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第6話 動画とチョコのわがまま


 ……『ゲームで遊ばず、課金してゲーム内最前線の装備を手に入れるのって、何が楽しいんですか?』

『だから、棲み分けなんですよ。お仕事で時間をかけられない、社会人の方々への救済処置だと最初にお話ししているじゃないですか』

『それならどうしてガチャにするんですか。直接購入できるようにしないのは何故ですか? 課金に外れアイテムを混ぜる必要はないと思います』

『いやいやいや、プレイヤーだって消費アイテムを欲してる! 時間がない人には消費アイテムを買う資金を貯める時間もないんですから、むしろ我々からの気遣い、プレゼントです。助かってるって声もちゃんとある』

『時間が無い人は、ガチャで当たりが出るまで回す時間もないと思いませんか?』

『あー、ダメダメ! わかってない、わかってない! いやぁ、全然オンラインゲームの運営が分かってないよね! ほら、我々が見てるものが見えないから全然わからないんだなぁ。ハハッ!

 ……ああ、もう時間だ! 残念。トークはここまで。これからも頑張ってね、インディーズ。はーい、登壇してくれた彼に拍手ー!』


 カンカンカーンッ! と金属の鐘の音が鳴って切れた動画映像のところで、ガシャンッと物が壊れる別の音もした。



《「ガーネット原石」の加工に失敗しました》



「あっ」


 ツカサの手元で石が割れて消失する。

 以前、ツカサが川で拾った石は、彫金師になると発動したスキル【古代鉱物解析】によって「ガーネット原石」だと判明した。ツカサはそれを彫金師で加工しながら2年前の動画『ゴリラVSハシビロコウ ファイッ!』を観ていたら、ついそちらに気をやってしまい、手が止まっていたようだ。


「失敗ってあるんだ……」

「NQには成功率が最後にかかります。HQだと免除されます。団長さんはレシピの《詳細》を見てないです?」

「レシピの《詳細》ですか?」


 レシピの製作物リストの名前の右横にある《詳細》の文字をタッチすると、《成功率67%》という表記が確かに出た。

 ツカサは製作物の説明がされているだけだとばかり思っていて、全く見ていなかったのである。


「知りませんでした。チョコさん、教えてくれてありがとうございます」

「一日の長のチョコなのです」

「いちじつのちょう?」

「せっ、先輩だよってことだよ」

「チョコ先輩……」


 ツカサは初めて口にした「先輩」という単語に感動しながら、チョコに尊敬の眼差しを向けた。ツカサの視線を正面から受けて、チョコもキリッと凜々しい表情でツカサを見返す。

 そして、ガシャンッガシャンッと物が壊れる音が2連続けたたましく鳴り響いた。


「2人とも!? 失敗してるよっ!?」


 隣で見ていた和泉がびっくりして素っ頓狂な声を上げた。



 現在、ツカサと和泉とチョコの3人は、ネクロアイギス王国の領土内にある森林に来ている。

 ツカサは彫金師、チョコは木工師、和泉は採集猟師になっていて、ツカサとチョコはひらけた原っぱの一角で地面に腰を下ろし生産を、和泉は周辺の木々の間をぐるぐると回って採集していた。時折、和泉は「素材ポップ待ち」と言ってツカサ達の側に戻って来て、生産作業を横で眺めている。

 今日はそんな風に、普段1人でしている好きな作業を、みんなで集まってのんびり気ままにやりながら過ごしていた。

 そんな中、ツカサは話の種として夕方話題になっていた動画を思い出し、みんなで動画鑑賞をしたのだが、結果的にあまり作業中に流すには向いていないものだった。

 タイトルこそ『ゴリラVSハシビロコウ ファイッ!』とおどけているが内容は至って真面目な討論の映像だろうというツカサの想像は外れ、動画映像はエンタテインメント向けに加工されており、派手な効果音を付け加えている、いわゆるMADと呼ばれる類いの動画だったのだ。

 そのため、ツカサは思わず手を止めて魅入ってしまった。


「わ、私、内容全然頭に入ってこなかった……。トークしている2人の背後に、うっすらとリアルなゴリラとハシビロコウの画像なんて浮かべられるとダメだよ……っ! しかも鳴き声のSEまで」

