第11話 彫金師の指輪と、神鳥獣使いギルド階級の昇格
所属国の攻撃指揮官ユニット・防御指揮官ユニット・自国フィールドの投票のブラウザをぼうっと眺めていたツカサはハッと意識を引き戻し、フレンド一覧でソフィアのログインを確認すると、ソフィアに個別のフレンドチャットをした。
ツカサ :こんばんは
イベントのユニット投票見ましたか?
ソフィア:こんばんはー!
「見たよー」
直ぐ近くから声が聞こえた。ツカサが背後を振り返ると、金髪碧眼の美少女ソフィアがニコニコとした笑顔で立っていた。今日はフリルを袖口やスカートの裾にふんだんにあしらったドレスのような服装で、その上に地味なマントを羽織っている。貴族のお忍びといった雰囲気がある。
ソフィアはチャットの早さもさることながら、神出鬼没さは雨月の上をいくと思う。何か特別な移動手段が、暗殺組織ギルドに所属しているとあるのかもしれない。
ソフィアはツカサを上から下、更に周りを見渡して「ルリちゃん、いないの」と首を傾げる。ソフィアの肩に乗る文鳥も首を動かしていた。
「最近はずっと彫金師をしてます」
「ふふっ、実は知ってるの。マケボが賑やかだよね。ソフィアもおねだりに来たんだよ。お願いはそれだけじゃなくて、雨月とチャットしたいなぁって」
「雨月さんと?」
「彼とソフィアはフレンドじゃないの。メールはソフィアも拒否設定してるもの。ツカサは設定大丈夫?」
「メールは制限すると、フレンドじゃない人との連絡手段が完全になくなってしまうので、あえていじらないようにしています」
「そういえば、ソフィアも今、その不便さに困っていたの」
クスクスと可愛らしく笑いながら、ソフィアはトレードをツカサに出す。
《「ソフィア」から「50万G」のトレード申請を受けました。承認しますか?》
「ソフィアがインする時間帯とツカサの出品時間がどうしてもかみ合わないみたいだから、フレンド特権を使っちゃうの。指輪をおひとつくださいな」
「僕の彫金師のレベルは26で、そのレベルのものでもいいんでしょうか……? それにこの金額だとマーケットボードより値段が高くなります」
「適正価格なの。無理を言ってる手間賃込みだよー! レベルはね、気にしないの。お祭り記念品みたいな感じで、今トレンドのものを持っていたいなって気持ちが優先だよ!」
「ええっと、ありがとうございます」
ツカサは照れ笑いしつつ、お礼を言って持ち物を確認する。
(作らないと手元にない――……あ! 傭兵団の倉庫に入れている分を1つ出そうかな。これから新しく作ると待たせてしまうし)
「傭兵団の倉庫にあります。ちょっと自室にいってきます」
「ソフィアも一緒に行くよ」
2人で教会に足を運ぶ。ソフィアが物珍しげにキョロキョロと室内を見渡している姿が、ツカサには物珍しかった。暗殺組織ギルドだと、教会に自室がないストーリーなのかもしれない。
傭兵団の共有大倉庫にアクセスして、召魔術士用の指輪「LV26 ターコイズの銀の指輪HQ〈VIT+2、INT+22、【ペットテイム】〉」を引き出した。そしてソフィアからの50万Gを承認して受け取り、その指輪をトレードする。
受け取ったソフィアは、手の中の指輪をじっと見つめた。
「……ツカサ。コレ、スキルついてるの」
「はい」
「……【ペットテイム】……」
「あ! すみません。戦闘向けのものじゃないですね」
慌てて共有大倉庫から「LV26 ターコイズの銀の指輪HQ〈VIT+2、INT+22、【幻視デコイ】〉」を取り出して、ソフィアへとトレード申請した。
するとソフィアから【幻視デコイ】付き指輪のトレードは拒否される。【ペットテイム】の方の指輪を胸元でぎゅっと両手で包み込んだソフィアは、無言でトレードをツカサに返す。
《「ソフィア」から「500万G」のトレード申請を受けました。承認しますか?》
「……え……、えっ!?」
「――ツカサ、承認するの。さっきの50万は返さないで」
「は、はい……」
ソフィアの気迫に押されて、ツカサは500万Gを受け取った。
「このスキル付き、マケボに置くなら1000万スタートね。ソフィアが550万払ったんだから、競合するライバル職人が複数人出て来て値下げを始めない限り、売れなくても最低額550万以下にしちゃ許さないの」
茫然とするツカサに、ソフィアはむうっと口をすぼめる。
「ツカサはダンジョン産の戦闘スキル付き武器の値段を知ってるはずだよ。明星杖も300万だったでしょ?」
