第3話 地下の後始末問題
岩山の150cmほどの穴へと5人が入る。中は直ぐに行き止まりの小さなほらあなだ。
ツカサとチョコは難なく入れて、ほどほどに広く感じる天井の高さだったが、和泉と∞わんデン、更に無限わんデンには低く、常に屈んでいなければ頭を打つ。
地面には亀裂が入って穴が空いている箇所があり、そこの周りをぐるりと小石が囲むように並べられていた。穴を覗き込むと、ゆるやかに波立つ碧玉が見える。
「水が……? ここは井戸なんでしょうか」
「し、下は……地底湖なのかな」
チョコが足下に落ちている小石を拾って落とす。トポンッと音がした。
(浅くない)
「ここに飛び込む」
無限わんデンの言葉に、ツカサ達は戸惑った。
∞わんデンが詳しく尋ねる。
「落下ダメージは?」
「どのレベル帯でも瀕死になるぐらいです」
「あるのかー。敵はいないの?」
「いません。このサブキャラで何度か落ちて下調べはしてます」
「あ、あの、およっ泳ぐスキルとかいりますか!? 泳げない場合は……」
和泉が慌てて無限わんデンに確認する。その隣のチョコは顔を蒼くして穴をジッと覗き込んでいた。
「プレイヤーは水の中でも溺れない、ゲーム的な自動補正があるんだ。デフォで泳げるから心配ない。そもそもプラネに水泳系のスキル項目ってない」
1人ずつ、思い切って穴に飛び込む。ツカサもバシャンッと水の中に落ちた。視界の端でHPが9割減っているのを確認する。足がつかないが自然と身体は浮き、ぷかぷかとした浮遊感で水に対する恐怖心は湧かず、ホッと安心した。
周りで和泉達が同じように浮いている。皆、衝撃をやり過ごし、安堵の表情だ。チョコだけびっくり顔で固まって和泉のトカゲ尻尾を掴んでいて、和泉に笑いかけられ手を放していた。尻尾に触れられることを、ツカサはここで初めて知った。
目の前に文字が出る。
――地下第01貯蔵タンク――
場所の名前にハッと辺りを見渡した。天井や壁が自然の石ではなく、銀色の人工物で出来ている。
「現代的……」
「そう、プラネの古代文明にはロマンが無いよな。まぁ、〝SFファンタジーMMO〟のジャンルに偽りなしではあるんだけど。『プラネットダイアリー』の続編だから仕方ないと言われればそれまで」
ツカサの呟きを拾った無限わんデンが残念そうにぼやく。
「ロマンですか?」
「俺は古代文明はもっと民俗感がある土くさい方が良い。タルテッソスの遺跡とかあの感じ」
「たるてっそす……?」
「アトランティスも、聞いたことない?」
「言葉自体は色々なところで聞いたことあるんですがよく知らないです。遺跡の名前なんですか?」
「伝説上の大陸名だよ。調べたら面白いんだこれが」
「へぇ」
「どれだけ科学が進んでも判明しない世界があるって良いよな。それじゃ、こっち」
チャプチャプと立ち泳ぎしながら、明らかに配水管のような横道に無限わんデンは案内する。水が薄らと青く光り、それだけが配水管の光源だった。暗いが、明るい。幻想的な光景である。
徐々に回復はしているが減ったままのHPバーがツカサは気になり、この状態でもスキルが使えないか試してみた。
【癒やしの歌声】では継続回復バフが残って、もし物陰から何か出て来た時にヘイトがツカサに来てしまうので、【治癒魔法】を使う。ツカサの頭上を飛ぶオオルリが歌い、1人ずつ回復魔法をかけていく。「ありがとう」と和泉達にお礼を言われた。
∞わんデンは泳いで進みながら、辺りを警戒する。
「戦闘スキル使えるって怖いな。本当に索敵不要? 敵がいるんじゃないかって気になる」
「……大規模戦闘は終わったんで、残ってる奴なんて俺のメインキャラぐらいですよ」
「大規模戦闘?」
「実はこれギミックの名残で。最初は枯れタンク跡だったんです。水没してなかったんですよね」
(水没する仕掛け……浸水――ギミック? あれ、それって)
ソフィアと雨月のフレンドチャットを思い出したツカサは和泉と目を見交わす。そして無限わんデンに尋ねた。
「これから向かうのって深海の地下施設ですか? 視聴者さんはPKをやっている方なんでしょうか?」
「ぶっ」
無限わんデンは吹き出すと、目を剥いて勢いよくツカサに振り返った。
「覇王って喋るのか!?」
その発言は、とても雨月に対して失礼だった。
「キミ、デボンの庭園の配信は視聴してないの?」
「見てますけど! でもアレ、明らかに傭兵団絡みでパーティー組んだ強制的状況だったじゃないですか! ……ちょっと待って下さいよ。安心して下さい。俺、PVP勢なんで」
∞わんデン達に距離を取られた無限わんデンは悲しげに水面を叩いて叫ぶ。
「いや、安心できる要素が1ミリもないよ。PKもPVPも、やってる奴の根本的性根は大して変わらんでしょ」
「そんなー! 無限わんデンさぁぁんっ!! 覇王は良くてなんで俺は駄目!?」
「俺はそもそも初見は雨月君も警戒してたよ」
(え?)
