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第4話 秘匿事前準備クエスト『前哨戦の戦力強化』

 無限わんデンの堂々とした態度に、ツカサと和泉とチョコはポカンとした。

 そんな中、∞わんデンはつっこむこともせずに、さらりと流す。


「始める前に注意事項ある?」

「フハハハ! 本物の無限わんデンを名乗るならば、秀才さを証明するがイイッ!」

「はい」


 平坦な声音で相づちをうって、∞わんデンは機械のパネルに触れる。



《これより「パーティー人数変動制・救出者との脱出」を開始します。

 現在パーティー人数:5名

 パーティー人数5名分、難易度が引き下げられます》



「救出者との?」


 アナウンスの内容に∞わんデンは直ぐさま反応し、眉根を寄せた。

 次の瞬間、全員の周りにそれぞれ透明の壁が形成されて分断される。


「わ!」

「!!」

「ええ?!」


 透明の壁を軽く叩いてみると、ガラスのような固い感触がした。皆、この壁に阻まれて孤立する。それぞれカプセルに似た円柱の中に閉じ込められる形となった。

 ∞わんデンはカプセル越しに無限わんデンに目を眇める。


「俺はキミに、注意事項を事前に聞いたんですがね」

「かかったな、無限わんデン!」

「いやいや、協力者をはめるなんてよしなさいよ」

「折角の初見限定びっくりポイントなんで、つい。びっくりした?」


 悪戯が成功したと言わんばかりに、無限わんデンは無邪気な笑顔でツカサ達に振り返る。

 ツカサは「びっくりしました……」と目を瞬かせつつ答え、和泉とチョコも首を縦に振った。



《「384-97=?」》



 不意を突くように、ふっと目の前の空中に計算問題が浮かんで、すうっと消えた。


「えっ……! 今のが問題ですか?」

「おもっ、思ったより消えるの早い!」

「チョコの目に入ったのに、もうチョコの中に数字が残ってないのです……」


 チョコが消え入りそうな声で顔を両手で覆って、床に膝をついた。

 「チョコちゃん!?」と和泉が慌てる。


「おっと、俺以外にも謎解きが出来ない民が! やはりな! 難しいよな!?」


 仲間を見つけてキラキラと目を輝かせる無限わんデンは、始めから暗算をする気が無いのか、既に床に座ってあぐらをかき、くつろいでいた。


 それぞれのカプセル内の一部の床が動き出し、下から銀色の柱のようなスタンドがせり上がる。ツカサの腰より少し上辺りで止まった。プレイヤーの等身に合わせたものらしく、全員腰より上辺りの位置だ。

 スタンドの頭頂部は、何かの回路図のような模様と、その右端には0~9までの数字が刻まれた四角い真空管のようなものがはめ込まれて並んでいた。

 回路図には3箇所ほど穴のくぼみがある。

 そしてそれとは別に、空中に数字が浮かんで〝30〟……〝29〟と、どんどん数字が減っていっていた。カウントダウンだ。

 ツカサは急かされ、心なし早口気味に∞わんデンへ尋ねた。


「左から順番に、答えの数字のものをはめこむんでしょうか?」

「そうだろうね。ちなみにツカサ君が出題されたのって『577+68』?」

「いえ、違います」


 突然、ブワンブワンッ! と警告音が鳴り響き、∞わんデンのカプセル内の光源が真っ赤な色合いになった。∞わんデンは「あー……しまった」と苦笑をこぼす。


「自分の計算問題言っちゃ駄目なのか。そうだよな、周りに解いてもらえちゃうものな」

「ウワッ、俺の救世主の無限わんデンが雑魚過ぎ……!!」

「手のひら返し早いな」

「……てへっ」

「だからその仕草は禁止だと。無編集版の動画投稿がお望みなのかな?」

「ヒイッ! お許しをっ」


 身体全体で大袈裟に謝る無限わんデンの寸劇を尻目に、ツカサは鼓動を早めつつも真空管を『287』の順番で穴にはめこんでいく。


(制限時間があるとドキドキする)