「あっ、えっとあれは520万いただいて」
「ぶっ!? ……あ、あいつらどれだけ出なかったんだ……っ」
ソフィアは口元を隠しながら肩を震わせる。
「とっ、とにかくスキル付きは誰にとっても貴重で、ポイント消費しないで覚えられる重要アイテムだよ! それに毎回必ず作れるものじゃないよね?」
「はい……パーフェクトを出してからつけられる効果の種類はいつもランダムです。確率も低い――と思います」
「ツカサの体感で低い確率ならやっぱり高価なの! でもソフィアもびっくり。そっか……生産の戦闘スキル付き、やっぱりあったんだね。採集と生産のスキル付きがあるんだもの。あるのは当然だよね。
……彫金師の難易度下げない理由は、これかもなの。ベータ初期にHQパフェ品を並べていた彫金師は何人かいたけど、みんな並べずに自分のポケットに入れてたってことかな。もしくはたまたまスキルがランダムで出なかったか。全く、利益を隠すのは良いけど、隠したまま永眠しないで欲しいな」
天井を仰ぐソフィアは、瞳を閉じてそう呟くと一息つき、ツカサに向き直って「ありがとう」とお礼を言う。
「じゃあチャット、お願いなの」
「わかりました」
「そうだ。ネクロアイギスの貢献度ポイント1位ってツカサだよね?」
「はい。あのアナウンスは本人のみじゃなかったんですか……?」
「本人のみだよ。実は今回のイベント、どうあがいてもワールドクエスト越権達成者以上のポイントが取れない仕様だったって、ルゲーティアス側の配信映像で判明してるの。ちなみに1300P以上? 以下?」
「1100Pでした」
「そっかー。三国1位は『ふすま』になるね。実況者強いの」
「あの、そんなに他のクエストってポイントが少なかったんですか?」
「渋かったよ。特にPVPとPKへの冷遇っぷりがとんでもなかったから、雨月のクエストを妨害した側としては色々と聞きたいなぁって思ったの」
ソフィアの話を聞きながら、ツカサはフレンド全体チャットを開いた。
ツカサ :こんばんは。
雨月さん、今チャット大丈夫ですか?
ソフィア :こんばんはー雨月☆
ソフィアとお喋りしよー♪
雨月 :こんばんは。
問題無い
ソフィア :(*╹▽╹*)わーい!
和泉 :みなさん、こんばんは~
チョコ :こんばんはです。
チョコいてもいいです?
雨月 :構わない
ツカサ :みなさん、倉庫の指輪は高値で売る予定ですが、
いくらでも遠慮なく持って行って下さい
チョコ :【ペットテイム】にあらがえず1つもらいました。
ありがとです!
雨月 :今は必要としていないのでいい
ツカサ :そうですか
∞わんデン:こん
プラネのフレンドチャットの仕様、
ちょっと特殊なんだな。
誰でもフレンドに入れてると、
全体チャットを主催する際に困りそう
えんどう豆:ヽ(゜Д゜;≡;゜Д゜)丿
∞わんデン:うん。迷子出すよねコレ
個別オンオフ機能欲しいな
ソフィア :雨月に質問だよ!
PKの『二重スパイ』クエ、深海地下施設で
ソフィア達が失敗させたのに続いてたの?
雨月 :ポイントは減点されたが、
失敗扱いにはならずに話自体は続いた
ソフィア :新大陸の方もPKがキルされたら
ポイントマイナスされたみたいだね。
今回のポイント減点、厳しすぎなの
雨月 :地下でワラ人形さんが、
β初期のイベントを強引に後からいじってPK冷遇の
民意を反映させた結果、
ポイント調整をミスったんだろうって話していた
ソフィア :好意的な解釈なの
雨月 :カフカは移籍した相手にも態度を変えないんだな。
称号が【カフカの仇敵】のままで
警戒を緩めないのに驚いた
ソフィア :さすがカフカ様
雨月 :パライソなら態度を豹変して舌打ちする。
称号も親友から【パライソの悪友】になった
ソフィア :さすがパライソ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
雨月は友達判定が消えないんだね。
好感度Maxは伊達じゃないの!
雨月 :パライソが味方の移籍者に本気で怒っていて
困っている。
『二重スパイ』クエは1度敵陣営に寝返ってから、
戻るか留まるかを行動で決めるクエストだ。
パライソが今のままだと、再度ルゲーティアスに
戻る予定だった移籍プレイヤーが戻りにくい。
このまま離反しそうだ
ソフィア :wwww
雨月 :当日参加は?
