第2話 無限わんデン(偽)の依頼相談
突然、林の中からツカサ達の前に現われた『【RP】無限わんデン』を名乗ったプレイヤーと、∞わんデンは既に面識があったらしい。1度街中で話しかけられているという∞わんデンは、うろんげな視線を彼に向ける。
「街にお帰り?」
「塩対応! さすがのクオリティだな、無限わんデンを名乗りし者よ!」
「キミ、どこの立ち位置にいるのよ。ちょっと面白いからヤメテ下さい」
「……こんにちは」
ツカサは恐る恐る、∞わんデンの前で仁王立ちする無限わんデンに挨拶した。
「あ、これはどうも」
と無限わんデンは、先ほどとはガラリと態度を変えて腰低くツカサ達にペコペコと頭を下げる。悪い人ではなさそうで、緊張を解いた和泉とチョコが様子を窺いながらおずおずと頭を下げ返していた。
∞わんデンは、無限わんデンを呆れたように見て嘆息する。
「で、どーしたの。わざわざツカサ君といる時に絡んでくるなんて俺が生配信してないからだよね?」
その指摘に、無限わんデンは【RP】表記を外して神妙な面持ちになった。
「助けて下さい。俺、脳筋で」
「何かクエにでも詰まってるの?」
「ソロだから詰まってます」
「え?」
「フレンドがいません」
「……えっ」
「俺が知ってる頭良いプレイヤーは無限わんデンだけ!」
「えぇ……」
「俺のメインキャラ助けて」
土下座エモートをして頼み込む彼の姿に、∞わんデンは渋い顔をし、「ごめんね、巻き込んで」とツカサ達に謝ってから、詳しく話を聞き始めた。
――現在、彼のメインキャラが前哨戦イベントのせいで、とある洞窟に閉じ込められている。そこから出るには他のプレイヤーに謎解きで協力してもらわなければならないという。
すっかりロールプレイをかなぐり捨てた無限わんデンは、諦観をにじませた顔で淡々と、しかし切々と語る。
「運営に問い合わせもしたんです。『イベントエリアから出られません。詰んだみたいなんですが』って。答えは『フレンドに協力してもらって出て下さい』でした。
それで再度『フレンドがいない場合はどうやって出ればいいですか?』って問い合わせたら、『パーティー募集板や掲示板でパーティーメンバーを募ってクリアして下さい』って返答くらいました。――だからはっきり言ってやったんです」
「うん」
「『プラネで正気か!?』って」
「お、おう」
「100万人ユーザー抱えてるネトゲの運営と間違えてんじゃないかって俺はキレましたね。正式版から人数が増えたって言っても、たかだか数千人程度が関の山のはず。10万人越えてるかも怪しいユーザー数で、同時接続どのくらいの人数だって話です。そんな人数で埋もれるわけない。限定クエストを募集!? 掲示板を使う!? 絶対悪目立ちするじゃないですか!」
「そうだねぇ」
一旦、無限わんデンはツカサを見て、直ぐにスッと視線を逸らした。
「……掲示板でおもちゃにされるの嫌なんですよ。俺の硬派キャラはそういうんじゃない。今までだって目立っても名前出されない地味位置をキープ出来てるのに、あだなつけられていじられるなんて勘弁して欲しいんです」
「そこで目立つ俺か。隠れ蓑にしたいのね」
「失礼なの承知で頼みます。ソロ専の俺には、他に頼めるプレイヤーいないんです。動画は撮ってくれて構いませんから……! ただ俺のメインキャラは匿名希望です」
「俺1人でいい?」
「えっ……あー……」
バツが悪そうに頭を掻く無限わんデンに、∞わんデンは「いるんだな、人数が」と嘆息した。
「ツカサ君、良かったら付き合ってくれる? そのためにわざわざ話しかけてきたみたいだし」
「僕は構いません」
「わ、私も」
「チョコもです」
そして明日、全員で彼のメインキャラクターを助けに行くことになった。
直ぐに救出に行かなくていいのかと心配したが、閉じ込められてもう何日も経っているらしく、今更1日ぐらい延びても気にしないそうだ。むしろイベントが終わるまで休止していようとしていたらしい。
「どれくらい時間がかかるかも分からないんで、時間に余裕があった方が絶対にいいです。それより今日は本当邪魔してすみません。それじゃ明日!」
晴れやかな顔でさっと身を翻し、無限わんデンは木々の中へと去って行った――と見送っていたら、アクティブモンスターに絡まれてキルされてしまった。
「無限わんデンさん!?」
「ちょっツカサ君!? 待とうかその呼び名!」