 はめこみ終わると、ふわんっと柔らかな機械音が流れた。ホッと胸を撫で下ろしたところで、コトッと近くで軽い音が聞こえる。

 音の先を見れば、指先を震わせた和泉が真空管を床に落として固まっていた。

 カウントダウンの数字は〝0〟になる。

 ∞わんデン、和泉、チョコ、無限わんデンのカプセルが薄い銀色の液体で満たされた。各々驚きの声を上げる。


「うわっ、この何。凄い身体に悪そうな色! って戦闘不能扱いなのね。身体を自由には動かせないし、このまま浮いている状態? 職業ギルドの衛星信号機に死に戻るかって出るな」

「たった1問で無慈悲でしょう?」


 ここでも水中用のゲームの自動補正がかかっているようで、∞わんデンと無限わんデンは液体の中でも平然と会話をしている。チョコも平気そうだ。

 ただ1人、和泉が固まったまま動かない。


「和泉さん」


 茫然とした表情で微かに震える和泉が、ぎこちなくツカサへと強張る顔を向けた。

 心配になるくらい動揺した様子にはあえて触れずに、ツカサは笑いかける。


「制限時間のせいで慌てちゃって怖かったですね」

「……ツカサ君……」


 チョコも太眉を上げて明るく声をかける。


「副団長さん、ドンマイです!」

「ツカサ君、和泉さん。俺が足引っ張ってごめんね」

「どんまいどんまいー」


 ∞わんデンが謝り、無限わんデンは手を叩きながら笑っていた。

 和泉は「うん……」と皆の言葉に頷くと、安堵したようにはにかんだ。

 それから∞わんデンが目を細め、無限わんデンに苦言を呈する。


「ところでキミは何故そう、堂々と他人事スタンスなのか」

「他人事なんて思ってませんよ! それで俺のメインはどうなりました!?」


 ツカサは目の前の空中に表示されたブラウザを見た。



《「パーティー人数変動制・救出者との脱出」をクリアしました!

 あなたは誰を助けますか?

 ・和泉

 ・∞わんデン

 ・チョコ

 ・無限わんデン

 ・牙(現在選択不可) 》



「和泉さん達を助ける選択肢はあるんですが、牙さんは選べません」

「何故?!」

「『現在選択不可』だそうです」

「パーティーメンバーの救出優先なのかもね」

「あかん! じゃあ俺の存在が邪魔だ!? パーティー抜けるぅ!」

「待って。キミが部屋のキーだから、抜けられたらこの部屋に入るところからやり直しになりそう。はやまらないで」

「チョコがお役に立てません」


 チョコは神妙な面持ちで、ツカサに向けてエモートのお辞儀をした。

 横から無限わんデンがその姿にハッと目を見張る。


「エモート使えば動けるの!? 盲点!!」

「団長さん……チョコがお世話になりましたです」

「チョコさん!?」

「ええい、誰も彼もはやまるんじゃない! 大丈夫だからパーティー抜けないでね。ツカサ君、嫌な予感するんでぜひ俺からお願い」


 ツカサは《∞わんデン》を選ぶ。すると、∞わんデンのカプセルから銀色の液体が抜けて、∞わんデンが復帰した。


「ツカサ君のブラウザに再スタート表記ある?」

「わんデンさんの復活と同時に、ブラウザ自体が消えてしまいました」


 それを聞いて、∞わんデンはカプセル内の機械のパネルに触れた。



《「パーティー人数変動制・救出者との脱出」を開始します。

 現在パーティー人数:2/5名(3名戦闘不能)

 パーティー人数2名分、難易度が引き下げられます》



「うわっ、これ最初にパネル触る人間がリスタート要員か。危ないところだった」



《「625+338-98=?」》



(さっきより計算式が増えてる)


 ツカサは計算問題で良かったと思った。数学はまだ得意な方なので役に立てる。

 真空管を『865』の順にはめこむ。正解の音を∞わんデンと共に聞いた。



《「パーティー人数変動制・救出者との脱出」をクリアしました!

 あなたは誰を助けますか?