ソフィア :ソフィアは無理だよ☆
和泉 :え!?
投票入れちゃまずかったですか!?(゜д゜;)
チョコ :入れてしまったのです……( ̄・ω・ ̄)
ソフィア :ここだけの話ね。
実はイベント開始の時間って、
リアルソフィアは帰宅途中で移動してるの。
おうちに帰ってないの。ごめんね
和泉 :それは仕方ない……!(>_<)
ソフィア :暗殺組織ギルド、ほぼ深夜帯ログインの
社会人の集まりだからね。
ソフィア達が参加出来ない場合でも
別段代わりのNPCを配置する処置もないって、
さっき運営から無情な通告されたところなの。
何人か当日都合つく人もいるかもだけど難しいよ
えんどう豆:ヽ(゜Д゜;≡;゜Д゜)丿
∞わんデン:えんどう豆君や
落ち着きたまえw
えんどう豆:俺グランドスルト民!!
部外者が知っちゃまずいですよ!?
雨月 :俺もルゲーティアスのスパイなので気にしないでいい
えんどう豆:スパイって何!?(((゜д゜;)))
グランドスルトはルゲーティアスの移籍者
ガチで多いんですが!? 怖いです!!
雨月 :背後に気をつけていれば安全
ツカサ :大丈夫だそうです
えんどう豆:ヒィィッ!!ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿
∞わんデン:2人とも不安を煽ってるからやめなさいwww
「……じゃあ、誰に投票したらいいんだろう」
ツカサがポツリと呟いた声を、隣のソフィアが拾った。
「好きなキャラに入れていいと思うの」
「4人ぐらい知らない方がいるんですが、外して考えても大丈夫でしょうか?」
「あれ、4人も? ツカサは誰を知らないの?」
「『騎士ギルド長・フェゴズ』『七方出士ギルド長・キチョウ』『神鳥獣使いギルド長・カイム』『ジーク』――……です」
投票のブラウザの文字を読み上げると、ソフィアが首を傾げた。
「神鳥獣使いなのにカイムとジークを知らないの? ひょっとしてギルド階級上げてないのかな。ツカサ、村の巡回クエスト報告し忘れてる?」
ソフィアの指摘にハッとする。
「報告してません」
「1度受けると次々出来るから、報告を忘れがちになるんだよね。ツカサ、巡回クエを回数こなしてたし、きっと階級を上げられると思うの」
ツカサ :これからギルドにクエスト報告してきます!
雨月さん、みなさんありがとうございました
和泉 :私も忘れてた!
えんどう豆:俺も!
雨月 :久しく行ってない
チョコ :?!( ̄・ω・ ̄)
ソフィア :ソフィアも行こ☆
∞わんデン:いてらー
ツカサは神鳥獣使いになって、神鳥獣使いギルドへとソフィアと共に向かった。
受付の女性が、ツカサとソフィアを見て優しく微笑み「クエスト報告ですか?」と尋ねてくれる。彫金師ギルドの受付のヤッグスとは随分違うと思った。
「神鳥獣使いもLV11ですね。おめでとうございます。ギルド階級5級です。これで正式な神鳥獣使いギルドの一員になりました」
《称号【神鳥獣使いの疑似見習い】が【神鳥獣使いの疑似使い手】に変化しました》
《称号の報酬として、経験値15000を手に入れました》
《神鳥獣使いがLV12に上がりました》
「9級から一気に5級……!」
「ツカサ、結構真面目に巡回クエストの回数やってたんだね。巡回は数を稼いでいたら直ぐに5級まで駆け上がれるお得クエだよ。5級になれば、大体ギルドで得られるものは全部買えるようになるの。5級以上の階級上げはコツコツやりこみ要素になってくるから、ここから先の階級上げは個人の自由だよ」
ソフィアの説明に、ツカサは『神鳥獣のアクセサリーリング解放権』の存在を思い出す。
受付の女性が奥の個別カウンターへとツカサを促した。
「正式なギルドの一員となられた方は、これからはギルド員用のカウンターでお伺い致します。そちらのご利用をお願いしますね」
「わかりました」
「ソフィアはまだお客さま用だよ」
続いてソフィアが報告をするようだ。
ツカサはそこから離れて、教えられた個別カウンターに行った。横長のカウンターに簡易の仕切りがしてあり、カウンターの前にはそれぞれ椅子もある。椅子に座った瞬間、ふと思った。
(種人用だ。普通に座れる)
あまりに自然に利用していたので気にしていなかったが、カウンターも種人の背丈に合わせていて低い。受付の女性は平人だったので、屈んでいたことに今更ながら気付く。背丈が高い種族は、ネクロアイギス王国だと大変だろうなと思った。
奥の部屋から種人が出て来る。ツカサは何の気なしにそちらを見て視線を流した後、ギョッとして思わず2度見した。
その種人がツカサの対面に座る。
「やあ、待たせたかな。すまないね」
「い……い、いえ」
「新たなギルド員を迎えられて大変嬉しいよ。小生はこの神鳥獣使いギルドのギルド長を担っているカイムだ。これからよろしく。共に研鑽を重ねて励んでいこうじゃないか」
とっつきやすい柔らかな男性の声音で、とても真っ当な人物に思えた――思えたのだが、ツカサの目の前にいるのは黒い鳥だった。
正確には、黒い鳥の被り物をした謎の種人である。
(えっ……と、被り物ってこの世界だと流行ってる?)