「口論っぽいので、和ませる演出なんでしょうか」


 苦笑し合うツカサと和泉とは対照的に、チョコは太眉の間に深い皺を刻んで渋い顔だった。静かな怒りを感じる。


「チョコさんは、あまり好きじゃない感じ……?」

「オラウータンの代用は許せないのです」

「ごっ、ゴリラの声じゃない!?」

「そうなんですか!?」


 もう1度再生して、動物の鳴き声に耳を澄ました。どうしても人の声と重なると動物の鳴き声が聞き取りづらいので、最終的に和泉とツカサは「ふたりの声、邪魔だね……」「はい……」と失礼な結論で頷き合った。


「この動画は、総合掲示板では昔から有名なのです。でもチョコは今日初めて見ましたです」

「け、結構、正木さんって目力ある人だよね」

「チョコ、製作者さんにプラネについてたくさん話したいことあります。でも、もし目の前にいたら話しかける勇気ないです」

「迫力あるもんねぇ……真顔で睨んでる顔がちょっと、怖いよね」


 和泉の言葉に、チョコは神妙に頷く。そして「製作者さんとゴ……直帰Pさんとの因縁は謎が多いのです」と話し出す。


「それ、2年前の動画です。ベータ配信前です。これがきっかけでプラネのリリースしたって言う人もいますが、製作者さんが今のプラネを作るって発表したのは3年前です。このトークがあるずっと前なのです。

 だからタイミングが変にかみ合って直帰Pさんに誤解されて、目の敵にされてる説の人もいます。でもそもそもトークゲストに選ばれたのは、前から顔見知りだったからじゃないかって言う人もいます」

「わんデンさんは、正木洋介さんは昔、『リザルト:リターン』のプレイヤーだったんじゃないかって言ってました。4年前に『リザルト:リターン』が変更したゲームシステムや細かいコンセプトに『プラネット イントルーダー』が似ているんだそうです」


 チョコがきょとんと目を丸くする横で、和泉は首を傾げた。


「でも、どっちにしてもプラネと直帰って関係ないよね。プラネ公開時には、直帰の方が全然別のゲームシステムだったんだし……。目の敵にする方が、おかしいと思う、けど。

 ゲームシステムって、面白いとか遊びやすい形が最適化されて、大体どこの会社のゲームもジャンルが同じなら似たシステムになってるのが普通だよ。突然革新的な別の形にされても、こっちも遊びにくいし」


 そういえば、和泉はゲームをたしなむ人だ。チョコが興味津々で和泉に尋ねる。


「副団長さんは、プラネ以外にもゲームするのです?」

「う、うん。今は時々、シミュレーターを遊んでる、かな。何も考えずに、黙々と熱帯魚用の水槽の中を作ってる」

「水槽です?」

「そう。シミュレーター系、色んな種類あるんだよ。農業とか泥棒とか動物なりきりとか……ただそれだけに特化してコツコツ遊ぶ作業ゲームはかなり好き」


(そんなゲームもあるんだ)


「水槽は、水の温度の維持と掃除が大変だって聞きます」

「ね。実際現実では魚を飼うのは難しいよね。次はクラゲの水槽を作るよ」


 そこでチョコが腕を組んで難しい顔をする。

 和泉が心配そうに「チョコちゃん?」と声をかけると、チョコは顔を上げて、


「――チョコは、今までホームレスだったので詳しくないですが」

「ホーム……!? え!? あ、ああ。チョコちゃんは傭兵団入ってなかったんだっけ」

「ハウジングで水族館が作れるらしいのです」

「ハウジングで!?」

「秘儀導士のテイムモンスターの待機場所が関係してるので、ハウジングに水槽施設があるらしいのです」

「そ、それは……!! それは……」


 和泉は衝撃を受け、茫然と呟く。


「カワウソ、泳ぐのでは」


 チョコはハッとして立ち上がる。

 ツカサも和泉の言葉に同意した。


「泳ぐ動作……ありそうです」


 和泉とチョコとツカサは顔を見合わせた。


「泳ぐカワウソが見られるかも」

「夢が広がるのです」

「ただ、ハウジングの土地の値段はSでも1000万なんです」

「うーん、ハウジング領地なんてきっともっと高いよね」

「多分、そうでしょうね」

「見学ぐらいはしたいね」


 ツカサは和泉と話しながら、内心ではSの土地なら彫金師を頑張れば買えるのではないかと思った。

 現在の所持金が684万8254G。

 事前に∞わんデンからハウジングの注意点を聞いたところ、「土地に関しては団長だけがお金を出すのが理想かな。土地購入は団員と割り勘しないのが無難。後々、自分はいくら出したとか権利の主張で揉めることがあるからね。