 ・和泉

 ・チョコ

 ・無限わんデン

 ・牙(現在選択不可) 》



「ツカサ君、俺の方も出たよ。正解者が1人ずつ選べるみたいだね」

「僕は和泉さんを」

「じゃあチョコさん」

「チョコですか!?」

「折角だから、もう1度チャレンジしてみよう。落ち着いていれば大丈夫」


 ∞わんデンに促され、渋々チョコは復帰する。

 無限わんデンが「ミンナガンバレー」と手を突き出すエモートを繰り返していた。


「小学生の問題だから、気楽に行こう」

「チョコ、暗算は人並みに出来ると思うのです。でも一瞬で消えられると分からなくなるので問題を取り上げないで欲しいです……決して脳筋さんじゃないのです」

「まぁ、暗算の早さは頭の良さじゃなくて訓練だから。チョコさんが慣れてないだけで脳筋じゃないのはわかってるよ」


 無限わんデンがそれを聞いてハッとする。


「まさか俺も脳筋じゃない……?」

「考える素振りさえしないキミは脳筋です」

「さすがの辛口だぜ、無限わんデン!」


 ∞わんデンとチョコの会話を近くで聞き入っていた和泉は、肩の力を抜いて手をグーパーと何度か握ったり開いたりして、ふうっと息を吐き出す。

 ツカサは和泉に、そっと声をかけた。


「失敗しても僕が助けます」


 和泉は照れながら、


「頼りにしてるね。ありがとう、ツカサ君」


 と笑顔になった。

 和泉の緊張は解けたようで、再度問題に挑むと正解した。チョコは残念ながら不正解だった。本人は納得していないようで、太眉の間に皺を寄せて口をへの字に引き結び、仁王立ちで銀色の液体の中に沈んだ。



《「パーティー人数変動制・救出者との脱出」をクリアしました!

 あなたは誰を助けますか?

 ・チョコ

 ・無限わんデン

 ・牙 》



「あ! 牙さんが選択出来るようになりました!」

「ウオオオオオッ!!」

「じゃ、それぞれ救出しようか」



《秘匿事前準備クエスト『前哨戦の戦力強化』を達成しました!》


《ネクロアイギス王国・戦争貢献度:100Pを得ました!》


《発動報酬:経験値3000を獲得しました》



 全員カプセルから出され、解放を選んだ牙の姿も閉じ込められたガラス張りの部屋からかき消えた。無限わんデンが万感の思いで拳を上に振り上げて叫ぶ。


「自由だああああ!!!」

「おめでとうございます」

「お、おめでとう」

「良かったです」

「皆さんありがとうー!! マジ感謝!!」

「俺も色々制限するようなこと言ったけど、自由になったなら別に好きにしていいよ。新大陸でポイント稼ぎしたいでしょ」


 ∞わんデンが苦笑をしながらする提案を、しかし無限わんデンはきっぱりと断った。


「いえ、そこは本当に今更乗り込むなんてダサいこと、うちの孤高の牙さんにさせられないんで最初の約束守ります。それに実はですね、ポイントに関してはこのままグランドスルト内ではぶっちぎってそうというか……」


 無限わんデンはツカサと和泉、チョコの3人の方に振り向き、自分の顔に親指を立てて指すと、ニヤリと口角を上げた。


「最初のワールドアナウンスの時の、グランドスルトの貢献度760Pは、何を隠そう全部この俺――うちの牙さんの稼ぎなのである!」

「え!?」

「ドヤァ……! あ。俺がメインキャラの時は、その強コミュ力で馴れ馴れしく話しかけて来ないで下さい。古参どもに書き込みされると恥ずかしいしぃ……硬派無口キャラなんでな! 応えませんぞ!」


 そうこうしているうちに、ブワンッと機械的な音がして足下に複雑な絵柄の魔法陣が浮かぶ。そして、いつの間にやらグランドスルト開拓都市の南の荒野にツカサ達は立っていた。

 無限わんデンの姿はどこにもない。

 遅れて《「無限わんデン」がパーティーから抜けました》というアナウンスがなされる。

 文字のログに『無限わんデンエモート:∞わんデンに王国式貴族挨拶をした』と残されていた。

 そこで初めて、あのプレイヤーキャラクターがネクロアイギス王国の所属で、ネクロアイギス王国の貢献度を100Pプラスしてくれる存在だったと知った。


「牙さんは、ネクロアイギスにこんなにポイントを渡していいんでしょうか」

「まぁ、ソロ専だからってのもあるけど、彼はあまり団体戦の勝敗にはこだわらないみたいだね。ソロでやれそうなイベントがあったからやっていたようだけど、閉じ込められるきっかけになった共闘バトロワと今回の救出で、ソロ向けじゃないって察して手を引いたんだよ」

