくれたので、ツカサの方がなんだか申し訳なかった。和泉とチョコ、∞わんデンと雨月も心配して駆け寄ってくれる。

 そしてツカサ達も、遅れてワラ人形達の後へ続いた。レーテレテの姿がないことにホッとしてしまって、そんな自分にツカサは少し落ち込んだ。


 増えた人数にいっそう渋い顔をしつつも、ワラ人形は再び歩き出す。ワラ人形が私情でPKをしないプレイスタイルのPKプレイヤーだと知り、彼をよく知らなかったプレイヤー達も警戒を解いて共に行く。


「わらかごの被りものをしてない姿を見るのは、不思議な感じするなぁ」

「PK商売屋ってこんな素朴な顔してたんだ」

「俺、有名どころのPKって今回生で初めて見る」

『会話聞く限り、案外普通に話しやすい感じするな』

『今はPK屋じゃないからじゃない?』

『オフ人形』

「ってかワラ人形から逃げ出すプレイヤーは、大体恨み買うような後ろ暗いプレイの心当たりがある奴なんだよ」

「ワラ人形さんはブラディス事件初期に引退した人だったから、ベータ勢でも入ってきた時期によっては全く知らないのがいるという超初期の古参有名人」

「引退じゃなくて休止ね。傭兵団の家の方にはたまにログインしてるらしい話は桜さんが前にしてたんで」


 突然、ワラ人形がパンッと手を叩いて、後ろに振り返った。


「ルゲーティアスがネクロアイギス拠点前にまで来ている。接触を避けながら移動する。下手にバラついて動くなよ? ――ということで不躾ながらよろしいでしょうか、陛下」

「うん。いや、ああ。兄上、姉上達の良いように動いて欲しい」


 ワラ人形はルビーには跪いて話しかけ、きちんと返答を聞く。ワラ人形の態度にツカサは感心した。


(ワラ人形さんも、ソフィアさんと同じロールプレイヤー……? 世界観を大事にする人なんだなぁ)


『マジで他国がそこまで来てるぞ! あとグランドスルトも! どっちもバラバラでまとまってない……地図の座標言っても不規則に多いんで訳わからんってなりそう。ソロで自由に動いてる奴多過ぎっ』

『人数多いと統率取れないのがネックだよなぁ』

『ネクロ民もゾロゾロ歩いているだけで、よそ様のことは言えないのである』

『アリの大群に見える』

「団長は敵の位置がわかるの?」

「地図にルゲーティアスとネクロアイギスプレイヤーの動きが表示されている。『二重スパイ』組は全員自国とルゲーティアスを把握しているだろう」


 自然と、最後尾にいる雨月に皆の視線が向けられた。しかし、雨月と目が合いそうになると慌てて視線を逸らし、口笛を吹いたり、武器を抜いたりおさめたりといった動作をする。


「じゃあ団長に先導は任せました!」

「桜、清々しいほどに気楽な顔だな。この怨み、覚えておれよ……」


 周りのプレイヤーは「笑顔、怖ッ!」「ヤベー邪悪な笑み」と身体を引く。

 ワラ人形から指示が飛んだ。


「皆の者、対人戦ではヘイトを忘れたまえ。そんなものはないのだ! タンクは意味の無いヘイトのスキルを使うな。受け身になっていても、相手はわざわざタンクに攻撃なんてしてこない! 自分から殴りに行くんだ。

 ――アタッカーは適当に全力で殴っていろ!」

「適当!?」

「アタッカーへの指示が雑ぅ!!」

「1番人数が居て近接遠隔の違いもあるんですが!?」

「被弾するな、床に転がるな。ヒーラーに無駄なMPを使わせるアタッカーは蹴るぞ」

「ワラ人形長官! それはレイドの心得ではないでしょうかッ!?」

「では弓術士と召魔術士は、近接アタッカーを索敵で見つけ次第、遠距離から集中攻撃。近付く前に倒せ。

 七方出士は、遠隔アタッカーを見つけ次第近付いて高火力を叩き込め。騎士は七方出士と一緒に走るんだ。神鳥獣使いはその2人の介護兼第2タンク係を心がけるとよい」

「敵のタンクとヒーラーは無視……?」

「セットで揃っていたら無視。1人だったら叩く。特に白魔樹使いと守護騎士のセットは固くて落ちないぞ」

「ほー……?」


 ピンときていない空気をかもして相づちを打つプレイヤー達に、ワラ人形はこめかみに手を当てうめいた。

 その時、不意に視界が真っ暗になる。

 そして暗闇がキラキラと星が瞬く空間へと直ぐに変化した。ツカサは目を瞬かせる。


(宇宙空間……? あっ、ゲームスタート画面の……!)


 宇宙空間に浮かぶ青黒い惑星が目の前に浮かぶ。その惑星の背後から宇宙戦艦らしきものが姿を現わした。

 次の瞬間、フッとその映像の色が薄まって消える。再び果樹林に戻った。


「今のって……」

「げぇっ!?」

「上上っ!!」


 木々の隙間から覗く空を何人かが指差した。曇り空の月夜が、無機質な金属の壁に覆われて見えなくなっていて驚かされる。


「パライソの全体攻撃が来るぅぅぅ!!」

「いちいちアイツのごきげん報告あったから、絶対ギミックあると思ってたわッ!!」

「さっきのやつ、パライソカットインを消しただけのスキル封印の使い回し映像じゃねぇかー! え!? まさかスキル封印じゃないよな!?」

「ハハハッ、だがしかしネクロアイギスは高みの見物な――」


 金属の壁から眩しいレーザー光線が地上に降り注いだ。

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