∞わんデンのはっきりとした言い切りに、背に庇われたツカサは目を丸くする。∞わんデンはニッコリと笑った。
「誠意は態度で見せてもらおうか。さ、進みたまえ?」
「さすが本物の無限わんデンだ、いやらしい……」
「うるさいわい」
そこからはずっと軽口の応酬だったので、ツカサと和泉、チョコの気も抜けた。
配水管のようなトンネルは入り組んでいて、途中何度か分かれ道がある。段々と直線のトンネルが下向きに角度が変わり、水の量が増えて天井に近くなっていく。
泳ぎ疲れることはない。泳いでいる感覚もまるでなく、自動アシストで身体が動いて進むので、暇が出来る。
ふと和泉が「召喚獣って泳げるのかな?」と思いつき、チョコが空中を飛んでついてくるカワウソを腕の中に抱えて水の中にそっと放した。カワウソは静かに沈んでいく。水底に姿を消し、ツカサと和泉とチョコは無言になった。
チョコは何事も無かったかのようにカワウソを再召喚して頭の上に乗せ、3人はそれからまた黙って進んだ。
配水管の袋小路にたどり着くと、無限わんデンが水の中に潜る。そこには足下にハッチがあり、無限わんデンがそのハッチを回して開けると全員ハッチの中に吸い込まれるように流され、床のある場所に放り出された。
「うわっ」
「ひゃっ」
「!!」
「おっと」
「ふっ」
ツカサとチョコはころりと金網の床に転がり、和泉は尻もちをつく形で着地した。∞わんデンはきちんと両足で着地している。事前にどうなるか知っていた無限わんデンも同じだ。
起き上がって場所に驚く。研究施設のようなネズミ色の建物で、長い廊下にツカサ達はいた。チカチカと点滅する光源が不気味な暗さと雰囲気を出している。
《秘匿事前準備クエスト『前哨戦の戦力強化』を受注しました!
これはグランドスルト開拓都市のPVPポイント取得強化に繋がるクエストです。
達成によって戦争貢献度ポイントを得られますが、ネクロアイギス王国所属の貴方には今後自国が不利になる可能性があります》
(クエスト!)
アナウンスに対して∞わんデンは即答した。
「破棄しよう」
「ここまで来て!? 俺のメインを見捨てないで下さいいい!!!」
「うちの国、不利になるらしいから他のプレイヤーに申し訳ないし」
「解放されても今更新大陸に行ってPVPなんてしませんって!! っていうかノコノコ出ていったら、今まで何で来なかったんだって他の奴らに気にされるでしょ!? 行かない行かない! 興味なかったってスタンス貫くつもりです!! 信じて下さい!!」
彼の言葉に、チョコがハッとした。
「失踪中のPVPトップさんです……!?」
「え!?」
「……テヘ」
「こら。俺似のキャラでやめなさい。大体最初と話が違うでしょ。洞窟に閉じ込められているって話だったじゃん。ここ、洞窟かね?」
「広義では!」
「いや、キャパオーバー過ぎるよ」
「で、でもイベント参加出来ないなんて……そんなの……」
和泉の言葉に、∞わんデンは溜息を吐きながらもあっさりと折れた。
「まぁ、ここまで来たんだし、付き合いましょう」
「俺を信じてくれるんですね! ありがとうございます!」
「いや、違反したらモザイク無しで晒すだけだからだよ」
「さすが復讐の鬼、無限わんデンだぜ……!! ぬかりないな!」
「ちなみにここまでの道中も投稿するかは置いといて、撮ってるよ」
「ひえッ」
無限わんデンが再び先導する。クエストが受注されたせいか、ツカサ達にも行き先の矢印マークは見えていた。長い直線の廊下を進み、1つのドアの前で止まる。
無限わんデンがドアのパネルに触れると、ブワンッと機械的な音が鳴り、目の前にアナウンスが出た。
《プレイヤー「牙」のフレンドであることを確認しました。解除コードクエストを破棄し、扉のロックを解除します》
ドアが自動で開き、無限わんデンは得意げに口角を上げた。
「さあ、開きましたよ」