 でもツカサ君達なら、そんな揉め方しないだろうし、多少お金だしてもらっても大丈夫だとは思うよ」との助言をもらっていた。


(団長として、ちゃんと1000万貯まってから購入の話を和泉さん達にしよう)


 ツカサと和泉の会話に、チョコが何か言いたげにソワソワしていたが、それ以上ハウジングに関しては会話に入ってくることもなく、口をつぐんだままだった。


 盛り上がった水槽の話の流れで漁師の話になり、和泉とチョコも【釣り人】スキルを持っていることが判明する。和泉が採集で拾ったというキューブの餌を大量に持っていてツカサとチョコに配ってくれて、みんなで近くの池で釣り糸を垂らし、ログアウトするまで釣りをした。

 ツカサの彫金師レベルは2上がり、LV14に。【祈り】と【釣り人】も1ずつ上がった。釣果は、『魔魚メダカ』15匹ほどである。

 名称は同じなのに、15匹はそれぞれ体の色や大きさが違っていてびっくりした。なんとなく手放しがたくて、売らずに持っておくことにする。

 ログアウト前に所持品の中を見ていたら、チョコから個別フレンドチャットがあった。



 チョコ:団長さん( ̄・ω・ ̄)

 ツカサ:どうしたんですか?

 チョコ:口ではうまく言葉が出ないのでチャットです( ̄・ω・ ̄)

 ツカサ:はい

 チョコ:ハウジングの話なのです。

     チョコはプラネを初期からソロで遊んでます。

     蓄えには自信がアリます



(えっ……これってチョコさんがお金を……って話じゃ)


 ツカサが返答に詰まっている間にも、チョコのチャットは続く。



 チョコ:チョコはプラネが好きです。

     ずっとソロで楽しく遊んでたのです。

     でも最近プラネが変わりましたです。

     ログインしたら傭兵団の皆さんがいます。

     お話したり、一緒にダンジョン行ったりします。

     まるで新しいゲームが始まったみたいです。

     今のプラネがすごく面白くて楽しいです



(チョコさん……)



 チョコ:今日みたいにログインしてから声を掛け合って

     集合するのもチョコは好きです。

     でも、直ぐに顔を合わせられる

     皆さんと集まれる場所が欲しいなって思います。

     チョコのわがままです。

     なのでハウジングの資金はチョコに任せて下さいです!

 チョコ:すごくチョコのわがままなんです……( ̄・ω・ ̄)



 チョコの、とても念押しをするチャットに、ツカサへの遠慮と気遣いが感じられた。



 ツカサ:実は僕も684万手持ちにあるので、

     団長として購入を考えていました

 チョコ:!!( ̄・ω・ ̄)

 ツカサ:5月末のイベントまでに、

     貯められるところまで貯めてみます。

     わんデンさんがログインしたら、

     詳しく相談してみますね

 チョコ:はいです!




 翌日。昨日に引き続き、彫金師で過ごした。

 和泉が、宝石の原石なら加工出来るのを知って、採掘師で原石を掘ってきてくれたのだ。まとめて3000Gでトレードし、宝石に加工する。そしてその宝石30個を7万5000Gでチョコにトレードし、チョコが木の宝石リングを作る。その宝石リングはマーケットボードで1つ10万Gで売るそうだ。


「今は戦闘職のレベル上げの人ばかりで、生産をやってマケボに流している人が減っているのです。特にレベル50以上は木工アクセサリーでも市場価格は高めになってます」


 チョコが張り切っている。ツカサもチョコに倣って、せっせと彫金をした。



《彫金師がLV17に上がりました》


《【色彩鑑定】【外形鑑定】【宝石知識】【宝石研磨】がLV5に上がりました》


《【硬度鑑定】がLV6に上がりました》


《【祈り】がLV20に上がりました》



 集中していたので疲れたが、色々とスキルのレベルが上がって楽しかった。

 意外だったのが、1番スキルレベルが上がったのが【祈り】だったことだ。彫金師でも使えるので、合間合間にすかさずスキルを使っていたが、他のスキルよりレベルが高かったので、上がりにくいだろうと思っていたから驚いた。


(他のスキルより上がりやすくなっているのかな? スキル自体は効果のないスキルだから)


 前に作った指輪をマーケットボードに並べて、ログアウトする。





 そして次の日。

 VRMO『リザルト:リターン』の動画を投稿した∞わんデンが満面の笑みで戻って来た。

 ツカサは素直に喜んだが、和泉がボソッと「悪代官顔……」と評した呟きをしたのが印象的だった。

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