ツカサが【復活魔法】をかける前に無限わんデンの姿は消えてしまった。自国職業ギルドか他国関所の衛星信号機へと死に戻りしたのだと思う。
「大丈夫でしょうか……」
「うん。大丈夫だろうから彼の呼び名についてまず話し合おう」
そして、無限わんデンのことは『視聴者さん』と呼ぶことになった。
∞わんデンが無限わんデンと初めて街で会った時に、随分と古い動画の話を持ち出してきて本物主張してきたので、常連の、しかも古参視聴者なのは確実なのだとか。
それからは予定通りに村々へと立ち寄りながら、ツカサと和泉と∞わんデンは職業ギルドクエスト『村々の医療巡回』と『村々の警邏巡回』、『村々の狩猟巡回』をこなし、グランドスルト開拓都市へとたどり着いた。
この旅路でスキルレベルが上がって【魔法速度LV5】【治癒魔法LV8】【癒やしの歌声LV7】【祈りLV14】になった。
グランドスルト開拓都市に着き、和泉が離脱する。
「ツカサ君、あの……また、明日」
「はい。また明日」
お互い笑顔で別れる。チョコが小さく手を振って、和泉も手を振り返してからログアウトした。
「ツカサ君はこの後、彫金師ギルド?」
「はい。僕もそれでログアウトします」
「じゃあ、俺はグランドスルト探索してから落ちるかな。今日はツカサ君もチョコさんもありがとうね」
チョコは彫金師ギルドの向かいにある鍛冶師ギルドと近くの雑貨屋で買い物をするそうなので、パーティーも解散することにした。
ツカサは彫金師ギルドへと足を踏み入れる。彫金師ギルドの受付カウンターは相変わらず高く、所持品から種人用折りたたみ脚立を取り出して砂人男性に話しかけた。
「あの、すみません。彫金師がLV10になったので来ました」
「おや、本当にまた来たんですか? そうですね――」
受付の砂人男性はジッとツカサを見つめた。
《称号【彫金師の見習い】が【彫金師の修業者】に変化しました》
《称号の報酬として、経験値10000を手に入れました》
《彫金師がLV12に上がりました》
「まぁ、なかなかいいんじゃないですか。これからも腕を磨いて頑張って下さい」
砂人男性は笑顔で褒めてくれる。声音はどうでも良さそうな響きをさせ、ぞんざいな感じだったが、ツカサはお礼を言った。
「ヤッグスさん、ありがとうございます」
その瞬間、すっとヤッグスが笑顔を引っ込め、鋭い眼差しに変貌する。ドゥーン……と重たいSEが鳴った。
「――名乗りましたっけ、名前」
「え……」
「用は済んだだろ。とっとと出ていけ」
冷たい声音で容赦なく彫金師ギルドから追い出された。ツカサは突然のことに茫然とする。
ちょうど、彫金師ギルド前の石の案内板の前にはチョコがいた。マーケットボードにアクセスしていたようだ。ショックを隠しきれないツカサに首を傾げる。
「チョコさん……。僕、ゲームキャラクターを怒らせてしまいました」
ツカサが先ほどのショッキングな出来事を話すと、チョコは太眉を八の字にした。
「それは好感度が落ちた音です。チョコも攻略サイトで先に調べて同じように失敗したことあります。ゲーム外で情報を仕入れるとよくあることなのです」
「そう……なんですか……?」
「プラネはゲーム内での情報収集がキモなのです」
確かにヤッグスとは面識はあっても名乗りあった記憶は無い。ツカサは彫金師の掲示板で名前が出ていて知っていたので、つい名前を呼んでしまったのだ。
「好感度は1度落ちたらもうダメなんでしょうか?」
「大体はプレゼント攻撃で巻き返し出来ます。でも、確かあの受付さんの好感度を上げ過ぎると、魔女さんと疎遠になって好感度が下がっちゃうので上げる必要ないと思います」
「魔女さん……? 【ベナンダンティの門人】の称号の、ベナンダンティってNPCですか?」
チョコは難しい表情でコクリと頷く。
「通称〝ヤッグスの罠〟なのです」
「あれ、ヤッグスさんってタガネのこと以外でもそう呼ばれているんですか……?」
ツカサには、逆にヤッグスに対して興味が湧いた一幕だった。
次の日。
ツカサ、和泉、∞わんデン、チョコの4人は、無限わんデンの先導でグランドスルト開拓都市から更に南に下り、赤茶けた土の大地に小さな岩の山が点在する荒野を進んだ。
小さな岩の山はどれも穴が空いていて、直線のトンネルになっているものが多く、ツカサが不思議そうに眺めていると、「それ、昔の家らしいですよ」と無限わんデンに教えられてびっくりする。
そして案内された場所は、150cmぐらいの穴が空いた岩山だった。