「サブキャラがフレンド」
「ソロの嗜み!」
「そりゃ、わかるけど。人のを目の当たりにすると何とも言えない」
∞わんデンは苦笑しつつ、部屋へと入る。続けてツカサ達も続いた。
そこは色々な機械のパネルがあり、壁はガラス張りで、ガラスの向こう側の白い部屋の中にはプレイヤーキャラがぐったりと横たわっている。
「あの人が視聴者さんのメインキャラですか?」
「そう。ここ特殊フィールド。ログアウトしてても身体が残る」
「やっぱりPVPトップさんです」
「チョ、チョコちゃん。PVPってちゃんと順位がつくランキングがあるの?」
「闘技場ランキングがあるのです。3ヶ月に1度闘技大会が開催されてます。プレイヤーだけじゃなくて、現地のNPCも出場してるのです。その大会に出場したプレイヤーは、順位に関わらずPVPプレイヤーにカウントされて黄色ネームになります」
「黄色ネームってそうやってなるんだ……」
「ここにキミが閉じ込められてるのは何かきっかけあるの? それとも強制的にイベントでここに閉じ込められでもした?」
「……聖人達との集団バトロワチーム戦で負けた結果、発動したイベントのせいです」
悔しげな声を聞きながら、∞わんデンは首を傾げる。
「聖人って言うのは――?」
「暗殺組織ギルドのギルド長のことなのです」
チョコが解説を添えると、グワッと無限わんデンが吠えた。
「ってか、絶対PKどもの中にここを聖人にリークした奴いたよなって散々イベントだったんですよ。ちょっと浸水ギミックは面白かったけどな! パニック映画みたいでな! サメまで流れていたのなんで!? 笑ったのが余計に悔しいわ!!」
ツカサと和泉は目を泳がせた。雨月とソフィアはきっと楽しかっただろうなと、密かに思った。
∞わんデンは引っかかりを覚えて疑問を口にする。
「キミ、PK側にいたの?」
「あー、何故かあの場にいたPKどもの共闘クエで、俺もチームの味方としてカウントされたんですよね。でも俺はちゃんとPVP王者の別クエでここに来てただけなんですから! 勘違いしないで下さいね!?」
「PKと共闘なんて出来たの?」
「まさか。俺も含めて全員集団戦でもソロプレイでしたよ。いくら強制的にチームにされても、あいつらと共闘なんて無理。それにマズいことに覇王が混じっててですね」
無限わんデンはツカサに、何とも言えない微妙な目を向けてくる。
「味方チームのPK勢を問答無用でキルする、覇王によるPK蠱毒の壺が展開されて阿鼻叫喚でしたよ。俺は覇王にスルーされたんで、味方同士の地獄の鬼ごっこが目の前で起こってるのを薄目で眺めてました。
『おい、コレどうしろと? 味方が味方にキルされてどんどん減るんだが設計ミスだろ?! チームキル禁止にしとけよ!!』ってずっと正木を罵倒しながら聖人達と最後までバトロワしましたね……」
「いや、ツカサ君関係ないからね? それをこっちに恨みがましく言われても受け付けんよ」
「うぅっ……わかってますよ。クソ理不尽!!」
「それで負けて閉じ込められたのはキミだけ?」
「ウッ!」
∞わんデンの問いに、無限わんデンは胸を押さえて顔を歪ませる。それから言いづらそうにポソポソと小さな声で答えた。
「負けたチーム側全員です……」
「で、残ってるのはキミだけか」
「脳筋の俺に謎解きは無理なんだよぉぉぉ!!!! リリ♪リッパーが1番に問題正解して出ていったの今年1番の衝撃だったわ!! 覇王もラスプーチンも早いよー!! ヤガーもワラ人形もぉ!! PKどもが全員俺より頭良いなんて現実つらすぎるだろうがよぉっ!!」
無限わんデンの嘆きが部屋の中に木霊した。
ツカサはためらいながら尋ねる。
「そんなに難しい謎解きなんですか……?」
「聞いて驚くなよ」
無限わんデンは深刻な表情で重々しく告げた。
「制限時間数秒の、暗算計算問題だ!」
「謎……解き……?」