「ソロの人が大変なイベントなのです」


 むうっと不機嫌になるチョコに、∞わんデンは首を傾げた。


「イベントの賞品って、ハウジング領地の優先購入権だよね。ハウジングが傭兵団必須のコンテンツなんだから、運営は最初からソロ向けのイベントじゃないってはっきり明示してる。チョコさんや、そこに文句をつけるのはお門違いでは」


 チョコはその指摘に目を丸くして、∞わんデンを仰ぎ見た。


「チョコさんはプラネが初MMO?」

「はいです」

「そっか。じゃあ、この高水準のプラネが全てのMMOの普通基準になってるだろうね。

 そうだな、初期のPK事件がわかりやすいかな。あれ、10日経っての運営の対応が遅いって批判されてる文章がネットで散見しているけど、俺は普通に迅速対応してるじゃんって印象なんだよね」

「そうなんです……?」

「うん。ソシャゲやオフゲのパッチとユーザーが混同してる過小評価だと思う。ユーザーのルール線引き作りなんだから、それぞれのたくさんのユーザーの意見を集計して、調整して、ゲームデザインを改修した。それを10日で対応出来るって早いと思うんだよね。年単位も時間がかかったり、運営が放置するゲームだってネトゲ界にはいくらでもあるのに」


 チョコは目を瞬かせる。


「まぁ、俺も実際にプラネをプレイするまでキル根だのなんだのって、PKの悪評で穿った評判を信じていた口なんだけど」


 話しながら、∞わんデンは腰をかがめて側に落ちている、土が固まって出来たような赤い石を拾った。

 その石に∞わんデンが力を込めると、力を加えた部分が割れて赤い砂になる。そして風に吹かれて砂の一部は地面へと、もう一部は∞わんデンの手の中に塊と共に残り、更に一部の砂は風に乗って遠くへと運ばれていく。

 オオルリに少し砂がかかったのか、オオルリはツカサの肩に止まって羽と身体を軽くふるった。


「オブジェクトが複数のオブジェクトに変化して、更に他のオブジェクトやプレイヤーにそれぞれが干渉する。砂粒1つ1つが独立して、本当に凄い……」


 ∞わんデンはしみじみと感嘆の吐息をこぼした。


「運営の対応の早さだけじゃない。MMOで異常だよ、このグラフィックの出来は。これこそまさにVR。VRMMOゲームの頂点の1つだろうな」


 ∞わんデンの手放しの絶賛にチョコは驚いて戸惑っているが、和泉は「り、リアルで綺麗ですよね」と肯定する。

 ツカサも、『プラネット イントルーダー』を選んだ決め手が、レビューのグラフィックの評価だったことを思い起こしていた。


「ゲーマーほど、プラネのとんでもなさがわかるよ。現にPK事件以降も続けているプレイヤーは、総合掲示板を見る限り、これが最初のMMOで思い入れのある人間か、他ゲーのタイトルを話題でほいほい出せる生粋のゲーマーだ。製作者の罵倒を書き込みながら、プラネの凄さを理解してる。他に替えが効かないゲームだからだ。だから引退しない。

 それで最近入った新規、『龍戦記ファンタジア』出身だって言われてるよね。スキル封印イベントなんて不便を強制されたら普通辞めるよ。でもサーバー移動してまで続けてるのが大半。彼らはプラネの価値をわかってる。古参MOを熟知しているゲーマーだからさ」

「……チョコは、リアルで目がよくなくて……キレイに見えるから続けてます」


 ポソポソと、小声でチョコが呟く。


「なるほど、疑似細胞信号電波音か。それも作用してこの素晴らしさは生まれてるんだろうな」


 砂を指の腹でこすりつつ、∞わんデンは楽しげに笑う。

 ツカサは自分が好きになったゲームを、∞わんデンが純粋に楽しんでくれていることがなんだか嬉しかった。


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