ツカサの脳裏には、ルゲーティアス公国で会話した『ぬの』と、ダンジョンに行った際のえんどう豆が布の被り物をしていた姿が何度も浮かんでは消えていた。どちらもプレイヤーである。
カイムが手を差し出したので、ツカサは慌てて手を握り返し「ツカサです。よろしくお願いします」と挨拶をした。手首の袖口付近から黒い羽が出ていて内心びっくりする。
カイムは喜色を浮かべた声音で「うんうん」と頷くと、席を立つ。
「これから貴公の窓口担当になるのはこのギルド員だ」
「初めまして。ジークと申します。よろしくお願いします」
カイムの背後から前に出て来たジークは、ペコリと頭を下げる。
相手に倣って、ツカサも頭を下げた。顔を上げると、もう強烈なカイムの姿はない。目を瞬かせながら室内を見渡す。すると、正面のジークと目が合った。
ジークは上目遣いでツカサに小声で話しかける。
「あのう……男性ですか……?」
「え……? そうです、けど」
「やっぱり! ――ごめんなさい。僕、前に性別を勘違いして失礼な物言いで失敗してしまったことがあったんです。同族でも相手の性別が合ってるか自信なくてつい……。種人は難しいですよね」
(じゃあ、ジークさんも男性なんだ?)
かくいうジーク自身が、少女のような顔立ちで判断がしにくいと思った。ピンクグレー色の緩いウェーブのあるボブヘアで、ブラウン色の瞳。更に声も可愛い。
ジークは両手をパチッと合わせて叩き、ツカサに満面の笑みで言葉をかける。
「5級になられたんですね! おめでとうございます。こちら、神鳥獣使いの正式ギルド員に支給されるギルド員のローブと基本教本です。どうぞ!」
受け取ったローブは神鳥獣使いギルドのジーク達が着ている、薄紫色に濃紺の縁取りと鳥の刺繍があるローブと同じものだった。ジークの神鳥獣がどんな鳥なのか気になって視線をさまよわせるが、ツカサの視界内にはいないようだ。
「それでは、ギルド取り扱いの販売商品でどれかご入り用なものはございますか?」
「ありがとうございます。えっと……」
(――うっ! 『神鳥獣のアクセサリーリング解放権』って3万Gもするんだ)
ツカサが購入にためらっていると、背後にススッとソフィアが忍び寄ってきた。
「買っちゃえ買っちゃえなの」
「お金、貯めているところなんです……」
「そんなこと言わないで、ソフィアがさっき払った50万の端数で豪遊しちゃえだよー!」
「ごうゆう……」
「修理用の『鳥籠』も所持必須アイテムだよ」
「修理アイテム! まだ持ってません」
今後必要なものだから散財は仕方ないと腹をくくって、『神鳥獣のアクセサリーリング解放権』3万G、『鳥籠』5000G、『ギルド管理ダンジョン立ち入り許可証』1万Gを購入した。
ツカサが席を立つと、ジークが手を振って笑顔で見送ってくれる。
手を振り返すツカサを横目に見たソフィアが、
「そういえば、ツカサのジークってまだ普通の格好なの?」
「神鳥獣使いのローブを着てます。ジークさんは、ギルドクエストの達成度によって見た目が変わるんですか?」
「ううん。サブクエの進行度で服装が違う子なの」
「サブクエストは全然触れてません。そのうち、と思いながらなかなか」
「そっかー。ジークの服装変化は、サブクエの『うちの子知りませんか?』の続編『妖精が見える』だから直ぐに出来るクエストでもないし、見ようと思うと時間かかるもんね」
「その迷子を探すクエストなら、市場で受けてはいるんですが」
「迷子、いるといいね?」
「えっ」
意味深なソフィアの返しが少し不気味だったので、ツカサは軽く身構えてしまった。